書籍・雑誌

2009年7月11日 (土)

アメリカの文学における過去・現在・未来

 【ハックルベリー・フィンのアメリカ 「自由」はどこにあるのか 亀井俊介著 中公新書刊】を読んだ。アメリカ文学が呈示した最大の作品は「風とともに去りぬ」であろうと僕は確信している。もちろん、ヘミングウェイの存在も大きい。

 偏見を承知のうえで書くが、どうも、アメリカと文学は、僕の頭のなかで巧く繋がらないのだ。個人的に・・・。そして、アメリカには人文科学は馴染みにくいような気がするのだ。専ら、経済原理優先の国にあって文学的風土が醸成しにくい環境があるのではなかろうかと推論してみた。よい意味でヤンキーには文学は馴染みにくいのかも知れないのだ。

 寧ろ、ハリウッドに代表される安逸な映画の方がシックリとアメリカ人の一般的嗜好の問題としては理解できる。アメリカ人はヒーローが好きである。日本における一般的文学の様態、または、指向としてヒーローに期待する部分は些少である。

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2009年7月10日 (金)

薬剤師もチーム医療を担う大切な構成要員である

  【毒と薬の世界史 ソクラテス・錬金術・ドーピング 船山信次著 中公新書】を読んだ。この手の本は、既に多くの類書が出版されているが、大概が興味深くおもしろい。

 著者は薬剤師である。薬剤師が上梓する書籍の多くは、医師に比肩する存在者たるべくドンキホーテ的情熱を絶えず読者に訴えかけてくる。薬剤師は薬剤師。医師とその社会的地位を争っても栓のなきことであり、なおかつ、薬剤師が医師よりも薬のことを知っているのは薬学部を卒業しているのだから当たり前の理路である。

 医師がメディカルの第一進者であるとすれば、薬剤師は、どう頑張っても、コ・メディカルの一翼者であるという力動関係は変わらない。どんな藪医者でも医師は医師。優秀な薬剤師が切歯扼腕しても権限において薬剤師のそれは限定的であることは法の定めなので仕方がない。

 医師との比較のなかで薬剤師が独自のナラティブを紡ぐのは、もう、止めたほうがよい。なによりチーム医療が謳われている昨今、薬剤師も協働ということを学んで欲しいと常々、思うのである。薬剤師は薬剤師で、それは優秀であり、重要な仕事であることは所与の事実として誰もが充分に認知している。医師・薬剤師・ナースなど、どれが欠格してもチーム医療は成立しない。上掲した本を読んでそんなことを感じた。

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2009年7月 3日 (金)

松本清張は芥川龍之介に対して批判的である

 ○ 生活感のない芥川の如きようなものは文学ではない。労働の体験こそ文学を構築する根幹をなす・・・みたいなことを松本は述べている。それは高等遊民の否定でもある。さて、文学は労働者のモノか、高等遊民のモノか・・・。僕は人間のモノであると信じているのだが・・・。文学は状況において発生するのである。

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2009年7月 2日 (木)

梯 久美子さんと読み解く激戦地硫黄島の指揮官栗林忠道中将

  【散るぞ悲しき 梯 久美子著 硫黄島総指揮官 栗林忠道 新潮社】を読んだ。栗林中将に就いての、よくできた評伝であり感服した。戦記文学として深く記念したい。

 作品を読むということは、作者とともに伴奏、或いは、伴走してゆくことであり、よい作品ほどその傾向は、猶更に強い。とまれ、女性が書いた戦記としては卓抜の感がある。

 梯さんの評伝観、要するに、評伝にも文学性が宿り、そこに小説性も胚胎することに賛意をおぼえたのだ。また、評伝と年譜は異なるが、年譜を無視して評伝は成り立たないのは当然のことわりである。

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2009年7月 1日 (水)

手塚治虫の文脈

 手塚は、未来のメッセージというステレオタイプとして綴られる傾向が多い。その未来は現実に実現するのか。手塚が想像していた未来とは何か。その周縁事情がわからず、100年先においても、おそらく、未来へのメッセージと文脈で手塚は捉えられるに違いない。

 鉄腕アトムのようなロボットの完成をもって手塚が夢想した未来であると断定するのは余りに浅薄である。そのため、今、手塚治虫全集全400巻を読もうと計画しているのだ。未だ絶版になっていないというのが幸いである。

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農業と人文科学における相性の問題

 ○ 「農民戦没兵士の手紙」を読むと、農民兵士のその素朴な心情が吐露されているために感動をもよおす。しかし、そうした感情の喚起は都会に暮らす者による差別的偏見であると一部の農民から反発をかうことがあるという。

 ○ 民俗学においても同様の現象が発見せられ、地方における習俗の観察ないし踏査が都会人によるところの高踏的な視点として農民からの非難の対象となる場合があるのだそうだ。現在において、そういうことが現在進行形としての現象として存在しうるのだろうか。

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2009年6月30日 (火)

寺には地域のコミュニティとしての機能がある

  【寺よ、変われ 高橋卓志著 岩波新書】を読んだ。このままでは、早晩、仏教は衰退する旨の言説を重く受け止めた。寺には標記の識したような機能が伏在しているので、これを効果的に利用すれば、街はよくなり民度も上がるものと思われた。

 ただし、この高橋(長野県松本市にある神宮寺の副住職:臨済宗)という著者は、仏教が社会に貢献する間口を拡大しすぎている感も払拭できなかった。きょうび、真言宗において、金剛界及び胎蔵界曼荼羅の左右もわからない坊さんもいる。また、お盆の時期、袈裟の姿で回転寿司で寿司をつまんでいる坊さんを見かけた時は驚きを通り越した。

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2009年6月29日 (月)

TDLのホーンテッド・マンションは愉快だ

 東京ディズニーランドには2回ほど行った。カリブの海賊とホーンテッド・マンション、スペース・マウンテンのアトラクションは外せない。さて、【「幽霊屋敷」の文化史 加藤耕一著 講談社現代新書】を読んだ。TDLのホーンテッド・マンションの歴史的経緯を、ただしく綴った好著である。

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2009年6月24日 (水)

京都の街において百鬼夜行の徘徊はいつ起きるか

  1月なら正月・2月なら子の日・3月と4月は午の日・5月や6月は巳の日というふうに1ヶ月に一回の徘徊がおこなわれ、その日を百鬼夜行日とか忌夜行日と呼び、人間は夜に外出してはならないとされていた。【羅城門の怪 志村有弘著】に典拠。

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2009年6月23日 (火)

岸本葉子さんが週間ブックレビューで紹介する本は能く選択されている

  過日放送された週間ブックレビューは殊の外、興味深かった。僕とおないどしの岸本葉子さんがご出演ということで楽しみにしていた。

 岸本さんが紹介する本は、毎回、他の合評者に対する、おもいやり、つまり、非興味分野に対する読書義務の軽減という配慮から当たり障りがない本や楽しい本を探して合評本として呈出してくる。それでいて岸本さんのセンスが横溢した示唆に富んだ本なのである。

 岸本さんの推薦図書は東京ノスタルジック喫茶店というタイトルの本であった。レトロな喫茶店情報が詰まった情報本などではなく、喫茶店におけるノスタルジーを惻々と伝える好著である。また、話の端緒としての喫茶店には普遍性があり、誰にでも発言が可能な、いたって合評するには間口の広いテーマ本なのである。

 それに対して、合評者Aは、現在において跳梁しているマクドナルドなどのセルフ・サービス型の喫茶店の様式が定着している現状分析の不備を指摘し考察のたりない本であると述べ、ノスタルジー的な喫茶店は消えるべき宿命にあることを当然のように述べ言下に切り捨てた。

 この本のタイトルや本を読めば、そういう文脈から内容を読み解く本でないことは歴然としている。にわかに、岸本葉子さんの狼狽した様子がうかがわれた。合評者Aは度し難い馬鹿であると思った。
                              
 それに対して、合評者Bである佐高 信氏が、如何に、この本が選れているかを滔々と述べ始めた。経済方面では、一家言を持ち、常に、辛辣で、強気の発言をしているだけの貫禄が感じられ合評者Aの面目が丸潰れになるほどまでの完璧な論陣を展開してみせた。合評者Aが怯むと、岸本さんが、即、合評者Aと佐高 信さんの意見の折衷的な意見を述べてその場を丸く収めてしまった。

 さて、合評者Aが推薦したのは柄谷行人氏の小難しい本である。岸本さんは合評者Aに対して優しくも合理な意見、即ち、マルクス・キリスト教・共産の関係から柄谷行人氏には興味があると好意的に感想を述べた。しかしである。佐高 信氏は怒らすと恐ろしい。この本は一度読んだら、次は読む気がしない本であると斬って捨てた。合評者Aは、どもり乍ら柄谷行人と佐高さんとは思想的立場が異なるとして正面対決を避けた。

 週間ブックレビューの放映趣旨は、「最近、こんな本を読んだけど、おもしろかったよ」という形式をとるものであり、それに対して「そうかぁ、僕には少し難しいかも知れないけど、教えてくれてありがとう」という気持ちが番組の底流にないと、それは観ていても、必ずしも愉快にはならないのだ。

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2009年6月22日 (月)

古池や蛙飛び込む水の音

 飛び込んだ蛙が一匹なのか複数なのか。そういうことに欧米人は興味を持つのだそうだ。確かに、英語やドイツ語に訳すと冠詞の選択と語尾変化という問題が発生してくる。一般に飛び込んだ蛙の数は複数であることが定説になっているのだそうだ。

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神様とやら あなたは残酷だぞ

  手塚治虫という漫画家は、神についてそう言わしめた。何故、神は残酷な存在なのかを漫画的立場からは深く掘削せず、考究する立場としての文学で遠藤周作は、「沈黙」という作品をつうじて一つの解答の形式を示してみせた。ことほど左様に文学には思惟こそが構成動因の一つとして考察しなくてはならない場合もある。

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開高 健の顔をつくづくと眺めてみる

  その顔に惚れ抜いた。アルコール依存症者として喧伝されることも少なくない開高氏だが、それを含めても開高の魅力は余りあるのだ。開高氏の歴程は顔が如実に語っている。偉魁、偉傑と表現できる程までに剛胆なのである。

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2009年6月21日 (日)

文学の言葉、それは死者たちの言葉である

 上記のように標榜している【光の曼荼羅 日本文学論 安藤礼二著】を莫大な期待値を傾注し乍ら読み進めてゆくこととした。早速にも、昨日買い求めて来た本である。この作品は第3回大江健三郎賞受賞および第20回伊藤整文学賞(評論部門)受賞している。

 文学の言葉は死者たちの言葉であると断じきった者の作品が文学賞を受賞したことは当ウェブサイトの管理人としても感慨深いものがあり、再々に渉ってテーゼとしての死を扱って来たことに改めて運営方針の方向性について諾とするものと感じているのだ。

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折口信夫は問い続けるのだった

   【魂の古代学 問いつづける折口信夫 上野 誠著 新潮選書】を読んだ。この本は逆さ文学史的手法(時系列の方向を逆に辿る技法)がとられているために、とても読みにくい。柳田国男も理解できなかったというマレビトの概念の把握については、さらに別著をあたろうと思う。

 逆さ文学史的手法を採用した著者の勇気には最大限の讃辞を送ることを厭わないのだが、「魂の古代学」というタイトルも些かその意味において不明瞭である。「民俗学でいう魂とは何か」というテーマと、「古代学における魂とは何か」という問いかけにおいての魂の二重構造が発生するためテーマが重層化してしまうのである。また、古代は歴史学が専ら注目する分野であることから、副題がついていなければ、この本は折口の本であるものとは判断できないのが普通である。もちろん、折口の偉業は民俗学というカテだけに収納しきれないだけのボリュームがあることは承知しているつもりではいる。

 よくよく吟味をしないで買った本である。書名は本の内容を顕す一つ例として呈示しておく。しかし乍ら、折口の周縁的事象に就いては極めて興味深く読めた。

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2009年6月20日 (土)

季刊 東北学という雑誌

 間口が拡大しすぎている。たえず注視している雑誌なのであるが・・・。

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2009年6月19日 (金)

貧民の帝都化は進行している-2009年バージョン-

  【貧民の帝都 塩見鮮一郎著 文春新書】を読んだ。明治期を中心とした貧民救済の歴程をただしく辿った本である。それはとりもなおさず、東京養育院の歴史的経緯そのものであった。

 現今の経済状況下、または、小泉純一郎の悪政の結果、如何なる態様を示す組織、又は、個人において貧民を救済するという発想は皆無に等しい。小泉チルドレンも行き場がないとか。宜なるかな。

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2009年6月16日 (火)

自衛隊のことなら杉山隆男に訊け

「兵士に聴け」・「兵士をみよ」・「兵士を追え」という三部作というべき著書を上梓して、自衛隊を、ただしくルポルタージュした杉山氏の【自衛隊が危ない 小学館101新書刊】を読んだ。

 「・・・が危ない」であるとか「・・・力」というタイトル名の本は、馬鹿馬鹿しいので、普段は、一顧だにしないのだが杉山氏が書いた本なので読んでみた。そもそもが、杉山氏の本が、小学館101新書のような聞いたこともない新書のラインナップに収載されるはずがないことから、緊急にも提言したいことがあるのだなと判断した。杉山氏が問題にしているのは、案の定、元航空幕僚長の田母神発言の件であった。

 前記の「兵士シリーズ三部作」が自衛隊を好意的に捉えているのに対して、今著は、田母神発言に触発されたとしても、総論としては、自衛隊を批判的な視点から捉え直している点は興味深い。

 如何に田母神が小器であるかを詳らかにした本書は、総論としての自衛隊批判を措いても一読の価値は充分にある。また、ここで展開されている自衛隊批判とは、自衛隊が内包する膿のなかからの必然として生まれた田母神という徒花の発生過程を検証するために必要な理路を踏むために必要とされる傍証であるものと理解した。

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2009年6月15日 (月)

心霊写真の存在を信じない

  【心霊写真 -メディアとスピリチュアル ジョン・ハーベイ 松田和也訳】という本を購入した。出版社は由緒ただしい青土社なのである。何故、こんな本を買って読む気になったか。読売新聞の書評欄において精神科医の春日武彦氏が推奨していたから読む気にもなった。

 出版社に照らしても良書には間違いがないしメディアとスピリチュアルというタイトルも意趣をそそる。しかし、これは、電車のなかで読むことを避けて自宅内で読むことにした。死んだら終わり。それが簡潔明瞭でよろし。

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2009年6月14日 (日)

柳田国男に関連する図書として意義深い本一冊

【柳田国男入門 鶴見太郎著 角川選書】を読んだ。民俗学における学問的な方法論の位置づけが明確に示されている点で刮目に値する一冊である。

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手塚治虫展 -未来へのメッセージ- を鑑賞してきた

 東京江戸博物館が開催されている標記の企画展を観覧してきた。僕は「鉄腕アトム」の時代の申し子という世代ではない。寧ろ、幼児期の記憶としては「リボンの騎士」のほうが釈然としておりアトムのことはほとんど知らないのだ。

 長ずるに及んで、「ブラックジャック」に魅了された。また、「火の鳥」の気宇壮大なテーマには文学をも凌駕する可能性が漫画にあることを感じた。加えて、「人間昆虫記」や、「ユテラテの樹」、「きりひと賛歌」、「アポロンの歌」などの子供向け作品以外の漫画にも惹かれた。また、「アドルフに告ぐ」以降の作品群こそが手塚作品の要諦を為していると思えるのだ。なお、手塚氏に就いてはデパートの企画展で氏が執筆している様子を、高校時代に一度だけ見たことがある。熱烈な手塚フリークだった頃である。

 殊に、ブラックジャックは何度も読み返した。この作品から発せられる名言は多い。「人が人の命を左右できるとおもっているのかね」・「医者ってなんだ」・「神さまとやら、あなたは残酷だぞ」など・・・。

 唐突乍ら、手塚治虫と北杜夫の両名。この二人は就いてはどうしても比較してみたくなる。両者は世代的にも近いうえに昆虫にも造詣が深いのであるが、それよりも、寧ろ、大阪大(専門部)や東北大学医学部を、それぞれに卒業した後、医学博士を称号とし乍ら医師という共通の経歴を持ち、表現を手懸かりとし乍らも進むべき方向が漫画、或いは、文学へと逸れていったことはまことに興味深い。この二人を並べてみた時、漫画と文学の差異について考えさせられもする。

 確かに、漫画には表現における成熟点に限界があり、或る位相を超越することが困難なのである。而して、文学は成熟における到達点が漫画とは別の形で設定されているが、それを以て、どちらが高尚であるとは断定し難い。しかし乍ら、刮目すべきは、漫画に詩学を導入した、つげ義春、または、つげ義男の存在がある。その路線を承継している漫画家、または、漫画の文学化を為した漫画家に就いて僕は無知故に知らないのである。多分、つげが、文学という軸についての漫画からの漸近線を画いてみせたに留まるのでないか。

 また、表現者として宮崎 駿も歴として存在しているが、氏はアニメというカテに括られる。宮崎は手塚に関して必ずしも肯定的でなく辛辣で慇懃無礼な態度を堅持しているが、その辛辣さを以て自己を辛辣に批判せよと宮崎には言い返しておく。

 僕自身、漫画も、一時期において相当読み込んできたつもりではいる。しかし、最後には、結局、文芸に逸れるのは何故なのであろうか。それは僕の脳のクセなのであることにしておく。

 手塚が為した偉業を集大する時期において逝去したのはまことに残念であった。享年60歳。窮理に対する可能性を妊んだままの死であったと思えてならない。天才の早すぎる死は一つの罪悪に他ならないのである。

 それにしても、両国という街はお相撲さんがたくさん歩いており粋な風情を感じる。駅も威容として威厳がある。昼食は、深川丼のぶっかけメシを博物館内の食堂で食べたが美味であった。さすが江戸東京博物館。博物館内のレストランは不味いと相場が決まっているが、東京江戸博物館のそれは上品においしく典雅でさえあった。7階にあるこのレストランからは、父が転校した2つ目の高校が見えた。父の転校歴は凄まじいものがある。それも祖父が国鉄に生きてきたが故。

 京都に憧憬するのもよい。しかし、当地から至近距離に江戸文化が息づいていたのである。今後は、江戸文化をも興味の射程内におさめるものとした。

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2009年6月13日 (土)

岸 信介昭和妖怪説の当否

 【岸 信介 -権勢の政治家- 原 彬久著 岩波新書】を読んだ。岸 信介とは、どういう人物なのか、そして、何をしたのか知りたいので読んだ。

 巷間、岸は妖怪と呼ばれて久しいが容貌も、ぬらりひょんに酷似している。否、ぬらりひょん像は岸の容貌を参考にして作出されたものに違いない。

 東京帝大に入学した頃の写真が掲載されていたが、美男子である。秀才にして天才というのは岸のような人物を指すのであろう。一向に政治むきのことは不調法であるが、岸の天才を知りうる一冊である。本当に賢い人は軍人など目指さないことを知った。

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2009年6月12日 (金)

瀬戸内寂聴とかかわって奇縁のまんだらを紡いだ人たち

  寂聴の筆致はさすがである。そして読ませる。なんとも作家であることを今更にも思い知る。「奇縁まんだら 瀬戸内寂聴著 画 横尾忠則」を読んだ。瀬戸内が奇縁の嚆矢としている人物が島崎藤村なのである。藤村に逢ったことのある人なんてそうそういるはずがない。長生きをするとは、そういうことだ。瀬戸内寂聴もなんだか妖怪じみてきた。

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2009年6月11日 (木)

許さないという者に対する直截としての対語

 じゃ、勝手にしろ・・・という反語も在るには有る。

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話芸を追求し庶民文化をこよなく愛している小沢昭一氏の経歴に就いて驚いたこと

ま・ま・ま・ま・まさか、海軍兵学校卒だったなんて。驚天動地なのである。もちろん、氏は、今現在もラジオにおいて長寿番組を持っており、それは「小沢昭一の小沢昭一的こころ」として結実している。その心は艶福にして慧眼、そして、ユーモアの感覚は、永く、聴く者の心を捉えてやまないのだ。

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こんにちの就職活動は過酷である-仕事があることは幸福をかみしめる-

 【就活のバヤカヤロー 石渡嶺司・大沢 仁著 光文社新書】を読了した。僕は就職活動をほとんどしたことがない。気がついたら何となく今の会社に入っていたという感じである。昨今の就職事情を俯瞰するに、現在の学生さんにはお気の毒と申し上げるほかにその感慨が見あたらない。

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2009年6月10日 (水)

ヒート・ショック・プロテインの発生-可能性としての湯治学-

  細胞に高熱を加えると、抗ストレスタンパク質のヒート・ショック・プロテイン(HSP)が産生されてダメージを受けた細胞の修復機転に参与する。また、アポドーシス誘導をする場合もある。

 日本には湯治という慣習があるが、古来より、患部を温めることが重要な治療の要目の一つであることは、生理学的な機序に適った智慧ということができる。【心も体も「冷え」は万病のもと 川嶋 朗 集英社新書】に典拠。

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2009年6月 9日 (火)

パーソナリティ障害という現象を平易に解題した本一冊

 【パーソナリティ障害 矢幡 洋著 講談社選書メチエ】を読んだ。著者自らが本文で、「パーソナリティー障害の入門書は多いが、そのなかで決定版となることを目指して書いた本である」というだけに、確かに平明に解説されてあり興味深く読めた。

 この本を嚆矢として、パーソナリティ障害にアプローチすることができたのは幸いであった。要するに、この本と僕は相性がよいのである。

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戦国武将が他人や自分の命を屁とも思っていない理由

   【戦国武将の死生観 篠田達明著 新潮選書】 を読んでみてその理由の一端が理解できるような気がした。彼らはあの世にこそ全ての価値体系をおいているようなのだ。

 この本の著者の本業は医師である。病死した戦国武将の病名について考察している点でも一層の興味が喚起された。

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2009年6月 8日 (月)

戦没学徒兵に戦争責任を問うのは残酷である

  【戦争体験の戦後史 世代・教養・イデオロギー 福間良明著 中公新書】を読んだ。学徒兵の遺書ともいえる「きけ、わだつみの声」を底本にして、その毀誉褒貶と戦没学生の戦争責任にまで論及した本である。

 戦没学生の、どの部分に戦争責任があるのかと言えば、彼らはインテリジェンスを持ち合わせていながら戦争を回避できず、寧ろ、逆に、消極的であるにせよ戦争に加担したというのが責任追求派の骨子である。加藤周一でさえも、そうした論陣を張っていたことには驚く。

 著者は、その当否の感慨を述べているのではなく、そういう議論もあったことを中心に据え論説が紹介されてゆく。

 嘗て、立命館大学において「わだつみ像」が全共闘に依って破壊されるという事件が起きた。戦没学生の戦争責任、また、自己批判されるべき大学教員世代の涕泣の対象としてのシンボリックな像は否定されなければならないという愚考のもとに蛮行が行われたことに対して強い憤りを感じる。

 戦没学徒兵の戦争責任を問うという発想は今までの僕にはまったく無かった発想であり、あの美しい魂の結実である「きけわだつみの声」を他人事として受け止め、なんとも無慈悲な感慨を持つ者がいることに、少少、驚いた。

 東京裁判では、上官の命により捕虜を殺害した兵までも戦争責任を問われたが、これも酷である。その延長線上で学徒兵に対して同胞たる日本人から戦争責任を問うのも無理があると思えてならないのである。そして無慈悲である。この本では、別途、わだつみ会の変遷・岩波書店などもキーワードになってくる。

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2009年6月 7日 (日)

大学とは何か

  特に、大学人には、文系理系を問わずに読んで頂きたい本である。【大学の誕生(上) 帝国大学の時代 天野郁夫】を読んだ。それ、重厚長大で新書の歴史に燦然と輝く一冊(下巻も併せて二冊)になるであろうものと想像された。

 僕個人としては、ここまで精緻な大学史の知識を必要とはしていないが本書が歴史的意義を持つ労作とされることは論を待たないものと思えた。

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2009年6月 5日 (金)

マザー・テレサの計画と行動の方法

○ 計画は立てない。それは、必要な時、必要なものが与えられるという確信に拠る。
○ 何も行動しない。それは、神がマザーを使っているだけなのであるという確信に拠る。

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2009年6月 4日 (木)

兵隊さんありがとう

  【皇軍兵士の日常 一ノ瀬俊也 講談社現代新書】を読了した。講談社現代新書は、その伝統において、岩波新書・中公新書に並びうるバリューを持っておりその歴史は、新潮新書よりも遙かに古いものであると記憶している。

 しかし、書籍の装幀が劇的に変化してからは講談社現代新書の前で足を止めなくなった。なにか、とても本を選びづらくなった印象と違和を感じるのである。

 さて、この本。【学歴・階級・軍隊 高田里惠子著】と共通項が多い。どちらも興味深く読ませてもらった。比較せよというのなら高田のほうが着眼点等々を勘案すると選れているというのが読後感である。

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放射線被爆と白血病発症の関係

その因果関係は証明されており、十万人が一年間に0.01グレイの被爆を受けると白血病が一~二人発生するといわれている。【がんをどう考えるか 三橋紀夫 新潮新書】

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2009年6月 3日 (水)

自分の入る骨壺くらいはあらかじめ製作しておこうという意図のもとに書かれた本を読んだ

 【骨壺の話 水上勉著 集英社】を読了した。嘗て、天台宗の貫主・今東光が水上勉を評して、良寛なんて書ける才なぞ無いと喝破していたが、それは別としても、書名と内容の乖離において著しい感のある本である。

 骨壺造り、大いに結構。だから、興味を惹かれて読んでみたのだ。しかし、よくよく考えれば、骨壺が如きものに意匠を凝らしても仕方があるまい。水上勉は免疫学者・多田富雄にも似て老人固有の嘆息を露骨に表現したがる。

 なお、また、その、老人のエゴのようなものは城山三郎からは一言も発せられていない点で人の持つ人品骨柄というものを強く考えさせられた。もちろん、山折哲雄にしても老いの感慨を否定化した発言は一言たりとも為していない。

 翻って、僕なぞ、一刻も早く翁になりたくて仕方がないのである。誰其れ誰其れ100年後には、地球人の構成員は、ほぼ、全員が入れ替わっているのだ。それも、シャッフルでなく、総取っ替え。素晴らしい現象である。

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2009年6月 1日 (月)

小野篁の怪異

 小野篁は平安初期を代表する文人であり、小野小町の祖父とされている。伝承の世界では、篁は、毎晩、冥府に通い、閻魔王庁で裁判を手伝っていたという。

 六道珍皇寺の境内の焔魔堂には小野篁と閻魔の木像が並んでいる。庭には、冥界に通った死の井戸というのがある。【羅城門の怪 志村有弘著】に典拠。

☆ 一度、訪問したが何の変哲もない寺であった。近くには、六波羅蜜寺がある。 

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2009年5月31日 (日)

事象を語るために必要な哲学的語彙と心理学的字解の相違点

  【臨床と言葉 心理学と哲学のあわいに探る臨床の知 河合隼雄 鷲田清一共著 阪急コミュニケーションズ刊】を読んだが内容において希薄であった。事象をポンと一つそこに抛り出し、それを心理学ではこう呼ぶ、哲学ではこう呼ぶという浅薄な議論だけが先行し期待していた程の知的興奮を得ることが出来なかった。

 鷲田の哲学エッセイは愉快である。しかし、僕は、どうも河合隼雄との相性が悪い。氏がユングに関しての泰斗である以上、どうしても、河合の言葉で表現されるユング像に触れておきたいのだが一向に進展しないのだ。そもそも心理学と相性が悪いのか。

 嘗て、人類の知的遺産シリーズという全102巻の全集が刊行されて、それは、古今東西の思想家が一堂に会したが如き壮大な企画出版であった。高校生であった僕には、到底、これらすべての本を入手して読み解くことなぞ不可能であった。この手の全集は、僕が知る限り2回の企画出版がなされており、つまり、2種類の「人類の知的遺産シリーズ」がある。ともあれ・・・

 しかし、折角か偶然か人間として生まれてきて、これだけの思想や知の耀躍を前にしてその全貌とは言わぬまでも、こうした知の一端を知ることなく呆けたことに時間を費やすことは、勿体ないと強く感じたものである。

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2009年5月30日 (土)

分解と解釈と理解と智慧-解剖学的な視点から動因される知について-

 既存の事象は分解されてから初めて理解されるものである。それ、即ち、解剖的な営みと酷似している。解剖から得られた知見が解釈されて理解となり知として結実する。

 当サイトでは、文献学的な立場から死に迫る試みを模索している。その動因を読書に求め、その読書体験とは解読されるために言葉が一旦は分解されなければならない宿命のもとに曝されなくてはならないと考えている。

 臨床の言葉なぞ呆れるほどに存在していないことを知った。そこで、当サイトを「解剖室」と改名することにしたのである。

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2009年5月29日 (金)

納棺夫の苦悩

  職業に貴賎はない。いくらそう思っても、死そのものをタブー視する現実があるかぎり、納棺夫や火葬夫は無残である。【納棺夫日記 青木新門著 文春文庫】に典拠。

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2009年5月28日 (木)

小林秀雄先生の謦咳にふれたような気がした

  【小林秀雄先生来る 原田宗典著 新潮社】を読んだ。原田さん作品はおしなべて滑稽である。ユーモアのなかにも抑制がきちっと作用しているのが原田ユーモアの特徴である。

 上記の本の舞台は青森県鯵ヶ沢である。その方言もなんだか温かくて飄としており、うん、原田ワールドだなとも感得した。

 余談だが、哲の女、池田晶子は小林秀雄を師と仰いでいた。そういえば、ほぼ、30年前の装幀のままで書店に小林秀雄全集が並んでいる。価格は一冊が2000円。破格ではある。しかし、今現在、集中的に小林秀雄を学ぼうという気持ちはないのだ。

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羅城門とか羅生門のこと-それは何所にあったのか-

 【羅城門の怪 異界往来伝奇譚 志村有弘著 角川選書】を読んだ。それは平安京・平城京の正門として朱雀大路の南端に位置していたのだそうだ。その読みは「らいしょうもん」または、「らいせいもん」と読む。現在では、門の跡しか残っていない由。

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2009年5月27日 (水)

養老孟司と茂木健一郎の脳を比較してみる

  【生きて死ぬ私 茂木健一郎著 筑摩書房】を読んだ。脳という文脈では、先ず、この二人を俎上に載せなくてはならない。

 素直で話に拡がりがあるのが茂木健一郎であり、クールで解剖という一定の条件下で話を進めているのが養老孟司であるような気がした。養老孟司は、解剖刀を返す刀で社会をも腑分けしているのである。他方、茂木健一郎の話は確かに小難しい点もある。

 脳を手懸かりとして仏教のほうから参加してきたのが、玄侑宗久であり、また、南 直哉であるとも言えるのである。それは学際的な拡がりと言ってもよい現象であり、宗教としては仏教ならばこそである。キリスト者には唯脳論のような話は馴染まない。

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2009年5月26日 (火)

死生観の変更を強力に迫る池田晶子-その入門書として-

  【人生のほんとう -迷わない惑わせられない- 池田晶子著 トランスビュー刊】を読んだ。これまでにも池田晶子女史のことは、当ブログでも再三、取り上げている。

 上記の本は池田死生観とも池田死学とも表現できる池田哲学をやさしく自解したものとして好著である。ともあれ、この池田女史が解き明かす死生観に触れなかったら、死とは僕のなかで咀嚼されない謎であり、なおかつまた、怖いものであったに違いないのだ。

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2009年5月25日 (月)

松谷みよ子さんの現代民話考という本を予約した

  標記の本は絶版になって久しいと思っていた。ちくま文庫として収載されていることは知っていたが、それさえも絶版になっていると信じ込んでいた。が、まだ、その命脈は健在だったようで、何とか入手できることになった。松谷みよ子女史のライフワーク的な労作である。ただし、分冊の販売を行っておらず、全12巻の一括購入が条件となる。もちろん購入することとした。

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2009年5月19日 (火)

この世の中で途轍もなく恐ろしいもの

 今、仕事の必要に迫られて、この世の中で一番、怖いものは何かということに就いて考えている。地震・雷・火事・親爺の喩えも陳腐であるし、実感として、惻々と伝わる恐怖とは何かという命題について考えるのは、実に難儀なのだ。

 おそらく人が一番、恐ろしいという考えにも共鳴できるのであるが、何か茫漠としている。改めて考えてみた場合、それほど、たいした恐ろしい恐怖というのは現状、僕には、そう、想定しえないのだ。おそらく、恐怖とは事後発生的な感覚として処理されているからなのであろう。恐怖を具象化して、これは、これよりも恐ろしいという問題の立て方に無理があるのかも知れない。 

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早朝坐禅は凜とした体験である

  早朝坐禅-凜とした生活のすすめ 山折哲雄著 祥伝社新書】を読んだ。如何にも山折さんが書いたという温かみが伝わって来る一冊である。しかし、山折さん。少し手抜き工事をしましたね。(微笑)。そこも、山折さんらしくてごご愛嬌なのである。

 坐禅という高踏的な立場を一端、放下し、日常性のなかに【坐禅のようなもの】、つまり、疑似としての、また、体験としての坐禅を奨めている点では、特段の評価できる。そういう自己流の禅を、【野狐禅】とか【生禅】と呼ぶらしいが、それは、それでも結構。一日のなかで一人になって考えることは人生の豊饒を喚起せしむるのだ。

 僕はといえば、早朝に起床して、30分程度のあいだを茫とするのを旨としている。その時間帯での思考的感度は鋭であり、なおかつ快なのである。

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2009年5月18日 (月)

済洞(臨済宗と曹洞宗)を論ずることなかれ

  標記の言葉は、蘭渓道隆の言葉である。矛盾や謎を覚悟して生き続けてゆくことを修行と呼ぶなら、我々は間違えなく同参の修行者なのです。【同時代禅僧対談〈問い〉の問答 南直哉 玄侑宗久著 (玄侑氏から発せられた言葉)】に典拠。 

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2009年5月17日 (日)

哲学を窮理に究めようとすると発狂するという言説に対する評価

 池田晶子が、しばしば、哲学のもたらす危険性、則ち、窮理に事象を突き詰めてゆくと発狂するという言葉を頻用していたが、それは大袈裟だなと思っていた。しかし、おそらく、それはただしく正解であり、発狂を回避するためには、屹点を設定し、そこから先に踏み込まないことが肝心であると思われた。僕。哲学科で学んでいたとしたら、とうに発狂していただろう。

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2009年5月16日 (土)

1300歳の阿修羅像は聡明な少年の顔をしながらも含羞をたたえて困惑していた

  奈良には何度も足を運んでいる。いわゆる南都六宗の御寺を巡礼するためである。当然、興福寺も訪問した。が、興福寺は、猿沢の池に映える五重塔ばかりが目立ち、他にはほとんど観るべきものがないのが不思議であった。

 その理由は、伽藍がはっきりとしていないためである。おそらく興福寺も拝観料を取りたくても取れないのだ。現実に、寺域は公園のようになっているだけで地元のファミリーが手弁当を拡げて遊んでおり、寧ろ、微笑ましいのだ。

 阿修羅像と呼ばれる仏像は奈良にあることは知っていた。しかし、当時は、その名称も知らず、何処の御寺に収蔵されているのかも知らなかった。が、偶然、興福寺の寺域内をとおりすぎようとした時に、彼が其所にいることを知った。収蔵館のようななかにチンマりと収まっていたのだ。

 奈良において律たる名刹であるはずの興福寺は、度重なる火災のため多くの建造物が焼失したまま、現在に至り、そこが、あたかも公園のようになってしまっているのは、伽藍を構成する建造物がほとんど存在しないためなのだ。今時、興福寺建立1300年に当たる。その記念事業の一環として興福寺中金堂の復元にむけた浄財確保対策事業を策定して本展は企画されたものらしい。

 東京国立博物館に到着したのは、金曜日の朝十時三〇分である。にもかかわらず、五十分待ちという大盛況ぶりには些か驚いた。前回、開催された臨済宗系の博覧では、その教義等々が不立文字として認識されているため、偶像たる仏像の展示がほとんど無かった。そも、臨済宗や曹洞宗等の禅を基本とする宗派では基本的に仏像を必要としないのだ。前掲のとおり、文字としてさえ成立しない、いわゆる、不立文字の境地からみれば、仏像が必要であるわけがない。因みに、大英帝国博物館展では二時間待ちという状態であったと記憶している。

 さて、阿修羅像である。訪れているかたの多くはご婦人である。平日なのでそれも宜なる話である。八部衆であるとか十大弟子等の仏像は、まさに室生寺のそれを彷彿とさせた。なかでも異形中の異形は、迦楼羅立像であり、その顔面は鶏を模しているのだ。が、この手の異形の仏像は既に観たことがある。また、こうした仏が存在するのも想像力において了解は可能なのである。

 しかし、修羅に関しては、唸った。彼を表現する言葉が見つからないのだ。それが造られた発想の原点も理解できない。謎の一つは、あの少年の含羞を湛えた顔貌の不思議である。そして腕が六つあること。そして鴇色の色彩。その表象とするものは僕の理解を大きく超えていた。それにしても、阿修羅像の周りは多くの人が蝟集しさながら満員電車に乗っているかのようであった。

 カタログを買った。相変わらずの高価である。装幀もこれまでになく布張になっていた。しかし、使用している紙の品質が従前のものと比較して、やや、劣っている。装幀がよくても美術書としての側面を持つカタログ本文の紙品質が落ちたのでは本末転倒であるとも思えた。

 また、海洋堂製作の阿修羅像のフィギャーが人気を博しているとか。僕も買い求めたかったが会場限定バージョンのものは既に完売状態であった。東京国立博物館の仏教系の博覧で如何に人気な仏像であっても、それがフィギャーとして販売された例を僕は知らないのだ。尤も、近くの東急ハンズにゆけば手には入るのだが、改めて買いにゆく予定はない。

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2009年5月14日 (木)

臨床の言葉

 すべての言葉は、畢竟、臨床的であると直感したので、近々にも、当ブログ名を【臨床の言葉】へと変更します。

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2009年5月13日 (水)

欧米における相補・補完・代替医療(CAM)の周縁誌

  チャールズ皇太子の支援のもとで、特に、ホメオパシーについての研究がイギリスでは進行している。スピリチュアル・ヒーリングの一つである手かざし療法が公的保険の対象にもなっている。←[注 本当か。僕個人としては到底、驚きを禁じ得ない]。

 ドイツでは、全国の医学部でCAMが必須科目となっており、医師国家試験にも出題されているが、CAMは医学的エビデンスの点では確かに乏しいと【心も体も「冷え」は万病のもと 集英社新書】の著者である川嶋 朗医師も指摘している。 

☆ 病も気からであるとするならば、その治癒機転を賦活するのも、また、気の仕業なのであろう。

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2009年5月12日 (火)

仏教書を読んで興奮した

  【同時代禅僧対談 〈問い〉の問答 南直哉 玄侑宗久 依成出版社】を読んだ。まさに窮理な対談であった。この本は僕のなかで深く沈潜してゆき、今後も大切な一冊になるであろう。

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2009年5月11日 (月)

ヤンキーという文脈で語られる一群の若者たちが存在していた

   【ヤンキー文化論序説 五十嵐太郎編著 河出書房新社刊】。精神科医の春日武彦氏が書評で推していたので読んでみたが書名に比してコアな内容であった。

 迷惑・グロテスク・悪趣味・奇矯を体現していた者たちへの鎮魂と郷愁がまったくないわけでもない。彼らは、一体、何処に消えてしまったのか。もちろん、それは、加齢とともに今現在においてよき市井人として社会の一翼を担っているに違いない。

 ところが、彼らの拠ってたつ精神性のようなものが、どのように、現在に承継されているのかは不窮の謎であり、やはり、消滅したとみるのが正しいような気がする。どうやら、その精神性は、渋谷におけるチーマー等々とも微妙に異なるようであり、絶滅危惧種から絶滅へと至ったものと推定する立場もある。

 他方、その精神性は一貫としており表現型の差異とも了解できるのである。嘗ては、女子高生には、スケバンなどいう者が存在し、スカートの丈を奇矯なまでに長くして歩いていたものである。逆に今の女子高生のスカート丈は異様に短い。が、これは、【カワイイ文化】の延長線上にあるような気もする。そして、それは、反抗の表象としての機能を充分に担っていないのだ。

 暴走族のバイク・特攻服・改造車両・レディース等々は、少なくとも、僕には奇矯に映ったのであるが依然として興味深い現象であり、それは、解剖学や病理学でいう一つの畸形との遭遇体験にも酷似していた。

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2009年5月 9日 (土)

病理学とは何か

  これは精神病理学でも同じであるが、そも、病理学とは、病気の成り立ちを研究する学問であって【症状】のことは病気の本質と関係がある限りにおいてしか問題にすべきではないのである。【臨床哲学の知-臨床としての精神病理学のために 木村 敏著】に典拠。

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2009年5月 8日 (金)

格差は常に存在していたしこれからも存在する

 格差は単なる格差ではなく、その都度、「格差問題」として提起される。格差論は、その語られざる前提として「格差は存在すべきではなく、直ちに廃絶されるべきである」
として人口に膾炙されているが、格差の様態は標記の態様として存在する。

 格差はなくならないし、無くせない。格差を取り扱う場合、「格差が社会に壊乱的要素をもたらさないように扱う」という点にその要諦がある。【昭和のエートス 内田樹著】
を参考。

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ホスピスについて哲学者も考えた

 【ホスピス 命と癒しの倫理学 小原 信 ちくま新書】を読んだ。依然としてホスピスの領域は難題が山積である。著者のいう助死者という観念には強く共感できるが、大筋において、この人はホスピスを人文科学的な側面から強く捉えようとしすぎている。

 ホスピスに限らず、周縁の事象ともいうべきものは、自然科学はもちろん、社会科学的にも均質に考究されなくてはならない。もちろん、以前にも述べたとおり、僕はがんに冒されても徹底してホスピスにゆくつもりはないのだ。

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2009年5月 7日 (木)

今時の新型インフルエンザも記憶化されて脳に収容される

  同世代意識とは「記憶の共有である」。【昭和のエートス 神戸女学院大学文学部教授 内藤樹】に典拠。

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仏教における早慶の両雄

若き血に玄侑宗久あり、また、都の西北に南直哉あり。両雄、その宗旨を別にするもその法話はただしく興味あり。

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海軍大将井上成美の理路

  軍人が平素でも刀剣を帯びることが許されており、吾々が、また、その服装を誇りとしおるのは、一朝事ある時、その武器で人を斬り、国を守るという極めて国家的職分を果たすからである。然し、その一朝事であるか否かは国家が決める。

 即ち、[戦争]と国の意志が決定し「さあ、やれ」と統帥権の発動があってはじめて軍人が敵を殺すことが許されるのである。統帥権の発動もないのに勝手に之を以て人を殺すような不法なことをすれば名誉ある軍人は忽ち殺人の大罪人と化し神聖な武器は殺人の凶器となることを悟れ。

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2009年5月 6日 (水)

マザー・テレサはユーモアのセンスも抜群であった

 一九七六年。マザーは、カナダで行われた「国連居住環境会議」の席で、貧民のおかれた状態を極めて深刻に述べたのち、笑いながらカナダのトルドー首相に「あなたが、もっと質素なものを着て、粗食にすれば、国民もそれに従って、多くの人が救われるでしょう」と述べた。トルドー首相は、肩をすぼめてみせると会場は爆笑に包まれた。

 また、南カリフォルニア大学の、体重100㎏を超える或る教授は、「そのお腹の脂肪を貧しい人にお返しなさい」といわれて、グウの音もでなかったという。【イエスを愛した女 マザーテレサ アンセルモ・マタイス著】を参考。

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「司法には絶望しました。控訴、上告は望みません。早く被告を社会に出して欲しい。私がこの手で犯人を殺します」と光市母子殺害事件の遺族である本村 洋は記者会見の席上で咆吼した

  一審の判決で被告人は無期懲役という予想された結果であったが、極刑を望んでいた本村洋は落胆し憤懣やるかたなく「犯人を殺す」と記者会見で言い放った。担当した検察官は、判決に対して「こんな判例を残してはいけない」と怒りに声を震わした。

 他方、当日、ニュース・ステーション出演のため機上の人になった本村に対して、記者会見を観ていたスチュワーデスが「お昼の記者会見を観ました。これは、この飛行機に乗っているスチュワーデス全員の気持ちです。頑張って下さい」と述べ、小さなお守りを差し出した。
 
 当時、首相であった小渕恵三は、異例中の異例な発言をした。曰く「無辜の被害者への法律的救済がこのままでよいのか。本村さんの気持ちに対して政治家として応えなければならない」。結果、それが「犯罪被害者保護法」・「改正刑事訴訟法」・「改正検察審査会」の制定に繋がり、犯罪被害者が法廷で意見陳述が認められる契機になった。

 「犯人をこの手で殺す」と言い放ったにもかかわらず本村には、多くの共感が寄せられ、大きな一つのムーブメントとして結実した。【なぜ、君は絶望と闘えたのか 門田隆門著】
を参考。

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2009年5月 5日 (火)

母性の充実した発現者としての市原悦子さん

  風の又三郎の朗読を新潮CDシリーズで聴いた。朗読は市原悦子さん。彼女のご活躍は、既に「漫画 日本昔話」というアニメのなかで結実しているが、その本性は豊かな母性の表出にあると思えた。おそらく、昔話と幼児・子供のあいだには一定の相関があると思われ、僕自身の幼少期においても母から、寝入りばなに子守歌代わりに昔話を話してもらった経験がある。

 桃太郎・かちかち山等々の作品は、おそらく、子供の頃に通過儀礼として母親経由でその内容を知るに至る成長過程の機転の一つであると思われ、なおかつ、河合隼雄も心理学と昔話の関連性にかかわる論究をすすめている。とまれ、母性と昔話には一定の連関性があり、その横溢を市原悦子に見いだすことができるのだ。

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地下鉄サリン事件は自衛隊の戦記としても心に深く刻んでおくべきである

  【地下鉄サリン事件戦記 出動指揮官の戦闘記録 元陸上自衛隊第32普通科連隊長 福山 隆著 光人社刊】を読んだ。事件なりテロなりを一括集束した本は大概においておもしろいものだ。この本もその例に洩れない。

 サリンという猛毒を敵としながら、陸上自衛隊普通科連隊の化学物質の除染活動はまさに未知なる敵との戦いであり、隊員たちの恐怖感は想像に難くない。如何に陸上自衛隊化学学校の応援・バックアップがあったとしてもである。

 自衛隊は、もちろん、警察、消防は命を張るのが業務の特性である。死ぬのが厭なら転職するしかあるまい。職業倫理というのはそういうものだ。僕もまた、対微生物という点で、そういう仕事を選択した。或る意味、仕事中に死んでもやむを得ないと覚悟は、とうに決めている。

 職業には選択の自由という属性がある。その属性があるからこそ徹頭徹尾、職業に対して誠実な態度を取り続けなくてはならないのだ。

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直球勝負の対談を為した南直哉と茂木健一郎に拍手を送りたいのだ

 【人は死ぬから生きられる 脳科学者と禅僧の問答 新潮新書】を読んだ。なかなかたいして興をそそられる一冊であった。対談集がつまらないのは、最初から予定調和的なところがあり、「それ、違うでしょ」という意見が表出されることが少ない点にある。

 ところが、この本は相手の考えに対して非を鳴らすところでは厳しく応酬している点で高く評価できる。南直哉もいたずらに恐山の院代を努めているのではないなと感じた。また、努めて関与を避けてきた茂木健一郎の確かな知見にも唸った。今後、両人の発言からは眼が放せないものを感じた。

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2009年5月 4日 (月)

地球温暖化によって日本に土着する可能性の高い感染症

 デング熱も有力である。媒介動物はヒトスジシマ蚊であり、本州~沖縄に生息している。いわゆる、ブレークボーン・フィーバー(骨折熱)と呼ばれるほどに関節等の部位において激痛を主徴とする。海外渡航歴のある日本人で、毎年、三十人近くの感染例がある。また、ヒトスジシマ蚊という文脈では、チアニング熱も挙げておかなければならない。【パンデミック 小林照幸著】を参考。

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中学生と真摯にむきあうアンジェラ・アキさんにも感動した

 【拝啓十五の君へ アンジェラ・アキと中学生たち NHK全国音楽コンクール制作班・編 ポプラ社】を読んだ。アンジェラ・アキに拠る「手紙」という歌には僕も共感をおぼえる。

「人生のすべてのことに意味があるから・・・」というくだりには、彼女の思想的な深淵性が感じられる。人生とは、まさに、彼女の言うとおりなのだ。

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2009年5月 3日 (日)

知への構え

 自分で満足できる知を自分のなかで構築し屹然としている限り、それは、大きな矜持として、あたかも、大きく峻険の山塊のように聳え立ち、例え、身は、如何なる業種・或いは、低い位階に甘んじようとも、充満な気持ちと完結的な自己優越性において劣等感に苛まれる可能性は絶無なのである。現実なるこの僕が、日々の労務のなかで明確に証拠を出し続けているではないか。それを以て刮目せよ。成りたい自分になれ。そして完成したい自分を組み立ててゆくのだ。

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パンデミックアラートフェイズ5の状態では哲学書は読めない

 新型インフルエンザの警戒レベルがフェイズ5に引き上げられた日は哲学書を読んでいた。しかし、考えに集中できなくなったため【ニッポンの大学 小林哲夫著 講談社現代新書刊】を読むことにした。単なる大学のランキング本であり興味本位で読むには丁度よい。

 大学全入時代を受けて、既に、大学は漂流を開始している。結果、何処に辿り着くのだろうか。最底辺の大学では、花札をしながら学生が聴講(聴講とはいえないばかりか非礼)したり、飲酒し乍らの聴講も当たり前の光景であるという記述には驚きを禁じ得なかった。

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2009年5月 2日 (土)

四方田犬彦氏の時間感覚

  本日放送分のブックレビューに四方田氏が出演されていたのだが、モノを書くという行為のリズムを1クルーに対して15分と設定しているという話を聴いて仰天した。確かに15分あれば発想を言葉に置換できる。

 そのような意識が屹として明確化している点で四方田氏は窮理な人である。そういえば、僕も、例え5分でも時間を無駄にするのは厭なのだ。それを古来、寸暇を惜しむという。一応、寸暇を惜しんで、僕も読書にいそしんでいるのも、これまた、一つの事実ではあるのだが。

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2009年5月 1日 (金)

山本五十六の博奕嗜好と真珠湾攻撃の関係

  山本は博奕を好んだという。山本は米国との開戦において否定的見解を持っていたが、決行する以上、緻密な計画を立案してもなお、最終的には博奕な要素を含んでいたとも考えられなくもない。尤も、戦争なんて多かれ少なかれ博奕的な要素を含んでいるものなのであろう。

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「とてつもない日本」というタイトルの本を麻生太郎さんが上梓したので

  経済・雇用・保健衛生の点でも本当に途轍もない日本になってしまった。言の葉には魂や、まして現象さえも宿ることさえあるのだ。

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書架において本Aと本Bが隣接する確率

 それも無窮であり、確率的に算出することは現実において不可能である。漱石の本と池田晶子の本が仲良く書架に収まっている理由など何処にもない。しかし、池田晶子の本と小林秀雄の本が並んでいるということはあり得る。また、当然乍ら、同一書籍の上下巻とか全集の一巻と二巻が並んでいること就いてはそこに蓋然性が存在する。

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2009年4月30日 (木)

米内光政という現象

  【米内光政 阿川弘之著 新潮社】を読んだ。これで阿川が仕掛けた海軍提督三部作のすべてを読み終えたことになる。剽悍かと思えば茫洋。米内という人は、そういう一つの現象であると思えた。阿川が指定している海軍提督の三人のなかでは、個人的には井上成美が好みである。

 米内光政にしても鈴木貫太郎にしても、終戦にむけて最大限の努力をした。しかし、ポツダム宣言案が提示さけた時にこれを即時に受け入れていれば原爆の惨禍は免れ得た点において口惜しくもある。もちろん、軍部等々を抑え込むことは容易ではないことは承知している。なるようにしかならずに戦争は終結することとなったのだ。 

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2009年4月28日 (火)

Lohas Medical (ロハス・メディカル) の定期購読をすることにした

  安価で良質な医療関連情報が入手できる点において魅力的な冊子です。大きな病院では待合室などに設置して無料頒布しているようですが、大きな病院に行く機会もそうそうはありません。

(参考)
http://lohasmedical.jp/

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2009年4月27日 (月)

猫と宮沢賢治の関係

一体、宮沢賢治は猫が好きだったのか嫌いだったのか。【セロ弾きのゴーシュ 長岡輝子朗読版CD】を聴いていて頭を掠めた疑問である。賢治が猫嫌いであると仮定すると、ますむらひろしの一連の作品は賢治の意にはまったく染まないものであると言えることになってしまうのだ。

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2009年4月26日 (日)

ユングのことなら河合隼雄に訊け

  標記に掲げた言説はおそらく普遍的に正しい事実である。そこで、【ユング心理学入門 河合隼雄著 培風館】を読んだのであるが難解でありすぎた。そも、この本は初版が一九六七年と河合が少壮気鋭の頃に上梓された本であることから、いかにも力が入っている。そして二〇〇八年において五九刷発行のロングセラーとなって現在に至っている。おそらく、河合隼雄の門下生が京大の教養部あたりでテキストとして指定しているのだろう。

 余談だが、トムソンの病理学という獣医学術書がある。主任教授が訳出したためにこの本をテキストとして講義が進行することになり辟易した憶えがある。初学者には電顕下での組織像など皆目読み解けるはずもない。

 培風館といえば、大学の一般教養課程のテキストを一手に引き受けている出版社というイメージがある。また、【この本は京都大学文学部において「分析心理学」として十三回わたって講義した内容を骨子とした】とも書いてあるので充分な手応えを期待していたのだが、あえなく断念と相成った次第である。

 思潮・思想の世界を考えてゆく場合、心理学や精神医学の潮流を俯瞰しておくことは必要な作務である。今更、現在においてフロイトが正しいとも思わないが、ユングに就いては確実に押さえておきたいのである。今後、河合の別著からユングには引き続きアプローチをしてゆく予定でいる。

 哲学は命脈は論理である。如何に難解であるといわれようとも、文脈は一応において繋がっている。しかし、心理学は、その解釈なり言説なりがいきなり理解不能の境地へ飛躍するために論理的に追跡できない部分がある。

 心理学は思想であり、なおかつ、ナチュラルサイエンスとしての側面の二重性において重層的であるが故に悩ましいのである。哲学は、ソクラテス以降、ナチュラルサイエンスの容喙を一応、拒否している点で非重層的であるともいえる。

 哲学の窮理な姿は、とりもなおさず数学である。数学なら理屈で追っていける。ところが、心理学はそれができない点において魔法なのである。言語においてそれが魔法という形を採る場合、それは詩としての要諦を満たさなくてはならない。しかし、心理学は詩歌とも歴然と異なる。嘗て、故池田晶子が「心理学は不毛である」というようなことを述べた。今、その言葉をかみしめているのだ。

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2009年4月22日 (水)

怒りの復活を遂げた朝日ジャーナルを歓迎する

  一七年ぶりの復活だそうである。今、爽とする雑誌が喫緊にも必要な状況にある。

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2009年4月21日 (火)

インテリジェンスとは何か

 専門の学問以外の知というような定義も可能である。

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2009年4月20日 (月)

精神医学・特に精神病理学における症状とは何か

 家族や社会に迷惑をかけているのは【症状】である。【病気】そのものが迷惑をかけているのではない。だから、精神科医は症状を除去することが周囲の期待に応じることになり、症状が消えたら治ったということになる。

 症状をとられるということは、患者さんにとって自己防衛手段を奪われることと同じことに相当することもあるからして、後は自殺しか残っていないと選択肢も理解しうるのである。

 症状というのは、風邪と同じで、出す必要がなくなれば自然になくなるものである。ところが、最近の精神医学は、症状をとることしか考えなくなってしまった。病気をみないと病因を誤りかねない場合もある。【臨床哲学の知-臨床としての精神病理学のために 木村 敏著】に典拠。

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2009年4月19日 (日)

エジソンと電気椅子の濃密な関係-エジソン偉人伝の誤謬-

 【処刑電流 エジソン、電気戦争と電気椅子の発明 リチャード・モラン著 岩館葉子訳 みすず書房】を読んだ。本の帯には「電気椅子という人体実験」という文字が躍っている。

 電気椅子についてエジソンが大きく関わっていたのは驚きであった。電気椅子は死刑囚の苦痛軽減を目指す進歩的・人道的関心の結実などではなく、大電力会社の一つ(エジソン・エレクトリック・ライト社)とライバル(ウェスティングハウス社)  の確執の結果において発生した産物であることを知った。

 それは、もちろん都市の電気需要のシェア獲得の覇権闘争の歴史であるには違いないが、その根本はエジソンがDC(直流)を採る立場に対してライバル社がAC(交流)を呈上したことにおいて問題は権謀術策のうねりへと大きく傾斜してゆく。

 ACがDCよりも勝れていることは一八八八年には既に大衆の知るところとなり、DC側にいるエジソンは、ACはあまりに危険で商業・家庭用には向かないというキャンペーンを張った。また、その誹謗中傷工作の一環として、電気椅子に用いる電源をAC側に押しつけるように画策もした。それに対して、AC側は、【処刑電流】の汚名を回避するために、初の電気椅子処刑者のケムラーの処刑阻止を企図して大規模な法廷闘争へと傾れ込んだ。・・という内容である。

 この本は、死刑の是非・電気椅子の人道性等々を考える上で貴重で希有な一冊である。人道そのものが議論の対象になることにおいて、死刑とは既に言説的には人道的ではないともいえるのである。

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2009年4月16日 (木)

銀座よりも上野の街が好きなのである。

 しかし、それ以上に好きな街は、僕の場合、【お茶の水】にきまっているのである。

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「東京煮込み横町評判記」を評価する-モツの魑魅魍魎とその文化-

  【坂崎重盛著 光文社】という体裁の本を読んだ。モツの煮込みはB級グルメの最下層に位置する食べ物である。ところで、僕も、モツの煮込みに関しては一家言を持っているのだが最近では健康のために食べないことにしている。だいいち、体のほうが既に脂っこいものを受け付けないのが如何にも悲しい。食しても精々において年に一回程度である。

 モツの煮込みの正体は高塩分・高プリン体・高脂質。死の三重奏を発現する要素を充分すぎるぐらいに満たしている。僕には存在しえないといわれる一人称の死を家族のためにも、当分のあいだは回避し続ける義務がある。現実には、僕が本当に怖れるのは二人称の死なのであるが・・・。

 現在において、東京の随所に、こだわりの老舗的な煮込み屋があることを知って食指が動かなかった訳ではないが、現実には食べにはゆくつもりはない。しかし、そういうモツ料理専門の店舗が、ドッコイ生きているということに一庶民として悦びの念を感じる。多分、モツの文化が健在している街は活気のある街であると断定して間違いがなかろう。

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2009年4月15日 (水)

冷え性は体にはよくないという理由

 その科学的根拠を知りたかったので、【心も体も「冷え」は万病のもと 川嶋 朗 集英社新書】を読んだ。著者は北大医学部を歴として卒業した医師であり、東京女子医大附属青山女性・自然医療研究所クリニックの所長の任にある。

 内容は希薄でありエビデンスの基づく説明の部分が弱い。寧ろ、弱すぎるのである。記述には首を傾げたくなるような知見があふれている。そのために説得力には著しく欠ける。しかし、医師は医師。ほう、と唸らせられる部分もあったことも附言しておくが、集英社新書編集部の書籍に対する識眼の凋落を感じさせる一冊であった。

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や、これは失礼しました

  私は今はどなたからどのような手厳しい批判を浴びても標記のように、にこやかに引き下がる好好爺となった。【昭和のエートス 神戸女学院大学文学部教授 内藤樹】
 
☆ 僕は爺とはいえない年齢を生きているが、譲れない一線は別にしても、基本的には反論しないことも人生における大切な徳目の一つであると考えるようになった。というか他人を肯定することは対立することよりも自己の精神衛生において都合がよいのである。

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2009年4月14日 (火)

死に方などはどうでもよい

  死に方とは、どう考えても、「生」の側にある。「死」は生きている人には絶対に経験できない。絶対に経験のできないことについて願望を持つことはできない。

 死を無と考える人たちがいる。が、無というものを考えられたら、無ではなくなってしまう。無いものは考えられない。

 死は人生の何処にも無い。そう認識すれば、現在しかない。すべてが現在のなかにある。過去も現在のなかにしか存在しない。【池田晶子】

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2009年4月13日 (月)

ファジーと朧

 それらは実に緊密な連関性がある概念のような機を感じてならないのである。

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労働観において絶対に変容してはいけないその屹点

 従来、「遣り甲斐」のある仕事とは、受益者を想定して彼らからの笑顔や感謝を想像することで、労働のモチベーションを高めてきた。

 しかし、近年、労働観の質は変容し、遣り甲斐のそれは、その労苦がもたらす利得を優先的・排他的に受益するのは他ならぬ「私一人」という思考が台頭している。

 だが、労働の本質は、個人の努力が集団の利益に「かたちを変える」ことのうちに存する。個人の努力が個人に専一的に還元されることを求めず、逆に、多くの他者に利益として分配されるような「特異なメンタリティ」に拠って労働は動機付けられている。それが納得できない人は労働には向かない。

 私たちが労働をするのは、自己実現のためでも、適正な評価をうるためでも、クリエイティブであるためでもない。生き延びるためである。労働が私たちに「特異的なメンタリティ」を要求するのは、それが「生き延びるチャンス」の代価だからである。私は、この代価を高いとは思わない。【昭和のエートス 内田樹】に典拠。

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2009年4月12日 (日)

無常の周縁に位置するもの

 【朧】や【霞】、【儚】として理解しているのである。それらの統べては茫洋としており、或いは、形骸、または、空蝉なのかもしれないのである。少なくとも、現実とは乖離しているが、それは、また、現実とも深い関係性を構築しているようにも思える。

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がん治療における放射線照射の要諦二ヶ条

 ○ 「放射線物理学的アプローチ」と呼ばれるものであり空間的線量分布の調整のことをさし、正常組織への侵襲を低減して、なおかつ、如何に腫瘍部へ焦点を絞りどれだけの線量を集中して照射できるかの工夫のことである。

 ○ 「放射線生物学的アプローチ」のことをさし正常細胞と腫瘍細胞の放射線照射に依る回復時間の差異を利用して、腫瘍細胞がダメージを受けている状況のなかで、追加照射をする時間的タイミングのことへの工夫である。【がんをどう考えるか-放射線科医からの提言 三橋紀夫著】に典拠。

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2009年4月11日 (土)

臨床哲学とは何か

 【臨床哲学の知 -臨床としての精神病理学のために- 木村 敏著 洋泉社】を読んだ。病理学は臨床からは適当な距離を保持している。もちろん、臨床病理学や、精神病理学等々の分野は存在しているが故に「臨床」と「病理」のもつ連関性は必ずしも否定できない。

 しかし、単体で、[臨床哲学]というパラダイムを突きつけられるとなかなかに難しい。もちろんそれは、臨床医の哲学というようなモラルのようなものを指すのではなく、そこに思想的深淵性を感得した。

 今週、僕は、この難解な臨床哲学と観念に呪縛されるが如く、その都度、その都度、考えてみた。結論は-。なお、臨床哲学は、医療者や患者によって独占されるべき体系ではなく、現場は病院であるという束縛を受けない点において、なお、その概念は複雑に錯綜していた。

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図書館が朝の九時から開館しているのは何とも嬉しい

  時間は有効に活用したいものだ。知るは楽しみ也。

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2009年4月10日 (金)

週間ブックレビューは読書生活における一つの参考である

  この番組を読書経験の基礎としている限りにおいて、その読書体験は窮理な迄の高見に達し得ないことに気がついた。

 特に合評する本の質に問題がある。出演者は、司会者二人や他のゲストに負担がかからないような本を選択するのがマナーであるという点において、おもしろくても、つまらなくても、最大公約数的な本を呈上する必要がある。それには新書程度の本が適当であるということになる。

 僕も新書はよく読むが、新書は読書体験のなかではおつまみ的な意味しか為さない。端的な話、刺身のツマ的な立場をその要件としているにすぎないことに気がついた。事柄におけるサマリー的な本が新書であって読書体験のなかの位相は副次的でさえある。

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京都はセピア色である

   【京都の平熱 哲学者の都市案内 鷲田清一著 講談社】を読み終えた。一連の京都本のなかにおいて絶品であった。著者は京都で生まれ育ち、現在は阪大の副学長であることから学究的な視線で京都の様々な学校を逍遥・徘徊している点でも興味深い。屹とした好著である。

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2009年4月 9日 (木)

今現在において「患者よ、がんと闘うな」と本を買ってしまったことの失敗

 わざわざ、書店に注文して手に入れたにもかかわらず大事なことを忘れていた。初版が1996年なのである。医学的事実において不変なこともあるだろうが今では古い本の部類に入る。
 
 この領域の本で古い本は、現在の医学の進捗に合致していない場合が多い。そのため読むのを止めてそのまま書架へと移動することとした。著者の近藤誠は放射線科医である。放射線科からの発信や提言は、とても貴重なのだが・・・。とまれ、この本が、がん医療を取り巻く一般書籍として大きな旋風を巻き起こしたことは記憶に新しい。しかし、医学的ファクトとしておそらく古い。

 1996時点では、患者は、断然にして果断、がんと闘わないほうがよかったのかもしれない。しかしでは、今現在でも、やはり、がんとは闘わないほうがよいのだろうか。近藤には続編の刊行を期待したい。

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2009年4月 8日 (水)

学徒兵の記録が綴られた本はどれも痛々しい

  【学徒兵の精神誌 与えられた死と生の探求 大貫恵美子 岩波書店】を読んだ。学徒出陣の周縁の本は、どの本を読んでも痛々しい。また、この本は岩波書店から出版されている点において特段の興味をそそられた。蛇足ながら、岩波書店も左傾的であるといわれている。

 さて内容。極めて精緻に分析し考証が加えてある。しかし、学徒兵を一括りにしている点で、この本は、【学徒兵の精神誌】として普遍的な事実を伝えていない。それは大貫の眼鏡に適った学徒兵を選別するという作業が働いている所以に依る。旧制一高・東京帝大レベルの者たちだけを取り上げている点において些かの難が存在するが、それは、もとより本書が旧制高校生たちの知性を一つ一つ検証するという点に大貫の興味がある所以に依るものと理解される。労作であることには間違いはなく好意的に評価できる一冊である。

 著者には先著として【ねじまげられた桜-美意識と軍国主義 岩波書店】があるが、こちらのほうにおいて大貫の面目躍如が確実に結実していると思える。

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2009年4月 7日 (火)

精神を病む者は物語を紡ぎ出して自分をただしく健全だと申し立てる

  それに対応する医療者の姿勢がナラティブ・ベースド・メディスンなのだ。僕自身もまた、自分の物語を創り上げている。問題はその物語がただしく正常か否かにかかっているということなのだ。

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2009年4月 6日 (月)

今宵、僕も月に吠える

 もとより萩原朔太郎。

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インフルエンザは冬期に流行するという常識は崩壊している

 インフルエンザは空気が乾燥する冬期に発生するという認識はローカルな常識である。沖縄県では2005年以降、夏場にもインフルエンザが発生し学級閉鎖が相次いだ。

 これは、地球温暖化に伴い東南アジアにみられる亜熱帯型インフルエンザの流行パターンに移行しつつあることの証左であり、雨期においてピークを示す傾向がある。また、タイでは、インフルエンザのピークは乾期と雨期の二峰性のピークが観察される。新型インフルエンザのパンデミックが夏場に発生しても不思議ではない状況が現出しているのだ。
【パンデミック 小林照幸著 新潮新書】に典拠。

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2009年4月 5日 (日)

それでも人生にイエスと言う-如何なる人生であってもそれは肯定されなければならない-

 この本のタイトルを見た時、何とも陳腐だと思った。どうせ、そこいらのスピリチュアル系の売文家がテキト-に書いたものだと思い一瞥しただけで書店の書棚の前を通り過ぎようとした。しかし、著者がV・E・フランクルであることから即、購入した。氏はいうまでもなく、「夜と霧」等々の不朽の名著を残した人物である。

 フランクルがナチスの強制収容所に収容されて、まさに今現在の命も知れぬという窮理なまでの自己体験を基に精神科医として哲学者として分析したのが「夜と霧」であるのだが、その内容については省く。ただし、この陳腐とも思われるタイトルには、実に深淵で窮理な含蓄が秘められていることに愕然とした。

 「それでも人生にイエスと言う」。これはナチスの強制収容所に収容されている無辜のユダヤ人が、合い言葉のようにして自己を督励する言葉としていたことにおいて重大でまったき重き意味を持つ。まさに、言葉には可塑性があり同じ言葉でも誰が述べた言葉なのかという点において言葉の持つ意味の深さが斯くも異なることにも改めて驚いた。

 「生きる意味」だの「自分探し」だのという文脈での自己探求の無意味性は既に承知しているがフランクルのいう「生きる意味」の定義には改めて刮目し目から鱗が落ちる想いがした。曰く。人生とは、人生が発する問に答えを出し続けてゆくこと。これに勝る解答はないといってもよいだろう。

 生きる意味論を考える場合、その思考は、概ね、パッシブな傾向を帯びる。他方、「人生が発する問に答え続ける」という場合、その態度はアクティブでなくてはならない。待っていても人生はどうにもならない。働きかけこそを肝要とするフランクルの人生論には大きな感銘を受けた。

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2009年4月 4日 (土)

医学の進歩を阻害することにもなりかねない患者の過剰な権利意識

 大線量を照射した結果、がんが治っても障害が残ってしまうと医師は訴えられる。しかし、リスクを冒すような治療をせずに、がんが治らなくても、「がんだから治らなくても仕方ない」という状況では訴えられることがない。

 そんな風潮は医師を、どんどん萎縮させてしまう。それは、結果的に患者にも不幸なことである。医学とは完成された学問や技術ではなく、今現在において未熟で未完成な科学であることを理解すべきである。【がんをどう考えるか 三橋紀夫 新潮新書】。以下私見。

 過剰な権利意識はすべてのフェイズで社会生活を煩わしいものにしている。

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2009年4月 3日 (金)

真白き富士の気高さを

 それこそが日本の国威のあり方である。

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恐山の院代 南直哉(ミナミ・ジキサイ)も僧侶として発言している

 この南という坊さんも怜悧で鋭い。仏教は信仰であることがもちろん第一の要諦であるがその本質は思想であるものと感じる昨今である。過日、NHKで放映している「こころの時代」に出演していた。

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2009年4月 2日 (木)

負けるための智慧-甲子園球場で開催される高校野球の意味論-

  私たちが勝負事に熱中するのは勝つためではない。「適切な負け方」、「意義ある敗北」を習得するためである。「敗因はすべて自分自身のなかにある」という覚悟・「反省と自省」を為す心の涵養にその要諦がある。【昭和のエートス 神戸女学院大学文学部教授 内藤樹】を参考。

 さて、夏期の高校野球の教育的効果は、ただしく負けること、負け方の方法の会得にある。それは日本全国の高校のうち、負けない高校は、ただの一校だけしかない所以に依る。いづれ何かの形で何かを止揚して何かに勝てばよい。方向転換や転身でも構わない。しかし、絶対に負けてはいけないものもある。

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2009年4月 1日 (水)

大阿闍梨が書いた本を読む

  【一日一生 天台宗大阿闍梨 酒井雄哉 朝日新書】を読んだ。千日回峰業を二度にわたっておこなった人である。「身の丈にあったことを毎日くるくる繰り返す」という言葉が妙に得心した。こういう偉業を成し遂げた人の言葉は、惻々と身に沁みてくるものだ。

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2009年3月29日 (日)

兵庫県立兵庫高校を敬愛の念を以て見詰めている

 妹尾河童が卒業した学校である。神戸一中なにするものぞ。僕は兵庫県立兵庫高校を愛して止まない。

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2009年3月28日 (土)

形而上学の特性

☆ まず、エビデンスは不要である。

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2009年3月27日 (金)

熱く論争する時代でもない

  「論争できる」ということは、すでに 論争当事者間において前段階的なコミュニケーションが成り立っているということを意味している。それは、論争相手に対する或る種の敬意の表現でもある。【昭和のエートス 神戸女学院大学文学部教授 内藤樹】に典拠。

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2009年3月26日 (木)

精神科受診患者も腹の底では何かを考えているものである

 【精神科医は腹の底で何を考えているか 春日武彦著 幻冬舎新書】を読了した。これまで精神科治療における診断の方法が今ひとつ理解できなかった。それを素人にも解りやすく解題している点においてこの本は卓越している。

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2009年3月25日 (水)

城山三郎は詩の創作もしていた

  【どうせ、あちらへは手ぶらでゆく 城山三郎著 新潮社】を読み終えた。前作、【そうか、もう君はこの世にいないのか】のほうが惻々と胸に迫るものがあったが、前掲の本のなかに以下のような詩句が収載されていた。

 一日は一日のために
 今日は今日のために
 今日の他に人生はない
 今日のために今日がある

人生を味わい尽くした人から発せられる言葉であるように感じられた。

 他には・・・

一日即一生
茫々一場夢

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2009年3月24日 (火)

そして池田晶子女史は魂の領域に踏み込んだ

おおよそ哲学的に解題してゆく方法が馴染まない魂のことについて池田は考え始めた。それは、如何に、哲の女、池田晶子といえども避けてとおることができない一つの必然であり、当然の帰結であろう。【魂とは何か さて死んだのは誰なのか 池田晶子著】を読了した。

 池田の次なる展開は、仏教者との対話へと発展してゆく。それが、まさに【君自身に還れ 知と信を巡る対話 池田晶子 大峰 顯共著 本願寺出版】という書籍において一定の成熟した気配として感得できる。

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2009年3月23日 (月)

火葬場職員や葬祭業者への転職を考えていた

  僕は、それほどまでに阪神大震災が起きた頃に就業していたその仕事は嫌いであった。当時、近隣自治体で火葬場職員を募集していたので応募しようとしたが家族に猛反対を受けて断念した。当時、作り笑いをするのも苦手であったために葬祭業に転職を図ればムスとしてよいと思い転職を図ろうとしたのだ。それも、今となっては遠い記憶の一つである。

 さて、【納棺夫日記増補改訂版 青木新門著 文春文庫】 を読了した。初版が1996年である。序文には吉村昭が稿を寄せているのに先ず驚いた。納棺夫という稀少体験をした者が興味半分でお金儲けのために筆を執ったものではないことは吉村の名においてすぐに分かった。

 打ち上げ花火のような一発屋的な本が世の中に溢れかえっている。出版を手懸かりにマスコミ等々に進出して行く、或いは、商品を展開してゆく者が多いのは即今の出版事情をみれば歴然としている。そして、一時、ブームを形成した後、それは凋んでゆく。納棺夫日記はそういう本とは明らかに一線を劃している。

 青木は北陸は富山の出身である。そんなことから、親鸞の系譜を継承し宗旨的には浄土真宗である。そう、山折哲雄の系譜の色濃く反映している。また、青木は学生時代において早稲田で文学をやっていた。そのために一定のインテリジェンスの薫りもする。

 読者は、どう解題してゆくか。死体を扱う納棺夫たる職業はどんなものなのかという興味本位で読み始めると、三島由紀夫が出てくるわ親鸞が出てくるわで退屈な本に忽ちその姿を変える。では、納棺夫の哲理的な部分を読み込んでいこうとすると、当然のこと乍ら、山折等々の仏教学的な考察の比較において浅い。とまれ、真摯に書かれた本であることには間違いないのだが・・・。

 この本が映画「おくりびと」の底本になった。もし、元シブガキ隊の本木氏がこの本を発掘したのであれば彼の感性に改めて注目する必要がある。映画のほうは未だ観ていないので何ともコメントできないが、この命軽き時代の渦中、その命への眼差しが、ただしく死者に向かっている点においてなおかつ、本木の年齢を考えるにつけそれは驚きに価する。

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2009年3月22日 (日)

現象又は存在としての陸軍憲兵大尉甘粕正彦

  【甘粕正彦 乱心の曠野 佐野眞一 新潮社】を読み終えた。甘粕は、アナーキスト大杉栄、伊藤野枝、その甥の宗一を殺害した犯罪者である。結果、投獄され軍籍からも離れて民間人に降下している。

 甘粕は名古屋陸軍士官学校をおえながら、自身が落馬事故を原因とする体躯不如意をきっかけに陸軍の本流から離れて、傍流の憲兵として生きてゆかざるを得なかった。

 そこに甘粕の屈折した諦観のようなものも見て取れるが、もちろん焦点は、甘粕事件の背後に陸軍の意志(陸軍が甘粕に対して非合法的に大杉らを殺害するように指示していた)が働いていたのかという点に尽きる。しかし、それは歴史的興味であり、僕にはどうでもよいことなのだ。

 昔、【機雷 光岡明著】を読んだ。こちらは創作だが、海軍兵学校をおえながら、肺結核のため海軍の本流から外れて機雷の敷設等々をおこなう将校の物語であったがそれも措く。しかし、鬱勃たる感の発露が上手に表現されていた。

 人生は、あがらいきれない運命という、あちらのかたの多いなる意志に束縛されている。落馬事故がなければ、甘粕は歴史のなかに単純に埋没しているはずの人間だった。とまれ、甘粕が何をした人物なのかわかったし、何が焦点なのか理解できた。甘粕事件、または、甘粕正彦という事件・人物は一つの現象として僕のなかで固定した。

 蛇足だが、アナーキストであるにもかかわらず大杉栄が名古屋陸軍士官学校に在籍していた(素行不良のため中途放校になっている)ことには些か驚いた。くわえて、前述のとおり、甘粕も、また、名古屋陸軍士官学校の卒業である。

 本のタイトルにある「乱心の曠野」とは何を指すのか。甘粕は恩赦を経て中国に渡り、ここでも陸軍を秘密裏に支え各種の諜報や諜略に関与した。甘粕が如何に陸軍から信奉され、又は、隠然たる力を持っていたかに就いては梅津美冶郎のほうから敬礼をしてことからもわかる。

 果たして、甘粕が乱心の狂気を発現していたのかに就いても不明でるが、少なくとも佐野眞一の文脈からは乱心、すなわち、医学的な意味での精神障害的要素は微塵もない。佐野もまた、そういう文脈で読み取られることは本意ではないだろう。「乱心の曠野」とは、狭義では中国のことを指す。また、広義のそれは、甘粕の空虚たる内面のことを指す。それは、陸軍のアウトローとしての影の部分を支えて来た甘粕の心性を形容する言葉としてはふさわしいものと思えた。

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2009年3月21日 (土)

マザー・テレサはヒンドゥー教の神殿内に「死を待つ人の家」を造った

 マザーが、貧しく瀕死の人たちを収容する施設を提供して欲しいと市役所に訴えたところ、ヒンドゥー教の牙城カーリー神殿内のホールが提供されることになった。

 カーリー神殿には、四百人もの神官が仕えており、そこで、異教徒のシスターが活動しようというのだから反発が起きないほうがおかしかった。日本でいえば、お寺や神社の境内で活動するような感覚的な違和感がある。

 そこに運ばれた貧者たちは、キリスト教に改宗させられて埋葬されるという噂が流れ、マザーを殺すという言って脅かす者もいた。もちろん、改宗など勧めてはいない。

 脅迫に対してマザーは答えた。「どうぞ、ご自由に、私が天国に行くのが早まるだけです。でも、私が死んだ後は、あなたたちで、この仕事をやってくださいね」

 それでも、反発が止まないために、市の当局者が実情視察に来て、黙々と看護をしているマザーの仕事ぶりに納得した。

 そして、市の担当者は言った。「マザーを追い出してもよい。しかし、あなたたちがマザーと同じ仕事をするという条件で」 と。とても余人をして肩代わりなどできるような仕事ではなかった。

 瀕死の異教徒を、献身的な愛情を全力で看護し、その死を看取る。なんの見返りもない、いわば汚れた仕事を、キリスト教の説教をするでもなく、黙々と愛情を注ぐだけのマザーたちに、反対を唱えていた人たちも次第に認めだしはじめた。

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2009年3月19日 (木)

さらば、ホスピス

  こうしてブログをつうじて生と死の要諦について考えを進めてきた結果の一つ結論としてホスピスは僕には不要であるという認識の一つの形の結論を導き出すことができた。

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2009年3月17日 (火)

僕は僕の人生と和解する

  和解してこそ僕は僕として在るということを満腔の意を込めて僕は僕であると言い得る。僕は僕の人生と和解したのである。僕は、これまで辿ってきた僕の人生の歴程を赦免して僕は僕の人生を肯定することにしたのだ。

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2009年3月16日 (月)

春は残酷である

そう評した詩人は誰であっただろうか。春の吃点において確かに春は残酷であるに決まっている。

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2009年3月15日 (日)

新型インフルエンザに関してノンフィクション作家小林照幸氏が指摘していること

  その対策においては多くのことが行政サイドからホームページをつうじて示されているので、【パンデミック-感染爆発から生き残るために-小林照幸 新潮新書刊】の内容と重複していない部分に就いて記す。

 厚労省の推計によれば、日本で新型インフルエンザの患者が一人でも発生した場合、人口一億三千万人のうち、二ヶ月間で二十五%にあたる三千二百万人が感染し、最大で二%にあたる六十四万人が死亡する。また、東京在住の日本人一人が、海外で新型インフルエンザに感染して帰国した場合、二週間で沖縄から北海道まで全国に感染が拡大する。パンデミックが起きれば各職域で四十%が欠勤することになる。

 通常のインフルエンザウイルスは、呼吸器と腸管のみを冒すのに対して、H5N1型強毒性鳥インフルエンザが変異して人に感染する新型インフルエンザウイルスでは全身感染を引き起こす可能性が高い。

 死亡者は、若年層に集中する。これは免疫系が活発であるためにサイトカイン・ストームという現象を発現して多臓器不全の状態になる所以に依る。スペイン風邪の事例を参考にすると、十五歳~三十五歳をピークとして死亡率が高いものと想定できる。なお、現在、パンデミックフェーズは3(1~6まである)の状態にあり、それはパンデミックの警戒初期段階である。

 また、某医師会では、会員医師に対してアンケート調査を実施した結果、発熱外来等々への派遣要請等が来た場合に非協力と言い切った医師が過半数を占めた。

 パンデミックワクチンは新型インフルエンザのパンデミックやアウトブレイクが発生しない限り誕生しないが、日本では既にプレパンデミックワクチンが存在する。2008年から東京都内の病院医師、空港、港湾職員等々を対象として副作用に就いて治験的な開発が始動しており最終的には、六千四百人に治験的に接種を施す。

 以後、問題がなければ、2009年度以降、医療・警察・救急・自衛隊、総理・閣僚・公務員、ライフライン関連業者物流業者の順で接種が始まる。とりあえず、一般国民は後回しになる。プレパンデミックワクチンが現在においてどの程度効くのか判らないが、一応、ブースター効果があると現時点では考えられている。

 プレパンデミックワクチンでは新型インフルエンザは防ぎきれない。パンデミックワクチンが開発流通するまでには早くて半年はかかる。

 厚労省では、社会機能保持者一千万人分の接種が終わった段階で、次に一般国民への接種の検討を開始する。現在、政府は、パンデミックワクチンの全国民分の備蓄は考えていない。その辺りの事情を国立感染症研究所の研究員の岡●氏(書籍には実名で記載がされている)は次のように述べる。以下、箇条として書き出すと・・・。

・パンデミックワクチンの製造には、実際のウイルスが出現してから生産を開始しても完成まで一年程度の時間がかかり現状、供給人数は公表されておらず具体的生産計画はない。
・プレパンデミックワクチンは、最終的には、三千万人しか生産備蓄しない。
・タミフルは、ウイルスの増殖抑制という観点から初期段階では効果的である。しかし、新型インフルエンザでは通常の三倍量のタミフルの投与が必要となり生産・備蓄をどうするか。またタミフルの投与により、死亡域が高い十代での神経症状様の発作が発現している点にも問題もある。
・国民の七割に免疫ができると新型インフルエンザの流行は終熄する。
・プレパンデミックワクチンを造るのに有精卵二個が必要。一億人分では二億個の有精卵が必要。
・自宅療養が主眼として重症者のみ医療機関で治療をすることになっているが、治療の優先順位や食料の備蓄問題等々において現実的な対策が伴っていない。以上。

以下【パンデミック-感染爆発から生き残るために-小林照幸 新潮新書刊】を読んで、僕が気になったところを抜粋しておく。

・ワクチン接種の副作用としてギランバレー症候群が発生することもある。
・インフルエンザワクチン接種は、予防という意識よりも、副作用を起こす危険なものという意識に変容している。
・副作用・費用対効果の面で全国民分のワクチンの備蓄は疑問視する声もある。
・ワクチンには有効期限があるために大量廃棄となることも大いに考えられる。その都度、大量生産をするのか。

※ 当記事は、【パンデミック-感染爆発から生き残るために-小林照幸 新潮新書刊】という本に記載されている新型インフルエンザに関する部分を抽出してサマリーとして纏めました。なお、記事の性格上、僕自身の意見を反映させていないことを改めて強調しておきます。

 例えば、東京都では以下のような発生時マニュアルを策定しているようです。

http://www.chieiken.gr.jp/flu/tokyo-keikaku.pdf#search='東京都%20新型インフルエンザ'

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2009年3月14日 (土)

紫禁城に行きたいのである

  紫禁城はどういう来歴を辿った城なのかと興味を懐いた。そこで、【紫禁城 入江曜子著 岩波新書】という本を読了した。中国史に就いても疎いため、その歴史的意義については理解が出来なかったが、紫禁城という言葉は如何にも蠱惑的だ。現在、故宮博物院として利用されている由。溥儀も生活していたということも知った。

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2009年3月13日 (金)

ロジカルな幸福

論理でいうなら、「人は幸福を求めるから不幸になる」。結論は、たった一言で済んでしまう。【池田晶子】

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2009年3月10日 (火)

がんの放射線治療における免疫系の賦活化

  それは放射線ホルミシスと表現され、微量の全身被爆を受けると、免疫細胞が活性化されて免疫機能が亢進する現象が起きることが明確化されている。【がんをどう考えるか 三橋紀夫 新潮新書】に典拠

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2009年3月 9日 (月)

新型インフルエンザを平易に解説した本が出版された-必読書として-

 【パンデミック 小林照幸著 感染爆発から生き残るために 新潮新書】を読んだ。この人が書いた本は良いものが多い。明治薬科大に学んでいることから医療系の発信が多く「毒蛇(沖縄におけるハブ毒の防圧)」や「フィラリア(犬のではなく)」等々は興味深く読ませて戴いた。その口調は決して煽情的ではないところが気に入っている。

 現状、新型インフルエンザが発生した場合には、どういう対応したらよいのかという点において行動指針が判然としない。もちろん、判然としてないのは個々人が知る努力をしていないが故の認識不足の場合が多く、国や自治体は既に発生時マニュアルを策定して発生に備えているのだが、本当に、そのとおりに行動すれば罹患を免れるかといえば、必ずしもそうではないという印象が残った。

 新型インフルエンザの発生の結果、社会生活におけるすべてのフェーズで四割の機能がダウンするらしい。すなわちそれは、地域保健の要である保健所も四割の機能がダウンすることを示しており対応を予定している病院も通常戦力の六割稼働の状況下、個人がどのように対応するかについては極めて難しい問題を秘めている。

 WHOに拠れば、新型インフルエンザは、いつ発生してもおかしくない状況にあるそうだ。そんな意味から、謦咳の書として是非、一読を奨めたい。そして、各企業等々でも、発生時のマニュアルを策定しておく必要を強く感じた。しかも、その勤務箇所毎に個別の指針を策定しておくことが喫緊の課題であると強く思った。新型インフルエンザを考える場合、やはり、企業活動は不要不急として必要最低規模の稼働率にしておくのが望ましい。

 なお、総理大臣をはじめ警察官や医師、保健所職員等々の公務員系の人たちは、プレ・パンデミックワクチンの接種が優先的に為されるが副作用のほどは皆目未知数であるという。これもこれで気の毒ではあるが、自衛隊が死を賭して国防に当たるように、公務員は国民の福祉に寄与するために存在しているのだから身を挺して防疫にあたる義務がある。

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2009年3月 8日 (日)

大日本帝国海軍連合艦隊司令長官 山本五十六の何処が何故そんなにも偉かったのか

 山本五十六が何をした人物であるかは知っていたが、何故、そんなにエライ人なのか不明であった。もちろん、人柄に関しても不明。

 【山本五十六 阿川弘之著 新潮社】を読了した。五百頁になんなんとする大洋な文字を駆使して、その要諦を阿川が伝えてくれたお陰様を以て、その偉いといわれる所以を、少少に蕭蕭と理解することができた。この本は、阿川のライフワークの一つとして海軍提督シリーズ三部作を構成し他二人に井上成美と米内光政を指定している。また、左に示した三人ほど職位は高くなかったが、小沢治三郎・山口多聞・伊藤整一も僕が好む将星たちである。

 さて、山本五十六の何処が偉かったか。それは、日米開戦の阻止に最後まで尽力したこと、さらに、大艦巨砲主義を退け航空戦力の拡充に尽力した点でも、当時の海軍のなかにあって先見の明がありその二点が高い評価が為されている。

 しかしところが、山本五十六は、米国駐在武官としての経験等々をとおして米国と敵対することは無謀であることを理解していたことは当然のことわりであり、くわえて、飛行機の本格的な台頭に伴い勝敗の契機は航空戦力如何で決することなどは既に自明であり、改めて卓抜なる提督であるとも感ぜられない。一命を賭して既に予備役編入にある海軍の旧臘なる大艦巨砲主義を信奉するお歴々に反旗を掲げた点でも一応において偉かった。が、日米開戦に異を唱えるのは、寧ろ、海軍トップである山本の職責から、当然、具申すべき職掌であるはずであり、その点において特段の叡智を山本五十六からは感じ得ることはできない。この時点において山本五十六は凡将である。

 山本五十六の判断もただしく正確であったに違いないし、しかし、山本五十六の偉さとは最終的には連合艦隊司令長官たる山本五十六の戦死ということに収斂するような気がしてならない。その死によって山本五十六は一挙に神格化され軍神になった。山本五十六が神格化したことによって山本信仰のような雰囲気が醸成されたのである。そのために郷里の長岡には軍神山本神社の建立をしようという動きもあったともきく。

 あの日、あの時、あの場所で山本が死ぬ理由など一つもなかった。そもそも、あそこに行く必要などなかった。何故、其処に山本は行ったのか。山本は死に場所を得るためにそこに赴いたと思うより他に解釈の余裕というか隙間がない。勝てる戦争なら、山本は絶対にあそこには行かなかった。負ける戦争だからあそこに行き死んだのである。その意図は責任感の発露とも解し得る。

 作者の阿川に関していえば、此所まで山本のことを調べ尽くした点において立派である。必ずしも、海軍兵学校卒ではなく、所詮は海軍予備学生上がりだが、やはり、海軍の申し子といわざるを得ない。この本を読んで阿川さんという作家の存在をやっと認める気になってきた。否、とっくに認めていたのかも知れない。「雲の墓標」において阿川の戦争文学的基盤は盤石の喩えを形成していたものと断定し得る。

 歴史的な事実を追った本は必ず一人歩きを始める。例えば、新撰組において、「新撰組血風禄」や「新撰組始末記」が小説であるにもかかわらず、一つの確かな史実かのように理解されているように、山本五十六に関しても、この阿川の作品が史実におけるスタンダードになってゆくことは必定であると思えた。

 この本の初版は、昭和三十九年と古い。これとは別に冷徹に戦史を眺めた一群の者達が存在する。現在、彼らの研究の結果、真珠湾攻撃の様態に就いてはつぶさに検証され、防衛省戦史編纂書籍のなかでも、米国は事前に真珠湾攻撃のことを察知していたというのが歴史的事実なのだそうである。もちろんつまり、それは、日本における防諜の破綻の意味を為し暗号が事前に解読されていた所以によるものである。

 山本の人柄は、偏奇にして利発、山師的側面もあったものと理解した。

補遺

 当ブログでは、この本からも言の葉を拾ってゆくものとした。

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2009年3月 6日 (金)

落語とは人の業の肯定である

  立川談志曰く「落語は逃げちゃった奴等が主人公なんだよ。人間、寝ちゃいけない状況でも、眠きゃ寝る。酒を飲んぢゃいけないと分かっていても、ついつい飲んじゃう。昼間から寄席で油売ってる奴なんて禄なもんぢゃない。でもな、努力して皆偉くなるなら誰も苦労なんかしない。努力しても偉くなれないから寄席に来ているんだ。」と 【赤めだか 立川談春著 扶桑社】に典拠。

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2009年3月 5日 (木)

落語に造詣を深める端緒として

  落語というものに興味を持ちながらも今ひとつ接点がなかった。その端緒を掘削すべく【赤めだか 立川談春著 扶桑社】という本を読んだ。特別な感興もないが、立川談志の弟子を努めることはなんとも労苦の絶えない作務である。それはともかくも、立川談志という男は情にも厚くて少なくとも馬鹿ではない。

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哲学者 池田晶子の ぞろぞろと

○人間とは思い込みの動物である
○人生とは煎じ詰めれば「ご縁」である
○良くいう人と同じ数だけ、悪くいう人がいる。逆も真。 
○なるようしかならないようにできている。
○結局のところ最大の謎は死ぬということだ。

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がん治療の評価基準としての生存率と奏功率

  手術や放射線治療の評価は【生存率】として表現する一方、抗がん剤は【奏功率】として現され、50%以上がんが小さくなった患者の割合を示す指標である。現状、抗がん剤では、がんを治すことができないために、どのくらいがんが小さくなったかで評価するしかないのが現状となっている。【がんをどう考えるか 三橋紀夫 新潮新書】

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2009年3月 4日 (水)

明治時代を定義する

  明治とは、近代と近代以前のいわば、「汽水域」のような時代である。【昭和のエートス 神戸女学院大学文学部教授 内藤樹】

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2009年3月 3日 (火)

山本五十六の言葉に寓意する

苦しいこともあるだろう。 
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。 
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。

☆ 寓意の意味をしかと理解すべし。あくまでも寓意。真実を語り得ない故の寓意。

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無窮への献辞

○ 生きば生きん死なば死なんと思えただ その行き先は有無にまかせて
○ 生まれ来たその前世を知らざれば 死にゆく先はなお知らぬなり
○ 始めなく終わりもなきにわがこころ 生まれ死するも空のくうなり
○ 死にはせぬどこへも行かぬここに居る たずねはするなものは言わぬぞ

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2009年3月 2日 (月)

乳がんに罹患してから五年経過後のことに想いを馳せる

  乳がんの治療が奏功して五年生存率をみると一見良好な成績を修めているようにみえるが、さらに長いスパンで観察してゆくと生存率曲線は下降の一途を辿る。つまりそれは、何年経っても治ったと言えない乳がんの状態にあるといえる。

 治ったと信じていても、十年、二十年経過後に転移が突然出現してくる場合があるが故の不可解さを、【がんの休眠】として考えてみる必要がある。左が明確化されたため乳がんは全身病と考えられるようになり治療法も変化してきた。その結果、局所制御率を高める手術方法は排除され乳房温存療法が急速に普及した。【がんをどう考えるか 三橋紀夫 新潮新書】に典拠。

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おくりびととして納棺師を養成する専門学校がある

 http://www.sundai-th.jp/sogi/

 そのマテリアルは何であれ死を凝視する職業には華こそないが、真理が存在している可能性もなくもない。医と僧、そして、おくりびと。その三者が相俟って、とりあえず死というものは完結するものとも思えなくもない。各々が、一つづつ死を凝とする大切なエレメントなのである。

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キリスト者をめぐる男女間の認識的視線の若干の差異

 女性キリスト者は、マザー・テレサを含めて「私はイエスの花嫁」だという。しかし、男性キリスト者はそういうことがいえないためにその根拠を、神の愛におけるイエスの正義に殉じることであるとただしく定義する。

 もちろん、キリスト教信仰の要諦において男女間の格差はないが、シスターが貞潔という時には、いうなれば、愛する夫に従う喜びがありはしないか。それが女性の強みなのだ。左の如く、元上智大学副学長アンセルモ・マタイスは指摘している。

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2009年2月27日 (金)

接触阻止の喪失

正常細胞の場合、細胞同士が密着すると分裂が止まり、それ以上増えないシステムを具備しているが、がん細胞にはこの条理を無視して増殖を続ける。その性質のことを接触阻止の喪失と表現する。【東京女子医大教授 三橋紀夫】

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貧困と貧乏

 【貧困】は経済問題であるが、【貧乏】は心理問題である。相対劣位にある心的状態のことを【貧乏】と呼ぶ。

 【エコロジカル・ニッチ(生態学的地位)】という言葉がある。その伝を借りれば、ネズミがゾウをみても「あんなに大きくなりたいと思わない」のは道理である。

 誰でも他人の所有物を羨む限り、貧乏であることを止めることはできない。他者の欲望を模倣するのではなく、自分自身のなかから浮き上がってくる「自前の欲望」の声に耳を傾けることのできる人は、それだけで、すでに豊かである。【神戸女学院大学文学部教授 内藤樹】

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2009年2月23日 (月)

不可解な本である-ソクラテスを基礎として-

 【死と生きる 獄中哲学対話 池田晶子 陸田真志 新潮社】を読了したが不思議な内容を湛えている。陸田真志は死刑囚(執行既遂)である。一方、池田は哲学者。この二人の往復書簡という体裁の本である。

 死刑囚と作家等々の往復書簡集自体は決して珍しいことではない。しかし、この本は、従来のそうした類の本とはトーンが明らかに異なっている。池田は、よくよく死刑囚に魅入られるようで以前には、永山則夫からも往復書簡の遣り取りを希望されたという。

 永山といえば【無知の涙】を上梓し貧困家庭で育った故に依る社会に対するルサンチマンと、無知が故に犯した犯罪について韜晦している点で衆目の関心を惹起した。池田は永山の思想のような体裁の形骸に見るべきものなしと一蹴し希望には応じなかった。永山が罪一等を減じてもらうためのパフォーマンスを池田がその慧眼から見抜いていたと言ってもよい。

 陸田真志の場合、池田に対して一読者として純真に感想を書いて送った。その一文から池田は陸田のもつ哲学的資質を直感し、往復書簡の遣り取りが開始した。陸田に哲学的感性を見いだしたとしても、池田が何故、陸田にこうも関わる理由がよく分からないのである。陸田が一審で死刑判決を受けた時点において控訴をしない方針を選択した時に、池田は控訴するよう強く命令している。それは人道的配慮からでもなく反省を省察させるためでもない。特意に強調しておくが、強い口調で面罵するような態度で控訴するように命令指示・強制をしている。

  池田は、陸田に対して様々なことを命じている。陸田の書いた文書に書き直しを命じたり、或いは、その文書を評価を下している。褒めることもあるが、此所まで言うかと唸るほどに痛烈な批判を下すこともある。陸田も陸田で、指摘されるままに池田に迎合するような文書を書いている。通常一般において、こうした往復書簡の形はあり得ない。

 池田が陸田に望んだことは何か。もちろん、贖罪そのものではない。おそらく、池田は陸田にソクラテスを重層して見ていたのである。刑死の様態としてソクラテスは、その一命が助かるにも拘わらずに、自らの思想のために死刑を諾として受け入れた。一方で陸田の方も、盛んにソクラテスを援用し乍らも、殺人者としの自己を自覚しつつ(それが控訴しなかった理由ではないが)死に就こうとした。それは宅間 守の死刑執行願望とも異質のものである。

 ソクラテスは思想に殉じたことから他者に迷惑をかけていないのに対して陸田は二人を殺害している。その点において二人の刑死の意味は絶対的に差別されるが、陸田には、贖罪でもない、死刑執行願望でもない第三の刑死願望があった。もちろん、拘置所生活における拘禁反応の忌避でもない。それは、やはり、哲学的な死と表現するより他に言葉が見つからない。さらに追求して表現すれば【存在論】に依拠した思想の系なのである。

 実は、池田は陸田に対して様々なサポートをしていたことを本文で、チラチラと見せているが、池田の文言に係わる本質は、あくまで女王様なのであり思想的なサディズムである。池田という人は、現実世界においてはおそらく優しい情の溢れたよき婦人なのであろう。が、一旦、思想の世界に入ると鬼に化す。陸田が死刑を執行された時点で、池田は慟哭したはずである。それは、一回だけ。それは冷淡なのではない。池田は思惟すること以外に興味がないのだ。強いて指摘すれば犬に対しては人間以上に愛情を傾注した。

 陸田と池田との対話は、この本一冊で終わっている。それは途絶したという印象が強い。存在論を基盤とした哲学的感性をもった死刑囚がいた。それに対して池田が興味をもった。で、少し往復書簡をしてみた。そして双方が興味が無くなって終わり。いかにも尻切れトンボのような感が払拭できないが、二人には二人なりの事情もあったのだろう。

 死刑確定以後、末期の人生を思索に費やす一群の者たちがいると聞く。鬼哭啾々たる犯罪を犯しながら、斯くも魂の浄化と、余人には到底不可能な深い思惟を形成することについて、どのように判断したらよいのか迷う。ただし、それは、安直な死刑廃止論とは直結しない旨、申し上げておく。

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2009年2月22日 (日)

バートランド・ラッセルの西洋哲学史全三巻に挑む

  哲学史を一応、俯瞰しておこうと思う。書店の知人の弁では「ラッセルの基本は数学」にあるために必ずしもラッセルの哲学史には懐疑的であり、別の本を薦めてくれたのだが、僕には、【哲学史】と言えば、やはり、ラッセルなのだ。活字が小さくて老眼にもこたえる。だいいち、僕は数学や算数が大の苦手なのであるが挑戦する価値は充分に存在する。それにしても、全三巻で一万五千円となんなんとする金額は決してお手頃価格ではない。

 しかし、獣医学の専門書よりは遙かに安価である。獣医学書が僕にもたらす価値よりも哲学書が僕に与える啓示の方が遙かに大きい。獣医学は、僕が思考・思惟するための本を買うための手段である。

 帆船模型を休日を利用して製作するが如く、古来の賢哲たちと叡知の何たるかを静かに観想してゆくつもりだ。せっかちな読み方はしないで、解らないところでは、一々考えるという行為を最大限の楽しみとして哲学史を堪能してゆこう。

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2009年2月21日 (土)

人間と宇宙とを相剋するということは

 窮理と窮理の衝突である。

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2009年2月19日 (木)

僕は、その昔、変人と呼ばれていた

 嘗て、僕は僕の変人ぶりに至上の価値を置いていたが、今は普通が一番だなんて考えてみたりしている。変人は変人と呼ばれることに至上の快感を感じるものであり、池田晶子が何度も何度も自分を変人呼ばわりするのは理解の範疇のなかにある。

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理解当識の方法

 人は自分の解るようにしか解らないのである。解らないことについての解り方は、自分の解るように解るしかないのである。それでは自分の解るようにしか解ったことになっていないということが解っていない。これが大抵の人のものの解り方です。【池田晶子】

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2009年2月18日 (水)

マザー・テレサの貧者に対する眼差し-神学的直感として-

 マザー・テレサは次のように述べています。「私たちは仕事のためにここ(死を待つ人の家 :本来は「貧困のうちに病み、死にゆく人のための家」という翻訳が正しい。)に来たのではなく、イエスのために来たのです。イエスのためにすべてのことをしています。私たちはなにより修道女です。社会事業家でも、教師でも、医師でも、看護婦でもありません。イエスは、捨てられた人や、孤児、病人、死にかけた人のなかにいらっしゃいます。」

 それに対して、マザーと親交があったアンセルモ・マタイスは、上記の言葉はクリスチャンでなければ、なかなか理解が難しいとしたうえで、「貧しい人のなかのイエスを愛し、イエスのなかで貧しい人を愛します」と解題しました。

 また、そのことを、マザーは神学上の問題を超えて、直感で悟っているものと喝破し、その要諦として「貧しい人のなかにイエスはいる」ということこそマザーの愛のダイナミズムとも表現します。

 神学上のことは別にして、マザーは、もはや、死を免れ得ない貧しい人に、自己の尊厳のなかで死を迎えさせたという点でも偉大です。

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2009年2月17日 (火)

美人薄命は正しいのか

  【残酷人生論 究極の論理思考 池田晶子 情報センター出版局】を読了した。僕は池田という窮理で希有な知性に出会えたことを嬉しく思う。それにしても、池田が早逝したことが気になる。

 「美をみし人は早逝する」とも謂われる。芸術家の多くが早逝している理由はそんな点にあり、言うなれば、パンドラの匵を開いてしまった者たちの特権、または不幸とも理解できる。

 池田晶子という女性。考究をその本質とし乍らも、一方でモデルとしても活躍していた。確かにきれいな人であった。その伝でいえば美人薄命という言葉にも信憑性が見えてくる。夏目雅子さんを失った時、多くの男性は茫然自失とし、この言葉に信憑性の正鵠について確信した。僕はといえば、呆然自失もしなかったし、その言葉に対して科学的妥当性がないものと一蹴したが故人の若すぎる死を悼む態度を支持した。

 池田晶子は、何故、斯くも早く天国に召還されたのか。おそらく、死に対して不遜であった理由による。その点において池田は死の受容等々に関して、生も死もないというロゴスを展開し、さらに非宗教的な立場から、結果的に人心に安心を与えた。池田の性格を考慮すると他人のためにモノを考えるタイプでは断じてあえない。知っていても教えてくれないタイプの人だ。

 池田のいうとおり科学的立場を堅持するなら、死は死んでからも解らない。科学を否定するのなら、死は死んでみないと分からない。死後のことを知りたいのなら、一度、死んで確かめてみたら・・・とも言う。おしなべて、池田の主張することは身も蓋もないのである。

 その著書のなかで、池田はくどい程、生には恬淡としていることを告白している。生の意味を考えることは死を考えることとまったき同義である。しかし、生を主体として考えるのか、死を主体として考えるのかではその立脚点において対極の関係にある。池田には、先ず死ありきという姿勢が紛々としており、どこかで生というものをなめていた。生かされていることを理解しようとしなかった。それは生の希薄性を意味する。希薄性故に、現実に生の希薄を現実として膀胱がんという希有な病気で死んだ。

 僕は死にたくない。だから生の対立命題としての死の問題を当ブログで考えている。生に貪欲であるからこそ死にも貪欲なのである。その末期において、死を恬淡と受け入れたい。池田と僕とのあいだには生に係わる基本的認識とその立脚点において180°の差違がある。生には貪欲でありたい。

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2009年2月16日 (月)

瀬戸内晴美または瀬戸内寂聴のエロスの問題

 【寂聴伝 齋藤愼爾著 白水社】を読了した。本を購入してから白水社刊ということに先ず驚いた。精々、講談社あたりから出版されているのだろうと思っていた所以に依る。要するに、瀬戸内の評伝がでるとしてもその程度の作家であるとみていた自分の不明を恥じ入る。

 この本は、一応、評伝として分類できる。が、人物の人生が完結していない限り評伝とはなり得ないという点で悩ましいのだが歴とした評伝と断言してもよい威風を備えている。その評伝に対して寂聴も万雷の賛を著者に贈っている。評伝としてはまさに正しく一級である。大岡昇平による中原中也の評伝もすばらしいものがあるが、それにも比肩する。

 僕は、そもそも女流作家が書くものは好みとしてこなかった。豈図らんや、瀬戸内晴美が小説として扱ったテーマは僕が好みとする者たちばかりであった。岡本かの子のことを書いていることは知っていた。しかし、伊藤野枝を書いていることは迂闊にも識らなかった。僕は、つくづくと不明者である。

 瀬戸寂聴というと多淫というイメージが先行していた点で、僕は二重の不明を犯していた。多淫で結構。親鸞だって蓮如だって性の問題を持て余していたのだし。それにしても、僕は、通俗一般、ないしは小説家さえ誤解しているエロスという言葉の用いられ方が嫌いなのだ。現状、性愛に類似する言葉としてエロスという言葉がある。

 一般に、純文学においてエロスの占める比重は高く、その性描写には特段の文学的配慮が必要とされ、それ故にエロス描写に臨んで、多くの作家たちはここぞとばかりに健筆を競うような文学的因習を感じる。エロスであれ情交であり要は同じこと。

 ところが、エロスはイデアとかアガペを希求する言葉として崇高でなくてはならない観想であり行為に伴って発生する感情ではない。如何に高邁で厳粛な男女間の交わりであっても概念としてエロスに昇華することは出来ないと僕は感じている。僕は倉田百三が【愛と認識と出発】のなかで「男女間の交接は殺人よりも罪が重い」という意見をその一部に於いて現在でも信奉しているのだ。意図不明なエロスなら、エロ・グロ・ナンセンスの方が遙かに解りやすい。

 瀬戸内寂聴は仏教関連の本もたくさん増産(増刷ではなく)している。それを読み尽くしてきた。しかし、それは増産という形容が至当であると気づいた時、その全ての仏教エッセイを破棄した。以来、寂聴といえばニセ坊主の感が先行して認識するようななった。
ところが、よくよく考えてみると、岩手県の某寺でおこなわれる「青空説法」では、地域のお年寄りたちに大きな感動と笑いを提供し続けてきた。その説法の内容等々は言いたい放題の放埒と見えたのだが、そういう坊主が実は存在していても良いのだ。

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2009年2月15日 (日)

瓢鮎図を解読しない

  東京国立博物館で開催されている【特別展 妙心寺】の展示物のなかでは白隠禅師による飄逸な禅画もさることながら、その白眉とするのは瓢鮎図であり、それは図画に依る公案の問いかけである。

 臨済禅の要諦は、どうも、中国を色濃く反映している点にあるようだ。もちろん、仏教はインドを経て中国を経由して日本にもたらされたという意味では当然なのであるが・・・。

 禅では、その定義を不立文字であると規定する。禅の提要は言葉にもならないの意である。故に図画としても表象されるべくもないが、公案の提示として言葉の運用をなくしては禅の禅たる禅機を発現するための始点がない。

 そのため、最低限の言葉と表象としての図画のみを存在として許しているのであり大郭な仏像等々はまったき不要なのである。そうしたモノを目当てに当該特別展を観覧しようとでかけても仏像が在ろうはずもない。禅とは、極論すれば御仏に帰依するものではなく思考することに尽きそれは哲理を看板とする窮理な考の大系なのだ。ヘーゲルが弁証法を提要したことを禅の立場から観れば、弁証法は悟りということになる。ヘーゲルも覚者であり、大悟者であり、それは豁然におこなわれた。

 それにしても、中国色の影響をモロに受けていることには些か驚いた。その仔細は知らないが黄檗宗は中国そのものだともいう。玄侑宗久が中国文学を専攻した理由が分かったような機がする。(気がするのでなく機である)

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2009年2月11日 (水)

臨済宗妙心寺派の躍進に寄与している玄侑宗久さん

 おそらく、玄侑宗久という坊主が存在しなければ東京国立博物館の平成館で妙心寺の特別展など開催されなかったであろう。同派に於いても、中興の祖と呼ばれる坊さんは幾足りとも存在していたのだろうが仔細に就いての知識が僕にはない。そもそも、禅系の坊主を僧侶と呼ぶのか否かも知らない。方丈だったけか。

 今、個人的な認識において玄侑宗久と養老孟司のブームは去った。が、この二人の動向には目が離せない。特に、玄侑に関しては小賢しい坊主と思いながらもその知見には感化されることが大である。玄侑の過ちとその魅力は知を横断するカテゴリーエラーに存在する。

 そのカテゴリー・エラーが負の結果として表像されているのが、玄侑が解題した【般若心経】である。玄侑が老いてこの本を開いた時、若気の至りという言葉が脳裏をよぎるに違いない。とはいえ壮大なカテゴリーエラーこそ玄侑の魅力であり、今後の逸大なる僧器を感じるのである。

 ということで、東京国立博物館平成館で開催されている「特別展 妙心寺」を観に出掛けることにした。

補遺・・・

 自宅最寄りの横浜線淵野辺駅から上野駅までが近いので助かる。(毎回、最寄り駅が異なるのは僕が徘徊者だからである)。おそらく、人生には定点は存在しない。徘徊しないで定住している人は希有である。

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2009年2月10日 (火)

詩と小説の差違

  それは詩人と小説家の差違そのものである。谷川俊太郎が出版社の要請に応えて小説を執筆に挑んだが、結局は書けなかったという。詩と小説は劃然と棲み分けが存在しており、脳の使用領域が異なる。谷川俊太郎が小説を書けないのは当たり前である。

 本が好きというだけで「小説家になればよい」とアドバイスされることが多い。好意は有り難いのだがそれは無理というもの。僕がここで示しているとおり読書傾向において最近では小説の占める比重が極端に低い。さらに言えば小説等々には大きな興味がない。

  それにしても、谷川俊太郎が小説が書けないことを聴いて安心したような心性の形成が僕のなかでおきている。小説よりも言葉の美を探求する詩の方が遙かに好きだ。僕も小説は書けないし書きたいとも思わないのである。

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2009年2月 9日 (月)

昭和のエートスという本に知的興奮をおぼえた

  標記の本を読了した。【内田樹著 バジリコ社】という陣容である。知に係わるエッセイ集であることから特別な纏まりは無いが、強いて表現すれば昭和という点で特化、収斂しており、数多出版されている昭和本とは知の程度において劃然たる差違が感じられた。一つ一つを箴言として拾ってゆくとそこに歴然として正確な著者の冴えた視線が光っている本であり著者の強気も感じとれる。

 昭和と一言で表現しても表現しきれない振幅がある。多くの昭和レトロ本は昭和三十年代生まれの者たちによって支持されているように思える。それは忌まわしい過去としてではなく懐かしさと追想に彩られている。

 また、戦争体験の有無もまた昭和世代を差別化するための一つの境界線である。その区割りのなかでも特攻体験の有無は戦争体験の有無を論じるなかで大きな分水嶺になっているとも思われる。戦争体験において良き想い出などある者などほとんど存在しないことから戦中派の者たちは戦争体験に対して口を噤むのは必然であり、なおかつ、それは、忌まわしさを随としている。

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2009年2月 8日 (日)

「昭和の鉄道」という写真集を賞賛する-鉄道写真芸術の可能性として-

  鉄道を活写することは難しい。電車等々を撮影しているだけでは単なる車輌のデータ的な価値しか持たない無機的な写真になってしまい人心の歓心を喚起しえない。根っからの鉄ちゃんではない僕にとって車輌単独の写真は如何にも淋としている。

 そこに人が存在し鉄道の風景のなかに溶け込んでいる時、より強い印象を放つ写真とし存在感の意気を感じる。寧ろ、鉄道的な要素を極めて小さく取り込むことがツボなのである。標記に記したタイトルの写真集は芸術的とは言い難いが、人を大きく撮り込んでいる点で評価は高い。

 昨今、電車カタログのような本・写真集が増えているなかで、この本には人の気配がある。また、戦後昭和の鉄道史としての価値も高い。鉄道は習俗でもあることにも思い至る。現実において松谷みよ子が鉄道にまつわる民俗学的な伝承を収集した本を上梓している。

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労働における父性の発現

  弱い者・自分より職位が低くて傲慢でない者に対して上司は温情を以て遇してくれる。それは家庭における父権と同一のものと見なされた。昨年、大きな賞を頂戴した時のご褒美として図書券を上司個人の意思に依り贈呈を受けた。

 そこに大いなる父性を感じた。父の教えや指示には忠実であることが、家庭の実父の倣いに似て労働の提要にして要諦の第一であるものと改めて感得した。早速、その図書券で記念となるような書籍を購入して上司の意気を久遠のものとして本に刻印して嬉しい思弁を定着させた。購入した本は「ことわざ辞典」として上司の名を署名した。

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2009年2月 6日 (金)

日がな一日図書館三昧は最高の贅沢である

 本が好きだ。図書館に稀にしか出かけない理由は本に赤線を引き乍ら読む所以に依る。それにしても高価な写真集を眺めているだけでも楽しい。

 最近の図書館はCDやDVD等々の設置に意欲的なので頻繁に通うようになった。TSUTAYA等々でレンタルしているCDなどと異なり珍しい音源に出会うと試聴したりするのが嬉しい。ひがな一日、図書館で過ごすのは愉快である。

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2009年2月 3日 (火)

裁判員は自己の誠実に基づいて他殺死体の供覧を拒否する権利が担保されてはならない

 法医学に学問的関心を抱いたことがある。それは良心に誓って興味本位の怖いもの見たさではなかったものと断言できる。病理学を学んだ体験から異常死に係る肉体的変化は如何なる様態を以てして特徴化されるのかを知りたかった。

 そのような学術としての法医学にアプローチした時でさえ、変死者は非法医学者的なる者の容喙を断乎として拒絶するのである。どういうことか。僕は、二度に渉って非法医学者の身分から変死体に文献学的に接近した際、二度とも甚急性のフラッシュバック体験をした。変死体が専門書の随所に掲載されていたのが原因である。

 それは、PTSDともいえるフラッシュバックの体験は強烈であった。規定の精神安定剤の十倍量を服用しさらに薬理的に増強作用のあるアルコールを鯨飲して、やっと、落ち着きを取り戻した。あんな痛烈な体験を僕は今後において発現したくない。そも、強姦殺人の被害者の写真等々を証拠としてみたいかと問われれば見たくないし話も聴きたくない。

 そうした証拠写真をみたり話を聴いたりするとゲンナリと気が滅入ることは想像に難くない。その体験を強いることは国民の義務としては些か荷が重すぎる。もちろん、そんな残虐な写真等々を素人にそのまま供覧することはないだろう。が、殺害された被害者にも人権がある。死者に人権がないと思ったら大間違いである。

 自分が殺害された等々に関しては、秘匿しておきたい窮理な個人情報である。如何なる方法で殺害されたとしても、それを僕は最大の辱めだと感じる。それを素人に云々されたくたくないのは当然のことわりである。変死体は法医学と司法と警察に対してのみ祟らない。ここでいう祟るとは怨霊等々の話でなく、換言すれば、変死体は法医学を含む司法にのみ体躯を委ねるのである。

 強姦殺人を例にひいたので、この伝で例解すると、裁判員制度は、犯罪被害としての強姦して殺害された後、被害者はさらに屍姦のうえ輪姦されるという辱めにあうようにものなのだ。先にも述べたとおり、現実には三次元CGを使用するなど素人の裁判員宛には、その残虐性の希釈のために相応の配慮が為されるだろうが、その本質は被害者の感情から述べれば、素人に開示し議論して欲しくないものであると想像されるのだ。被害者の権利。それは従前から被害者遺族によって声高に叫ばれているのだが、いっこうに司法・マスコミには伝達されないまま無視されたまま現在に至っている。

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2009年2月 2日 (月)

骨董とは何か

 それはたぶん、いにしえ人に対する興味である。

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「41歳からの哲学」という本は平易である

  標記の池田晶子著の本を読了した。池田節もいよいよ冴えに冴えてきた。著者に依れば、41歳とタイトルに標榜したのには深い意味はないと述べ、サブタイトルには「考えることに手遅れはない」とある。

 類書として、「14歳からの哲学」という本も上梓しているが、こちらは、より哲学の提義等々を平易に中学二年生に伝えようという意思のもとに執筆されているために著者自らその難解性を告白している。池田には中学二年生に対しての思い入れがある。属性として中一は子供、中三は大人。つまり、中二を人生における一つの分水嶺と位置づけている。

 指摘されるとそのとおりなのである。中一までは世界が一つに纏まっている時期でもあった。中三になると、「あいつとは世界が違う」とばかりに同程度の者と交友等々を結ぶようになる。そうした階層的な、おもに偏差値に依って分断された差違ともいえるが、そうしたことに否応なく直面して切羽詰まるのが中三なのである。多少の分別もつき、「オレの頭では宇都宮女子高のような優秀な学校にゆくあの女の子は高嶺の花だな」などと思うようになる。

 一般的に中二は、子供の出口、大人的価値観の認識的な入り口として池田は捉えている。その感覚は、現今、または、将来においてまったく自分とは別の人種になり得る者がいることを覚明する時期なのである。それを指して自我の認識とでも呼ぶのかもしれない。
現実に、僕の同窓には阪大の数学科で準教授をしている者がおり、中二頃からいきなり疎遠となった。

 【41歳から哲学 新潮社 池田晶子著】という本は、世の中で発生した刑事事件等々を哲学的に解題したという点において、それは寧ろ、平易である。尤も、形而下のコトを形而上学的に表現できるのかという問いかけも可能ではある。

「存在とは何か」を常に問うている池田にとって世俗的な事件も形而上学的な思惟の対象になる。否、寧ろ、事件等々を一つの手懸かりに存在論的な立場から思惟と洞察を賢察している点においてこの本は的確に一つの哲学的思惟の素を成立しているのである。

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2009年2月 1日 (日)

論語の今更に-人間が人間として正しく生きるための指針となる典籍として-

  漢字が好きである。当ブログでも意識せずに漢字の無限性を手懸かりに勝手に漢字の単・熟語を造っては書き散らしているのは漢字に可塑性があるからである。そんなわけで【中野孝次の論語 中野孝次著 海竜社刊】を読了した。

 漢文はよい。そのリズムが心地よい。やはり、声に出して読みたいものである。この本は、中野氏が私家版的に論語を読み下した本であることから、「中野孝次の・・・」というタイトルになっている。中野孝次といえば、言わずと知れたドイツ文学者であり、【ハラスのいた日々】や【清貧の思想】等々は人々の歓心を喚起した。

 本業のドイツ文学の業績は幾足りのものか知らないが、國學院において教鞭を執っていた由。個人のブログなので個人のことを書くのを許してもらいたいのだが、僕は、日本文学者を別にしても、ドイツ文学者に対しては至上の価値をおく。それは、おそらく、ドイツ語が精緻な文法を要求していながらも、それはただしく正確で、響きにおいて他の言語を圧倒して止まない美しさを湛えていると思う所以による。

 さて、論語である。端的にいえば、江戸の幕藩体制の基礎・武士道の基礎となったのは論語である。人の生き方の規範として論語は宗教とは別の側面から真理を照射している点でそれは刮目に値する。日本が鎖国政策を終えて海外列強と対峙した時、媚びず、諂わず、奢らず、正しく威厳を示し得たのも論語が日本的教養、又は、行動規範になっていたことを既に多くの識者が指摘しているところだ。なるほど、論語には、それだけの言の葉の力がある。

 日本の今日的状況の変革を為すには論語教育を採用するのが手っ取り早い。しかし、最早、日本には論語を受容するだけの基盤がない。子供・教師・公務員・政治家・会社員、あきんど、皆、然り。もちろん、僕だってそれを訴免されるわけではない。が、論語を子供に通謡させ、大人が論語的規範に沿ってモノゴトを考え行動すれば日本は必ずよい国になる。今さら、「子曰く」の時代ではないのかも知れないが真理は古典のなかにあると僕は信じているし信じたい。

 論語のことを書いた。しかし、どちらかといえば「菜根譚」のほうが僕の好みである。
まっ、同じ土俵の上で論じるべき書物たちではないのであろうが・・・。

 知において尊敬できる知人に論語の持つ素晴らしさを説いた。すると彼。論語程度のことは池田大作の「人間革命」にも書いてあると言われて落胆した。創価学会のことは能く知らないが、その本が論語を凌駕するとは思えない。

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2009年1月31日 (土)

ホスピスを扱う本がブームである昨今の心像風景

 嘗て、【自分探し】を試みる一群の人がいた。ご多分に漏れず僕もそれを為した一人であるが、結果として自分探しの無意味を悟った。自分の実態は現実におけるその上でも下でもない。

 一方で、斯くもホスピス本が流行るのは、考え方としては【死に場所探し】の所作であるものと考えられた。現実の問題としてホスピス適応になるのは、がんに限られるため、相当な苦痛が予想される肺気腫等々では適用外であるこを銘記とすべきである。

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遊びにゆきたし傘はなし

  北原白秋は標記のように雨天の無聊を哀愁を込めて表現したが、井上陽水は「傘がない」と直截・乾燥にその心像を表現した。

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詩人とは何もかも詩として昇華してしまう者のことをさす

  谷川俊太郎ブームである。谷川もまた、死についての洞察を詩的手法を駆使して開始したといってもよい。相次いで、谷川本が出版されている。そんななかで【谷川俊太郎質問箱】という本を読了した。

通俗的なことや、ロマンテックなこと等々を質問として谷川にぶつけて、それに対して谷川が応答するという体裁を採っている本である。その回答一つ一つが詩編として昇華している点もさすがは谷川俊太郎である。装画も一つ一つ意趣が感じられて、だいいち、可愛らしい。

 この本の仕掛け人は、コピーライターの糸井重里である。彼も、筑紫哲也が朝日ジャーナルの編集長の頃に揚躍した。また、NHKの「you」という番組では、難しいことを生業としている人から、難しい内容を聴き出しては、平易に僕たちに伝えた。

 糸井の力量は、企画力・発想力・コピーライターとしての言葉の運用の卓越性が高く評価できるが、言葉にならない言葉を言葉として観想して易しく相手に問いかける力量には敬服する。その自然体から、「ふわっ」と本質的・核心的な言葉が発せられる点において少年のようなピュアな魂の持ち主であるとみなすことができる。

 それは、やはり、言の葉に携わる者としての稀才とも判断されるが、糸井の場合、その自然態において天才性がうかがわれるのである。
 
 コピーライターの仕事は広告に関して簡潔な詩を紡ぐ行為である。商品を詩的手法で説明するのが彼らの仕事であることから、詩人谷川俊太郎とコピーライター糸井重里の協働に依ってなったこの本は斯くまで美しい魂の発露として成立したのである。

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2009年1月29日 (木)

言葉が万物を創っている

  名前が無ければ、そのモノは存在しない。言葉で世界は構成されている。【池田晶子】 

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2009年1月28日 (水)

マザー・テレサの家族との別離

  マザーは、アルバニアに生まれ裕福な家庭でキリスト教に薫陶されて育った。本名はアグネスという。シスターとしてインド(後にインド国籍を取得している)に赴こうとした時、母は煩悶しながらもそれを許した。

 他方、アルバニア王に仕える近衛武官だった兄が反対した時にマザーは次のように述べた。「お兄様は百万人の人々の王様に仕えているのでしょう。私は全世界の王様にお仕えするのです」

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2009年1月27日 (火)

死の人生観

  生きていれば死ぬのは当たり前で、この当たり前を当たり前として認識しているかどうかで人の人生観は変わってくる。(中略) 悩み・苦しみというのは、人生には先があるとする錯覚的時間認識であり、それは気の迷いである。未来への不安、過去への後悔。それらはいずれも時間認識の勘違いなのであり、それらで苦しんでいるのはまさしく現在であるという点において過去でも未来でもないのである。【人生は愉快だ 池田晶子著 毎日出版社に典拠】

 ニーチェが「瞬間に生きよ」といったのもこの意が含まれているものと考えられた。

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2009年1月26日 (月)

ジョン・レノンとマザー・テレサ

  愛と平和を訴えてジョンがピアノを弾いて愛の詩を歌う前に、先ず、見捨てられた者たちの泥を拭ってやるのがマザーなのである。ジョンが愛の夢想家なら、マザーは愛のプラグマティストである。【アンセルモ・マタイス=「マザー・テレサ」という本の著者】の言葉。

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当たり前は当たり前である

当たり前は当たり前である

 当たり前がどうして当たり前かを考えないから、それがどうして当たり前かを分かってない人と、当たり前がどうして当たり前かを考えるから、それがどうして当たり前かを分かっている人とでは、当たり前の自覚が違う。【池田晶子】

☆ それは当たり前なので当たり前な話なのですが、なんだか早口言葉の練習のようです。

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2009年1月25日 (日)

哲学と神経症もしくは狂気

  哲学は窮理なことも一応は思惟の対象とするため、答えが出てこないケースが多々あり、それに拘泥し続けると、それこそ狂を発しかねない。例えば、「宇宙の無限性」等々を考えてもそれは窮理な設問である。そんな思考癖も、それはそれで、やはり一種のノイローシスともいえる。

 手を何時間も不条理に洗い続けている一群の人たちがいる。それも一種の癖であり、寧ろ、癖の領域からの逸脱、すなわち、神経症として臨床の対応が必要になってくる。

 上記の二例を比較してもそこに基本的な差違は存在しない。前者は不可知という点、後者は恐怖という点においての特化しているだけである。手を洗い続けてもバイ菌をすべて落としきることなど不可能であるばかりか、寧ろ皮膚の健康を損ねるという意味で有害である。

 両者とも事象にとらわれているという点において病的であり、そこに質的な差違は存在しない乍らも、特に、数学を含む人文系の者に発狂者が多く存在するのは、やはり窮理なことに挑んでいる所以に依る。もちろん、素粒子物理等々の分野も窮理な世界ではある。が、自然科学ではエビデンスを発見することが可能であるという点において哲学とは一線を劃す。

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2009年1月24日 (土)

故池田晶子さんは変わった人であった-変人の僕がいうのだから間違いない-

  【暮らしの哲学 池田晶子著 毎日新聞社刊】を読了した。池田さんに対する評価は毀誉褒貶において著しいものがあると思える。もとより彼女は自分についてこない、ついてくることができない読者など一瞥することなく切り捨てる姿勢は女王としての貫禄さえ感じられる。ご自身が述べているとおり、お会いしたら取って食われそうだ。

 僕の眼差しとしては、「嫌いではない」という程度か。確かに主張していることは論理的には正しいし間違ってはいない。思弁は冴え論理は明解であり、なおかつ明解すぎるのである。しかし、その強引な論理展開には、やや、辟易しなくもない。いやはやなんとも烈女である。

 執筆者の人格は著著にも反映されるが、著書がおもしろければ著者の人格はどうでもよい。一連の池田作品はおもしろいかと問われればおもしろい。当分、池田哲学に拉致拘束され洗脳されそうな恐怖を感じるという点において池田哲学は麻薬に近いものがある。他方、池田の本を読んで哲学が嫌いになる人もそうとう数、存在するだろう。哲学をより以遠なものにする可能性も秘めている。

 急逝された今、その才は惜しまれて止まない。・・・なんて弔意を表明すれば、「人生、死んだほうが勝ち」と嘯くはずである。

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2009年1月22日 (木)

英国人は気質として幽霊が好きなのである

 【幽霊のいる英国史 石原孝哉著 集英社新書】を読了した。世界史に疎いため、史実に就いてはまったく理解不能であったが、幽霊に斯くも親近感を抱く英国人の国民的心性には唸った。

 処刑などの不遇の死を遂げた国王は決まって幽霊と化して古城などに現われる。しかも、現われただけで、特段、人に災禍を齎すということがないのである。そこに、日本の平 将門・菅原道真などにおいての差異を認めうる。

 英国は幽霊は歓迎されるのである。その心性は、日本の妖怪・座敷わらしの認識的見解と酷似するが英国には妖怪は存在しない。寧ろ、妖精という形の異型は存在するが、それが直ちに日本の妖怪に相当するものであるかに就いては熟慮を要する。また、精霊とか聖霊はキリスト教を背景として生成された感もある。また、天使はキリスト教そのものの素材であり、仏教でいうところの各種の仏に相当するのだろう。

 「祟る幽霊」ではない英国のそれは、日本の「祟る幽霊」とは、その性格において確実に一線を劃しる。それを傍証するかのように、英国では、幽霊=ゴーストの出没するアパート・マンション・家屋には付加価値が発生し賃貸価格などが一般に高いのが普通なのだそうである。また、各種の幽霊見物ツアーも設定されているそうだ。

 勿論、科学的態度を頑なに堅持して幽霊などと一蹴する英国人も少なくない。しかし乍、悪さをしない幽霊を寛容する英国人の心根には他生の「優しさ」のようなものを感じて、また、一種のロマンとも表現できた。この本は、タイトルの示すとおり軸足は英国史になっている点で、冒頭にも述べたが世界史に多少なりともの知識があれば、より深い読み物になる点において、それは、確実である。

 補遺

 ポルターガイストという現象がある。それを英国では幽霊ないしゴーストの仕業と考えているのに対して日本では妖怪の仕業であると考えていることから幽霊性と妖怪性を探るための端緒が其所に存在しているのかもしれない。怨霊退散の思想として、米英ではゴーストバスター、日本では調伏。その認識的差違も興味深いものがある。

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2009年1月20日 (火)

池田晶子における死の方法

 【人生は愉快だ 池田晶子著 毎日新聞社刊】を読了した。一応、哲学書なので読み飛ばすことは不可能である。精読の価値がある一冊であると思えた。まず、古今東西の思想家が思惟を為した死への問いかけ、すなわち、彼等が、死をどのように問うたかを紹介したのち、それに対して池田が意見を述べるというような体裁を採っており、例えば、カントの実践理性の部分の何処が弱いのか等々を指摘しているほどの気鋭である。

 綺羅のような哲学者たちが思惟を重ねて導き出した死の哲学を縦断し睥睨している点において僕らのような読者は喘ぐことになる。なるほど、それぞれの哲学者の名前の聞いたことのある人ばかりである。しかし、その要解の附記がなく、いきなり、ヴィトゲンシュタインの場合・・・といわれても、名前こそ知っているものの即座に応答する準備はできていない。

 しかし、著者は、「哲学エッセイ」という分野を樹立して考えることの大切さを説いた点において偉大である。慶応の哲学を卒えた後、「池田哲学」と呼ばれるような体系としての哲学こそ樹立していないが、それでも立派である。おそらく、大学の哲学科で哲学を学ぶことは、哲学者の追体験であり、その解釈が主な学びなのであろう。勿論、教授職にあるような多くの研究者も同様の姿勢の域を出ないことは研究紀要をみても一目瞭然である。寧ろ、西田幾多郎のように哲学を打ち立てる人物が稀ともいえるのであろう。

 僕自身の好みの問題なのだが、西洋哲学は取りつくのに難儀なのである。東洋哲学において、思想家としての宗教家の言葉等々のほうがはるかに観照がしやすい。東洋と西欧の哲学の差異が歴然として存在していることは著者も認めているところである。

 蝶が、綺羅のような哲学者たちの死の観想に心の赴くまま羽根を休めるように、著者も心の赴くまま言の葉を紡いでいる。それは、時として、主観に基づいた辛辣な言葉を運用している。勿論、主観に基づかない認識という独立個人の心性の様態は存在はしない。

 それにしても、この著者の斯くも凄まじい自信の来歴は何処を根拠としているのであろうか。ちなみに、僕と年齢が近い女性として岸本葉子・香山リカがおり、池田晶子もその一人なのである。その圧倒的な知の優越性の発露として高飛車とも解される池田の言動は、
岸本・香山を圧倒してやまない。

岸本は東大経済学部・香山は東京医大医学部、そして、池田が慶応文学部哲学を修めているという点においてそれは了解できる。すなわち、森羅万象、(学問的)思惟の原点は須らく哲学にある。哲学的思惟からすべての学問的思惟が開闢したのである。物理・化学・医学然り。哲学こそ学問の原点なのだ。

 それ以上に、池田には、切羽詰まった事情がある。池田は、既に、この世の人ではない。
池田は2007年に腎臓がんのために没している。2008年になって、この本は初版出版されている。勿論、遺稿集でもないこの本は、「死んでからでも本はだせる」とも銘打ってある。そこに一つの哲学的感慨を見て取れるのだが、池田は、この本をがんとの闘病過程のなかで執筆したはずである。

 しかし乍、徹頭徹尾、死を哲学的に思惟して、弱音や死の恐怖など片言も口にしていない。死の妥当性を理論的に受け入れている。身を以て死の普遍妥当性を示した点で高僧の説法にも似た悟り、否、悟りのような曖昧な形ではなく、あたかも、数式によって死が導き出されたような論理的整合性をもったまま死んで逝った。また、あまりにも早かった死のおとないに就いても特段の論及はしていない。
  
 ついでに言えば、岸本は、がんに罹病後、がんに就いて徹底的に考えて一つのスタイルとしての精神的乾坤のようなものを提示した。岸本も気丈ではあるが、文体等々から女性らしい愛くるしさが感じられる(容貌等々ではなく・容貌も聡明にみちている) 。

 香山に関しては、死への視座は皆無に近い。精神科医としての精神現象に特化しており、 女性としては、どちらかといえば池田に近いが、思惟において池田のような気負い感じられない。ともあれ、今後、池田晶子の本を可能な限り読んでみようと考えている。

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2009年1月13日 (火)

パール判事の偉傑

 【パール判事 副題 -東京裁判批判と絶対平和主義- 中島岳志著 白水社刊】を読了した。NHKの週間ブックレビューで紹介された本であることから気にしていた本である。みすず書房とか白水社とか岩波の本を読む時には一抹の緊張感が漲るものであるが、この本は高踏的ではなく実に読みやすかった。

 パール判事を考える時、事後制定法の遡及的運用・インド・植民地・日本の近代化・イギリス・世界平和・原爆・ガンジー・絶対平和主義・戦争・等々がキーワードとしてあげられるが、きょうは精緻な分析をせず読了という事実のみを識す。

 特段に配意しなくてはならないのはパール判決を意図的に歪曲している輩をはじめとする反動勢力が存在するということである。パールの胸像が靖国の遊就館に掲げてあることにも驚きを禁じ得ないのである。それはパール判事の意に染む行為ではないことは想像に難くない。パール判決を根拠とした大東亜戦争肯定論に至っては笑止である。

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2009年1月12日 (月)

ベントレーというクルマに乗っていた白洲次郎は格好がよかった

  【白洲次郎の青春 白洲信哉著 幻冬舎】を読了した。著者は白洲次郎の孫にあたり、次郎のケンブリッジ大学留学時代、イベリア半島のジブラルタルへと旅行した時の行程を追体験する旅という体裁をとっている。

 次郎の妻は白洲正子。日本文化の正統な継承者として夙に有名であり、信哉の祖母に相当する。また、小林秀雄は信哉からみると母方の祖父になるなど、信哉を取り巻く血縁は錚々たる面々が揃いに揃っている。

 一般に、紀行文から得られる知見は少なく、残念乍らこの本もその幣を免れていない。今般、この本を読もうと思ったのも、白州正子の夫としての白州次郎とは一体、何者なのであろうかという疑問に端を発している。要するに、信哉氏の感慨等々についてはどうでもよいのである。さらにいえば白洲次郎もどうでもよいのである。

 寧ろ、白洲正子の夫という点において興味を惹かれたのが原点なのである。が、白洲次郎という威容・偉容の前にして震撼ともいえる感慨をおぼえた。その行動はダイナミックの一言に尽きる。

 白洲次郎の歴程については、未読乍ら【白洲次郎占領を背負った男 北 康利著 講談社刊】のほうが詳しいだろうと思えるのでこちらに譲りたい。近々にも読む予定をしており既に入手してある。

 【白洲次郎の青春】という本は造本において巧みがある。その装幀は卓抜であり、ついついフラッと買ってしまう蠱惑性もある。それも、幻冬舎の仕事の技巧の為せる業と形容するべきであろうか。

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2009年1月 9日 (金)

右翼と左翼の歴史的形成過程

 【右翼と左翼 浅羽通明著 幻冬舎新書】を読了した。好著であると思えるので世界史を勉強してから再度、チャレンジしようと思っている。著者の経歴等から【てきとう】な本だろうと安逸に読み始めたが、結果としては、手ひどい火傷を負う結果となった。良くも悪くも幻冬舎らしい本と言ってもよい。

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2009年1月 8日 (木)

世界史に疎い

 それは直截、人生をつまらないものにする。世界史を体系的に勉強しておけばよかったと悔やむ。読書生活に重大に禍根を残す結果となり、今、些か、困惑している。

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2009年1月 6日 (火)

養老孟司さんの脳の形

 【うちのまる 副題 養老孟司先生と猫の営業部長 有限会社養老研究所編 ソニーマガジンズ刊】という本のなかに養老氏の書斎の様子が収載されていることから、これが碩学 養老氏の頭の中身・又は、脳味噌の形なのだと思った。

 「うちのまる」とは養老先生がご家庭で飼養している猫(スコテッシュ・フォールド種)のことであり、有限会社養老研究所というのは令嬢の養老暁花さんが遊び心から命名した会社で実在していないようである。猫と養老先生のツーショットの図はよく似合う。猫にむかう養老さんの顔は天真爛漫で子供のようで微笑ましい。しかし、自分と人には厳しいかたでもある。

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2009年1月 5日 (月)

仕事始め二句

○ 電話早吾を待ちゐし医務始[五十嵐播水]
○ 創傷の抜糸を仕事始めとす[有泉七種]

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2009年1月 4日 (日)

人間は悩む葦でもある

  【[悩む人間]、[苦悩する人間]はただ、運の悪い不幸な人間なのだろうか】という姜尚中氏の問いかけは人生の核心を射抜いてるように感じられるのである。

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2009年1月 3日 (土)

対本宗訓は医師免許を取得して僧医として胎動を開始した

  【僧医として生きる 対本宗訓著 春秋社刊】を読了した。前著の「禅僧が医師をめざす理由」では宗門を去り医学を志す理由の説明責任を果たし、掲げた本では、医師になったことの経過説明とその報告をしている。前著を読んでおかないと対本宗訓の言わんとすることを充分に理解できないかもしれない。掲げた本と前著は書籍における上巻と下巻の関係に相当する。

 京大哲学をでるほどの智慧者は四十歳を超えてからも帝京大医学部に入り医師になれる可能性を秘めていることを証明した。おそるべし。京大哲学科ともいえる。尤も、哲学科は、学問の成立において曾ては数学科のなかに位置づけをされていた経緯もある。

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公務員の位置-お正月には憲法を読む-

  「国のために国民がある」という思弁から「国民のために国がある」という国家的・国民的発想の転換によって公務員は国民の下僕的な存在になってしまったことは淋寂の情感を感じる。〈←姜尚中氏の言葉を一部参考〉

 公務員は、国民に奉仕する存在である点に就いては一抹の疑義を呈したい。【奉仕】とは、宗教的慣用句としての意を別としても、その本態は祈りでありそれは無償でおこなわれる営為であることから、公務員は国民への奉仕者ではなく国民とのあいだで交わされた労働契約の履行者であると理解されるべきである。会社員が会社や国民のニーズや負託に応じる義務があるという程度において公務員も同様である。

 労働は須く誠実な態度で倫理に応答して行われなくてはならない性格を保持しているため【公務員倫理】という言葉の突出は時代のニーズを背景として正義を実践してゆく姿勢の明確を示している点において、それが逆に公務員の優越性を示しているとも感じられなくもない。また、奉仕とはいえ公務員のおこなう執務は法の執行であることからそこに情感的な奉仕という崇高な理念は馴染みにくいと考えられる。

 尤も、憲法の条文において【奉仕者】という言葉は明確に使用されているが、それは【全体の奉仕者】の意として理解され【労働奉仕】の意とは解し難い。そも、【奉仕】とは無償でおこなうが故の奉仕であり、有償の奉仕など存在しない。有償の奉仕を前提とするならば、公務員の雇用賃金は限りなく低減化されなくてはならないが、絶えず、人事院勧告等で官民格差の均衡性の確保についての配慮が為されている。

 昨今の風潮において国民が過剰に公務員を敵性視する心理は、官民の賃金格差もその一員として考えられ、それは、他人の財布のなかを忖度するようなさもしくさがあり幼稚な感情的思弁として一蹴されるべき性質を帯びているが、働かない公務員は契約の不履行に該当しその弾劾は国家公務員法などの法的な根拠を擁している点において公務員という職業の特殊性が発見されるのである。

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禅機が熟したわけではない

  【新装版 図説 禅のすべて  鈴木大拙監修 木耳社刊】を読了した。初版が一九六三年の本であることから、挿絵・写真・文体が古い。しかし、それも魅力の一つになっている。茶道・禅画についての記述もあり禅をさらっとながめてとおるには好適な一冊であると思えた。初学の僕にも興味深く読むことができた。

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2009年1月 2日 (金)

男の子は秘密基地が大好きである

 書斎とは、男の隠れ家(そういう雑誌があったが現在は廃刊)であり秘密基地に似ている。好きな本や鉄道グッズなどに囲まれて大層の満足感に浸ることができる。この歳になっても秘密基地を造ろうとしている自分がいる。

 書架は自分の読書傾向を示しており、例えば、招き入れた人に対して自分の【知の歴程】を指し示す指標として機能するが読書は個人的な体験であることから誇示するものではない。寧ろ、自分の蒐集癖などから書架を彩る小物たちの多岐性に我ながら驚いている。やはり、僕にはパラノイア的傾向があるようだ。

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2008年12月31日 (水)

もう人生の意義などは考えないことにする-2008年に悟ったこと-

  2008年は幸せで充実した一年であった。家族の関係などに就いてはノイローゼになる程に思い患ったが円満に解決した。今後、家庭内で父・妹を基軸とした家庭争議は起こり得ない。精神科医の指示に従って、父とは一定期間を別居したのが奏功した。尤も、受診させる迄の過程が大変であった。

 また、父の容体に就いて一定の診断名が賦与されたことに拠り、父は病気であるという事実認識を妻に印象づけることにも成功した。妻の気性は穏やかだが不正は看過できないタイプなので父との衝突は不可避であったが病気を原因とした言動であるという点で理解を得た。

 妹が嫁いだ。青天の霹靂とも言ってもよい奇跡的で電撃的な出来事であった。妹の何が劣っているというわけではないが、兄としては結婚するタイプの女ではないと勝手に信じ込んでいた。その確信はおそらく家族全員が共有している認識なので皆が驚いた。

 妹が嫁いだ結果、妻に長男の嫁としての意識の萌芽した。今後、老父母を能く助け円満な家庭として和を築くことが出来るものと確信した。つまり、各個が【つがい】として独立したのだ。父と母・妻と僕・妹と義弟。それが相互扶助の関係を緊密にもつことに拠り家族として一層の飛躍をみた。

 父は疾病のため書斎を別に設けたため、これまで使用していた書斎を与えてくれたので、僕の生活の質も一層向上した。そのためのリフォームも行った。やはり本に囲まれている生活は快適なのだ。従来は、自在にコンポーネントステレオで音楽を聴くこともままならなかったが音楽との関わりも濃密になった。

 仕事の面でも収穫が多い年であった。よき同僚・上司に恵まれただけに留まらず、単調になりがちな仕事のなかにも、それは、実は単調ではなく細部を仔細な注意力を恃むことに覚明し正にこの仕事こそ天職、又は、担当している職場を今後は中心になって守ってゆくべき使命を感じるに至った。毎朝、課業開始一時間前には職場に到着しているのも僕が出来る最大の危機管理なのだ。

 上司の推薦により感謝状を頂戴した。推薦基準から外れていることを理解しているために、それをも慮って戴いた心根が心底嬉しかった。副賞は明治座での演歌歌手の公演観賞であったが、副賞の内容の如何に拘わらず、兎に角、嬉しかった。この人の負託に応答しないといけないなと痛切に感じた。また、組織は個人を守ってくれる存在であることにも覚明した。家庭の問題に就いても真摯に心配し相談に乗って戴いた。有能な上司とは、多分、おのずからと父性を具備しているものだと思えた。

 精神生活も充実していた。たくさんの本を読んだ。使命としての読書を意識したのは青春時代以来の出来事である。「この本は読んでおかなくてはならない」という意識の発生は読書人なら判ると思うが嬉しい悲鳴なのである。それは、とりもなおさず、主体的に読書にかかわってゆく能動的な態度であるとも言える。

 そんなになかで「生きることの意味」を考えることの不毛を悟った。あえて言うなら、生きる意味もなければ死ぬ意味もないと思っている。人生は苦しくもあり楽しくもある。宗教的な話は抜きにして、死なないから生きているのであり、生かされているから生きているのである。それは多分、まだ、必要だがら生かされている。なにかの役に立っているから生かされている。

 では、夭折した人はどうなんだという疑問も発生してくるが、その時に与えられたその死が本人にとって一番よい時期での死であると思うより他はない。生が与えられるものであるように死も与えられるものなのだ。要は自然の摂理ということに尽きる。その摂理に就いて思い悩んだところで答などない。

 幸福すぎる人は死を受容しにくいだろう。全ての局面に於いて満足している秦の始皇帝のような人は死を極度に恐れた。それはそれで哀れである。人生は適度に苦しいから苦抜としての死がある。人は適度に幸福で適度に不幸な方がよい。

 永平寺の貫主の故宮崎奕保が自然について次のように述べている。「自然は立派である。決まった時に決まったはからいをして決まった時に去ってゆく」。人とて同じことなのである。左を以て年末年始の挨拶とする。

補遺 自己管理を徹底し乍らも医療の恩恵には浴していく点に就いては従来どおりである。

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歌謡曲は私小説である

  アイドルと呼ばれる一群の若者が存在していた。松田聖子さんとか、石野真子さんとかキャンディーズとか。田原俊彦さんとか近藤真彦さんとか。歌謡曲の歌詞は私小説的である。「そんなことは訊いてませんよ 」と言っても一方的に気持ちを披瀝してくるお節介さが歌謡曲の特徴であるが、僕も時折、「ザ・ベストテン」などを観ていたものである。
 近著でザ・ベストテンという本がでた。懐かしくなり購入してしまった。

補遺・・・

 演歌は、自分がどれだけ人生や恋愛の局面で苦労したかの叙述である。 

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詩と死の近縁性-谷川俊太郎とホスピス

 標記の二つの連関において類縁性があることは間違いないのであるが、ぢゃ、詩人とホスピス医とのあいだで往復書簡の遣り取りをさせたらどういう結果になるのかという試考を為したのが【詩と死を結ぶもの-詩人と医師の往復書簡 谷川俊太郎 徳永 進 朝日新書】という本である。

 谷川俊太郎に関しては今更、いうまでもなく現代において第一級の詩人でありその作風は「素直で分かり易い」のが特徴であり、所謂、現代詩を標榜する詩人の一群とは一線を劃している感がある。

 一方、徳永医師は島根県においてホスピス医療を中心とした「野の花診療所」を開設し乍ら全人的な医療を実践しておられる。この往復書簡の遣り取りは大概において失敗しており話のすれ違いが随所に見られた。

 谷川さんは詩人であることから徳永氏の繰り出す言葉を手懸かりとしてそこに詩境を発見しようと努めているのだが、徳永氏の話は臨床に終始していることから谷川さんの苛立ちのようなものが伝わって来る。 

 谷川さんの話やエッセイ(詩は好きである)の類をこれまで読んだ経験がないことから谷川さんは実に好々爺然とした雰囲気を感じていたが、気難しい面も垣間見られそれは詩人谷川俊太郎の詩人としての宿業であるとも理解できた。良心的な詩を能くする谷川俊太郎をしてもなおなのである。【詩境】とか【詩心】という言葉があることから、詩は【気】の所産であるとも言えなくはない。

 余談たが、【詩境】に対句する言葉として【死境】。【詩心】に対置する語彙として【死心】の言葉を敷衍してゆくことで死の受容が穏やかなものになるとも考察できた。今、たくさんの文人が死に方に就いて考えている状況にある。五木寛之を筆頭格に老齢期を迎えた作家たちは死に就いて様々な発信をしており、その思考の途中で一旦は、緩和医療に足を止めている。あれほど綺麗で美しく死を生物学的必然として容認してみせた谷川俊太郎もまた、老齢期に入って【実感としての死】の具体的検討に入ったものとも解された。谷川氏も詩をとおして死を強烈に意識する齢になったのである。

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2008年12月18日 (木)

人を二人も殺害し謝罪すらしない人間を守る人権とは何なのか

  光市母子殺害事件の犯人は犯行当時、少年であったため過保護な迄に人権に配慮されていた。それに対して、本村洋さんが標記のように咆吼したのはまったく以て納得できる。

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2008年12月16日 (火)

偶然は必然であるものと思惟したニーチェの言葉

『偶然がわたしのところに来るのを妨げるな。偶然は幼子のように無垢なのだ』

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[寡黙なる巨人]とは誰のことを指すのであろうか

  標記の括弧内のタイトルの本を読了した。著者は免疫学の泰斗である多田富雄である。氏の著書は、これで二冊目になる。己が罹患した病(脳梗塞と後遺症としての麻痺)に対しての愚痴が多い内容の本であるというのがファースト・インプレッションであった。「東大医学部名誉教授の肩書きが・・・」というようなくだりを目にした時には読むのを止めようかと思った。

 が、そうした発言も後段に続くためのプロローグに過ぎなかった。病やそれに伴うリハビリの過程を最終的には一つの美しい精神の形として昇華している点では一定の評価を与えたいと思う一冊である。しかし乍ら、文学賞(第7回小林秀雄賞)を受賞するような本であるとは思えなかった。また、推薦文を五木寛之氏が書いているのも胡散臭い。

 [寡黙なる巨人]とは誰なのかといえば、多田富雄ご自身のことである。言葉などに麻痺を起こしている点については「寡黙」と表現している。しかし、ここで注意しなくてはならないのは、ご自身に「巨人」としての認識があるかどうかの有無である。多田氏は抑制T細胞を発見したという学問的業績が大きいため数々の名誉に輝いているが、そのことを指しているのでは単なる過去の栄光に縋る老人という誹りは免れない。

 氏は闘病やリハビリの過程を通して「生きる」ということに大きく覚明した点で[巨人]という称号の自覚は妥当である。病気と闘ったり、リハビリに耐えたりする当為を克服していく過程のなかで「巨人」という言葉を発見したのである。その意味を多田は一人で独占するものではなく、また、独占したのではなく病者のもつ普遍妥当的価値感として昇華してみせたのである。

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2008年12月15日 (月)

司馬遼太郎の偽者が出没していた

 高級スナックに行っては司馬遼太郎に成り済ましていた男がいたという。それを聞きつけた司馬本人は、くだんの男はスナックに借金を残しているのかということだけを問い合わせて、そういうモノがないと聞いて安堵し、その後、偽者を放任していたという。「本人がそれで楽しんでいるのだから別段は問題はない」というのも司馬の気性の顕れ一つであった。

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2008年12月14日 (日)

対本宗訓師が新しい本を上梓していた

 【僧医として生きる】という本が上梓されていることを知らずにいた。

 迂闊であった。

 氏はホームページを開設していたようである。

(参考URL)

http://www.sokun.net/

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2008年12月13日 (土)

「悩む力」という本が売れているらしいのである

   【姜 尚中著 集英社新書】として出版されておりタイトルのネーミングが巧いことから気にしていた本なので読んでみた。わりと本音で書いているなというのがファースト・インプレッションである。誠実に読めば汲むべき知見も多々あるように思えた。しかし、漱石とマックス・ウェーバ-の思想や言説を底本としている点が、この本の持つ価値を不当に減衰しているような気がした。

 悩みを抜きにして人生を満願できる人は一人とていない。新書は一般人が読む本であることを考えると漱石やマックス・ウェーバーを直接、悩みに短絡したのは些か高尚に逸脱し一般論としての拡がりや普遍性は持ちにくいとも感じた。少なくとも僕は漱石よりも低いレベルの事象に就いて悩んでおりその省察も漱石を凌駕しえない。

 この本が空前のブームであるとすればそのタイトル名にだけ価値が存ずるとも理解できた。問題提起としては時代的状況には合致しており、「悩む力」とは時代を見据えた言葉として広く深く掘削すべきものであるという認識に至ったのである。

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2008年12月12日 (金)

教養を武器として死は超克できうるものなのであろうか

   【死ぬための教養 嵐山光三郎著 新潮新書】を読了した。先ず、タイトル名をみて、必読であると感じたが著者を知って読むのを留保した本である。気にはなっていたが、ブック・オフに出ていたら買って読んでみるかという程度の内容の本として考えていた。

 嵐山は、徹頭徹尾、宗教を信じていない。そんな状況で如何に恬淡として死んでゆくかに就いて教養だけを武器に立ち向かおうとした軌跡としての一冊である。蛇足乍ら僕の立場は、現世利益を謳わない宗教には一定の敬意と礼節を以て接し、鈴木大拙のいうような意味での【霊性】というようなものが、もしかしたら存在するのではないかと感じている。 

 僕自身、徹頭徹尾、宗教に浸りきっているわけではないので、多方面の知を動員して、嵐山が提唱しているように死の恐怖を緩慢に受け入れたいとも考えており[教養としての死]と、その周縁を考え続けてきた。医学に重大な興味を注いでいるのも死と医学は近接している所以にある。そうした意味において宗教的立場を異にしながらも嵐山の取り組みには充分に理解が可能であり思考の方向性に親近感を感じる。

 しかし、教養を以てしても、死をそうたやすく凌駕できるはずはないというのが僕の確信である。時として、信仰が奇跡的な死の受容を生むことがあるのは紛れもない事実である。哲学的な死はソクラテスが既遂している。また、形而上学的な死も一応、哲学的な死と切り分けて考える必要がありそうだ。

 ともあれ、死の言葉や死に方はたくさん頭に入れておいた方がよい。それが死の準備であるともいえる。勿論、死生観は多様であることから嵐山の読んだ得た知識や教養に就いて異論を差し挟む余地はないし嵐山を信仰にむかわせようとも思わない。死は窮理な迄の個人的な体験なのである。

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2008年12月10日 (水)

視神経の暴走感

 昨日は、めまい治まらないために眼科を受診。眼球の奥にめまいの病巣がとぐろを巻いて蟠踞しているような気がしている。精密検査は後日となった。

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司馬遼太郎氏は決して驕らない人である

   【司馬遼太郎という人 和田宏著 文春新書】を読了した。和田氏は司馬の担当編集者として司馬と緊密に接していたことから、そこに書かれているエピソードの数々は司馬の人生の歴程の一瞬を紛れもなく切り取ったものとして興味深い読み物であった。

 司馬は生粋の大阪人であることから徹底的に合理的な思弁を所有しており照れ屋でもありながら権力にも媚びない点が魅力の一つである。司馬は、[司馬史観]という言葉が一人歩きしていることに対して、何やら困惑しているというのも可笑しかったし、[司馬遼太郎という名前は書斎の中だけのこと]とも述べていることは「個人と仕事」を峻別する意味で刮目に値した。

 和田氏が、司馬のアフォリズムの集成化の提案をした時、司馬は即座に断っている姿勢にも共感しうる。そんな大層なものは御免蒙りたいというのが理由が一つである。

 司馬は医者嫌いだった。座骨神経痛であると自己診断しての対症療法だけを希望して精密検査等を一切拒否したため、結果的には大動脈瘤破裂によって死亡した。それも、司馬の戦争体験や培われた歴史観・死生観の一つとして見なすことができる点で積極的に評価したい。

 ところで、歴史小説とは一体、何を指すのか。歴史と小説のあいだにはどういう関係があるのか。歴史は文学たり得るのだろうか。という一抹の疑問を頭を掠めたが、歴史と文学のあいだには緊密で互恵的な相互関係の形も存在するものと思えた。

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2008年12月 6日 (土)

ヨーハン・ボルフガング・フォン・ゲーテに倣いて 

   【座右のゲーテ -壁に突き当たったとき開く本- 齋藤 孝 著   光文社新書】を読了した。齋藤には類書としてほかに【座右のニーチェ】もあるが、アキレスと亀の喩えにも似てゲーテやニーチェを齋藤が凌駕することはできないのは所与の事実であるとしながらも齋藤の知見の数々は傾聴に値するものがあると思えた。

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2008年12月 5日 (金)

屠殺という行為を容認している仏教学的言説の位相

 『摂大乗論』に依れば、人々に利益をもたらす殺生は罪ではなく悟りであるという。羊を殺すことによって人々に食物を提供すれば、それは『活命』といって『菩薩行』になるのである。

 故に、モンゴル付近では屠畜の技術を持っている人たちは人々から尊敬される。と畜を行った人・食べた人、全ての人が羊の苦しみを負って、自分の命が他者に依って生かされていることに対して感謝・懺悔・供養をすることで救われるのである。

 また、羊だって草を殺している。そしてあらゆる命は自分から死んでくれないことから手を下さなくてはならない。【世界屠畜紀行 内澤旬子著】に典拠するも加筆。

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瞬間に生きよ-ニーチェ-の言葉-

『この瞬間を見よ。この瞬間という門から、永劫の道がうしろにむかって走っている。すなわち、われわれのうしろには一つの永劫があるのだ』

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2008年12月 4日 (木)

無用の系譜

   『無用の達人 山崎放代 田澤拓也著 角川書店』を読了した。種田山頭火・尾崎放哉などの自由律の系統を引くのが山崎なのであると思えた。しかし、種田・尾崎とは異なり山崎には仏教の系の視線がない点が山崎の特徴の一つになっている。

 『一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております』というような作品を残している点で方代は確かな境地を確立していると思えた。なお、放代は本名であり、その意は、なんでもやり放代ということから命名された由。別段、山崎が『無用の人』であると観じる必要はないと思われた。この僕ですら有用な人間なのであるが故にも。

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2008年12月 2日 (火)

フランツ・カフカは能吏であった

 カフカはボヘミア王国労働傷害保険協会プラハ局という半官半民のような箇所に勤務していた。文学作品の他にも業務の必要性から『自動車の個人所有における保険の現状』・『製材用電動鉋の傷害防止策』という報告書を提出し部長にまで登り詰めている。なかなかの辣腕家で全保険請求に対して支払いに応じたのは1.5%にしか過ぎなかったという。

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がん治療において患者が主導する治療方針の決定権とは何か

   『家に帰っておうちの人ともよく相談してどの治療方法を選ぶか決めてください』 という言説が現在のがん医療の所作であり、その決定を患者側に委ねるのは『酷』であると、【がん哲学外来の話】を上梓した病理医 樋野興夫医師は説く。また、セカンド・オピニオンを幾重にも受診しても患者の知識は断片的である述べる。

 樋野が一つの提案として投げかけたのが、「がん哲学外来」という診療科であり、その理念は、「偉大なるお節介」にあると説く。例えば、治療法に二つの選択肢がある。Aは治癒率八十%であるが副作用は強い。Bは治癒率六十%で副作用はない。患者がBを選択した時、「そうですか、わかりました」というのが今の医療のあり方なのだそうだ。

 しかし、現今の訴訟社会のなかにあって、患者とじっくりと向き合い「的確治療をするならAです」と優先順位をつけてあげるのがプロであるとも説いている。個人の死生観もあるだろう。が、医学は個人の死生観に介入するべきでなく、病気を治すという立場から的確治療の標を患者に示すことに医療の一義性が存立しうるものと思えた。

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2008年11月30日 (日)

毛沢東はどんな人で何をした人物なのか知りたかっただけなのである

   結果的には、毛沢東『に』学ぼうとは思わなかった。が、【毛沢東 竹内 実 著 岩波新書】を読了した。一体、毛沢東という人物は、どういう人で何を為した人なのか知りたかったのである。

 当初、【マオ -誰も知らなかった毛沢東- ユン・チアン&ジョン・ハリディ著 土屋京子訳 講談社】の上巻を読み進めていったのだが、上下巻で千ページを超える大著であり細部が能く書き込まれているため全体像がハッキリとせず一旦、退却して新書で大雑把な状況把握に努めることとした。余談たが、初学者は、「誰も知らなかった毛沢東」というようなタイトル本を読むべきではなく「誰もが知っている毛沢東」というような内容の本を渉猟するのが望ましいのだが毛沢東の本は割と少ないのである。

 考えてみると、マルクス・レーニン・スターリン・トロツキーを始めとして毛沢東・蒋介石・周恩来のことなど全く知らない自分に気づいた。幼少時代には、例えば、江青女史の裁判があったり、林彪の搭乗した飛行機が墜落したりと大人たちが大騒ぎしていたというような記憶が朧気乍らある。また、NHKの教育番組「中国語講座」では毛沢東が雑草を刈っている姿がタイトルバックとして使用されていたように思う。其処には好々爺とイメージがあったが、今回の読書を通じてとんでもない誤解であることに思い至った。

 何故、毛沢東やポル・ポトが知識人を圧迫・殺害したのかも理解できなかった。要するに、大卒者などはブルジョアの成分を含んでいるというのが毛沢東などの理屈であった。そしてまた、邪魔者の殺すという思弁は簡潔だが怖ろしいこと夥しいものがある。毛沢東は、ヒットラー以上に人民を虐殺したという事実にも唖然とした。七千万人もの国民を虐殺した者は二十世紀の指導者のなかでその殺戮数において毛沢東がトップなのだそうだ。

 上記の『竹内版の毛沢東』は初版が一九八六年。『ユン・チアン版 マオ』の方は初版が二〇〇五年。引用文献数等の体裁もマオの方が優れている。毛沢東に関する書籍が少ない状況下で両者を比較すると『マオ』の方が圧倒的に優れている。

 『竹内版』を読んでから、毛沢東の印象を形成すると認識を誤ることになると思えた。毛沢東に洗脳されたアメリカ人ジャーナリスト エドガー・スノーの所感を根本に敷いているのが竹内版の特徴である。一方、『マオ』も、始めから毛沢東を痴愚と決めつけている点で難があるが、検証は精緻を極めている点で確度は高いと思われた。また、ユン・チアンも近衛兵の体験があることから主観に傾斜しやすいきらいもあると思えたが、彼女の学殖等を勘案すると『マオ』に信憑性で軍配は挙がる。なお、彼女には作品として他に「ワイルド・スワン」がある。また、現時点では『マオ』の下巻は読了していない。

 『共産』という形の独裁または恐怖政治が存在したこと、その名称をそのまま今日に引き継いでいる『日本共産党』とは一体、如何なる神経をしているのか解せないと感じた。また、独裁者の思弁は天才的である一方でロゴスは明快なようだ。「邪魔者は消せ」に尽きるものなのだと思われた。中国という広大な地域を統一するのは、ユン・チアンのいうような痴愚魯鈍者では決して為し得ないのも事実であり、畢竟、毛沢東とは権謀術策と殺戮の天才であったのであろう。『マオ』の下巻も今後、読了を予定している。

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2008年11月29日 (土)

刑事警察の捜査に関する基礎知識

 殺人事件などの場合には先ず被害者遺族を疑うのが鉄則である。これは正確な犯人逮捕のためにやむを得ない捜査上のテクニックなのである。光市母子殺害事件の遺族である本村洋さんですら最初は容疑者扱いをされた経緯をみるとその確からしさを感じるのである。

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2008年11月27日 (木)

山田風太郎の文学的な死生観における隔靴掻痒的言説

靴ヲ隔テテ痒キヲ掻ク。生ヲ隔テテ死ヲ描ク(山田風太郎)

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光市母子殺害事件の遺族である本村洋さんを支えるために警察は配慮をした

  所轄の山口県警は兵庫県警をつうじて酒鬼薔薇事件の被害者遺族・土師守氏に電話をかけて本村洋をさんを支え励ますように依頼したのである。【なぜ、きみは絶望と闘えたのか 門田隆将著】に典拠。

 ※ 当時、希死念慮の強かった本村さんに自死されては、捜査の観点からも県警は困る事情があったものと想像できるが、山口県警の計らいには感動を覚える。

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2008年11月26日 (水)

ショパンは死後のことも怖れた-雨音はショパンの調べ-

彼は死の床で次のように述べた。「土のなかに埋められては窒息してしまう。生きたまま葬られないように体を出しっぱなしにしておいてください」。享年、三十九歳。レィニデイズ・ネバー・セイ・グッバイ・・・。

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仕事における創造性の炸裂

  それは沈潜と集中力から生まれる。普段の鍛錬で力を溜め、ここぞという踏ん張り時に一気呵成に畳みかける。そのときに時間の質が変わり一瞬の価値が見えてくる[座右のニーチェ 齋藤 孝著]に典拠。

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2008年11月25日 (火)

「倫理の前に現実がある」というロゴスは胡散臭いのである

  中国で暗躍する臓器売買のブローカーAはそのように言ってみせた。【参考図書 中国臓器市場 城山英巳著】

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日常における希薄性からの視点としての屠畜と屠殺の民族学的ないし書誌学的な差異

  バリ島の人たちは、家畜を殺すというような表現は使用しない。【殺す】という当為は悪であることから屠畜に馴染む言葉ではなく【切る】という表現を恣意的に用いるのが慣例化している。

 動物は人間が食べるためや神に捧げるために【潰す】のだから良い当為であるという認識が一般的なのである。また、その逆説的な言説から、「動物や植物をお供えのために殺すということは、殺した人間に責任がある」。その概念を止揚することで家畜を殺すことの当為に対して妥当性を賦与しているものと思われた。【世界屠畜紀行 内澤旬子著】を参考。

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2008年11月20日 (木)

他人と自己の決定的な差異などを山田風太郎の言葉にみることができる

  自分と他人との差は一歩だ。しかし人は永久に他人になることはできない。自分と死者との差は無限だ。しかし人は今の今死者になることができる。[山田風太郎]

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2008年11月18日 (火)

仏教にみる無常観と無常感の差異

 『仏教徒の俗曲としての御詠歌は、本来、死者を追悼する歌であるから、愁嘆的情緒を包括し、また、仏教そのものは諦観的な世界に潜むペシミズム的な情感を背景に持っている。この御詠歌の持つ詠嘆調は、濃淡の差こそあれ、日本の伝統歌曲のほとんどに感性的影響を与えてきたものであり、また、それが、今日の日本民衆歌曲の特徴の一つになっているとさえ思う』と音楽評論家の園部三郎氏が述べたことに対して山折哲雄氏は深い共感を示し乍ら、インドや中国の仏教と日本の仏教の差異を「ペシミズム的情感の表出」に見出している点に注視しいている。また、『無常観』と『無常感』の差異にも論及している。

 その論拠として陽音階のインド音楽に対して陰音階の日本音楽を対立軸としながら仮説を展開してみせて無常観における陰と陽を想定して日本仏教は陰音階であると断定している。なるほど、釈迦のいう『無常感』は物事の仕組みを客観的かつ冷静にみている点が特質であるのに対して、日本でいう無常は、平家物語の冒頭に出てくる「祇園精舎の鐘の声・・・」にも代表される無常であり、それは最早、『無常観』の無常ではなく無常の異常発酵した形態を持ち更に述べるならばセンチメンタルないし陰々滅々たる【無常感】であると喝破している点は刮目すべき知見であると思えた。【参考文献 無常の風に吹かれて 山折哲雄】

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カフカに感じる温厚ともいえる不条理感

  【となりのカフカ 池内 紀 光文社新書】を読了した。池内氏の書く文章は踊っているので読みやすいというのがファーストインプレッションである。加えてドイツ文学者らしくロゴスの構築が極めて精緻に徹底しており整合性があり読みやすい。

 尤も、整合性がない点においてカフカの作品が異彩を放つともいえるのであってその故を以て合理的にカフカの作品に論説をくわえるのは至難ともいえるのである。

 カフカの作品には素朴で滑稽な不条理を感じる。一方、カミュのほうは逸脱転倒した不条理性を感じその不条理は慟哭を催促しており自己の存在感を揺るがしかねない激甚の程度において劃然と区別された。カミュにはカフカ以上に高校時代において多大な影響を受けたことが懐かしく想い出される。

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2008年11月17日 (月)

メメント・モリという本が復刻されたのである

  藤原新也氏が二十数年前に上梓し東洋的な死を直截化した詩ないし写真集として極めて重大果敢にその現象を鋭敏に問いかけた本が復刻したのである。元本を所持しているので懐かしいこと夥しい。これも時代の要請なのであろう。なお、メメント・モリとは「死を想え」という意味である。

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2008年11月16日 (日)

昆虫と詩心と少年時代

 【ファーブル巡礼 津田正夫著 新潮選書】を読了した。ファーブル昆虫記を精読していないために「虫の詩人」と呼ばれている所以など知るべくもなかったがファーブルに美しい魂を感じた。ファーブルを敬慕の対象とする場合、昆虫に対する学殖から追慕する場合と虫を無視して詩人ファーブルそのものを興味の対象とする二通りがあるらしい。

 僕は少年ではないが虫が好きである。ノコギリクワガタやカブトムシをみると今でもワクワクしてくる。そこには少年時代への回帰願望の衝動が潜在しているのかもしれない。 夏になると父に昆虫採集に連れて行ってもらった記憶がある。樹にとまっている昆虫を発見した時の心のときめきは耀躍感とでも表現したらよいであろうか。 

 昆虫は少年時代を回想させてその純粋性において詩心を喚起して止まない。井上陽水の「少年時代」という詩があるが、そのなかで陽水が虫取りに就いて触れているか否かについて失念したが夏をキーワードとした場合に少年と昆虫は不即不離の関係にある。

 また、昆虫の観察は科学的好奇心を喚起するために自然科学する心を涵養するにたる身近な生物の一つにもなりうる。ドクトルマンボウ昆虫記をひくまでもなく医師には虫を愛好する者が極めて多い。手塚治虫・北杜夫・養老孟司がその筆頭であろう。ファーブルはよい顔をしている。僕も惚れた。ファーブル昆虫記はその大部において詩歌的な性格も具備しているのである。全十巻の通読は無理かもしれないが岩波文庫版で揃えて詩を読むつもりで言葉の一つ一つを熟読玩味しながら楽しもうとも考えているのだ。

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2008年11月14日 (金)

美しい箴言であると感じた

  「静かに行く者は健やかに行く 健やかに行く者は遠くまで行く」

イタリアの経済学者パレードも愛した言葉であり城山三郎も愛した言葉の一つであるという。

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2008年11月13日 (木)

小説家になるにはどうしたらよいのだろうか

  過日、人生相談を読んでいたら標記の如き質問が掲載されていたので微笑ましく思った。そんな方法はないし、そういう疑問を持ち上げてくること自体がナンセンスなのである。 
 僕の読書好きは周囲でも有名らしく、「中也さんはこういう仕事よりも小説家のほうが向いている」といわれることが多々ある。

 仮想現実の世界における人の思惟等々にあまり興味がないし、プロットを組み立ててゆく能力もない。興味があるのは現実と知の二つである。本好き=小説家という等式はあまりに論理の飛躍がある。

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2008年11月11日 (火)

裁判所は客体的な人格性を保持するのである

  曾て「裁判所は悲しくなります」と述べた裁判官がいました。勿論、裁判官の主語は、「本官」であるとか況や「私」ではありません。あくまでも主語は裁判所なのです。

 例えば、「裁判所はあなたの刑に執行猶予をつけて街に出すことにしました」という使い方をしますが、「裁判所は悲しくなります」という感情をあらわにした使い方は一般には用いません。

 検察官が提出したコピーの細かい文字に目をやりながら「う~ん。裁判所は最近、目が悪いので・・・」と述べてしまった裁判官もいたそうです。【裁判官人情お言葉集 長嶺超輝 幻冬舎新書】に典拠。

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ロマンテックな処刑器具としての鉄の処女伝説は幻想であったのだろうか

  「スペインのロバ」・「バンベルグのボック」・「懺悔の椅子」・「処女の膝」・「拷問梨」・「スペインのブーツ」等の拷問器具も怖ろしいものであったが、「鉄の処女」には様々な言い伝えがあり聖母マリアをイメージして意匠がしてあるという怖ろしい処刑用具の一つである。

 それは鉄でできておりマリア様を模してかたどった空間に罪人を入れた後に蓋を閉めると蓋に付帯した棘が両目と心臓を突き刺す構造になっている。が、実際には伝説のみが先行し使用実態はなかったのではないと浜本隆志は著書「拷問と処刑の西洋史」のなかで説く。なお、日本では明治大学の博物館にも収蔵されており拝観が可能である由

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2008年11月 9日 (日)

上司に恵まれるということも自己実現の一つである

光市母子殺害事件で妻と子供を失った本村 洋さんが一時の気の迷いから勤務先の新日鐵を退社しようと思い立ち辞表を書いた時に上司は次のように述べたという。

 『君はこの職場にいる限り私の部下だ。そのあいだ、私は君を守ることができる。裁判はいつかは終わる。一生かかるわけじゃない。その先をどうやって生きていくんだ。君が辞めた瞬間から私は君を守れなくなる。新日鐵という会社には君を置いておくだけのキャパシティはある。勤務地も色々ある。亡くなった奥さんも、ご両親も、君が仕事を続けながら裁判を見守ってゆくことを望んでおられるじゃないのか』

また、次のようにも述べた。

 『この職場で働くのが嫌なら辞めてもよい。君は特別な体験をした。社会に対して訴えたいこともあるだろう。でも、君は社会人として発言していってくれ。労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。君は社会人になりなさい』
【なぜ君は絶望と闘えたのか-本村洋の3300日 門田隆将著】に典拠。

 ☆ 今、僕も名実ともに上記に記したような複数の上司に恵まれている。

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肥満をかこつ人の朗報となりうる本に巡り会えた

  【いつまでもデブだと思うなよ 岡田斗司夫著 新潮新書】を読了した。著者が指摘するレコーディングダイエット方法は理知の観点から極めて有効な痩身対策であると思えた。

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電車のなかにもかかわらず涕泣した本

【なぜ君は絶望と闘えたのか - 本村洋の3300日- 門田隆将】を読了した。僕は犯罪被害者モノは極力読まないことにしている。遺族が書いた本はむごすぎて読むにたえないのが一つ。ジャーナリストが書いたモノはいかにも他人の不幸でメシを食っているという感覚から僕自身が放下されていないことの二つの理由に依る。

 しかし、この本には心を震撼させられた。また一つ、心の書架に重要な本として並べておく必要を感じた。いうまでもなくこの本は、光市母子殺害事件を扱いながらその夫であり父であった本村 洋さんの心の振幅を基軸として話は展開してゆく。その自己抑制力・犯人を死刑に導くための意志の強靱さもさること乍ら人生の何たるかをも学ばせてもらった貴重な一冊といえる。

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2008年11月 8日 (土)

移民の歴史のことが知りたかった

  【故国を忘れず新天地を拓く-移民から見る現代日本-天沼 香著 新潮選書】を読了した。ハワイに新婚旅行に行って以来、移民の存在が気になっていた。なぜ、日系人と呼ばれる人たちが異国にいるのか疑問であった。そんな疑問に応えてくれるに充分な内容をもつ一冊であった。結論から言えば、明治期における日本の人口爆発対策の一環として、また、国策として国土拡大を眼目とした植民地政策の方便に依るものであると理解した。

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筑紫哲也氏の逝去に想う

  今は廃刊になってしまいましたが、週刊誌「朝日ジャーナル」の編集長時代に筑紫さんのことを知りました。新人類という言葉が耀躍して、浅田 彰が論陣を張り、一方で中沢新一がおり、ポスト構造主義、記号論、スキゾキッズ・パラノイア・構造と力などがキーワードとして時代が構成されていた頃の話です。一世を劃した筑紫哲也さんですが亡くなったんですね。

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2008年11月 7日 (金)

動物が食肉に変化する過程をルポした本としては興味が尽きない一冊であった

 【世界屠畜紀行 内澤旬子著 解放出版社】を遂に読了した。途中まで読んで放置しておいた本である。というのも著者のノリというか独特の文体に馴染めなかった所以による。大阪言葉を駆使しての体育会系のノリには正直なところ辟易した。が、獣医学を修め獣医師を生業としながらも、自分にとっては食肉処理場は縁の薄い職場であり実態は不明のままであった。

 屠畜場の現場を初めてみたのは獣医学部の四年生の時で千葉県にある大規模な屠畜場である。初めて牛の屠殺をみた時の激甚ともいえるショックは今でも明確に思い返すことができる。屠殺という行為の重要性は認識しつつも、将来は死体相手の仕事よりも家畜の命を助ける農業共済組合連合会家畜診療所に職を求めることとした。以来、複数回、屠畜場には運歩しているが内澤さんのように屠殺場に祝祭的な雰囲気を感じとることは一度とてなかった。

 しかし、肉を食べる者として文字どおり世界の屠畜の民族学ないし民俗学的な視点に立脚した視点には唸る点が多々あったように思う。知人で食肉衛生の検査をしている者がいるのでこの本の当否について訊いてみたところ、「感じ方の差異はあるが日本の屠畜事情に関する記述の部分は概ね正しい」というものであった。であるとすれば、世界の屠畜慣行の部分に就いてもおそらく正しく描写されているものと推察できた。

 屠畜の発するテーマは限りなく重い。それを一蹴し笑い飛ばす道化性を意図的に企図しながら屠畜という行為を努めて明るいタッチが描出しようとした著者の努力は好意的に汲み取らなくてはならない。

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医者の散文詩-医学的詩境またはグルメの問題に就いて-

医師の脳の延長線上に手指がある
手指の先には医療器具を保持する
放射線科医は放射線を出すことができる
ウルトラマンのスペシウム光線のようだな
脳外科医の手指はγナイフにもなる。
γナイフできった太刀魚の刺身は苦いのだろうか
メスでさばいたタコの刺身もおいそさうではない
いっそ、電気メスで焼ききってしまおう
そして膿盆に盛りつけてオワリ

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2008年10月31日 (金)

オスカー・ワイルドの孤独死

 「ドリアングレイの肖像」・「サロメ」で一躍、文壇の寵児になったワイルドは男色事件を起こし懲役刑に処せられた。出所後、ワイルドは飲んだぐれて放浪の日々を送るなか、耳鳴りと頭痛に悩んだが治療を受けるお金が無かった。

 「僕は身分不相応な死に方をしなくてはならないだろう」と述べて四十四歳の時、安ホテルで客死した。棺の上には花束が一つだけ載せられていた。それはホテルの亭主からのものであり「ご宿泊人様」と名宛したものであったという。

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2008年10月30日 (木)

書評も文学的表現の一つである

小林秀雄をみるまでもなく批判が文学たりうる以上、書評も文学的営創の一つである。

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2008年10月29日 (水)

宮沢賢治が識した詩にみる朗読の文学的価値重大性

 賢治の詩のなかでも「永訣の朝」は有名である。山折哲雄氏のいうとおり一連の賢治の詩は眼で読んでいたのではダメで朗読で聴くのが一番でよい。就中、長岡輝子さんの朗読は心に迫るものがある。長岡さんも賢治とおなじ岩手県出身の由。

 この詩では山折は興味深い言説を展開している。賢治が綴る標準語の部分が主旋律・妹とし子が呟く岩手言葉(あめゆじゅとてちてけんじゃ)が副旋律という言葉の彩に対しての主客逆転の解釈を試みている。

 主旋律をとし子のモノローグ、副旋律は賢治の紡ぎ出す言葉ではないかと問いかけているのである。なるほど、とし子の「あめゆじゅとてちてけんじゃ」という言葉の占める意味は大きく詩に一定の緊張感と安堵感、そして安定感を与えているのは確かである。

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2008年10月27日 (月)

城山三郎にとって妻は大きな存在であったのだ

夫婦喧嘩をしたことはなかったという
寝ている妻に「おい」と声をかけようとしてやめたという
五十億人に中でただ一人「おい」と呼べるおまえだったという
おまえの寝息を聞いていると生きていることの奇怪さ・美しさ・あわれさを感じたという

妻容子が死んだ後、もう彼女はいないのかと、ときおり不思議な気分に襲われるという
容子がいなくなってしまった状態にうまく慣れることができないという
ふと容子に話しかけようとして、我に返り「そうか、もう、きみはいないのか」と、なおも容子に話かけようとする

 

なんだか泣けてくるような静謐さを秘めた城山のモノローグである。現実問題として城山は、妻の告別式もしない、したとしても出ない、出たとしても喪服は着ない。お墓を決めても墓参りはしない。駄々っ子のように現実の妻の死を拒絶し続けたという

城山が臨死を迎えた時、城山の口唇が動き「ママは」と問うたという
眼は朦朧とした意識のなかで宙を泳ぎ必死に容子を追い求めているようであったという
城山の死顔は、こちらが微笑みを返したくなるような純真な子供のような安らいだ笑顔だったという

ほっとしたような、嬉しそうにさえ見える、不思議な死顔だったという。ご遺族は、「おかあさんが迎えに来てくれたのだね」と。心も体も、頬を伝わった涙さえもじんわり温かかったという

参考図書-そうか、もう君はいないのか-より)

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2008年10月25日 (土)

がんになってもがんでは死なない時代の到来を告げる預言の書

 【がん哲学外来の話-殺到した患者と家族が笑顔を取り戻す-樋野興夫著】に依れば、がん研究の最終目標は「天寿がん」の実現にあり、それは四十歳でがんに罹患しても八十歳まで生きられるようにがんの発生と成長を遅らせるものであると定義している。その要諦はがんとの共存であり、「がんがあっても仕方がない」と認めることを指す。

 樋野に依れば、がんの治癒率は現在、五十%。 治らない五十%の人もあと二~三年早く診断が可能になれば治癒率七十%の時代が到来するという。そのために必要となるのが、「適時診断」と「的確治療」であるという。

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アメリカは夢も希望もない国なのであろうか-その証拠を識した本-

 【ルポ貧困大国アメリカ 堤 未果著 岩波新書刊】という本が今年一月に上梓されて以来、気にはしていたが読む機縁に恵まれない侭に放置しておいた。

 日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞したことから一気に読んだがそこに展開されているアメリカの惨状は俄に信じられないものがあった。医療一つをとっても日本よりも遥かに状況は悪く切迫している。

 僕自身のなかに内在していた経済学に対する説明できない不信感と嫌悪感がこの本に依って明確に文言化されていたように思える。経済原理の呪縛と束縛からは極力と距離を置きたいものである。

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2008年10月24日 (金)

がん哲学外来の精神は久遠にひきつがれるのである

  それは順天堂医院で病理学者の樋野興夫が三ヶ月間に渉って暫定的に行った試みであった。今、とりあえずその試みが終わり、その趣旨に賛同した医療者たちによって「がん哲学外来」のNPO化に向けた準備が進められているという。それを樋野は「時代の要請」と表現している。

 がん哲学は何かと問えば樋野は、南原繁(元東大総長)の「政治哲学」と元癌研究所長 吉田富三の「がん学」を混淆させたものであるという。その実態を樋野は「診療でもなく、セカンドオピニオンでもなく心理カウンセリングとも違う。がん哲学とは日本のがん医療に足りないもの、気づいていないなにかを埋める隙間サイエンスででありがん医療改革のための場の設定である」と定義した。

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ツァラトウストラを敵にまわしたら怖ろしいであろう

すくなくともわたしの敵であれ
  [ツァラトウストラの言葉]

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2008年10月23日 (木)

涕泣史談から

  柳田国男は述べた。「この頃の日本人は泣かなくなった。涙のような身体的言語の使用頻度は言語能力の向上によっておのずから減少するに違い」と推論している。

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2008年10月22日 (水)

ロバート・ルイス・スティーヴンソンは美しい言葉を残して死んだ

  「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」で名声を獲得したスティヴンソンは肺結核の療養中、脳溢血が原因で四十四歳で死んだ。墓碑には本人が想をえて為した詩が刻まれている。

ひろい星空のもと
墓を掘りわたしを眠らせよ
わたしは喜びのうちに生きて死ぬ
一つの言葉を残してわたしは眠る
わたしのために刻む詩はこれ
あこがれの地に彼は眠る
船人は帰る。海より我が家へ
狩人は帰る。山より我が家へ

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2008年10月21日 (火)

「そうか、もう君はいないのか」という本-清冽な夫婦愛の発露として-

  標記の本を読了した。【城山三郎著 新潮社】という陣容である。美しい夫婦愛が優しいタッチで綴られており城山が妻の容子に送る最大級の讃辞であり献辞であると思えた。そこには爽やかとも形容できる結実された愛の言葉が散りばめられており、それは言葉における昇華現象とも形容できるほどの感銘をうけた。

 城山は経済小説家であると思っていたので自分には無縁な話と思い定めていた。僕は自分の死よりも妻の死を一番に恐怖している。そのため、妻が亡くなっても「そうか、もう君はいないのか」という程度のダメージで恬淡としていられる城山が羨ましくもあった。          
 文学者である江藤 淳を蔑視して止まないのは妻に先立たれた途端に「妻と私」という遺書めいた本を残して自殺した点一つに収斂する。その気持ちは解らぬでもないが自殺を遂げたという点において江藤は人としての摂理に背理したことで指弾を受けなくてはならぬ存在であると感じている。文学者の保持する脆弱性というのもあるのだろうが、自殺は到底に容認できない。

 ふたたび城山をみる。タイトルは恬淡としているものの妻の喪失感と慟哭が激しかったことは、あとがきを書いた次女の井上紀子の文に克明に記載されている。城山は戦争体験者であるから死に対して一定の免疫があるのかと思っていたがそれは勘違いも甚だしいものがあった。城山もまた江藤と同様に妻を亡くしてから衰弱してゆく。が、そこに一点の光芒を発見できるのは本文に愚痴めいた曇りがないからだ。一方、江藤のほうは鬱滅たる隠微な空気が感ぜられ滅入ること夥しかった。この本はTBSでドラマ化されるようである。特に大きな逸話もないがドラマ化に耐えうるだけの何かがあると思える本である。

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2008年10月20日 (月)

中国における臓器売買の実態の信憑性を鋭く問うた本

 【中国臓器市場】という本を読了した。センセーショナルな内容を示唆する本にあっては綴られている内容の確度を示すバロメーターの一つとして著者の経歴・参考文献の種類と本数・出版社の三つを念入りにチェックしてから買うことにしている。ガサネタを掴まされないための僕なりの自衛手段である。【副題 死体を見たら金と思え 城山秀巳著 新潮社】という陣容をとるこの本の著者は時事通信社の現役外信部記者で北京特派員の経験があること、出版社にも信をおけるものであると判断したために読み進めることとした。

 曾て、中国におけるプラスティネーションの状況について重大な疑惑を感じたことを旧ブログで綴ったことがある。この本のなかでは触れられてはいないが、中国のプラスティネーションはドイツのそれとは異なり個人の善意に基づく篤志献体ではないことを確信するに至った。先ず、中国の民のなかには高等な思惟の一つとしての篤志という観念が根付いていないような気がしていたのである。農村部の貧困・困窮。都市部の拝金主義・非人道的国家において医学の発展に寄与するという篤志の観念は発生しがたいものと以前から思っていた。正に、衣食足りて礼節を知るの喩えであるがそれは措く。

 この本のテーマは臓器移植である。中国は実にアメリカに次ぐ世界第二位の臓器移植大国で臓器提供者は死刑囚、その周縁にはお金にまみれた腐敗が横行していることをルポルタージュした渾身の一冊である。その辛辣とも悪辣とも形容可能で倫理に悖る臓器売買や臓器移植の実態を目の当たりにして唖然とした。
 
 問題の根は深い。我が国の臓器移植法を併考すると日本の移植医療のあり方にも一石を投じる結果となる内容を伏在している。魑魅魍魎の如く暗躍する日本人ブローカーはしたり顔でいう。「家族が現実に腎疾患に罹患した時に綺麗事を言っていられるのか」と問う。
「アメリカでの移植は美談になるが、中国での移植は難色を示すのは差別である」とも問う。が、そんな理屈は詭弁でしかない。生命観の差異に起因するものなのかもしれないが、僕は移植には違和感をおぼえる。

 移植後、帰国してからのアフターケアーをする受け入れ先病院を探すのも大変なようである。それにも増して中国での移植はリスキーである。例えば、免疫抑制剤の使用量が日本では考えられない単位なのだそうだ。

 グローバルスタンダードが正しいとは思わないが中国当局でさえ死刑囚からの臓器摘出とそれに伴い金銭の遣り取りが横行していることを恥部と捉えている。美しく永遠で悠久な地、そんな中国にあって、その国家は醜く度し難い国である。ならずもの国家のお友達の所以でもある。

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2008年10月17日 (金)