学問・資格

2009年11月15日 (日)

お医者さんやその子弟も難儀なことである

市橋容疑者 「医者になれなかった」 死体遺棄は黙秘
11月13日2時31分配信 毎日新聞

 千葉県市川市で07年に英国人女性の他殺体が見つかった事件で、死体遺棄容疑で逮捕された市橋達也容疑者(30)が県警行徳署捜査本部の取り調べの際、職業について「(医者に)なれませんでした」と供述していることが捜査関係者への取材で分かった。(中略)
 市橋容疑者の父は医師、母は歯科医師。市橋容疑者自身は岐阜県の高校を卒業後、東京都内の私立大に進学したが中退。千葉大園芸学部を卒業後も定職についていなかった。

 ××××××××

 お医者さんになれなかったということが殺害に至る直接の犯行動機ではないのであろうが、上掲の記事を読んで、類似事犯として名門進学校東大寺学園に通う高校生が両親から医学部に行くことを強制されたあまりそれを恨んで殺人におよんだ犯行事例が想起された。

 そういえば、僕の主治医は東京慈恵医大を卒業した優秀であり、糖尿病治療ではその道の泰斗で現在は地域医師会の学術委員の要職にある。その奥方は歯科医。で、その息子は、数年の浪人を重ねた末に、どうやら金沢のほうの私立医大に辛くも入学したという話を聴いた。こういうケースも難儀である。私立医大はとにかく学費が高い。入ったはよいが国家試験に合格しないで医師免許の取得を断念する場合も難儀である。だが、しかし、高い使命感やモチベーションを持っていない医師に診てもらう患者は難儀では済まされずに悲劇につながるケースがあることを銘記としておく。

 それにしても、僕は頭も悪く両親が医師でなくてつくづくとよかったと思う。高校時代の同級生に医師の息子がいる。此奴、高校卒業後、未だ、医学部を目指して浪人中であるというという噂があるが本当なのだろうか。多分、悪い冗談なのであろう。こういう悪い冗談が医学部に入学希望をしていても、それを叶えることのできない者を追い詰めてゆくことになるのだ。

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2009年11月10日 (火)

南 直哉・養老孟司・玄侑宗久・山折哲雄と対談しているスリランカ初期仏教長老アルボムッレ・スマナサーラ

  スナマサーラの代表作と称される【怒らないこと 役立つ初期仏教法話1 サンガ新書】を読んだ。この本は、スマナサーラ入門書というべき立ち位置にあり、あらためて刮目するほどの知見は見いだせなかった。だいいち、僕は、本のタイトルに「役立つ」と表記されているだけでげんなりしてくるのだ。役に立たない本がよろし。

 この一連の法話シリーズからはなにも汲み取ろうとは思っていない。しかし、標記に掲げた人物たちとの対談集は読み応えがありそうなので強い興味をおぼえる。彼らの思考の癖のようなものを僕は理解している。それに対してスマナサーラがどのように反応しているかについて関心を大きく喚起されるのだ。

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2009年11月 9日 (月)

妖怪を能くする水木しげるさんがその精神的基盤を真摯に吐露した書籍

 僕は妖怪に興味がある。妖怪に係わる学問的定義づけを柳田国男が為しているほど妖怪と民俗学は不即不離の関係にある。東洋大学を創設した井上円了はもちろんのこと、小松和彦を経て妖怪の学問化は一応の体裁が整った感がある。学問的方法論の妥当性は別としても妖怪を広く国民に膾炙した水木の功績は大きい。

 【妖怪天国 水木しげる著 筑摩書房】を読んだ。水木の妖怪に対する篤い想いや妖怪へと逢着した経緯は従前から水木が述べているのだが、その精神史が綴れた本は比較的少ないように感じていた。左のような状況から水木が自己を洞察した一冊として極めて心強い一冊である。

 また、水木は学問的考察にたえうるだけの多岐多岐なる幅員を確保しているため、その精神史をみてゆくことに対して興奮さえおぼえる。大学院博士課程レベルで考究されても不思議ではない価値の高いマテリアルである。

 NHKの朝の連ドラでは、「ゲゲゲの女房」を放映予定としているとか。同名の書籍は装幀が特段に優れて美しい仕上がりをみせている。

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2009年11月 8日 (日)

寺田寅彦-その科学的態度の凛凛しさと文学的態度の誠実さ-

  【寺田寅彦随筆集 第一巻 小宮豊隆編 岩波文庫】を読んだ。このシリーズは分冊で購入できるのがよろし。また、「ご冗談でしょう ファイアマンさん」シリーズも分冊販売されているところがなんとも嬉しいのだ。一括セットでの購入は書籍に関する限り合理とはいえない。

 さて、この寺田寅彦。この人は美しい魂の持ち主であるに相違ない。やはり、古典というのは讃耀され永い命脈を保つことを要諦であると知る。1947年において第1刷発行。2008年には93刷という実績はその証左であり、寺田を読もうという読書子が斯くも多く存在していることは日本の誇りである。自身、全五巻のすべてを読破する予定でいるのだ。

 僕は薄識ながらも自然科学的態度を一応は身につけてきた。また、自然科学を生業とする遙か以前から、人文科学に対峙することに無上の喜びを感じてきた。科学的な素質・文学的態度・品性。どれも寺田に遠く及ぶべくもないが、その精神を標にしながら生きて往きたいものだと強く感じたのである。理科の人は文学的態度を、その逆の人にはそれを学ぶに好個なる著書が寺田の随筆が湛えている本質なのであると感得した。

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2009年11月 7日 (土)

寺山修司は青森県が生んだ偉傑の一人である

  【両手いっぱいの言葉-413のアフォリズム 新潮文庫】を読んだ。寺山についても勉強をしてゆく必要を強く感じる。青森県が生んだ人脈、それは多岐多彩に及ぶが寺山と棟方志功が双璧であろう。

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2009年11月 5日 (木)

上野の森美術館で開催されている「聖地チベット -ポタラ宮と天空の至宝」は絶対必見とする

 好企画である。こういう企画展を待っていたのだ。

http://www.seichi-tibet.jp/

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2009年11月 3日 (火)

稀代拙劣と評されても仕方のない「日本の生死観大全書」という本を紹介しておく

 大判の六法全書のように分厚い標記の本を読んだ。本来は、通勤電車のなかで読むような造作の本ではない。なにしろ目方がある。それにしてもこの本は構成・内容共に手抜きにおいて著しいこと夥しい。

 そも、人の生死観や死生観を見る時、その者の享年が大きなポイントになってくる。何歳にしてその死生観の境地を安心とするに至ったのかという部分こそが肝心なのだ。その部分が欠落しているため、仏を造って魂を入れないような内容になってしまっているのが残念なのである。

 山折哲雄さんが監修し乍ら一体、何をしていたのだろうという感が強くもつのだが、時折、山折さんはそういう仕事をする。この本は決して低廉な新書などではなく高価な本であったことから失望感も、いやいやにつのった。【四季社刊 監修 立松和平・山折哲雄・宮坂宥勝】

 それにしても、死後、死んだ当事者は一向に悲しまないのに、残されている生者が慟哭することはなんだか合理ではないような気もした。

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2009年11月 2日 (月)

本・図書・書籍・著書

 本を紹介するときに標記の言葉のどれを選択するべきかとその運用にたえず迷いと逡巡を感じているのだ。

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舞妓さんや祇園の歴史などを総括的に収載した労作として高い評価が為されるべき本を読んだ

 【大人の教養を愉しむ 祇園のしきたり 渡辺憲司監修 青春出版社刊】という本は、多方面からの集学的知が動員されており、単に、祇園のしきたりという域を遙かに凌駕し学問的価値をも持ち合わせている図書であった。

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2009年11月 1日 (日)

死刑確定囚における死刑執行までの時系列的な流れ

 死刑制度については当ブログでもおりにふれて重大なテーマとして取り上げて来た。様々な関連図書を読み、その実態について知るための努力を為してきた結果、誰が、何処で、死刑執行指揮書を起案しているかについては既にみた。また、土日・祝日には死刑の執行がないことや、死刑囚に不要な緊張を課さないために告知時間が朝10時までに限定されていることもみた。

 が、どんなに関連図書を読み込んでいっても解き明かされない壁が二点ほど存在しており、それは法務省が秘匿していたため、そもそも知ろうというのが無駄な努力であった。

 今般、出版された【死刑 読売新聞社会部編 中央公論新社刊】は、標記の件と上掲の二点の疑義に就いて明確に解答を提示している点で刮目に値する一冊であった。従来、マスコミや日弁連までが情報の開示を求めて法務省と争ってきた経緯が在り乍らも、遂には、情報公開が為されることはなかった。

 しかし、乍ら、裁判員制度の導入を期に、法務省も情報開示に対して、やや積極姿勢に転じそこに斬り込んでいった図書なのである。だが、しかし、どう手配しても、開示されない情報は知る術はないという定義により、一つ読売新聞社会部の努力に拠って得られた成果ではないことも附言しておきたいのだが、それをしてもなお、その取材力はさすがであるという他に言葉が見当たらない程の強い信憑性があり、よくできた本なのである。

 公開されていなかった情報とは、死刑囚の死刑執行の順序の決定方法及び死刑執行の告知時期の二点である。個人的には後者のほうに重大な関心をよせていた。つまり、三日前に告知されるのか、或いは、執行当日告知なのか・・という点での疑義である。現在、当日告知の当日執行を採用しているというのがその結論である。拘置所長から「これから執行します」と告知した後、執行終了までにかかる時間が約1時間。なお、前者については、少々、ややこしいので別稿を起こすこととしたい。

 裁判員制度が導入されたにも拘わらず、死刑制度や、その運用実態がまったく開示されていないのは如何にも拙い。また、秘匿しながら内密におこなうような行刑なら止めてしまえばよいという論理は極論であるにせよそういう直截な意見をまえにするとたじろぎにも似た感情をも喚起されるのだ。

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2009年10月30日 (金)

花は桜に人は武士

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2009年10月29日 (木)

ファントム・リムという現象

  手術で腕や足を失ったはずなのに、あった時と同じように幻の腕や足に痺れや痛みを感じる現象が確認されており、それは手術後に起こる正常な反応であると理解されいる。中枢神経説といって大脳皮質に記憶された身体感覚によるものと考えるのが定説となっている。

 昔、この現象は相当に気味悪がられていた。南北戦争で手足を失った帰還兵にこの症状がみられることを報告した医師がいてファントム・リムと名付けられた。直訳すれば、「幽霊の手足」か。【あの頃の未来 最相葉月著】を参考。

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2009年10月28日 (水)

池田晶子と最相葉月の命に係わる認識的類縁性

 最相曰く。「私たちは本当に不死永生を望んでいるのか。肉体が老いさらばえて朽ちてゆくことがDNAの指令によるものならば、永遠の生命を提示されたときに覚える不安や戸惑いも、また、DNAの意図するものではないか。忘却もまた、私たち人間の最も価値ある宝だったのではないか」。

 最相、続けて曰く。「生命とは宇宙の産物。宇宙は生命の故郷。宇宙に生まれ宇宙に還ることを知れば、誰が不老不死を望むだろう。これまで生に執着してきた人間は、死を手にすることではじめて自由になれる」と。その理路は池田晶子の思考の形式と驚くほどに類縁性がある。【あの頃の未来 最相葉月著】を参考。

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日本における刑務所収容者の特徴

  累犯者(懲役刑で刑務所に入っていた者が出所後、5年以内に有期刑の処せられた者)が多いのが第一の特徴である。こうした頻回入所者歴を有する者は2000年で52.5%に及び、その刑期は同じ罪を犯しても初回時の二倍近くの科刑となる場合が多い。頻回入所者で5回以上の入所歴を有する者は52.5%のうち、3割がコソ泥と覚醒剤事犯である。

 第二の特色として収監者の高齢化が挙げられる。第三の特色は4人に一人までは覚醒剤事犯である。その、ほぼ、同じ割合を○暴関係者が占めている。総じて、これらの者は罪の意識が薄い。そのため、行刑の在り方も応報的刑罰から教育的刑罰へと変遷をたどっていった。

 矯正教育は、上からの押しつけとなりがちで受刑者は無気力になる。さりとて、受刑者の自発的意思のみを優先することはできない。その調和を図り本人の社会復帰を支援し、最終的に社会の利益に連なるようしてゆくのが今日の刑罰思想の共通認識として問われているのである。【参考図書 日本の刑務所 菊田幸一著 岩波新書】

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2009年10月26日 (月)

水俣病は構造的犯罪であった-国策と公害とその犠牲者たち-

 水俣病の兆候は、遅くとも1953年には現れていた。猫が涎を垂らし激しい痙攣を起こす様子が観察されている。1956年には、水俣病が多発した年であり、チッソ(当時、新日本窒素肥料株式会社)附属病院長細川一博士から水俣保健所宛に届出があり水俣病の発生が公式に記録され、「奇病」・「風土病」と呼ばれていた水俣病は、伝染病ではなく、重金属中毒であることが明らかにされた。当初は、急性劇症型の水俣病が注目され、次いで、胎児性水俣病、さらに慢性水俣病が見出されていった。

 1959年、熊本大学医学部研究班が、水俣病の原因物質は魚介類中に含まれた有機水銀であることを明らかにした。当初から、チッソ水俣工場の排水が疑われたが、厚生省食品衛生調査会水俣病中毒部会の答申は、原因物質として有機水銀であることを認めたものの、なお、工場排水との関係は不明とした。

 同年、水俣病の原因が特定されると、踵を接して、原因を攪乱し、水俣病を見えなくするシステムの政治が多次元的に働き出した。再掲となるが、この年、厚生省食品衛生調査会水俣病中毒部会は、有機水銀説を、当時、通産大臣で、翌年、首相になる池田勇人は、原因を特定するのは時期尚早と発言し答申は棚上げされた。通産省はこれに先だって、東京工業大学の清浦雷作教授に有毒アミン説を主張する論文を流布させた。

 また、同年8月、通産省軽工業局長の秋山武夫は、各省庁連絡会議で非水銀説を主張し、閣議で答申を葬り去る根回しをしていた。同年12月、厚生省環境衛生部長は原因究明にあたって工場排水を疑う従来のやり方を白紙撤回した。

 日本化学工業界に関わりの深い学者は行政と連携して、さまざまな異説を立て原因究明の攪乱を図った。特に、日本医学会会頭、東大名誉教授田宮猛雄を委員長とし、東大医学部を中心に組織された、いゆゆる、田宮委員会をはじめ、医学界は挙って熊本大学に総攻撃をしかけ、水俣病のもみ消しに奔走したことは注目しなくてはならない。水俣病の原因は、国が調査すると称して経済企画庁長官宮沢喜一を事務局に水俣病総合調査研究連絡協議会を発足させた

 1968年、政府は、水俣病の原因が、チッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造過程中に発生するメチル水銀を含む排水にあることを正式に認め、水俣病を公害病と認定した。この年、チッソは水俣工場のアセトアルデヒドの製造設備を廃止する。即ち、水俣病の公式発見から12年、原因物質が特定されてから9年もの間、有機水銀を含む排水を垂れ流しており、政府もそれを黙認していたことになるのだ。

 なお、当時、塩化ビニールの急速な需要増に比例して可塑剤の原料オクタノールの増産が必要であり、アセトアルデヒドからのオクタノールの製造は急務とされ、それは国策でもあった。【証言 水俣病 栗原 彬著 岩波新書】に典拠。

★★★★★

 ここまでは水俣病に関する一部の断章に過ぎないがこの事実だけでも、たえきれないほどに重い問題を胚胎している。薬害エイズの時も産学官での結託が見られた。僕たちは何を標として生きてゆけばよいのだろうかと悩むこと重大である。また、環境大臣当時、石原慎太郎も水俣病の対して連座し、水俣病患者に苦痛を強いたことも明記しておく。現在の中国をみているような気がするのだ。

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2009年10月25日 (日)

証言 沖縄「集団自決」-慶良間諸島で何が起きたか-という著書を読んで慟哭をもよおした

  謝花直美著で岩波新書に収載されている本である。
【要旨】 集団自決とは、「戦陣訓」に見られる日本軍の「玉砕」の論理が、地上戦のなかで住民に押しつけられた結果であった。その背景には、天皇の赤子を育成するための皇民化教育があり、日本軍に拠る「軍官民共生共死(第32軍による報道宣伝等に関する県民指導要綱に見られる表現)」の方針があった。

 死の準備はしていたものの、戦場のなかで躊躇していた住民の背中を押したが、現地軍に拠る軍命や将兵による手榴弾・猫イラズ・カミソリなどの配布であった。また、将兵と同じく捕虜になることを許されなかった住民は「米軍が上陸したら女性は強姦、男性は戦車で轢き殺される」と教育されていた。

 住民の一般的な自決方法は、手榴弾での自爆、鉈や石で殴り合い、首を絞めるなどの方法で、泣き叫びながら家族を手にかけて死んでいった。また、「島に生えている一目一草はすべて天皇陛下の所有物である。許可無くこれを採取した者は死刑に処す」とも訓令され自分の畑からの収穫も許されなかった。

 日本軍と追い詰められた住民が混在した戦場では、壕を日本軍が使うからと避難住民が追い出されたり、壕内でむずかって泣く子供の声で米軍に所在が露見するからと子供を殺すように命ぜられるなどの悲劇も起きた。

 沖縄戦約80日間の戦闘期間中で、県民の犠牲者は15万人に上った。これに対し、日本軍7万3千人、米軍1万2千5百人の死者を出している。

 なお、慶良間に戦争の影が見え始めたのは、陸軍の海上挺身隊が、渡嘉敷・座間味・阿嘉島・慶良間島に秘密基地を造ったのがはじまりである。また、海上挺身とは海上特攻のことであり、マルレと呼ばれ、満15~20歳未満を対象として募集された特別幹部候補生を指し、その任務は、ベニヤ製のボートに240キロ爆雷を搭載し敵艦に体当たりするというものであった。そのために住民の漁船も徴発された。
 
 後に、「そも、自決とは、任意性・自発性を前提として使われる言葉で、乳児は自決することはできないし、喜んで家族を殺す者もいない」と識者は指摘しているのは正しい。また、「集団自決の起きた地域と、そうでない地域は、日本軍の存在の有無の差」であるという指摘にも重篤な感に見舞われるのだ。

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2009年10月24日 (土)

知らないことは罪である場合もある

  最近、続けて、沖縄集団自決と水俣病を扱った証言集を読んだ。こられ二つに関しても、その様態を何となくイメージしていただけであり、その酸鼻を極める実態を具には知らななった。

 両者とも犯罪として断罪されなくてはならない重篤な事件であり、そうした事実に無知であったことに、それを恥としなければならないと感じているのだ。

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よき人材を輩出している酪農学園大学獣医学部を高く評価したい

  最近の酪農学園卒業生をみると、この学校は、よき人材、よき獣医師を輩出しているとつくづく思う。北大の恵迪寮ではないが、その人材諸氏を具に話を聴くと、皆、寮の出身者であることに気づいた。

 寮は校風を承継し学校の魂を体現しているものであるから、学嗣が正しく先輩から後輩へと継承が為されているのであろう。特に、学問的な奇想さとか派手さは無いが現場での獣医事を誠実に履行し、よく立ち働く。

 その附属高校の、とわの森三愛高校が獣医進学コースを設けたと獣医師会雑誌で紹介されていた。どうしても獣医師になりたい人にはオススメの学校なのかもしれない。

 (参考)  http://www.san-ai.ed.jp/subject06/

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曇天の土曜日には唐詩を聴く

 新潮社からは各種CDブックが発売されている。なかでも、【中国の古典 唐詩を読む -杜甫・李白・白居易・王維-】は秀逸である。江守 徹の朗読も味があるが、また、森繁久彌の朗読にも燻銀の風格が備わっていて、なお、よろしいのである。曇天・土曜日・朝。そにに唐詩はよく馴染むのだ。鳥、啼啼の朝。

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2009年10月20日 (火)

永平寺で読経される般若心経

  平仄の感在り。

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臨床症状からはインフルエンザの感染が濃厚に疑われた

  先だっての日曜日の深夜、38.5度の熱発をしたために、同日の朝、直ちに、矢馬田内科クリニックを受診しインフルエンザの簡易検査を受けた。結果は陰性であったが、発症後、24時間を経過していないため、翌日(月曜日)  に再検査をしたところ、再度、陰性であり風邪と確定診断された。

 高熱と呼吸器症状を主徴とし乍ら病像が形成されていたのであるが、甚急性の発症をみたこと・通常の風邪ではありえない高熱の二点を考察する限り、インフルエンザが強く疑われた。もちろん、臨床症状は疾病に対する明確なエビデンスとはなり得ないの今更に述べることでもない。

 それにしても悪性な風邪に罹患したものである。本日18時現在で37.4度。熱発も苦しいのだが、湿性の咳と多量の喀痰にも辟易し、それは、まさに、正岡子規の「痰一斗天糸瓜の水も間に合わず」にも比肩する。蛇足ながらも、「糸瓜咲て痰のつまりし佛かな」まで深刻な症状を呈したわけではないが呼吸困難としては重篤であった。

 個体の熱感受性の差異のことは以前にも司馬遼太郎の例を引いて示した。37.5度もあれば司馬は死を覚悟し遺書を書き始めるという諧謔があるが、僕の体質も司馬に酷似しているのだ。が、そうそう仕事を休んでもいられないのだ。他の職員に飛沫感染をさせぬよう努力を為すだけである。

 風邪も感染症である。顕性感染する者もいれば不顕性感染で終わる者もいる。願わくば、体躯の強い者、即ち、大抵に於いて不顕性感染のまま風邪が終熄する者は体躯の弱い者、即ち、顕性感染を起こし易い者への配慮を望みたいものである。

 僕自身は不顕性感染者からの感染を危惧し常にマスクを着用していたにも拘わらず今次の風邪罹患となった。確かに症状として僕にはドライマウスはある。しかし、其れは、マスクをしている一つの方便に過ぎないのである。本意は、不顕性感染者からの対ウイルス防御に尽きる方策であったのだ。兎にも角にも、獣医師詰所の狭隘さを鑑みるにつけ一旦、感染の連鎖が始まったら感染爆発を起こし仕事は廻転してゆかないはずだ。

 今現在、ムコダイン・フロモックス・レスプロン・ホクナリンテープ(気管支拡張薬で貼付剤)、ブルフェンにて現在もウイルスと格闘している。

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2009年10月16日 (金)

星 新一の作品を愛好していた

  【あのころの未来 星 新一の預言 最相葉月著 新潮文庫】を読んだ。星がショーショートと分野を開拓しその作品に込められた寓意について最相が一つ一つ検証していったのがこの本である。

 嘗ては、僕も星新一の大ファンであった。あの頃は、時代そのものが星 新一を要請していたように感じる。ゆえに一大ブームを形成した。時代の要請が無い限り如何なるムーブメントも発生のしようがないのである。現況、最相が、改めて、星に焦点を当てた意義は極めて大きい。その作業は紛うことなく現代を捉えそれを検証する作業である。

 昔のSFドラマなどを観ていると、現在は現在であるという規枠が存在するため、想定する未来像、即ち、ソフト面では奇抜であるものの、現実に用いられている機器やパーツ、即ち、ハード部分では大いに笑える。宇宙戦闘機のようなマシンに真空管が使われていたりする。そのくせ太陽にゆくまで3日くらいとか。

 21世紀と言えば、がんは征圧されると言われていた。が依然として制圧されていない。確かに薄型テレビは登場した。コンピュータの普及は預言されていてもウインドーズのようなOSの存在を預言した者は極めて少ないようにも思えるのだ。今、現在のような執務の形を誰もが預言しえなかったように思う。かんずるに、ノートパソコンに向かって一人一人が仕事している姿は奇妙である。キーボードを叩くという作業は古来から延々と続いた労働の様態から著しく乖離した形式としてして映る

 個人的な「あの頃の未来」と言えば、徹頭徹尾、僕は、特急列車の運転士になることを夢みていた。頻繁に上野駅の低いホームにつめかけては、絶対に、運転士になるのだと誓いを新たにしていたものである。切ないほどに、特急の運転士になりたいと嘆息したものである。そんなことを感じつつも、改めて星のショートショートを読んでみたいというな郷愁の念ともいうべき思慕をおぼえたのだ。

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2009年10月15日 (木)

マルセル・プルーストの壮絶ともいえる闘病生活

  9歳の時に喘息発作が始まる。これに対してアンドレー・モーロア曰く。「病気のため、プルーストはその生涯の大部分を部屋にとじこもって過ごさなければならず、のちには、友人とも夜を除いては、或いは、夜昼とも全然会うことができなかった」と。

 35歳からはコルク張りの防音装置を施した部屋にこもり、発作を防ぐために窓を閉鎖して燻蒸装置から息詰まるような薬の匂いが発散している隠遁所で、大作「失われた時を求めて」の執筆をはじめた。

 晩年は、若くて老人で病人で女のような、まことにに奇妙な人間になっていた。享年51歳。

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2009年10月14日 (水)

芭蕉の辞世の句はたくさんあるのだ

  病床において芭蕉は「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」と詠んだ。これは辞世の句かと弟子が問うて芭蕉曰く。「辞世のつもりではないが、辞世でないこともない。昨日の発句は今日の辞世。今日の発句は明日の辞世。近頃よみすてた句は、どれも辞世だとおもってもらいたい」。死因は赤痢であったといわれている。享年50歳。

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2009年10月12日 (月)

言語に関する内田 樹の選れた言説

 素直に申し上げて、どうして英語教育にこれほど優先的に教育資源を配分するのか私には理由がわからない。英語の運用が不自由であることが不便であるところの以前の問題として、この若者たちは母国語の運用が不自由なのである。将来、母国語の運用が不自由であることで蒙る不利益のほうが遙かに大きい。これに対して「日本語の運用が不自由であることは本人に競争的不利をもたらさない」という不思議なことをいう人もいる。

 私が提言するのは、ロジカルで音韻の美しい日本語の名文をとにかく大量に音読し、暗誦し筆写するという訓練を幼児期から行うことである。「これはどういう意味か」とか「この『それ』は何を指すか」とか、そんな些末なことはどうでもよい。名文には名文にしかないパワーがある。それに直接触れるだけで、読み手のなかの言語的深層構造が揺り動かされ、震え、熱くしてくる。そして、論理的思考も、美的感動も、対話も、独創的アイデンティティも、この震えるような言語感覚抜きには存立しえないのである。独創性は、母国語運用能力に支えられている。創造とは、自分がなにを言っているのかわからない時に自分が語る言葉を聴くという仕方で経験される。【昭和のエートス 内田樹著】に典拠。

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余は何故かくも天才なのか

  標記の言葉はニーチェの言説である。ニーチェがそう言ってのけたのも進行性麻痺の為せる狂目の一つであるが、それに依らずともニーチェの言説は正鵠を射ているものだと僕は以下のふうに理解している。

 「僕は僕という僕の人生において他者が絶対に追体験することのできない希有な体験を有している点で他者を圧倒的に凌駕しそれは天才の名にふさわしい。絶対無二・唯一無二の存在という観点から非天才という人は存在しない。

 それはイチローにおける野球の天才をも退ける。イチローは野球が人より巧みであるということ以上にイチローの絶対無二としての存在にこそ、その天才が宿り価値がある。イチローから野球をとってもイチローの存在としての天才に些かの瑕疵もつかない」と。

 人間の存在。イチローは確かに野球は僕よりも上手い。しかし、宇宙開闢から説き起こし人類誕生の妙、個体発生の妙に比較すれば、イチローの存在など雲霞や泡沫以前の宇宙塵にも近いものがある。

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2009年10月11日 (日)

死が最初にある

 生はあくまで死の従属条件にしか過ぎない。

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2009年10月10日 (土)

刑務所とは・・・

 矯正行政と懲罰行政を司る重層的な構造を持つ機関なのであろうか。

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素人が考えてみた監獄における受刑者の人権と法理学-懲役刑を中心として-

   【日本の刑務所 菊田幸一著 岩波新書】を読んだ。初版は2002年7月で著者は当時明治大学法学部教授。刑務所内部の非人道的な実態を綴ったその内容は俄に信じがたいものがあった。

 著者の思想的背景、即ち、過激な人権派弁護士のような特性に関しては死刑制度を否定しているものの特段の激越性は認められなかった。受刑者の非人道的な待遇については別の機会に譲り、一応、法律の考え方についての疑義を呈上したい。自身、法律には全くの素人で刑法や刑事訴訟法、監獄法等々に関して無知であることを前提としておく。

 刑務所に収監される場合、適用される刑罰は、懲役刑と禁固刑のおおよそ2種類であると理解している。懲役刑はその言語的響きから役務の賦課が罰刑としての第一の構成要素のように思える。対して、禁固刑は、拘禁、即ち、自由の制限がその罰刑の要諦のように感じられる。で、あるとするなら、懲役刑は自由を制限する罰刑ではありえず刑務所に通い乍ら刑務に服することも可能であるという理路も成立するように思えてならないのである。

 禁固刑の罰刑に服している者は拘束という形式を以て自由制限刑にのみ服務している点で理路整然としている。もちろん、上掲した刑法関連法規を読めば、その辺りの事情は仔細に規定されているはずなのであるが、語感としては、そんなイメージがある。

 死刑確定囚は、もちろん、刑務所には収監されていない。死刑囚の刑務の様態は死であるため瞬間刑的な特徴を持ち、刑務は存在しない。ゆえを以て拘置所に収監され、そこで行刑が行われる。もちろん、法理的には、死刑囚が拘置所に収監される明確な理由は存在せず、「○月○日に死刑を執行するので出頭されたし」というのが本来なのであるが、その状況で出頭する者は想定されないために監獄法で規定を為している。

 禁固刑より重いのが懲役刑である。であるとすれば、懲役刑は、自由を拘束する罰刑を所与の事実として併科される刑罰なのであろうか。先にも述べたが、本来の懲役刑というのは、語感としては自由の拘束を伴わず、専ら役務としての懲罰として印象が強い。懲役刑が純粋に懲役刑であるためには、もちろん、其所に労働乃至雇用関係が発生するはずもなく、労働対価は発生しない。役務中の収入は0になるために刑務所に収監するものであると解してよいのだろうか。にも拘わらず、役務に対して一定の金銭が支払われているということに法理的な疑問も発生する。

 刑務所は、刑務に服する施設である。その意味で服役囚は刑務所に起居する施設であるとするのは正しい。罰金刑者は罰金の納付を以てその行刑の効力が消滅するが未納付の期間、刑務所に収監されないのは何故か。前述の如く死刑確定囚は刑務所には収監されない。そうした意味から、何故、懲役囚が刑務所に収監されるのか理由が分からない。受刑者が刑に服務する施設であるとする理路は、あまりに雑駁すぎるように思えるのだ。懲役は、役務を以てその罰刑を要諦とする限りにおいて自由拘束権はどこから発生してくるのかが解らない。

 もちろん、そうしたことは上にも書いたように関連法規で厳密に定義されているのが法治国家の法治国家たる所以である。しかし乍ら、法制定の経緯や理念、法理的には一体、どういう解釈が正しいのか、そのへんの事情が気になった。具体的な人権蹂躙とも解される刑務所内の様態の実態は書きたくなった時に別途紹介したいと思う。

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2009年10月 9日 (金)

ひらめく脳もひらめかない

  【ひらめき脳 茂木健一郎著 新潮新書】を読んだ。その著書が難しいという一般的な指摘に応えて、茂木が平易に自論を解題したものである。それだけに・・・。

 茂木らしさ、即ち、談論風発的なダイナミズムに欠損し茂木自身の脳のニューロンも発火せず不発に終わってしまっていたのが残念である。

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剣豪と呼ばれる人たち

  【剣豪 その流派と名刀 牧 秀彦著 光文社新書】を読んだ。文献的な価値の高い一冊であった。

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妖怪を愛好する者で知らない人はいない旅館だったのに・・・

「座敷わらし」老舗旅館炎上…宿泊客ら無事
10月4日21時57分配信 読売新聞

 4日午後8時20分頃、岩手県二戸市金田一の旅館「緑風荘」から出火、木造2階同旅館計約2600平方メートルを全焼した。(中略)

 緑風荘には、東北地方に伝わる子供の姿をした精霊で、姿を見た人は幸せになると言われる「座敷わらし」が出るとして全国的に知られる「槐(えんじゅ)の間」がある。

 緑風荘は全18室で、「槐の間」の予約は、2011年末までいっぱいだった。 最終更新:10月4日23時2分

★★★★★

 宿泊したい宿であった。妖怪学の一般的では、座敷わらしが緑風荘から立ち去ったための悲劇と解される。

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2009年10月 8日 (木)

映画監督の東 陽一さんが書評をしていた「日本の図像 神獣霊獣」という図画集を購入した

  早速にも購入して眺め乍ら悦に入っている。古来、日本人が心性として宿してきた「神獣」・「霊獣」 を発想する想像力に改めて逞しいものを感じるのだ。

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2009年10月 5日 (月)

皇室の名宝―日本美の華―を鑑賞するために東京国立博物館に行くか、或いは、「冷泉家時雨亭叢書完結記念 冷泉家 王朝の和歌守(うたもり)展を東京都美術館において鑑賞しにゆくか

   ともあれ、天高く馬肥える秋であり、蒼穹なる天球を戴く厳粛な芸術の秋である。自身、寧ろ、皇室の名宝展のほうに興味が傾く。双方ともに上野公園内にあるので両方とも鑑賞してもよいのだ。それにしても、しかし、これだけの荘厳となると一日で両方は到底鑑賞しきれないだけの威容である。

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夏目漱石の死生観と芥川龍之介

 漱石は晩年、糖尿病・神経痛・ノイローゼ・胃潰瘍に苦しんだ。漱石は死の二年前に友人に対して「・・・嘘でも冗談でもない死んだら皆に柩の前で万歳を唱えてもらいたいと本当に思っている」と書き送った。

 葬儀の受付を務めたのが、芥川龍之介である。芥川は書く。「霜降の外套に中折帽をかぶりし人、我が前に名刺を差し出したり。その人の顔の立派なる事、神彩ありというべきか、滅多に世の中にある顔ならず。名刺を見れば森林太郎とあり」。漱石、享年49歳。

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2009年10月 4日 (日)

佐高 信の著書に靖国神社のことが解りやすく記載されていた

  靖国神社に関しては、多くの識者が、様々な立場から発言しているが、佐高の著書、「西郷隆盛伝説」のなかで、佐高が「田中清玄自伝」から引用した箇所が解りやすいので引く。

 田中曰く。「靖国神社というのは、そもそもの由来をたどれば、招魂社と呼ばれて長州など各藩のお社だった。それを大村益次郎が東京の九段に歓請した。一般の神社が内務省管理下にあったのとは異なり陸軍省や海軍省が管理していた。

 したがって、長州藩の守り神にすぎないものを、全国民に拝ませているようなものだ。ましてや皇室とは何の関係もない。どのくらいこの勢力が、今も日本の軍国主義化するために動き回っていることか。と【西郷隆盛伝説 佐高 信著】に典拠。

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2009年10月 3日 (土)

労働安全衛生法で定める安全衛生管理者は正確なうつ病の知識の習得に努めなければならない

  【うつ病をなおす 野村総一郎著 講談社現代新書】を読んだ。現在、うつ病をテーマとした図書は巷に溢れかえっており、それが玉石混淆の状態にあるため、何を読んだら、誰に話を聴いたら、うつ病に対して正確な知見に辿りつけるかという点において混乱が発生している。

 上掲の本は、うつ病研究の第一人者である野村氏が上梓した図書で、平易なうえに独自の視点という観点から秀逸な一冊であった。うつ病者が激増している昨今、企業などの安全衛生管理者の任にある者には是非とも推薦したい本である。記載されている内容は、もちろん、専門的な「うつ病のなおし方」などではなく、うつ病とはなにか・・・という一点にフォーカスが絞られている。

 嘗て、精神科医の香山リカがうつ病と気分変調症について論及し、気分変調症をあたかも怠け者の詐病のよう喧伝したことは記憶に新しい。が、野村の拠れば、気分変調症は確かに存在し歴とした病であると説いている。その差異は、両者の学説の相違では片付けることのできない問題を胚胎し、香山の勉強不足と発言責任は厳しく糾弾されなくてはならない。

 所属する事業所にもうつ病者がおり勤怠であるという認識合意が形成されつつある。確かに、何故、斯くも、うつ病が遷延化しているのかに就いては理解に苦しむ点もある。しかし、難治性のうつ病というのも存在することを知り腑に落ちた。それは、もちろん、利潤追求の企業論理の大論の下、就業規則に従い「泣いて馬謖を斬る」の倣いにより馘首も致し方のない措置ではある。

 うつ病なんて誰がなるか分からない。自己自身の問題として、また、転ばぬ先の杖として、企業のおける人事管理担当者や安全衛生管理者のみならず、多くの人に読んで戴きたいと願う一冊であった。初心の者は、うつ病の態様を俯瞰するに好個なる入門書として推薦しておく。

 時あたかも、最近、アグリ開発部門にいる同期入社の者がうつ病に罹患したということを聴いて驚いた。これは真性のうつ病、即ち、大うつ病(この呼び方については野村総一郎も異議を唱えている)と呼ばれる類のものであるだけに彼の性格を考慮しても回復は早いものと思われ早々なる戦列復帰を祈念するばかりである。

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2009年10月 2日 (金)

京都人を考察した本はおもしろいのだ

  【京都人は日本一薄情か-落第小僧の京都案内 倉部きよたか著 文春新書】を読んだ。著者は「京都」を醒めた視線で眺めており、冷静な分析が為されている。その文体は気負いもなくただしく京都の様態を伝えているものであると思えた。結論からいえば、著者は京都人が日本一薄情であるとも薄情でないとも言っていない。

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2009年10月 1日 (木)

学んでゆくことは愉快なのである

  ここで僕が書いていることは、学びの結果を叙述しているだけなのである。学んでゆくことは苦労でもあるが愉快なのである。毎週、金・土曜日に深夜2時に起床して書きためてゆく行為は一つの労苦でもあるが、それを超えて、なお、学びは楽しいのだ。否、人は生きている限りにおいて学んで行かなくてはならないのだ。

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山岳修験を扱った書籍は少ないのが現状である

  【大峯千日回峰行 修験道の荒行 塩沼亮潤・板橋興宗著】を読んだ。山岳修験を扱った本は比較的少ないように気がする。そうしたなかで、具体的に大峯山の山駆けの体験を綴った左掲の本がもつ役割は大なるものがある。

 もちろん、比叡山の千日回峰行と大峯山のそれとでは宗教的立場も異なるため本書の関心は専らそこにあり、比較千日廻峯行的な視線から読むと一層の興味が喚起される。しかし、行者の書く本としては、少少、猥のふうを感じた。

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2009年9月29日 (火)

東北学は芭蕉を否定する

  芭蕉にとって、都の文化こそが価値の源泉だった。それ故に、「奥の細道」的な理路からは東北を語ること不可能であった。芭蕉によって語られなかった東北のなかに、明日の東北の可能性が宿っているはずだ・・・。そう、繰り返し言わなくてはならない状況が、この東北には依然として広く、深く存在している〈赤坂憲雄著 東北学/忘れられた東北〉に典拠。

補遺・・・

 赤坂は、また、柳田民俗学に非を次ぎのように指摘している。【国家対百姓が相互補完的に形造ってきたコメに対する欲望に根をおろしているのが柳田である。稲を作る百姓が「常民」であり、その常民の固有なる信仰を探求することが、「民俗学」の役割とは到底思えないのである】。と。

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2009年9月27日 (日)

放射線科が饒舌になってきた

  【放射線医療 CT診断から緩和ケアまで 大西正夫著 中公新書】を読んだ。著者は医師ではないが読売新聞科学部医療担当の経歴があり、放射線科領域の周縁について丹念な取材が為されていた。現場の医師からの発信が傾聴に値するのと同様に、ジャーナリストからの発信も時として大きな情報ソースとなる。

 最近、放射線科からの情報発信の多さは刮目に値し、その情報はいずれも新鮮である。それは、従前、放射線科がないがしろにされて来た経緯ともリンクするのであるが、近年、放射線科医療が確実にがんに対して実効性を発現するようになってきた故の証左であるともいえよう。がんに悩む人にも読書子にも推薦したい好著である。

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2009年9月26日 (土)

最相葉月さんと東大応援部を応援する

  【東京大学応援部物語 最相葉月著 新潮文庫】を読んだ。東大応援部については、以前に特集番組をみて興味をそそられた。また、著者ご自身も、昨今、星新一に関する評伝が高く評価されるなどその活躍は顕著であり、その著作の動向に関して注視しているところである。どちらかというと文系目線であり乍らも理系に興味を注いでおられるようである。

 さて、東大応援部。東大であっても応援団は応援団。そこには厳格な鉄の掟があることを知った。昨今、応援団に入部して自己研鑽を為そうという若者が少なくなってきたのも時代の流れであるという気がする。部員の気骨・根性は見上げたものだが、僕自身もやはり応援部に入ろうというほどの気概はない。

 嘗て、東京六大学の明治大学-法政大学戦を観戦したことがある。今は絶交したが、嘗ての親友が明治大学文学部英米文学科に学んでいたため明治側の学生スタンドから明法戦を眺めることができた。明治と言えば、その応援歌は「白雲なびく駿河台」から始まり、「おお、明治、その名ぞ、我らが母校」という部分がさびになっており、歌としての完成度も高い。この応援歌を要所要所で歌うのである。いつのまにか他校生である僕も、「おお、明治」と歌っていた。

 そもそもが野球に対しての感受性が欠如しているため、どの大学が勝とうが知ったことではないのだが、僕は応援団の跳梁にこそ、六大学野球の精髄のような華を感得するのだ。応援席を沸騰させ、そこまで対戦校を悪し様に言うか・・・と思わせるほどの悪口を投げつけ乍らも、どこか微笑ましいのは、それでも一定の礼節と秩序の基、学生が稚気のなかにも凜とした知性のなかで応援活動を行っているためなのである。

 エールの交換の時など厳粛ささえ感じる。まさに学校の校威を体現しているのは応援団部に他ならないのだ。応援をとおして愛校心が芽生えてくるのは道理である。たかが大学生の野球である。しかし、そこに重く重く篤く篤く伝統という文字が深く刻印され愛校心の涵養が図られる様子が俯瞰できた。

 蛇足乍ら、中学校時代には、慶応の「若き血」を担任から覚えるようにと厳命され辟易したことがある。今でも、歌詞は鮮明に覚えている。・・・わぁ~かぁ~き血にもぉゆ~る者、光輝みてる~我ら~・・・とォ。慶応も、若き血が燃えるのではなく、或いは、萌える。きょうびのそんな時代を反映して応援団たる硬派の絶滅も宜なる哉なのであった。

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2009年9月24日 (木)

がんの放射線治療の進歩にともなって医学物理士という職種が重要視されるようになってきた

 放射線治療装置の高度化に伴い、その機器の取り扱いが複雑になってきたため放射線科医だけでは対応が困難になってきた。そのために物理学に造詣の深い医学物理士の存在が必須と為されている。

 米国では、放射線科医と同数の5000人の医学物理士が存在している。対して日本では、放射線科医の数は対米国比で一桁少ない人員しかおらず、医学物理士にいたっては、臨床現場に20人程度を擁するのみである。

 東大では阪大で素粒子の研究者を、帝京大学では国立天文台の研究者を招聘した。物理学を修めたポスドクの人たちには、是非、医学物理士の道も検討して欲しい。【ロハス・メディカル 2009年10月号】に典拠。

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2009年9月23日 (水)

ようするに直感なんです

 ○ 多くの事象において・・・。

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開高 健氏の死因に納得した

 ○ 食道がんであったことを知ってなんだか安心した。あれほど迄に酒を飲み乍らも肝臓がんではなかったのである。なるほど、開高氏の飲む酒は、アルコール度数が高くて、食道の粘膜上皮が、ちりちりと、火傷をするほどの強い酒だったのである。

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山には古い日本が埋もれている

  柳田国男は幾度となく標記のように語った。その直感は、怖い程に何かを射ぬいている。柳田はしかし、山に埋もれている古い文化に明らかな輪郭を与えることを拒んだ。それが、瑞穂の国の民俗学に対する強烈なアンチテーゼになることを無意識にではあれ、予感していたからではないか。〈赤坂憲雄著 東北学/忘れられた東北〉に典拠。

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2009年9月22日 (火)

病理専門医が圧倒的に少ない

  医師免許取得後、5年の病理医経験を積み、50件以上の剖検を手懸けると日本病理学会が認める病理専門医の資格試験を受けることができ、その取得者は現在、2055人に留まっている。

 そのため、病理医が必ずしも病院に常勤しているとは言えず、がん診療連携病院ですら、その指定要件を「1人以上の専従病理診断担当者を原則として常勤で置く」という控えめな規定とせざるを得ない状況にある。

 常勤医を置くメリットは、診断までの期日が短いことも大きいが、組織の採材やその取り扱いが臨床医のそれと比較して適切であることも肝心であり、また、術中迅速診断が可能であるためにがん細胞の取り残しを懸念し必要以上に大きな切除を避けることもでき手術侵襲も低減される。

 07年現在、9000弱ある病院のうち、病理専門医が常勤で働いている施設は596施設にすぎず、うち365の施設では、常勤医は1人である。全検査に対して2人で診断をクロスチェックしている施設は84施設にすぎないと日本病理学会では報告している。【ロハス・メディカル 2009年10月号】に典拠。

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2009年9月21日 (月)

「牛を屠る」という本を読んだ

  【佐川光晴著 解放出版社】による標記の本を読んだ。以前から「ドキュメントと畜場」のほか「世界と畜紀行」など食肉処理関連図書は欠かさずに読みためてきた。

 自身、家畜が食肉に転轍する過程の現場を生の感覚で知りたいという欲求に加え、獣医学部時代の友人が、と畜場(食肉衛生検査所のことか?)で検査官として働いているためその現場はいかなるところなのであるかという強い興味を感じていた。それは、真実、僕は、今現在においてもわからない。

 著者は食肉処理の経験者であるため、その描写には高い確実性が保証されていると思えたので想像力をフル回転し耽読した。また、著者の学歴が一驚をもよおし、それが、この本が大きな回転軸の一つを構成している。北海道大学法学部卒という経歴が前面で大きく躍っており、その職業的特性と学歴のミスマッチを著者みずからが前面に押し出してこの本の売りにしている。それは自己の高学歴ゆえに他の作業従事者やと畜という行為に馴染まず高所から観察しているという印象も払拭できなかった。

 また、と畜場の名称などが実名で表記されており、そこには近しい友人が検査官(と畜検査官?)として赴任している点でも一つの興味であった。

 いつぞや、NHKの週間ブックレビューで佐川氏が出演しておられた。標記の本が直接にもテーマになったわけではないが、佐川は合評本として【マタギ 矛盾なき労働と食文化 田中康弘著 】という本を推薦していた。この本に就いては上梓された当初に早々にも書店で発見したので既に買い求めて読み終えた。

 マタギとは言うまでもなく熊撃ちをする民のことをさす。そこには静謐ともいえる宗教性と民俗学が混淆した営為が史観としても既に確立されている。何故、熊にかかわる命に大きな宗教性があるのかと言えば、山そのものが神聖視されて来た日本の民族的心性に起因していることは論を待たない。熊は山の使者なのであり、山そのものを抽象している。

 マタギによって殺される熊と比較する時、命を戴く、それも、おし頂くという点に関して家畜の生命というのは如何にも希薄である。システムのなかで屠殺されてゆく家畜はまさに経済動物であるの感を一層にも深めざるを得なかったのだが、それはそれで、経済的な動物であるがゆえにただしくあるのだと思う。
 
 また、熊関連の本としては、吉村 昭が【熊嵐】を上梓しており、熊と人が共生することに就いての相剋を文学的に昇華している。過日、熊が人を襲う事件が発生したが、なるほど熊は凶暴な一面も備えている。が、それは熊に一元的に責任があるわけでもない。それにしても射殺された熊は不憫でもあるのだ。

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2009年9月20日 (日)

さいたま地方裁判所に所属する田村 眞判事の炯々たる眼光も好きだ

  田村 眞裁判長は、寧ろ、炯々たる慧眼というよりも、クリッとして可愛らしい眼が印象的である。僕は、この裁判官が好きなので、さいたま地裁には頻繁に足を運び裁判を傍聴することを一つ癖としているのだ。

(参考)

http://www.courts.go.jp/saitama/saiban/tanto/tisai_tanto.html

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裁判官と最高裁と法務省

  【司法官僚 裁判所の権力者たち 岩波新書 新藤宗幸著 岩波新書】を読んだ。いわゆる法務省における官僚組織などについては他の省庁と異なり何かと分かりにくい部分が多い。一般の行政省庁にあってはキャリア・ノンキャリア等でその旗幟を鮮明としいるが、法務省等にあってはこれに法曹の者も混然とし職掌等において判然としていない印象がある。要するにキャリア組と司法試験合格組の住み分けの状況が不透明なのだ。

 今次、出版された上掲の図書は、焦点を最高裁判所に絞り乍らも、何かと知りうる機会の少ない裁判所の構造を見事にあぶりだしている点で極めて興味深い一冊であった。もちろん裁判官の仕事は裁判部門だけではなく司法行政部門からなる。特に、後者に力点を置いて著述している著者の姿勢には敬意の念すら感じるのである。

 また、著者は、科学研究費補助金による「司法の政治学-その予備的考察」・「司法の政治学-基礎研究」を為し司法官僚の項を担当したこの道の泰斗である。本書は、今後、永く書籍としての命脈を保ち続け重版に重版を重ねるに違いないものと思われた。

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2009年9月18日 (金)

人類史

  それは睡魔との戦いの歴史であるとも解される。

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西郷隆盛は何をした人なのか?

 【西郷隆盛伝説 佐高 信著 角川学芸出版刊】を読んだ。左の本は西郷隆盛の周縁史というべき内容であるために西郷が為した行為を理解していない自分には取り付く島のない本であった。西郷が如何なる理由から征韓論を提唱したのかに就いてまったく自分は無知なのであり、その毀誉褒貶を語る資格もない。そのあたりのことをこの本から読み解こうとしたのだが無理であった。求める内容と提供される内容のミスマッチがそこに存在した。

 さて、佐高 信氏。テレビでよくお目にかかる。言にして辛辣なるも毒舌に非ず。面貌は厳にしてその心性は潔。まさに現代のサムライとみているのだが、斯くも格調の高い文を為す者とは思ってもいなかった。佐高 信。ペンを執らせても一級の人である。なお、自分は政治経済は能くしないので佐高の経済等に関する論説は読んだことがない。

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受験生と新型インフルエンザ

 ○ 文部科学省は何か有効な特別措置の検討を為しているのであろうか。

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2009年9月 8日 (火)

日本と中国の学問的レベルの差異-ノーベル賞受賞者数を思考の縁として-

 ○ 凋落傾向にあるニッポンに在ってノーベル賞を受賞した日本人は数多いる。にも拘わらず中国では現状において0。日本固有の名称を各種商標登録を為し餓鬼のように経済成長を急いでる中国であるがその品格に於いては劣。 

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Holocaustとgenocide とslaughter

○ どれも意味深長な単語である。

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霊感が強いと自称する人たち

 ○ そういう人たちのことを僕は信じない。が、しかし、虚言・妄言を為さず信用にたる人物から、いわゆる、「火の玉」をみたという話を二人から聴いた。現今、存在を否定することのほうが非科学的態度であると指摘されれば確かにそのとおりなのでぐうの音もでなかった。

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2009年9月 7日 (月)

養蜂農家からミツバチが集団失踪したので捜して欲しいむねの依頼が家畜保健衛生所に入るとは聴いていたのだがそんな話は冗談だと思っていた

ミツバチ大失踪はウイルス 米大学が原因究明
9月3日15時49分配信 産経新聞

 ミツバチが大量に失踪(しっそう)する謎の病気CCD(蜂群崩壊症候群)は、ミツバチのタンパク質合成機能を「乗っ取る」ウイルスの大量増殖によって引き起こされている可能性がある-3日までに発表されたある研究で、こんな結論が出された。

 米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された同研究によると、CCDが観察されたミツバチの細胞内では、「タンパク質工場」として機能する細胞器官、リボソームが粉々になっていた。イスラエル急性まひウイルス(IAPV)や羽変形病ウイルス(DWV)といったウイルスがリボソームの異常を引き起こし、ミツバチの病気・ストレス耐性を低下させている可能性があるという。(以下略)

(ブルームバーグ Alan Bjerga)

★★★

 そういう疾病があることを僕は知らなかった。蜜蜂のことで獣医学部で学んだのは腐蛆病とアメリカ腐蛆病の2種類のみでこられの疾病は家畜伝染病予防法における法定伝染病に指定されている。なお、蜜蜂の失踪に関しては家畜保健所としても対応策はないと友人が話していたのを想起する。

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2009年9月 6日 (日)

故杉浦日向子さんの江戸とパラレルワールド

  歴史を俯瞰する作業は、即ち、現実在としての自分の属する時空に対して時系列としては縦方向の力が働くものの、思惟の方向性は現実在に対して横方向に解放されてため平行関係にある。その理路から歴史学に想いを馳せると、感覚的認識としていとも簡単に時空を超越することが可能であることが理解される。現実在の織田信長は現実在として存在していなくても、現実在の自己に対して過去を平行的に対置することにより認識在として織田信長は存在する。

 最近、江戸に関する書籍を渉猟している。そのきっかけは昨今マイブームの一つである落語に源流を求めうる。これまで自身としての江戸に対する興味は専ら武士に限定してきた。今一つ江戸人情話のようなものにピンと来るものがなかった。が、杉浦日向子さんの書籍を突破口として江戸学に逢着した。

 故杉浦日向子さんは現在はどこにいるのか。現在における時系列を遡及して江戸期に生きているように思えてならないのである。しかも、彼女が最も憧れていたご隠居さんに化して生息している可能性も高い。もちろん、意想外の話なのであるが僕には、そのように思えてならないのだ。

 それにしても杉浦さんはこの世をあまりに早く駆け抜けていった。やはり40代での、がん死は早逝である。もちろん、こんな埒もない世の中であるし自身が江戸に憧れていたのだから江戸に転生したのだと考えるのが彼女に対する餞である。それは【化生:病理学的な意味ではない】とも表現できる。

 彼女の江戸に纏わる話は興味深い。そして滔々と江戸のよいところを語っている。何故、江戸が好きなのかという理由がビンビンと伝わって来る。そういう話は読んでいても愉快なのである。また、とくに、彼女の、ご隠居願望というのが素晴らしくよい。曰く。「30歳くらいで、大店の若旦那の地位を、店を手堅く切り盛りしている兄弟に譲り、自分は幾許かの財産の分与に与り自在に生きたい」というあたりの願望に微笑と共感を禁じ得ないのだ。

 彼女の真骨頂は江戸への好意的眼差し、即ち、それは、分析ではなく感情的である点で学としての冷徹さを免れている。諸手を挙げての肯定は読者をして爽快の感慨を惹起せしむる。さらに、彼女の真骨頂は漫画にあるとみた。登場者に人格性が不要と思えば顔のパーツを書き込んでゆかないという一つの感性と、極力、冗なるものを排除している。【冗】の排除こそ、案外、江戸の【粋】と共鳴しあうのかもしれないのである。

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2009年9月 3日 (木)

東北の鬼を表現する者

 ○ それは高橋克彦なのかもしれない。東北になかでも岩手県の層の厚さには刮目する。

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2009年9月 2日 (水)

東北の民俗学をただしく承継する小説家

 民俗学と小説を混淆したと思える井上ひさしの業績は輝かしい。また、その艶笑譚も剽としていて嫌悪をもよおすたちのものではない。

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2009年8月31日 (月)

四国八十八カ所の歩き遍路を将来において予定していたのだ

 【お遍路入門 加賀山耕一著 ちくま新書】を読んだ。徒歩を交通手段として寺院を廻りたいという欲求は高校時代にまで遡りその動因は今でも判然とした記憶がないのであるが、それは、即ち、仏癖なのであろう。数年前に、妻とともに秩父三十八カ所を徒歩(一箇所はクルマ使用)で廻った。その目的は、「健康」・「観光」・「信仰」の三要素を動因としたもので純然たる宗教的感情の発露であるとは必ずしも言い難いものであった。

 四国の歩き遍路は、かなり厳しいというのが上掲の本を読んだ感想である。もちろん、陸軍兵士の行軍やマラソンの高橋尚子選手、または、登山家のように、陸上行動に慣熟している人には簡単な日程であるに違いないが、現実一般人においてそういう人は少ない。

 歩き遍路に関しては、先ず妻が反対を表明した。おそらく、毎日、風呂にも入れないし、場合に依っては野宿する可能性もある。雨のなかを歩かなくてはならない日もある。妻は信心において篤くもなし薄くもないが左のような状況を極端に嫌い、特に汗をかくのを好まない。盛夏の花火見物も難儀に感じる質なのだ。その質は僕と同様で、汗をかくのが気持ち悪くてしかたがないのだ。況んや、洗髪ができない日などは気も狂わんばかりになる。

 旅程は、もう少しお気楽なものと考えていた。野宿などは想定していなかったし、一日歩き終えて宿に到着すればビールの一つも飲みたくなる。僕はそんな凡夫である。が、しかし、遍路の要諦は心得ているつもりだ。それは紛れもなく歩き遍路に尽きる。旅の刻苦が厳しければ厳しいほどそれはよい修練になる。それは修練になるのであってそれがそのまま仏徳として奏功するなどとは、はなから考えてはいない。

 また、もちろん、現実、約2ヶ月間、汗まみれになり疲労のピークに達しても死ぬわけではない。そんなことは理解している。それにしても、困難な行程を考える時、己の脆弱心に唖然とする。それを克己すべく歩き遍路を実践するにも今更という感も否めない。

 現実的にはクルマで廻るほかあるまい。観光バスや観光ヘリも選択肢として存在するが自由度の高いクルマでの巡礼を選択したい。僕が、唯一、歩き遍路をするとしたら・・・。それは考えたくないので書かないが、歩き遍路を為さなければならない状況の発生を怖れる。

 上掲の本は、宗教的な意義をヒラリとかわし体験談に終始している点で極めて興味深いものがあった。四国八十八カ所遍路にかかわる民俗・習俗を収めた一冊として心に深く刻印された。もちろん、「遍路のコツ」のようなハウツー本ではないことを識しておく。

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2009年8月28日 (金)

宗教で語られる言語を閉塞させないことの肝心

 霊魂というものを考えたり思ったりすることの意味を「ある」とか「ない」とかでけりをつけられないし、つけてはいけないのです。もし、つけたとしたら、宗教の言語は閉塞していってしまうでしょう。【南 直哉の言葉】

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2009年8月27日 (木)

読書の精神史に占める新書の位置

  ○ 新書は読書生活のなかで一義的であってはならず、あくまでも、二次的な図書であると心得ること。昨今、新書の存在意義が変容してきたために、知の導入的な使命を終え、より興味本位なものへと位相転換しているように思える。新書以外でコアとなる本を中心に据え、あくまで、その周縁を取り巻くのが新書であるという位置づけを為すことにした。

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2009年8月26日 (水)

宮沢賢治と茂木健一郎

  茂木曰く「私の人生で起こったことのすべては、私の脳の中のニューロンの結合様式として保存されている」。左掲の逸文を読んだら宮沢賢治を想記した。

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2009年8月24日 (月)

宗教と民俗学

 戦前から存在していた学問で、〈国体〉や天皇を深く語らず、それでいて日本の宗教について深く洞察した学問が一つだけあった。それが日本民俗学であり宮廷や国家の神道に対して民間神道ともいうべきものを追究していた。

 柳田は、民俗学が天皇について語ることを極力避けた。そして、また、柳田は、民俗学が好事家の学の対象とならぬよう、また、反体制とも結びつかぬよう、慎重に学問体系を構想し着実に組織化していった。ために、性と差別、そして天皇制についてはその研究対象からあえて除外したのである。また、比較民俗学の立場も否定した。

 戦前の神道教学がその力を失った時、ふと、浮揚した神道を支える可能性のある学問。それが、日本民俗学なのであった。かくなる日本民俗学を、柳田とともに育てたのが、折口信夫だったのである。【魂の古代学 上野 誠著】に典拠。

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2009年8月23日 (日)

真珠湾攻撃総隊長淵田美津雄の生涯を観想してみる

  【真珠湾攻撃総隊長淵田美津雄の回想 編/解説 中田整一 淵田美津雄自叙伝】を読んだ。彼の人生をじっくりと考えてみたのだが淵田は奇兵または稀兵であるという結論に達した。海兵・海大を経て順風満帆な軍人としての登路を文字通り驀進してゆくのだが、そこに興味を見出したわけではもちろんない。

 真珠湾攻撃の現場指揮官として陣頭指揮を執り、大敗を喫したミッドウェイ海戦にも参画するも盲腸炎で空母赤城の医務室で臥褥のまま辛くも退艦。原爆が投下される前日には偶然にも広島から退去している。また、米国戦艦ミズーリ号の降伏調印式にも参加した。敗戦後は敬虔なクリスチャンとなりキリスト教の伝道活動を始める。その人生を俯瞰すると、呆れるほど死なないのだ。怯懦な振る舞いなど微塵もないのであるが死なないのだ。戦死率が一番高いとされる航空屋でその第一線にいながら死なないのだ。戦犯としても拘引されていない。

 さすがに淵田もその武運の強さについて自分自身で驚いている。また、淵田は自叙伝のなかで【武運】という言葉は使用していないが意図的なものか否かは分からなかった。そんななかにあって、しだいに、淵田は、死なない原因について、なにかに生かされているというふうに感じるようになる。戦後になって「それ」をキリストに論拠を求めたわけであるが、淵田が生粋の職業軍人であったことから公然と伝道活動することに非難の声があがった。淵田自身はまったく触れていないのだが、僕は淵田の特攻隊に対する認識のありようにも重大な関心を寄せている。

 職業軍人として、また、高級軍人であった者が、戦後、急転直下、いともたやすく戦争を否定しアメリカと深くかかわり伝道活動に身をついやすことに理路の一貫性があるのか。淵田一人、心の問題としてキリスト教に沈潜してゆくのはよい。しかし、公然と伝道活動することについては如何なものか。一部の戦没者遺族が違和感を感じるのも無理がないようにも思える。本来、心の問題は心の問題として別に措きただ沈黙に徹するを幹部軍人の使命と心得たい。

 淵田はよい顔をしており曇りがない。その姿勢と至誠は直情径行にして純粋すぎた。戦時においては戦時の価値観に邁進し、戦後、キリスト教に感化されるやいなや平和をスローガンに伝道活動に至誠を捧げアメリカを中心に世界を飛び廻った。そこに変節とか自己保身といった低次元での魂の意図的な働きはないものの、世間一般には、淵田の態度には、上掲の理由から納得できない点があっても不思議ではない。いうなれば、高級軍人として戦争責任を痛感し謹慎を望みたいところなのである。なお、蛇足ながら真珠湾攻撃で協働した航空屋の海兵一期先輩の源田 実の政界進出に淵田は渋面している。

 しかし、淵田は、そうした誹謗・中傷?を一向に解するふうでもない。そこが淵田の鈍感の才ともいえるのである。敗軍の将はやはり、今村 均や井上成美のように寡黙に徹したほうがよい。僕は淵田を責めるつもりはないが、戦死した部下を悼み、省察を一義とする余生を送ったほうがよかったようにも思えた。よいと思えば、戦争にも邁進鼓吹し、その愚かしさを悟れば、直ちに価値観のコペルニクス的転回を為しキリスト教の伝道活動を開始する。伝道とは押しつけでもある。実行力こそ見上げたものがあるが、その心性は純にして鈍。そして奇。この本を読んだ限りにおいて、僕は淵田への想をそのような心証で固めた。が、決して悪い人ではなかった。

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そのほう、不届き至極、切腹を命じる

 【切腹 日本人の責任の取り方 山本博文著 光文社新書】を読んだ。昔の武士というのは、せつないほどにすぐに腹を切らされた。それは屠腹とも表現されるが、切腹するほうもいとも簡単に応じることに驚きを禁じ得なかった。本の帯には、「そんなことで腹を切るの?」という惹句が記載されている。

 例えば、藩行政における政策上のミス、或いは、公共土木工事担当者の工事遅滞等も切腹の対象になった。こんにち、そうした過誤の範疇にあるものは懲戒免職にも該当しないはずである。また、切腹者は起案を決裁をした家老ではなく担当者というのが興味深い。家老どころか奉行でもなく職位的にはさらに低い位階の者が腹を切らされた例もある。

 切腹の構図は、現在も連綿と続いていると著者は説く。各種食品偽装事件では、担当者は悉皆、懲戒解雇になっている。命こそ取られないがこれも切腹同様の構図として看過できない構造の系である。きょうび、雇用環境は厳しい。企業人として断乎とした姿勢を堅持することが如何に重要で、なおかつ、困難であるかを痛感させられた。企業内不正に対して内部通報システムが有効に機能することを期待したい。でなければ、企業人は自己防衛を為すことができないことになる。

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2009年8月21日 (金)

千日回峰行者は生きている人間が一番恐ろしいと述懐した

  回峰していて何が怖いかと問われて行者曰く。『それは人間です。獣とかお化けは怖いとは思いません。生きている人間が一番怖いです。深夜、なんでこんなところに人がいるんだろうという場所で、「あの~」なんて声をかけられるとびっくりします。

  自殺したいから死に場所を教えてくれというのもありました。私の師匠なんかもっと凄かった。毎夜、横川の大師堂にお参りしいるというおばあちゃんがいて、束線香に火をつけたそのおばあちゃんの姿が煙でモクモク燻されながら、線香の炎に照らし出されるんですから、さすがに師匠も出たと思ったらしい。生きている人間が一番怖ろしい。物の怪とかそんなものは自分の意識のなかで消せますから』。

 蛇を踏む感覚について曰く。『なんとも言えない感じです。むにゅという感じです』。
【千日回峰行 光永覚道著 春秋社刊】に典拠。

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2009年8月20日 (木)

乾いた仏教と湿った仏教

  ブッダの無常の三原則は至って単純だ。世の中に永遠なるものは一つもない・形あるものは必ず滅ぶ・人は生きて必ず死んでゆくの三つ。それは絶対断定的な乾いた無常感である。

 対して、平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」をみるまでもなく、日本人に愛好される無常観が如何に詠嘆的で、しかも、湿った叙情性に彩られているかがわかる。

 ブッダが説いた無常観は、日本のそれとは根本的に異なるということに注目しなくてはならない。ブッダの説いた仏教、即ち、原始仏教は、砂漠的風土の影響を受けた乾いた仏教なのであった。【ブッダは、なぜ子を捨てたか 山折哲雄著】に典拠。

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2009年8月18日 (火)

正論は絶対に正しいか?

 ○ 必ずしも正しくはない。

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松本清張のルサンチマン

   【松本清張への招集令状 森 史朗著 文春新書】を読んだ。この本には松本清張の思想的基盤のようなものが伏々と流れているような気がした。その感情はルサンチマンである。

 そういえば、父が清張の作品をよく読んでいた。当家では「昭和史発掘」をはじめとして松本の本が書架を占領していた。以前にも松本清張のことは書いた。しかし、この本を読んでみて改めて清張作品は是非にも読んでおくべき必要性を強く感じた。

 思えば、父から影響された読書上の課題は多い。清張関連では、邪馬台国の畿内説と九州説の当否。清張関連図書ではないが「死海写本」。こられについて読めとは指示されたわけではないが、父の精神史を辿るうえで避けてとおれないテーマでありそんな父もすでに呆けた。

 考えてみれば、父は電気工学が専門とはいえ限りなく文系の人であった。僕の書癖は父の遺伝子を確実に承継しているのだ。母の遺伝子を承継していれば、おそらく、もう少しは数字に堪能であったと思う。

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2009年8月17日 (月)

宮沢賢治は東北の思想の一つである

 賢治の作品に「なめとこ山の熊」がある。マタギの小十郎に熊が助命を乞う。「おれは死ぬのはもうかまわないようなものなのだけども、少しし残した仕事もあるし、ただ、二年だけ待ってくれ、二年目には、おれもおまえの家の前でちゃんと死んでいてやるから」そういって熊は去ってゆく。二年目の夏、その熊は約束どおり小十郎の家の垣根の下に血を吐いて倒れている。

  また、賢治の詩には、「原体剣舞連」というのがあり、その末尾に「打つも果つるも一つの命」と書いた。その従来的な解釈は別としても、東北学者の赤坂憲雄は次のように述べる。

「賢治は東北の一つの思想である。東北という思想の可能性であると述べてもよい。賢治のいる東北を語りたい。賢治のいる東北を糧としながら、東北にいたる道行きを辿りたい、と願う」。さらに赤坂は述べる。「殺す/殺される関係をギリギリの場所で引き受けること、そこから、自己/他者や人/自然のあいだの差異を消去するのではなく、あくまで、それを認めながら、敵対的共生のかたちとして、その来るべきイメージを紡ぎ出してゆくこと。賢治はその可能性の糧であり、種子である」と。【東北学/忘れられた東北 赤坂憲雄著 講談社学術文庫】に典拠。

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それを求める心

  最澄はそれを『道心』と呼び、空海はそれを『十住心』と呼び、明恵はそれを『菩提心』と呼び、親鸞はそれを『信心』と呼び、道元はそれを『心身脱落』と呼んだ。日本の仏教の第一の心得は【心】の探求にあったことが容易にわかる。

 人間の「心」は「我」のように否定されるべき対象ではなく浄化されるべきものである。思えば、夏目漱石が「則天去私」に近づこうとし、小林秀雄は「無私の精神」を手にしようとしたのだった。【ブッダは、なぜ子を捨てたか 山折哲雄著】に典拠。

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2009年8月16日 (日)

山折哲雄さんの面目躍如として

  【ブッダは、なぜ子を捨てたか 集英社新書】を読んだ。山折さんらしい剽とした知のカオス的文脈が健在なのが嬉しかった。しかも、この本では手抜きをしていないため得られた知見も選れて多いものがあった。なにしろ山折さんは剽の人なので手抜きをしなくても、その順直な人柄ゆえに手抜きに見えてしまうところもまた愛嬌じみているのである。

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剽の俳人金子兜太

 NHKで放映している俳句王国が好きだ。主宰として、時折、出演されているのが金子兜太氏である。その句風はダイナミズムであるために僕の好みとする俳人なのである。また、お人柄も頗る【剽】としている点で好感が持てる。なお、兜太は本名である。

 先に紹介した【昭和二十年夏、僕は兵士だった 梯 久美子著】のなかで金子兜太の戦争体験を紹介している。兜太は東大経済学部を経て日銀に入行後、召集。海軍主計学校を経てトラック島に海軍士官として着任した。一般に兵科と比較すると戦死する確率は低いことから厭戦的で賢い者は兵科単体で構成される幹部候補生学校を避け経理学校へゆくことが多い。中曽根康弘も海軍経理学校を経て士官になっていることは有名である。

 僕がこの本を読んで金子兜太に就いて唸ったのは氏の経歴などではもちろんなく軍刀の差し方なのである。一般に軍刀は西欧軍人のサーベルのように佩くものなのであるが、確かにこの差し方では走り回る時にも、チァラチァラと安定性がないために軍刀を左手で押さえなければならず不便である。そこで、兜太は、チャンバラ映画の俠客のように軍刀を脇差しのようにして腰に差して走り回った。この差し方であればとりあえず両手が自由になる。この話を読んで、兜太らしい気取らない性格と合理な一面を垣間見たような気がした。

 もちろん、梯さんが紹介したかった金子兜太の戦争体験は軍刀の佩き方などではない。梯さんは、戦時においてトラック島で句会を陸軍と共催したことなどに注目しているのである。句会の件もそうなのであるが、兜太には人を惹き付けてやまない何かがある。それは措くとしても、トラック島で為した俳句を紹介する。「葬列、白いのは犬」・「空襲 よくとがった鉛筆が一本」。兜太の戦争体験のことは別稿にて再度綴ることにする。【昭和二十年夏、僕は兵士だった 梯 久美子著】を参考。

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2009年8月14日 (金)

熊田千佳慕さんが亡くなった日、僕は熊田千佳慕展を鑑賞するために銀座松屋デパートに行っていたのだ

  ○ 千佳慕さんの昆虫たちの図画はどれも美しく細密であった。しかし、僕がなにより感銘を受けたのは千佳慕さんの顔そのものであった。老いて美しくなる人。その典型を千佳慕さんにみた。子供のようなその可憐で童心を含羞した顔はなるほど昆虫画家にはふさわしいやさしさたたえた顔なのであった。

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2009年8月13日 (木)

精神科における電気けいれん療法(ECT)について調べてみた

  精神科医のあいだでもECT療法への評価は一定しておらず箱根の関所を境にして、東では積極的。西では消極的であるといわれている。しかし、特に、抗うつ剤の副作用に苦しみ、また、うつ症状のために食事が満足に採れない高齢の患者には有効である場合が多い。いくつかの条件をクリアした場合に限って、東京都立府中病院ではECTを実施している。

 処置は、麻酔薬と筋弛緩薬の投与下で、役20分間に6~12回を程度試行する。治療頻度は週2~3回。ETCによる死亡率は約1万人に一人。また、現在のETCでは、歯科的合併症の頻度は低く、骨折や脱臼も稀。副作用は記憶障害だが一過的である。【参考図書:精神科ER 救急救命室 備瀬哲彦著 マキノ出版】

補遺・・・負荷電圧等は不明。

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2009年8月12日 (水)

寺山修司と池田晶子の死に係わる基本認識の一致

 寺山修司曰く。「生が終わって死が始まるのではない。生が終われば死も終わってしまうのである」。左が、死の認識において両者が共有している態度なのである。マルチな才能を発揮した寺山修司の直感的天才には驚きを禁じ得ない。

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大学の誕生(下)を読んだ

  標記の本の上巻を読んだことは既に書いた。過日、下巻が発売になっているのを見かけたので早速にも読んでみた。著者は天野郁夫、副題には、「大学への挑戦」とあり意味深長である。

 著者も書いているが新書の形式をとりながらも上下二巻の構成は異例である。それだけに内容も濃密であった。もちろん、東京大学をはじめとして様々な大学の歴程をただしく綴って一つの書物に纏められた意義は極めて大きい。

 新書とはいえ天野の学問的業績の一つであると高く評価したい。なお、天野の専門は教育社会学である。その視点は、些かもぶれてはおらず、如何にも社会学から教育を思考した者の碩学的態度を構成しており、なるほど、碩学とは、こういう人のことを指すのだなと思ったのだ。

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2009年8月11日 (火)

仏像を鑑賞するツールとしての光学機器の選択

 ○ 単眼鏡・双眼鏡・オペラグラスはどれが適しているのだろうか。今現在、仏像は僕にとって鑑賞する対象でしかないのだ。

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医学と南 直哉

  医者は患者が好きで治療するのではない。

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京都の歴史を足元からさぐる-北野・紫野・洛中の巻-

  著者は森 浩一、学生社刊。京都について深く学びたい旨の意志を動因として標記の本を読んでみた。京都に就いても、何を何処まで深く掘り下げればここで終わりという終点はない。その本質は京都が個人的体験である所以に依る。が、先ず、住んでみないことには始まらないのが理路でもあるし、精神形成史として幼少期から住み着いていなければ、到底、京都の一端になぞ触れられる筈もない。

 が、京都への憧憬は、止みがたく、それは、関西一般への憧憬と相俟って、ますます、募りに募っている。それは、恋慕の情止み難しの様相をいよいよと呈してきているのだ。斯くありながらも所詮はエトランゼであることも承知している。

 今夏、京都にゆくこともさることながら、京都の関連本を蚕が桑をはむが如くムシャ、ムシャと読んでゆくことを予定しているのだ。高慢なモノ言いだが、観光案内的な本は既にクリアした。高慢と言えば、著者の森 浩一先生も物言いが高踏的であったが、或いは、それも京都人の持つ属性の一つなのかもしれない。

 検定ばやりの昨今、検定について些か懐疑的であったが、京都周縁の知識について検定合格レベルまでの知識を身につけたいと思っている。もちろん、検定など受けることを予定していない。

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2009年8月10日 (月)

人間の品格と酒池肉林

   【酒池肉林 中国の贅沢三昧 井波律子著 講談社学術文庫】を読んだ。帯には、巨大建築・美食・美女・大奢侈の中国四千年と記載してある。「蕩尽」という言葉があるが、まさにそれを彷彿とさせ、それは、決して気持ちのよいものでなく、また、権力者は、ルートビッヒⅡ世のノイシュバンシュタイン城の造営ではないが、古今において変わらないものなのだなと感じた。もちろん、一方で清貧に過ごした皇帝は幾らでもいる。

 ヒトは、その贅に於いて、何が、何処まで出来うるのかについて考える時、凡俗なる者は酒色に耽るというのは、一つの形であるように思われた。世故世俗での栄耀栄華は虚しい。

 巻末で、著者は、宋代の時代に科挙にも合格した蘇東坡の例をひいて締め括っている。究極の贅沢とは?という一節を設けてこれに答えている。曰く。「なにものにもとらわれることなく、絶対自由をめざす精神の戯れに身をまかすことである」と断定しているのが印象的であった。蘇東坡のことはいずれ書く。

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2009年8月 9日 (日)

心と魂という言葉に係わる池田晶子の認識的差異

  【あたりまえなことばかり 池田晶子著】を再読した。結論から申し上げると、標記のことに就いて明確に定義化、つまり、「魂とは・・・・」、「心とは・・・・」という文脈で語られている部分は存在しなかった。訂正してお詫びしたい。

 しかし、一連の池田の作品を読む限り、「魂」と「心」は緩急自在に使い別けられており、さらにそれは、哲学的な一般的態度として両者をキチンと定義化し、それを基礎として、更に、発展した思考を為し、理路を辿るのが学問的属性であることからどこかで池田は定義化をおこなっているはずなのである。或いは、「魂とは何か」という本のなかで定義化がおこなわれていたのかもしれないが、今、現在において再読の予定をしていない。ために、推薦だけはしておく。

 念のため、定義化こそされてないものの、その両者の様態を述べた部分を「あたりまえのことばかり」の中から引用しておく。「私の中に心があるのではない、心の中に私があるのだとは、ユングも行き着いた壮大な逆説である。それは宇宙を全体として包括するものである。【魂】という視点を所有することで、心であるところの人生、その複雑さに則しつつ、それを宇宙論的な奥深さのうちに認めることが可能となる」と池田は書いた。

 誤りを犯した点に就いても検証しておく。「・・・とは何か」という理路で、この本は、「道徳」と「倫理」について明確な定義化をおこなっている。これを「魂」と「心」の定義化されているものと僕が勘違いしたのが原因であるようだ。

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2009年8月 8日 (土)

今夏、最大のビッグイベントは熊田千佳慕展である

http://www.matsuya.com/ginza/topics/090824e_kumada/index.html

 ○ 銀座松屋で開催される、この展覧会は必見である。昆虫は良い。とにかく、虫は善い。帰途、天賞堂に寄り、予約してある青函連絡船の模型を取ってこようと思っているのだ。

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2009年8月 7日 (金)

順天堂大学病院における便秘外来の実力

 父が便秘で悩んでいたため便秘外来の受診を奨めた。45年も前に盲腸炎の手術をしたことが原因らしく触診だけで便秘の原因を突き止めた便秘外来の医師の実力には凄まじいまでのキレがあるのだが原因は盲腸が癒着しているらしいのだ。以下、推論・・・。

 今更、腹膜炎を起こすはずもないし、腹腔内に線維素が析出して癒着を起こしているとも考えられない。おそらく、盲腸縫合糸を異物認識したため手術の時点で瘢痕収縮を起こした。それと加齢に拠る怒責力低下と相俟って便通を阻害しているものと思われた。便秘は辛い。抗下痢剤を長期に渉って服用していた時、医原性の便秘を体験して七転八倒した記憶がよみがえった。

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2009年8月 6日 (木)

京都と奈良は別態である

  両者を混同しないこと。京都にゆく時は、京都にゆく覚悟、奈良にゆく時は、奈良にゆく心映え。その二箇所は、位置にして近いが、精神的な距離感は㎞では測れないほどに以遠である。故に、僕は、奈良と京都をごちゃまぜにして巡礼したくないのだ。さて、京都には何が在るのか???。それを今回は確かめてゆく。

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2009年8月 4日 (火)

敗戦後、國學院大學の存続にむけた折口信夫の懊悩

 敗戦後、宗教的理念から存続が危ぶまれた大学が二つあった。伊勢の神宮皇學館大学と國學院大學である。GHQは戦前の国家神道の解体を目的とした神道指令を発し官立の神宮皇學館大学と東京大学神道講座を廃止とした。

 國學院も廃止されると危惧されるなか、それを免れたのは私立大学がゆえであった。GHQは、私立の宗教系大学を公権力に依って廃止することに依り、逆に、信教の自由を侵すものであると判断したのである。また、GHQの意図するところは、政教分離に基づいた国家の神道に対する支援の停止であったあったため、当初から私学の宗教系大学を廃止する予定はなかった。

 結果として、國學院は上記の理由から廃止を免れたが、折口はGHQの方針を明確に理解していなかったため、國學院を母校とし同校教授の任にあった折口の懊悩は深かった。柳田国男とも協力し、戦後の神道を取り囲む状況に即応する新しいカリキュラムの策定を急ぎ、国家と乖離した形の「神道教学」を打ち立てなくてはならなかった。

 しかし、仏教なら釈迦、キリスト教なら、イエスというように求心的な人物が存在するが、神道には、この宗教を始めた提唱者もいなければ教義・教典も存在しない。神道教学の場合、何を対象として研究を進めるか・・・というところから議論を始めなくてはならなかった。それまで、神道教学を支えていた道義(神道は日本国民の国家的道義として位置づけられていた)研究室を廃止した。そのため、「神道の宗教化」ということを折口は発信し続けたのである。【魂の古代学 上野 誠著】に典拠。

 補遺・・・

 國學院といえば國學院大學附属久我山高校につきる!!

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2009年8月 3日 (月)

宇宙飛行士向井千秋さんの夫である向井万起夫さんのお人柄

NHKラジオ第2で放送しているカルチャーラジオを聴いていたら向井万起夫氏が講演しておられた。内容は、米国論のようなものであったが、その人柄に惚れ込んだ。

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浅草弾左衛門に関する本を見つけたので読んだ

 【浅草弾左衛門 塩見鮮一郎著 批判者刊 第一部~第三部(三部完結)】を読んだ。江戸期の人なのであるが、寧ろ、その名前を知らない人のほうが多いと思う。この場でどのように彼のことを表記すべきか躊躇したのだが、そのまま直截に書くことにした。浅草弾左衛門とは、関八州を治めていた穢多頭であり、その権力は絶大であった。

 僕も、この人の名は、ついぞ、うっかりしており、5~6年前までは知らなかった。気になっていたものの、ある日、書店でこの本が目に留まったので、早速、購入して読んだ。この本で表現されているのは、そのまま江戸裏面史であるともいえる。そういう仕事は現代においても脈々と受け継がれており、それは、また、社会のシステムを維持するうえで必要な仕事なのである。もちろん、かれらの賤称廃止にむけた努力は血涙にも値する営為そのものであった。

 批判社だから出版できた本なのかもしれない。浅草弾左衛門の生涯は波乱に満ちたものであるだけに小説・映画等に転化しやすいような質量を含んでいるのだが、なかなか、手懸ける人もいないようである。そういう歴史があり、そういう歴史に苦しんだ人たちがいたことに悲愁という表現を以て感応したいと思う。

 本書は、小説としての体裁を採っている。そのほうが、感覚的に浅草弾左衛門像がつぶさに伝わるのかもしれない。が、小説として評価した場合、特段、衝を得ている点は見あたらない。憾むべきは、間口を広げすぎであり、故に全体が冗漫に流れている。そのために、ただ、ひたすら、史実だけを探り乍ら読んだため、1500頁にもなんなんとする本ではあったが、わりとあっさりと読み終えた。史実は史実として、ひたすら重く僕のうちに澱んだのだ。 

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2009年8月 2日 (日)

読んで書く

 ○ それが僕の勉強法なのであり、それは、また、自習なのである。

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精神外科としてのロボトミー

   【ロボトミスト 3400回ロボトミー手術を行った医師の栄光と失墜 ジャック・エル=ハイ著 岩坂 彰 訳 ランダムハウス講談社刊】を読んだ。帯には、「悪魔の所業か、稀代の救世主か? 精神医学史上空前の論争を巻き起こした精神外科の実相とその時代」と記載されており医療ジャーナリスト協会最優秀作品賞に輝いた本である。

 ロボトミー(白質切截術)という言葉が精神医療を語る時に、憂鬱で禁忌な言葉であることは知っていた。それにしても、まず、精神外科という立場が存在していたことにも驚いた。だが、ロボトミーは精神外科という表現がまさに正鵠を射ており、実にそれは精神外科そのものであった。具体的には、精神疾患治療のために前頭葉の一部を切除する術式のことで、アメリカ人医師 ウォルター・フリーマンに拠って提唱され実践された。

 この米国人医師は、少なくともマッド・サイエンティストではなく、精神医学の発達過程で発生した徒花であるように僕には思えた。適切な治療がない時、脳を器質としてとらえ、それを切除するという考えはフリーマンに依らなくとも誰かが考案していた思考であり医学史的必然であろう。移植医療が過渡的医療であり、なおかつ、和田心臓移植事件によって、一時、移植医療の停滞をみたのにも似ている。

 尤も、ロボトミーの再開はありえない話なのだが、昨今、精神外科的とは別の表現形で、それを迂回しながら脳を器質としてとらえる治療法の萌芽の兆しがあると著者は指摘している。それに対して著者はロボトミーを創始したフリーマンの亡霊であると比喩的に表現していた。現在、精神科の最前線でおこなわれようとしている治療群は、ロボトミーとは劃然と峻別されなくてはならないし一定の奏功率をはじきだしそうな理路に適った方法であるようにも思えた。

 貧乏籤を引いたのは結果的に、フリーマンであったが、それにしても、彼の粘着型の性格が一層、ロボトミーへの嫌悪感を募らせているのは事実のようであり、副作用を恣意的に無視しようと努めた姿勢は確かに倫理上の欠陥があった。また、その術式の残酷性と、医学的エビデンスの欠落が何よりロボトミーの信憑性を疑わせる。本文の冒頭にもあるとおり、「20世紀に悪名を馳せた医師としてナチスのヨゼフ・メンゲレに次いで、フリーマンは二番目であるに違いない」という指摘も強ち否定も出来ないのかもしれない。

 本書は、詳細にロボトミーとその周縁のことを膨大な資料を駆使して検証している点で、ロボトミーに関する資料的価値は、いやはやに高いものと思われた。また、今、現在において観ることが不可能な手術の様子を撮影した画像も収載されている。僕の読書体験のなかでも特筆すべき希有な一冊となった。多くの人にオススメしたい本である。

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2009年8月 1日 (土)

もうすでに未来なのである

 「21世紀なのだから、もう、既に、充分、未来なのである」と、誰だかは忘れたが、そう述べていた。言われてみれば、そのとおりなのだ。

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2009年7月31日 (金)

何故、自ら死を選んではいけないのか?

   「何故と問うていけない。理由を求めてはいけない。理由はないのだ。これは決断なのだ。死を選べるからこそ理由もなく生を選ぶのだ」。【少年と老師 南 直哉著】に典拠。

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2009年7月29日 (水)

オリンピックなどの競技大会で新記録は更新され続けるのか?

  更新され続けることはあり得ない。

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幽霊は存在するのか?

 【幽霊を捕まえようとした科学者たち デボラ・プラム著 鈴木 恵訳 文藝春秋】を読んだ。キュリー夫人などが幽霊の存在を肯定していることには驚きを禁じ得なかった。幽霊とは幽かな霊のことであり、それが大層の悪さをするはずもない。

 とまれ、幽霊に関しては、魂と霊の差異にも関連してくる問題も胚胎しているだけに、直感で、即答せよというのなら、生霊のようなものが魂である可能性もある。では、魂と心とは何処が異なるのか。池田晶子がこの問題に就いて明快に解答を呈示していた。いづれ紹介したい。

 霊とは死後に存する魂のように一般には膾炙しているが、本来は、そうした文脈とは異なる意味で使用されていたのではないかと思えるのだ。

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魚を食って俺に話かけるな-食の多様性として-

  ソマリアには、魚が汚らわしく不気味な存在であるという認識から発生した標記のような言葉がある。

 また、卵を食べることを禁忌とする地域も多く、それは生命の源を殺してしまうという解釈に基づく。ましてや、生で卵を食べる民俗は日本人以外まずいない。

 他方、アメリカやイギリスでの馬肉は絶対的なタブーなのである。アメリカ下院では、馬を屠ることを禁じる法律を可決しているほど徹底している。【世界奇食大全 杉村幸徳著 文春新書刊】に典拠

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2009年7月28日 (火)

一体、坊さんは何のプロなのであろうか

  世間には、仏教に期待したって始まらない・・・という見切り観がある。坊さん社会は、能力にあまり関係のない長老主義と大寺権威主義という堅固なヒエラルキーのなかにある。また、檀家主義というスポンサーシップに依存し再教育の場を持たない。それは、努力しなくても生きていける独特の社会なのであり、幾つもの権威らしきものに守られた閉鎖的依存型社会でもある。【寺よ、変われ 高橋卓志著 岩波新書】に典拠。

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学校教育における学びの構造的特性

  「それが何に役立つか」を子供たちが未だ知らず、言葉で表現できないからこそ子供たちは学校に通わなくてはならないのである。学びとは学び終わった後になってはじめて自分の学んだことの有用性や意味を知ることができるという順逆の転倒したかたちで構造化されている。【昭和のエートス 内田 樹著】に典拠

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2009年7月27日 (月)

偏差値40からの東大医学部受験

 ○ それも個人の能力に照らすと無理な話であるということになる。営利教育を旨とする予備校だって、そんなキャッチコピーは造らない。

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僕とは?

「体か」/「違う」。「心か」/「そうかもしれない」。「いつの心か」/「今の心だ」。「今はもう過ぎた。過去の心は既にない。そして、過去の心と今の心と未来の心が、おなじ僕の心だとなぜ言えるのか」→「本当を問うな。今、ここにあるものがどのようにあるのか、どのようにあるべきなのか問え」。【少年と老師 南 直哉著】に典拠。

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2009年7月26日 (日)

肝臓と岡本太郎

 ○ 肝臓に精神の坐があってもよいではないか・・・と岡本太郎なら発言しそうだ。僕も、また、肝臓に精神の(います)が存在したとしてもおかしくないと思えるのだ。メカニズムは理解している。メカニズムは理解していも、アルコール中毒者が幻視・幻聴をする時に、その精神的な主導の坐は肝臓に移動しているとしても、医学的には合理ではないが、或いは、一つの現象として不思議なことであるとも考えきれないのだ。

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措置入院までの流れ

いわゆる24条通報というのがある。「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」の第24条のことである。警察官は自傷・他傷の虞のある者を発見した場合、最寄りの保健所長をつうじて都道府県知事に通報しなければならない・・・という規定をさし、通報が為されると精神保健指定医に対して強制入院の必要があるかに就いて措置鑑定をおこなわせるために措置鑑定命令書がおりる。左を根拠として精神保健指定医は本人の希望がなくても診察をおこなうことができるのだ。

 次のステップとして措置入院の鑑定診察が行われる。入院時点で、緊急措置入院が必要と判断した医師以外の知事が指定した2名の精神保健指定医それぞれが診察を行う。この2名の医師の意見が一致した場合に措置入院が継続されるが1名でも措置不要と判断した場合、措置入院の継続はできない。【精神科ER 備瀬哲彦著】に典拠。

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梯 久美子さんと北海道大学獣医学部

 過日、放映された週間ブックレビューで司会を務めたのは梯 久美子さんであった。的確な所見を述べていたので来歴を調べてみたら、僕と同学年で、しかも、北大の文学部卒であることがわかった。

 北大にも獣医学部があるのだが、僕のオツムが爆裂するほどに選れていたなら北大で同期である可能性もあったんだな・・・などと思いつつもそれは高嶺の花とも無謀ともいう話であったのだ。梯 久美子さんの感性に対して敬愛を惜しまないのだ。それにしても、定めし、才媛であったのだろうな・・と思うと共に、文学系は知性よりも発想・感性にその本態が宿るものとも考えられた。

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2009年7月25日 (土)

文学博士という学位は何か?

 ○ その真意を問うてみると、その意義に就いて些かの疑問が発生する。現在、文学部においてカバーしている学問的領域は多岐に渉るが、その本質を遡上してゆくと、基本的には文学は非学問的であるはずなのだ。

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下北半島の寂寥感

  ○ 東北学者の赤坂憲雄は下北半島を訪問した時に襲われる寂寥感とも物悲しさともつかぬ感情をうまく表出できなかった。(※ 僕自身も類似の体験を持つ)。考え抜いた赤坂は明確な答を見いだした。「風景のなかに稲が欠落している」。

   その言葉は僕自身の心のなかにストンと落ちた。〈赤坂憲雄著 東北学/忘れられた東北〉を参考

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2009年7月24日 (金)

知のエトス

 人の知的な深みは、その人が抱え込んだ葛藤の深さと相関する。 【昭和のエートス  神戸女学院大学文学部教授 内藤樹】

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2009年7月21日 (火)

奇食は健全なる文化なのであった

  【世界奇食大全 杉岡孝徳著 文春新書】を読んだ。従来、この類の本は、東京農業大学で発酵学を専門としている小泉武夫氏の専権事項的な感があった。小泉とは別の視点から描かれたこの書籍は奇特にして重篤である。掛け値なしで笑える一冊であった。

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2009年7月20日 (月)

皆既日食は怪奇日食だと信じていた幼年時代

 怪奇日食は怪奇現象であると当識していたために、僕は、小学校の3年生くらいの時分まで怪奇日食であると信じて疑わなかった。

 今回は悪石島での怪奇日食。その島の名前の由来に漠なる民俗学的興味をそそられる。なんだか、横溝正史を想起するにたる名称なのだ。それにしても、横溝が「湯殿山麓呪い村」を書いた時、山形県民は、よく温和しくしていものである。

 怪奇な皆既日食と悪石島。そこには横溝正史的ワールドと正の相関、つまり、何かが書けるはずだ。もちろん、逆に、おどろおどろしい横溝ワールドではなく、一般に、悪、という倦怠の思念を吹き飛ばして有り余るほどまでの悪石島にプラスイメージを賦与することだって可能だし、そういう方向性を模索するのも、今後の民俗学的発展系の形として賦形できるものと思われた。学問は人の幸福のためにある。

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現代における坊主三傑

 玄侑宗久・南直哉・対本宗訓が現代坊さん三傑である。玄侑は理屈において過剰である。南はリアルな直球勝負。対本は宗教的方向性を明らかに間違えている。僧医にも人の心を救えない。人は人の思惟によって己自らの魂の救済を求めてゆかなくてはならない。

 医学と宗教は別物であり、それを混同しない方がよい。対本が緩和医となり、疼痛を除去してから説法を始めたとしても、緩和そのものを対本が担う必要的義務は発生せず、緩和のほうは緩和の医師に任せておいてよい。対本をして代え難いのは緩和にあるのではなく、専らその宗教的資質に依るところにある。

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出版社の良心の発露としてのちくま文庫および講談社学術文庫

 将来をみすえた時、残しておくべき質の高い本で、絶版が予期される書籍は、概ね、この二つの文庫で拾遺しているところに、僕は両者の出版社の使命と覚悟を感じるのである。

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2009年7月18日 (土)

赤坂東北学のエッセンス

 赤坂憲雄という人がいる。僕は氏を民俗学者としてよりも東北学者と呼びたい。現実に、赤坂東北学という言葉もあるらしい。学者は現実に東北をどのような視点で捉えているのかを知るべく【東北学/忘れられた東北 赤坂憲雄著 講談社学術文庫】を読んだ。

 なにより、夥しい程の踏査を実現している点で言の葉にも一応の説得力があった。しかし、この本も東北各地を点として思考している弊を免れておらず面としての東北学的視座が欠落していたがそれは些少。点を稠密すると面になる。東北という理路で東北を語る場合、それは面で語らないと意味がない。で、あることから、観察点を増大させてゆくことによって、点は面として性格を顕してくれる。

 踏査した結果を照合することで共通点を探ってゆく。それも民俗学的な基本方法の一つであり、赤坂は丹念にその作業を続けていることは高く評価できるし、また、本質は細部に宿ることをこの人は知っているのだ。一般に、東北学は、この一冊から始まるとしてもよい。そういう書籍的立場を構成している一冊である。

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2009年7月17日 (金)

今、池田晶子はどこにいるのか

 ○ ニュートリノとして、今、僕の体を貫通した可能性だってある。

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日本人の哲学的態度-自我は歩行するのか?-

 ヨーロッパにおいて哲学をする時には、自我というような言葉は使わず、「私」と表現する。日本では、「わたし」を「自我」などと訳すから、「自我は歩行するのだろうか」というような話になってくる。

 しかし、哲学とか文学ということをみていると、記述というのは、或る文体でないと完成しない部分がある。哲学という作業は、そこにあるところのそれは何かという問いについて、これを言語化する作業でもあるので運用する言語が難解になることも致し方ない。【鷲田清一談を参考】

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2009年7月16日 (木)

死はどこからくるのか?

 兼好法師は言った。「うしろより来たれり」。

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2009年7月15日 (水)

山折哲雄さんの飄

 そこはかとなく慎み深く、悲しくも滑稽なふうをさして僕は山折哲雄さんの剽と形容するのだ。

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南 直哉のアフォリズム

  【老師と少年 南 直哉著 新潮社】を読んだ。南が発するアフォリズムの集成としてたえず携行したくなるような本である。嘗て、僕がツァラトゥストラを常に携行していた如く・・・・。

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川田順造氏の声に係わる言説

 声を出す・かける・たてる・あげる・あらげる・はげます・おとす・しぼる・ふるわす・しのばせる・・・・。声は人間の生理の、深くやわらかい部分に直結しているらしい。それは、声を発する状況性と、声を発する者の現全性と、声をむけられた者の特定性とを巻き添えにして成立している。声は、わたしから出るものでありながら、口から発せられた後、他人と共有されてしまう。 ☆ 川田氏はうまいことをいうものです。

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2009年7月14日 (火)

蛇が気持ち悪い生物学的理路

 その理由が僕には不明なのである。しかし、嫌いなのである。それを生理的嫌悪感とも表現したくないのだ。

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存在論おいて池田晶子は宗教を超越した境地にいる

 釈尊もキリスト教も斬って捨てる論理は明快である。池田晶子的立場は存在論にその真骨頂がある。

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蛇に取り憑かれた女性民俗学者であるところの吉野裕子

  【蛇 日本の蛇信仰 講談社学術文庫 吉野裕子著】を読んだ。民俗学に蛇という視座を動員した、まさに、蛇淫の性ともいうべき刮目に価する一冊である。蛇と民俗学は不即不離であることは吉野の論を待つまでもなく自明なのであるのだが、それに明確な形として論理的賦与をおこなった希有な一冊である。

 もちろん、蛇は、様々にシンボライズされ、ヘルメスの杖の喩えからWHOの印として、また、経済の神様として、一橋大学の校紋にも採用されている。まさに、吉野民俗学の屹立たる面目を施した一級の内容である。とは言い乍らも個人的心性としては僕は蛇を好まないし、吉野も苦手のようだ。要するに、蛇は気持ちが悪いのである。

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2009年7月13日 (月)

ヘーゲルを睥睨した池田晶子女史を睥睨し返す

 【睥睨するヘーゲル 池田晶子 講談社】を読了した。嘗ての彼女の著書にない程、その言葉は激越にして辛辣であった。それに対して僕も池田晶子を睨み返したのである。池田晶子は魂の故郷である。時折、その謦咳にふれたくなるのだ。つくづくと天才とは薄命なものである。

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著者は千日回峰行の様子を仔細に述べてしまいそれを僕は宗教的な禁則行為であると思うのだ

 【千日回峰行 光永覚道 春秋社刊】を読んだ。この人は、標記の修行に関して饒舌でありすぎる点において過誤を犯している。

 この類の書籍では饒舌になりすぎぬことが肝心。仏徳のようなものがあるとすれば、その霊験のようなものが豊舌によって衰微するの危惧を感じる。秘密は秘密。神秘は神秘としておくのがよし。

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2009年7月11日 (土)

明海大学歯学部附属病院で歯科治療を受けた

【7月1日(水曜曜日)第1病日目】。上顎の歯茎に疼痛を感じたため口内炎の病識を得た。

【7月2日(木曜日)第2病日目】。口内炎に伴う腫脹感を強く感じる。

【7月3日(金曜日)第3病日目】。上顎洞付近の頬部が腫大。当日は、暑気払幹事を務めていため歯科の受診ができなかった。帰途、別職員にクルマにて家まで送ってもらう。自宅到着後、右頬部限局性の炎症と腫大を確認しその炎症が瀰漫性であることからフレグモーネと診定した。

【7月4日(土曜日)第4病日目】。重篤な炎症のために顔面が歪み左右の対称性を逸失し口腔内口唇粘膜が露出しドライマウス状態になる。そのため、歯科を受診。経口に依る抗生物質の投与では治癒は望めないため、医科での抗生物質の点滴を受ける。

【7月5日(日曜日)第5病日目】。腫れは退褪せず、さらに重篤性を増し、眼瞼および眉間にまで波及し眼が半分、潰れた状態に至る。再度、医科にて同治療に加え歯茎を切開し排膿した。これによって相当程度の嫌気性菌が死滅するというのだが何故、嫌気性菌に感染したかは不明である。同日、歯科も受診し入院勧告を受ける。指定先の病院は明海大学歯学部附属病院。せめて日大歯学部病院程度にならぬかと懇願したところ、主治医の母校であること、急性期の治療においてベッドの確保が困難であることを理由に強く明海大を奨められる。また、歯科には歯科大の病院が適当であるとした説明を受け、これに不承乍ら納得し紹介状を書いてもらう。

【7月6日(日曜日)第5病日目】。明海大歯学部附属病院へゆく。最寄り駅からタクシーで病院へ向かおうとしたところタクシー・プールもない所なので、城西大学の学生たちに混じって山道を徒歩にて病院に向かう。明海大学は、城西歯科大学が単科大として存立が怪しくなったため明海大学として独立した経緯があり不動産学部等も設置している。

 この病院に対するファースト・インプレッション等には惻隠の情を以て触れないことにする。診療の状況に就いては記しておく。準教授程度の歯科医が出て来て、頬部等の顔面を触診しないまま、「眼下膿瘍」という診断名を賦与された。もちろん、「眼窩膿瘍」なら視神経にまで波及する大変な状態である。で、眼下膿瘍。顔面右側において眉間から、下顎部に炎症が拡大しているのに、眼下膿瘍とは解せない診断名であった。状況は、組織間隙を瀰漫性に浸潤する、寧ろ、フレグモーネなのである。

 歯科医になって3年目という若いドクターと交替し、点滴下抗生物質治療を開始。ところが、血管の確保ができないのである。ブツと針を血管に刺入しても必ず外す。もちろん、大学病院なので明海大学に限らず、経験値の差からこうした事態は容認できる。しかし、アル綿で、採血部(CRPを診るため)  を清拭しないで採血とは一体、どういう教育をしているのだろうと頭を傾げざるをえなかった。もちろん、抗議した。また、当該血管を潰すと、そこに絆創膏を無言で貼り、別の血管に採血針を刺入する。僕は言った。「キミ、この血管、どうしたんだ、ちゃんと説明しなさい」。曰く。「すみません。採血できません」。「それなら一言断っておくのが患者に対する礼儀でしょ」と叱る。アル綿なんて歯科のユニットに常備してあるのが普通ぢゃないのか。あちこちのユニットで歯科医たちがアル綿を持ってきてと看護師(口腔外科では歯科衛生士が歯科医介助をおこなわず、看護師がおこなう由)に指示を出している。

 横のユニットをみると、大きなペンチのようなもので女性歯科医が不器用そうに抜歯をおこなっている。大学病院の属性とはいえ患者が不憫である。また、今年度、卒業したばかりと思われる歯科医たちが治療室内に突っ立て所在なさげにしている。この診療室のポリシーも理解に苦しんだ。部屋から部屋に抜ける壁が三角形にくりぬいてあるのだ。動線が適切ではなく、万一、ストレッチャー等を使用する時には、取り回しが悪いだろうなと感じた。もちろん、ユニバーサル・デザインの発想など皆無である。口腔外科では、下顎の腫大等で気管を圧迫した場合、歯科医が気管切開し気道確保をおこなうらしい。これにも驚いた。歯科大学附属病院には、医科の外科を設置していない。耳鼻咽喉科・眼科・内科・精々、脳外科程度で、それは、細菌が眼や鼻、脳に及んだ場合を想定しているからであり、それなりにただしい。しかし、外科の診療科は想定していないのだ。入院という話も出た。しかし、これは一蹴。

 結局、抗菌スペクトルの問題だけで医科で点滴をしたほうがナンボかよい。X線検査・MRIの検査も固辞。抗生物質の点滴だけをしてもらい辞去してきた。歯科とはいえ大学病院である。売店もない、食堂もない。しかも、明海大学歯学部に限って言えばホームページも充分ではない。また、舌がん等にも口腔外科からアプローチするのみで腫瘍医や、放射線照射施設のない病院で口腔部・頭頸部付近の治療が満足にできうるものなのかと甚だ心許ない気持ちを抱いて明海大学を辞去してきた。定めし、この病院にかかったために、助かる命を、あたら、散らした人も多いのだろうなと思いつつ。また、僕個人的には、この病院では僕が殺されるとも感じた。さらば、明海大学。

 そういえば、自治医科大学において慢性副鼻腔炎の手術をするにあたって、ブリッジが取れたしまった際、再装着をお願いして、結果、重篤には至らぬまでも、フレグモーネを起こす原因を造ったのも明海卒の歯科医であった。

 明海大学にはまったく私怨はない。僕が体験し感じたことを素直に書いてみた。この文章を誹謗中傷と受け止めるのではなく患者の客観的意見として関係者には捉えてもらいたい。また、歯科も医科のなかに包括されるような医療機関で受診すべきであると強く感じた。大抵の病院や大学病院には口腔外科がある。今後、僕は、歯科大附属病院には行かない。どうしても行く必要があれば、医と歯が連携している東京医科歯科大や昭和大学などが適当だろうと思う。要するに医科の監督の下に高度な歯科医療を実践している病院を選択する。また、現今において、患者のアメニティの問題も看過できない。私学なら尚更である。

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アメリカの文学における過去・現在・未来

 【ハックルベリー・フィンのアメリカ 「自由」はどこにあるのか 亀井俊介著 中公新書刊】を読んだ。アメリカ文学が呈示した最大の作品は「風とともに去りぬ」であろうと僕は確信している。もちろん、ヘミングウェイの存在も大きい。

 偏見を承知のうえで書くが、どうも、アメリカと文学は、僕の頭のなかで巧く繋がらないのだ。個人的に・・・。そして、アメリカには人文科学は馴染みにくいような気がするのだ。専ら、経済原理優先の国にあって文学的風土が醸成しにくい環境があるのではなかろうかと推論してみた。よい意味でヤンキーには文学は馴染みにくいのかも知れないのだ。

 寧ろ、ハリウッドに代表される安逸な映画の方がシックリとアメリカ人の一般的嗜好の問題としては理解できる。アメリカ人はヒーローが好きである。日本における一般的文学の様態、または、指向としてヒーローに期待する部分は些少である。

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2009年7月10日 (金)

薬剤師もチーム医療を担う大切な構成要員である

  【毒と薬の世界史 ソクラテス・錬金術・ドーピング 船山信次著 中公新書】を読んだ。この手の本は、既に多くの類書が出版されているが、大概が興味深くおもしろい。

 著者は薬剤師である。薬剤師が上梓する書籍の多くは、医師に比肩する存在者たるべくドンキホーテ的情熱を絶えず読者に訴えかけてくる。薬剤師は薬剤師。医師とその社会的地位を争っても栓のなきことであり、なおかつ、薬剤師が医師よりも薬のことを知っているのは薬学部を卒業しているのだから当たり前の理路である。

 医師がメディカルの第一進者であるとすれば、薬剤師は、どう頑張っても、コ・メディカルの一翼者であるという力動関係は変わらない。どんな藪医者でも医師は医師。優秀な薬剤師が切歯扼腕しても権限において薬剤師のそれは限定的であることは法の定めなので仕方がない。

 医師との比較のなかで薬剤師が独自のナラティブを紡ぐのは、もう、止めたほうがよい。なによりチーム医療が謳われている昨今、薬剤師も協働ということを学んで欲しいと常々、思うのである。薬剤師は薬剤師で、それは優秀であり、重要な仕事であることは所与の事実として誰もが充分に認知している。医師・薬剤師・ナースなど、どれが欠格してもチーム医療は成立しない。上掲した本を読んでそんなことを感じた。

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2009年7月 9日 (木)

現象の発見学としての病理学的方法

 病理学とは、畢竟、病というフェノメノンの存在の在の確認。つまり、ザインに耳を澄ますことにある。ザインの発見能力が病理学の初歩的な構成の要素の一つになってくる。もちろん、病の理路を整然とただしく呈出することがその大要であるが、現実的にはザインの否定、または肯定という診査のためにその意を強く傾注する作業であるようにも思えるのだ。

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2009年7月 3日 (金)

矯正行政と懲罰行政としての死刑

 その法理学的関係がクリアに見えてこないのである。

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松本清張は芥川龍之介に対して批判的である

 ○ 生活感のない芥川の如きようなものは文学ではない。労働の体験こそ文学を構築する根幹をなす・・・みたいなことを松本は述べている。それは高等遊民の否定でもある。さて、文学は労働者のモノか、高等遊民のモノか・・・。僕は人間のモノであると信じているのだが・・・。文学は状況において発生するのである。

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2009年7月 1日 (水)

農業と人文科学における相性の問題

 ○ 「農民戦没兵士の手紙」を読むと、農民兵士のその素朴な心情が吐露されているために感動をもよおす。しかし、そうした感情の喚起は都会に暮らす者による差別的偏見であると一部の農民から反発をかうことがあるという。

 ○ 民俗学においても同様の現象が発見せられ、地方における習俗の観察ないし踏査が都会人によるところの高踏的な視点として農民からの非難の対象となる場合があるのだそうだ。現在において、そういうことが現在進行形としての現象として存在しうるのだろうか。

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2009年6月30日 (火)

寺には地域のコミュニティとしての機能がある

  【寺よ、変われ 高橋卓志著 岩波新書】を読んだ。このままでは、早晩、仏教は衰退する旨の言説を重く受け止めた。寺には標記の識したような機能が伏在しているので、これを効果的に利用すれば、街はよくなり民度も上がるものと思われた。

 ただし、この高橋(長野県松本市にある神宮寺の副住職:臨済宗)という著者は、仏教が社会に貢献する間口を拡大しすぎている感も払拭できなかった。きょうび、真言宗において、金剛界及び胎蔵界曼荼羅の左右もわからない坊さんもいる。また、お盆の時期、袈裟の姿で回転寿司で寿司をつまんでいる坊さんを見かけた時は驚きを通り越した。

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2009年6月28日 (日)

国道4号線または東北新幹線からみた東北における点と線と面の社会学

  日本という国が東京を基点としている点において、東北学も、また、東京を基始として考えるのが適当である。その昔、東京から東北の深奥たるみちのくへと最短ルートを採りこれを結ぶことが国家建設にあたり緊急の課題であっただろうことは想像に難くない。それゆえに国道としては4番目に国道4号線が敷設された。それに呼応して東北自動車道の着工時期も比較的早い。

 東北本線も早い時期に整備がなされた。東北本線は、東海道本線同様に「本線」の格が与えられ仙山線や田沢湖線のような支線ではないことに注目したい。東北新幹線に就いては盛岡迄の一部暫定開業であるにせよ順序という観点からいえば山形新幹線や秋田新幹線は傍流と位置づけられる。

 それは、要するに、日本という国家は太平洋側を中心として東北を捉えてきた歴史的背景を見て取ることができる。依って、山形県は秋田県は東京を基始とする限り捉まえにくい側面が確かに存在している。それは、あくまで、東京からでは捉まえにくいということであり、関西から東北を眺望する場合、逆に山形や秋田県の方が馴染み深い時期も確かにあった。

 その時期とは、京都から北海道に至る北前船などの船舶交通が盛んな頃に限定されるものと考えられ、何故ならば、現在、関西から東北にアクセスする場合、距離的には日本海側経由が短距離であるにもかかわらず、東海道新幹線と東北新幹線を利用した方が利便度が遙かに高いからである。しかも、刮目すべきは、大阪ー青森間は一つの路線で繋がっていない。羽越線や奥羽本線などを経由しなければならず、唯一、青森と関西を結ぶ列車は寝台特急としての日本海号のみである。現実、時刻表ソフトである駅前探検倶楽部においても大阪-青森間のルート設定において鉄道路線を基本的には予定しておらず、航空機が首座を寡占している。

 もちろん、山形・秋田県のまた由緒ただしい東北に違いなく、そして、また、そこに暮らす人には東北として括られる一つのアイデンティティがあるに違いない。東北への帰属性の自覚の有無を別にしても、この両県は、形式として東北以外の何者でもない。そして其所には、地場特有の精華としての文化が構築されているはずなのである。僕の体験として秋田・山形の両県の訪問回数は多くないが、秋田なら蘭画、山形なら出羽三山の山岳修験というようにその華を見て取ることができる。しかし、これらの県域は、奥羽・羽越の文脈として捕捉されやすい。

 そうした経緯から東北の要衝や官ガの中心はやはり太平洋側に在る。官庁における東北管区○○局等の本部は大抵の場合、宮城県を中心に設置されているうえに、学問も一元的に東北大学において東北を在とする学校を睥睨している感もある。なにより東北大学工学部において西沢 潤を産んだのは東北大学の精華とも思えるのだ。

 通俗的な意味での観光案内をすると次のようになるし、一見の価値は確かにある。曰く。城なら会津若松の鶴カ城。桜なら弘前。湖なら十和田湖。山なら八甲田山。半島なら下北。五重塔なら羽黒山。修験なら山形。寺なら山寺と中尊寺と恐山。武士道なら会津。絶景なら松島と北山崎。海岸線なら岩手。路線なら五能線。列車ならストーブ列車。祭りならねぶた。民話なら遠野。マグロなら大間。蕎麦なら山形(岩手県盛岡市にある直利庵のわんこそばも食べておきたい)。牛タンの仙台は謎。カキなら松島。サクランボなら山形。ハタハタなら秋田。ホタテなら青森。ホヤなら岩手。文学なら岩手と青森。高校なら盛岡一高、大学なら東北大学。民謡なら南部牛追歌。三味線なら津軽。方言の色の強いのも津軽。演歌なら津軽。海峡なら津軽。馬なら岩手。武将なら伊達政宗。医学者なら野口英世。川なら最上川。雑駁な括りであるが僕にはそう映るのである。例えば、実際に訪問して比較すると掛け値なしに猪苗代湖より十和田湖の方が絶景であることに違いない。リアス式海岸の王者はやはり北山崎につきる。しかし、本質は細部に宿ることを認識しておきたい。

 東北の属性を考える時の手懸かりの一つとして第一次産業にその主資がある。日本の穀倉地帯などと呼ばれて古いものがあるが、もちろん、東北の全県が海に面しているため米だけでは東北の文化を語れない。並列して漁業もある。それは常民における山の人と海の人というカテゴライズも可能になってくる。東北は八戸港を持ちながらも、漁業が何も東北だけに特化しているようにも思えないのである。圧倒的な産業イメージとしては米である。東北は米とともにあるのであって魚とともにあるのではない

 言語の東北的立場を考えてゆく作業は簡単である。各地の方言を丹念にみていっても、それは、東北訛、東北弁として直感される。確実に大阪弁とも違うし、一元的に東北弁であるという認識が可能である。津軽弁と南部弁は大きくことなるが、概ね、些末な範囲に収まる。

 視覚的には、どうか。一つ一つの点そのものを構成要素として東北は成立している。しかし、点では各論的な個性が前面に表出してしまい東北を捉まえきれない。例えば、恐山の画像を以て東北とは言えないし、遠野という一点をもって東北とは断定できない。それでは、面ではどうか。先の書いた話とリンクしてくるのだが、東北新幹線に乗っていると、車窓から眺望できる風景は連続した点の集積として面として認識される。そして、東北はなるほど日本の穀倉地帯というべき景観が延々と続く。この水田の光景を以てして東北の一般的な景観とするのが妥当であることを再確認したい。国道4号線を走っている時も、新幹線に乗っている時と同様の感慨が湧く。

 地形をみる。東北で一番大きな面積を持つ県は岩手である。日本から岩手県と静岡県が消滅すると定めし日本の国は小さな県になるだろうというくらいこの二つの県の面積は広い。特に岩手県は東北のなかで大陸を形成しているような気さえしてくる。また、東北本線を乗る度に思うのだが、多分、陸奥の玄関口は一ノ関であるように思う。それは、関西圏と東京圏の文化的差異について、愛知県のどこそこ付近という踏査による方法論によって線引きか可能なように、現実に踏査すれば一ノ関付近であると思えるのだ。JR東日本の仙台発の普通列車も一ノ関行きが多いのも傍証となる。

 また、おそらく浅部東北と深部東北との精神的認識性のそれは大きく異なるように思える。福島県における東北性は、青森の持つ絶望的な東北性とは差異があり、或いは、また、栃木県や福島県(福島県は明確に東北であるが)の非東北的優越性に象徴されるように東北的深度には濃淡がある。その東北的深度が、東北という閾値を超えた地域、即ち、それが陸奥の呼ばれ、その地点が一ノ関なのである。そうした意味から、岩手の一部や青森県は東北とは別に陸奥という属性を保持し構造としては重層性がある。

 就中、岩手は、東北的感慨を一身に体現しているような気がするのである。平均的東北像を具現化しているように感じる。福島県の関東への熱き眼差し、東北の覇者としての宮城県、どんづまりでむせかえるような、悲しいまでの東北性を具現しているため東北の本旨そのものを欠格するような青森県、日本海に面して関西との関係も大事にする山形・秋田県。そのなかで、ドーンと居住まいをただし正確に東北を体現しているのは、どうしても、岩手県なのである。

 南部牛追い歌という民謡がある。あの歌を聴きながら、夕暮れ時に、岩手県のなかに敷設された国道4号線をクルマで走行している時、その寂寥感、大陸的広漠さ、心細さ、雄大さにおいて東北の雄を感じるにまことにふさわしい。4号線からは、逸れるが岩手県の陸前高田市。ここで夜を迎えた時の心細さといったらなかった。故に、僕は東北の典型的な形式としては陸前高田市を推したいのである。点としての東北は存在しないことは先にも書いたのであるが、唯一、点として挙げるなら陸前高田を僕は指定したいのだ。

 遠野物語の倣いではないが、東北には妖怪がいるはずである。岩手県は、よき中国の倣いに似て掘削すれば、ぞろぞろと未知なるもの、未発見なるものが発掘されるのである。また、岩手県が醸成した人物の層の厚さは、東北屈指とも言えるし、そうした彼らは、岩手を愛し続けた。東京志向のなかにあって東北的立場を是とする者は岩手県人において特段に多いとも思われる。点としての陸前高田を指定することに無理があるのなら、少し範囲を拡大して岩手県としたいのである

 学が学として存在しうる根拠は、多様性にある。多様性の分類的解釈と、その汎用化という作業において地域学は成立する。その点で地域学の先鞭をつけたのは間違えなく東北学を嚆矢とする。大阪論、京都論は存在していても、その学として歴史は、東北学のほうが古い。嘗ての中国と同様に、東北は、依然として眠れる獅子であることには間違えはなさそうなのである。しかし、眠りから覚めた獅子が中国のように傍若無人になることはありえない。そして、おそらく、今後の永きに渉って東北は眠り続けたままであるに違いないのだ。少なくとも劇的な覚醒はおきない。

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2009年6月27日 (土)

わかりやすく話をするのは難しい

  表現としての文章を推敲している時間がない分だけ困難度が倍増する。言葉を発することは瞬発的な文書構成能力が必要とされることを改めて思い知った。

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2009年6月26日 (金)

木材は植物の遺骸である

  そういう認識の形式を発見した。であるとするならば、法隆寺等々の木造建造物は植物の遺骸で構築されているというわけなのであろうか。材木や木材は植物ではないような気がするのだ。

 それは、豚と豚肉の関係にも似ている。とまれ、つくづくと思うのは、タンパク資源の摂取として、僕たちは死体を喰らっているのは間違いがなさそうなのである。

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2009年6月25日 (木)

プレゼンにおけるナラトロジー導入の適否

 標記のことを二ヶ月のあいだ模索してきた。その成果は如何。

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人生における力点

  その力点の位置を何処に置くかに拠って人生そのものの価値というか、燦めきとか、ときめきにおいて大きな差を生じる。それを、多分、人生観と呼び、或いは、それを職業に置き換えて述べれば、職業観とでもいうのであろう。さて、ヒトの価値観とは様々な形式が存在しうる。

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脳と絵心の関係

  標記の関係は、インプットされた情報が脳内において加工されてアウトプットされる形式であり、加工の工程とは、それ、即ち、芸術化ないし表現化されるための脳内化学反応なのである。

 ケミカルな領域において芸術が作出されるという点では岡本太郎の言う「芸術は爆発だ」という説は物理化学的にも近似しており、茂木健一郎がいうところの「ニューロンの発火」というのが正しいようにも思える。否、寧ろ、僕は、「ニューロンの暴走」と喩えたい。

 また、ドラッグ等の影響を受けてインプットの段階で錯誤した生情報を、そのままアウトプットしただけでも芸術的な形式として成立するかも知れないだけの可能性を妊んでいるとも思われたのだ。

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2009年6月24日 (水)

京都の街において百鬼夜行の徘徊はいつ起きるか

  1月なら正月・2月なら子の日・3月と4月は午の日・5月や6月は巳の日というふうに1ヶ月に一回の徘徊がおこなわれ、その日を百鬼夜行日とか忌夜行日と呼び、人間は夜に外出してはならないとされていた。【羅城門の怪 志村有弘著】に典拠。

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2009年6月22日 (月)

古池や蛙飛び込む水の音

 飛び込んだ蛙が一匹なのか複数なのか。そういうことに欧米人は興味を持つのだそうだ。確かに、英語やドイツ語に訳すと冠詞の選択と語尾変化という問題が発生してくる。一般に飛び込んだ蛙の数は複数であることが定説になっているのだそうだ。

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神様とやら あなたは残酷だぞ

  手塚治虫という漫画家は、神についてそう言わしめた。何故、神は残酷な存在なのかを漫画的立場からは深く掘削せず、考究する立場としての文学で遠藤周作は、「沈黙」という作品をつうじて一つの解答の形式を示してみせた。ことほど左様に文学には思惟こそが構成動因の一つとして考察しなくてはならない場合もある。

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2009年6月21日 (日)

文学の言葉、それは死者たちの言葉である

 上記のように標榜している【光の曼荼羅 日本文学論 安藤礼二著】を莫大な期待値を傾注し乍ら読み進めてゆくこととした。早速にも、昨日買い求めて来た本である。この作品は第3回大江健三郎賞受賞および第20回伊藤整文学賞(評論部門)受賞している。

 文学の言葉は死者たちの言葉であると断じきった者の作品が文学賞を受賞したことは当ウェブサイトの管理人としても感慨深いものがあり、再々に渉ってテーゼとしての死を扱って来たことに改めて運営方針の方向性について諾とするものと感じているのだ。

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折口信夫は問い続けるのだった

   【魂の古代学 問いつづける折口信夫 上野 誠著 新潮選書】を読んだ。この本は逆さ文学史的手法(時系列の方向を逆に辿る技法)がとられているために、とても読みにくい。柳田国男も理解できなかったというマレビトの概念の把握については、さらに別著をあたろうと思う。

 逆さ文学史的手法を採用した著者の勇気には最大限の讃辞を送ることを厭わないのだが、「魂の古代学」というタイトルも些かその意味において不明瞭である。「民俗学でいう魂とは何か」というテーマと、「古代学における魂とは何か」という問いかけにおいての魂の二重構造が発生するためテーマが重層化してしまうのである。また、古代は歴史学が専ら注目する分野であることから、副題がついていなければ、この本は折口の本であるものとは判断できないのが普通である。もちろん、折口の偉業は民俗学というカテだけに収納しきれないだけのボリュームがあることは承知しているつもりではいる。

 よくよく吟味をしないで買った本である。書名は本の内容を顕す一つ例として呈示しておく。しかし乍ら、折口の周縁的事象に就いては極めて興味深く読めた。

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2009年6月20日 (土)

季刊 東北学という雑誌

 間口が拡大しすぎている。たえず注視している雑誌なのであるが・・・。

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2009年6月15日 (月)

心霊写真の存在を信じない

  【心霊写真 -メディアとスピリチュアル ジョン・ハーベイ 松田和也訳】という本を購入した。出版社は由緒ただしい青土社なのである。何故、こんな本を買って読む気になったか。読売新聞の書評欄において精神科医の春日武彦氏が推奨していたから読む気にもなった。

 出版社に照らしても良書には間違いがないしメディアとスピリチュアルというタイトルも意趣をそそる。しかし、これは、電車のなかで読むことを避けて自宅内で読むことにした。死んだら終わり。それが簡潔明瞭でよろし。

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2009年6月14日 (日)

柳田国男に関連する図書として意義深い本一冊

【柳田国男入門 鶴見太郎著 角川選書】を読んだ。民俗学における学問的な方法論の位置づけが明確に示されている点で刮目に値する一冊である。

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手塚治虫展 -未来へのメッセージ- を鑑賞してきた

 東京江戸博物館が開催されている標記の企画展を観覧してきた。僕は「鉄腕アトム」の時代の申し子という世代ではない。寧ろ、幼児期の記憶としては「リボンの騎士」のほうが釈然としておりアトムのことはほとんど知らないのだ。

 長ずるに及んで、「ブラックジャック」に魅了された。また、「火の鳥」の気宇壮大なテーマには文学をも凌駕する可能性が漫画にあることを感じた。加えて、「人間昆虫記」や、「ユテラテの樹」、「きりひと賛歌」、「アポロンの歌」などの子供向け作品以外の漫画にも惹かれた。また、「アドルフに告ぐ」以降の作品群こそが手塚作品の要諦を為していると思えるのだ。なお、手塚氏に就いてはデパートの企画展で氏が執筆している様子を、高校時代に一度だけ見たことがある。熱烈な手塚フリークだった頃である。

 殊に、ブラックジャックは何度も読み返した。この作品から発せられる名言は多い。「人が人の命を左右できるとおもっているのかね」・「医者ってなんだ」・「神さまとやら、あなたは残酷だぞ」など・・・。

 唐突乍ら、手塚治虫と北杜夫の両名。この二人は就いてはどうしても比較してみたくなる。両者は世代的にも近いうえに昆虫にも造詣が深いのであるが、それよりも、寧ろ、大阪大(専門部)や東北大学医学部を、それぞれに卒業した後、医学博士を称号とし乍ら医師という共通の経歴を持ち、表現を手懸かりとし乍らも進むべき方向が漫画、或いは、文学へと逸れていったことはまことに興味深い。この二人を並べてみた時、漫画と文学の差異について考えさせられもする。

 確かに、漫画には表現における成熟点に限界があり、或る位相を超越することが困難なのである。而して、文学は成熟における到達点が漫画とは別の形で設定されているが、それを以て、どちらが高尚であるとは断定し難い。しかし乍ら、刮目すべきは、漫画に詩学を導入した、つげ義春、または、つげ義男の存在がある。その路線を承継している漫画家、または、漫画の文学化を為した漫画家に就いて僕は無知故に知らないのである。多分、つげが、文学という軸についての漫画からの漸近線を画いてみせたに留まるのでないか。

 また、表現者として宮崎 駿も歴として存在しているが、氏はアニメというカテに括られる。宮崎は手塚に関して必ずしも肯定的でなく辛辣で慇懃無礼な態度を堅持しているが、その辛辣さを以て自己を辛辣に批判せよと宮崎には言い返しておく。

 僕自身、漫画も、一時期において相当読み込んできたつもりではいる。しかし、最後には、結局、文芸に逸れるのは何故なのであろうか。それは僕の脳のクセなのであることにしておく。

 手塚が為した偉業を集大する時期において逝去したのはまことに残念であった。享年60歳。窮理に対する可能性を妊んだままの死であったと思えてならない。天才の早すぎる死は一つの罪悪に他ならないのである。

 それにしても、両国という街はお相撲さんがたくさん歩いており粋な風情を感じる。駅も威容として威厳がある。昼食は、深川丼のぶっかけメシを博物館内の食堂で食べたが美味であった。さすが江戸東京博物館。博物館内のレストランは不味いと相場が決まっているが、東京江戸博物館のそれは上品においしく典雅でさえあった。7階にあるこのレストランからは、父が転校した2つ目の高校が見えた。父の転校歴は凄まじいものがある。それも祖父が国鉄に生きてきたが故。

 京都に憧憬するのもよい。しかし、当地から至近距離に江戸文化が息づいていたのである。今後は、江戸文化をも興味の射程内におさめるものとした。

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2009年6月11日 (木)

話芸を追求し庶民文化をこよなく愛している小沢昭一氏の経歴に就いて驚いたこと

ま・ま・ま・ま・まさか、海軍兵学校卒だったなんて。驚天動地なのである。もちろん、氏は、今現在もラジオにおいて長寿番組を持っており、それは「小沢昭一の小沢昭一的こころ」として結実している。その心は艶福にして慧眼、そして、ユーモアの感覚は、永く、聴く者の心を捉えてやまないのだ。

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2009年6月10日 (水)

ヒート・ショック・プロテインの発生-可能性としての湯治学-

  細胞に高熱を加えると、抗ストレスタンパク質のヒート・ショック・プロテイン(HSP)が産生されてダメージを受けた細胞の修復機転に参与する。また、アポドーシス誘導をする場合もある。

 日本には湯治という慣習があるが、古来より、患部を温めることが重要な治療の要目の一つであることは、生理学的な機序に適った智慧ということができる。【心も体も「冷え」は万病のもと 川嶋 朗 集英社新書】に典拠。

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2009年6月 9日 (火)

パーソナリティ障害という現象を平易に解題した本一冊

 【パーソナリティ障害 矢幡 洋著 講談社選書メチエ】を読んだ。著者自らが本文で、「パーソナリティー障害の入門書は多いが、そのなかで決定版となることを目指して書いた本である」というだけに、確かに平明に解説されてあり興味深く読めた。

 この本を嚆矢として、パーソナリティ障害にアプローチすることができたのは幸いであった。要するに、この本と僕は相性がよいのである。

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2009年6月 8日 (月)

旧七帝大のロケーション

 ○ とりあえず、日本海側の都道府県には存在しない。日本海側の都道府県で意気軒昂なのは石川県。加賀藩の伝統を承継する金沢大学が旧七帝大から逸れていることを不審に思う。

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戦没学徒兵に戦争責任を問うのは残酷である

  【戦争体験の戦後史 世代・教養・イデオロギー 福間良明著 中公新書】を読んだ。学徒兵の遺書ともいえる「きけ、わだつみの声」を底本にして、その毀誉褒貶と戦没学生の戦争責任にまで論及した本である。

 戦没学生の、どの部分に戦争責任があるのかと言えば、彼らはインテリジェンスを持ち合わせていながら戦争を回避できず、寧ろ、逆に、消極的であるにせよ戦争に加担したというのが責任追求派の骨子である。加藤周一でさえも、そうした論陣を張っていたことには驚く。

 著者は、その当否の感慨を述べているのではなく、そういう議論もあったことを中心に据え論説が紹介されてゆく。

 嘗て、立命館大学において「わだつみ像」が全共闘に依って破壊されるという事件が起きた。戦没学生の戦争責任、また、自己批判されるべき大学教員世代の涕泣の対象としてのシンボリックな像は否定されなければならないという愚考のもとに蛮行が行われたことに対して強い憤りを感じる。

 戦没学徒兵の戦争責任を問うという発想は今までの僕にはまったく無かった発想であり、あの美しい魂の結実である「きけわだつみの声」を他人事として受け止め、なんとも無慈悲な感慨を持つ者がいることに、少少、驚いた。

 東京裁判では、上官の命により捕虜を殺害した兵までも戦争責任を問われたが、これも酷である。その延長線上で学徒兵に対して同胞たる日本人から戦争責任を問うのも無理があると思えてならないのである。そして無慈悲である。この本では、別途、わだつみ会の変遷・岩波書店などもキーワードになってくる。

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2009年6月 7日 (日)

時間の濃淡

 仕事中は濃。オフの日は淡。せめて同じ比率で時間の流れを体感したいものである。休日日の充実を画策することが目下の急務である。

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ゴジラが病気になった場合において診断・治療するのは誰なのか

 やはり、獣医師なのか。おそらく、医学・獣医学・理学の協働ということになるのではあるまいか。

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大学とは何か

  特に、大学人には、文系理系を問わずに読んで頂きたい本である。【大学の誕生(上) 帝国大学の時代 天野郁夫】を読んだ。それ、重厚長大で新書の歴史に燦然と輝く一冊(下巻も併せて二冊)になるであろうものと想像された。

 僕個人としては、ここまで精緻な大学史の知識を必要とはしていないが本書が歴史的意義を持つ労作とされることは論を待たないものと思えた。

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2009年6月 5日 (金)

東北の精神的乾坤の求心点

  それはまさに岩手県であると僕には思えた。そこには、おそらく東北臭さが濃密に蔓延しており、これを僕は愛するのである。

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2009年6月 4日 (木)

放射線被爆と白血病発症の関係

その因果関係は証明されており、十万人が一年間に0.01グレイの被爆を受けると白血病が一~二人発生するといわれている。【がんをどう考えるか 三橋紀夫 新潮新書】

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2009年6月 3日 (水)

何でしょう

 それがわからないので書く。

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自分の入る骨壺くらいはあらかじめ製作しておこうという意図のもとに書かれた本を読んだ

 【骨壺の話 水上勉著 集英社】を読了した。嘗て、天台宗の貫主・今東光が水上勉を評して、良寛なんて書ける才なぞ無いと喝破していたが、それは別としても、書名と内容の乖離において著しい感のある本である。

 骨壺造り、大いに結構。だから、興味を惹かれて読んでみたのだ。しかし、よくよく考えれば、骨壺が如きものに意匠を凝らしても仕方があるまい。水上勉は免疫学者・多田富雄にも似て老人固有の嘆息を露骨に表現したがる。

 なお、また、その、老人のエゴのようなものは城山三郎からは一言も発せられていない点で人の持つ人品骨柄というものを強く考えさせられた。もちろん、山折哲雄にしても老いの感慨を否定化した発言は一言たりとも為していない。

 翻って、僕なぞ、一刻も早く翁になりたくて仕方がないのである。誰其れ誰其れ100年後には、地球人の構成員は、ほぼ、全員が入れ替わっているのだ。それも、シャッフルでなく、総取っ替え。素晴らしい現象である。

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猫の口唇部における扁平上皮がん-獣医学における臨床の知として-

  15歳の愛猫に標記の如き腫瘍様の病変を確認したので、念のため、猫の専門病院を受診させた。生検はせずに診断結果はOB。嚢腫の類であろうと診断されて安堵した。

 経験則から来る診断名の賦与が、例えば、臨床の知である。本来は、バイオプシーをしなければ正確な診断名はつかないはずなのであるが、それを行わずに診断を為した点において臨床の知が明確に発見される。

 非炎症性のマスがあれば、一応は腫瘍を疑ってしまうのは僕の脳のクセである。いずれにしても限局膨張性で悪質なものでないと思っていたが、小動物の先生のお話を聴いて安堵した。なお、口裂を境として上部の口唇が好発部位であるとか。そいうことも、即ち、経験則から来る臨床の知なのである。

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2009年6月 2日 (火)

哲学とは何か-私見として-

 様々な哲学者が様々な哲学を展開してきたのが哲学の歴史である。それに対して反対意見や対立命題は必ず存在する。要するに哲学者とは言葉を武器として言いたいことを言いたいように主張しその状況は百花繚乱の感がある。

 不断に、哲学の営みは読み解くように理解されるが、それは、哲学の学であり、それ、即ち、哲学学である。本来、考えることを哲学という。哲学者としてあらんとするには、哲学学を基礎知識として(必ずしも基礎知識を持っている必要などない)考えると姿勢を堅持することにある。

 様々な哲学的立場があるが、やはり、「存在とは何か」という問題に事象は収斂し、それは自己、即ち、自我とは何かという問題に帰結し、それは、畢竟、死の問題に直結するものと考えられた。

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2009年6月 1日 (月)

宇宙の果てには何かが在る

 膨張宇宙を想定する以上、宇宙の果てには何かが存在する。空間認識としては三次元。これに時間を加えて四次元。さて、宇宙の果てとは何か。科学的にはもちろん、詩学としても認識しえないのだ。 しかし、この絶対領域は神の領域ではない。人智は及ばないが、絶対的存在として存在しているわけなのであるから。存在の二重性とも表現するべきか。

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小野篁の怪異

 小野篁は平安初期を代表する文人であり、小野小町の祖父とされている。伝承の世界では、篁は、毎晩、冥府に通い、閻魔王庁で裁判を手伝っていたという。

 六道珍皇寺の境内の焔魔堂には小野篁と閻魔の木像が並んでいる。庭には、冥界に通った死の井戸というのがある。【羅城門の怪 志村有弘著】に典拠。

☆ 一度、訪問したが何の変哲もない寺であった。近くには、六波羅蜜寺がある。 

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2009年5月31日 (日)

新型インフルエンザの発生は社会医学的な現象であることから行政的な文脈での解釈が優先されるべきである-脅威を正しく国民に伝達するための手段としてのパフォーマンスの了解妥当性、及び、一介の公務員たる検疫官がそれに対して云々すべきではないこと、加えてそれを云々したい木村盛世さんは立場としての厚生労働大臣であらねばならないこと-

「機内検疫はパフォーマンス」検疫官、参院予算委で批判 (読売新聞)
 28日午前の参院予算委員会で新型インフルエンザ対策などに関する集中審議が行われ、参考人として出席した厚生労働省職員で羽田空港の検疫官、木村盛世氏が米本土などからの旅客便を対象に一律に行った機内検疫を「(政府の)パフォーマンス」などと批判した。

 木村氏は、政府の当初対策が機内検疫による「水際対策」に偏りすぎたとし、「マスクをつけて検疫官が飛び回っている姿は国民にパフォーマンス的な共感を呼ぶ。そういうことに利用されたのではないかと疑っている」と述べた。さらに、「厚労省の医系技官の中で、十分な議論や情報収集がされないまま検疫偏重になったと思う」と強調した。

 一律の機内検疫は政府の新たな「基本的対処方針」で22日に終了したが、木村氏は「現場としては大して変わっていない。今もかなりの労力をかけて検疫を行っている」と指摘した。木村氏は民主党の要請で参考人に呼ばれ、同党の鈴木寛氏の質問に答えた。[ 2009年5月28日14時22分 ]

★ 医系技官のなかには行政の運用について正しく理解していない畸形が時折、出現する。「お役所の掟」を書いた宮本政於も厚生省検疫課長の職にあった。医学的に正確であろうがなかろうが所詮は厚生労働大臣に隷属する者であることを忘れてはならないのが、この国の仕組みなのである。

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事象を語るために必要な哲学的語彙と心理学的字解の相違点

  【臨床と言葉 心理学と哲学のあわいに探る臨床の知 河合隼雄 鷲田清一共著 阪急コミュニケーションズ刊】を読んだが内容において希薄であった。事象をポンと一つそこに抛り出し、それを心理学ではこう呼ぶ、哲学ではこう呼ぶという浅薄な議論だけが先行し期待していた程の知的興奮を得ることが出来なかった。

 鷲田の哲学エッセイは愉快である。しかし、僕は、どうも河合隼雄との相性が悪い。氏がユングに関しての泰斗である以上、どうしても、河合の言葉で表現されるユング像に触れておきたいのだが一向に進展しないのだ。そもそも心理学と相性が悪いのか。

 嘗て、人類の知的遺産シリーズという全102巻の全集が刊行されて、それは、古今東西の思想家が一堂に会したが如き壮大な企画出版であった。高校生であった僕には、到底、これらすべての本を入手して読み解くことなぞ不可能であった。この手の全集は、僕が知る限り2回の企画出版がなされており、つまり、2種類の「人類の知的遺産シリーズ」がある。ともあれ・・・

 しかし、折角か偶然か人間として生まれてきて、これだけの思想や知の耀躍を前にしてその全貌とは言わぬまでも、こうした知の一端を知ることなく呆けたことに時間を費やすことは、勿体ないと強く感じたものである。

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2009年5月30日 (土)

分解と解釈と理解と智慧-解剖学的な視点から動因される知について-

 既存の事象は分解されてから初めて理解されるものである。それ、即ち、解剖的な営みと酷似している。解剖から得られた知見が解釈されて理解となり知として結実する。

 当サイトでは、文献学的な立場から死に迫る試みを模索している。その動因を読書に求め、その読書体験とは解読されるために言葉が一旦は分解されなければならない宿命のもとに曝されなくてはならないと考えている。

 臨床の言葉なぞ呆れるほどに存在していないことを知った。そこで、当サイトを「解剖室」と改名することにしたのである。

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2009年5月29日 (金)

納棺夫の苦悩

  職業に貴賎はない。いくらそう思っても、死そのものをタブー視する現実があるかぎり、納棺夫や火葬夫は無残である。【納棺夫日記 青木新門著 文春文庫】に典拠。

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2009年5月28日 (木)

小林秀雄先生の謦咳にふれたような気がした

  【小林秀雄先生来る 原田宗典著 新潮社】を読んだ。原田さん作品はおしなべて滑稽である。ユーモアのなかにも抑制がきちっと作用しているのが原田ユーモアの特徴である。

 上記の本の舞台は青森県鯵ヶ沢である。その方言もなんだか温かくて飄としており、うん、原田ワールドだなとも感得した。

 余談だが、哲の女、池田晶子は小林秀雄を師と仰いでいた。そういえば、ほぼ、30年前の装幀のままで書店に小林秀雄全集が並んでいる。価格は一冊が2000円。破格ではある。しかし、今現在、集中的に小林秀雄を学ぼうという気持ちはないのだ。

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羅城門とか羅生門のこと-それは何所にあったのか-

 【羅城門の怪 異界往来伝奇譚 志村有弘著 角川選書】を読んだ。それは平安京・平城京の正門として朱雀大路の南端に位置していたのだそうだ。その読みは「らいしょうもん」または、「らいせいもん」と読む。現在では、門の跡しか残っていない由。

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2009年5月27日 (水)

養老孟司と茂木健一郎の脳を比較してみる

  【生きて死ぬ私 茂木健一郎著 筑摩書房】を読んだ。脳という文脈では、先ず、この二人を俎上に載せなくてはならない。

 素直で話に拡がりがあるのが茂木健一郎であり、クールで解剖という一定の条件下で話を進めているのが養老孟司であるような気がした。養老孟司は、解剖刀を返す刀で社会をも腑分けしているのである。他方、茂木健一郎の話は確かに小難しい点もある。

 脳を手懸かりとして仏教のほうから参加してきたのが、玄侑宗久であり、また、南 直哉であるとも言えるのである。それは学際的な拡がりと言ってもよい現象であり、宗教としては仏教ならばこそである。キリスト者には唯脳論のような話は馴染まない。

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2009年5月26日 (火)

死生観の変更を強力に迫る池田晶子-その入門書として-

  【人生のほんとう -迷わない惑わせられない- 池田晶子著 トランスビュー刊】を読んだ。これまでにも池田晶子女史のことは、当ブログでも再三、取り上げている。

 上記の本は池田死生観とも池田死学とも表現できる池田哲学をやさしく自解したものとして好著である。ともあれ、この池田女史が解き明かす死生観に触れなかったら、死とは僕のなかで咀嚼されない謎であり、なおかつまた、怖いものであったに違いないのだ。

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2009年5月25日 (月)

松谷みよ子さんの現代民話考という本を予約した

  標記の本は絶版になって久しいと思っていた。ちくま文庫として収載されていることは知っていたが、それさえも絶版になっていると信じ込んでいた。が、まだ、その命脈は健在だったようで、何とか入手できることになった。松谷みよ子女史のライフワーク的な労作である。ただし、分冊の販売を行っておらず、全12巻の一括購入が条件となる。もちろん購入することとした。

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2009年5月21日 (木)

熱型の診断学的意義

 標記のことを僕は軽く考えていた。例えば、マラリアでは、三日熱マラリア・卵形マラリアは48時間おきに熱発作を繰り返すのに対して、四日熱マラリアでは、72時間ごとに発熱がある。因みに、これとは別に熱帯熱マラリアというのがあり、これは、熱型としては、24時間~72時間のインターバルで発熱を繰り返し、最も、前期4種類のなかでも最も重篤なタイプとされ、発熱が現れてから、5日以内に治療薬をのまなければ、マラリア原虫が寄生した赤血球が脳内の毛細血管に詰まり血流障害・意識障害・昏睡状態に陥り放置しておけば確実に死亡する。

 マラリアについては、現在でも、アジア・アフリカ・中南米を中心に年間、270万人の死亡例が報告されているのだそうだ。

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pathologyはpathologyとしてただしく病理学に反映されなくてはならない

  瞬間的に口を突いて出た言葉だが、僕がなした言葉としては一つの窮理とも言える表現であったような気がしているのである。こうした言葉は、10年に一回出るか、出ないかの言葉の成果であった。

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2009年5月19日 (火)

沈没して海底に眠る船舶の数

 その数は正確に存在するのであるが、正確にカウントすることはできないしする者もいない。有史以来、一体、どのくらいの数の船舶が海底に沈没しているのだろう。

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この世の中で途轍もなく恐ろしいもの

 今、仕事の必要に迫られて、この世の中で一番、怖いものは何かということに就いて考えている。地震・雷・火事・親爺の喩えも陳腐であるし、実感として、惻々と伝わる恐怖とは何かという命題について考えるのは、実に難儀なのだ。

 おそらく人が一番、恐ろしいという考えにも共鳴できるのであるが、何か茫漠としている。改めて考えてみた場合、それほど、たいした恐ろしい恐怖というのは現状、僕には、そう、想定しえないのだ。おそらく、恐怖とは事後発生的な感覚として処理されているからなのであろう。恐怖を具象化して、これは、これよりも恐ろしいという問題の立て方に無理があるのかも知れない。 

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2009年5月18日 (月)

済洞(臨済宗と曹洞宗)を論ずることなかれ

  標記の言葉は、蘭渓道隆の言葉である。矛盾や謎を覚悟して生き続けてゆくことを修行と呼ぶなら、我々は間違えなく同参の修行者なのです。【同時代禅僧対談〈問い〉の問答 南直哉 玄侑宗久著 (玄侑氏から発せられた言葉)】に典拠。 

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2009年5月17日 (日)

哲学を窮理に究めようとすると発狂するという言説に対する評価

 池田晶子が、しばしば、哲学のもたらす危険性、則ち、窮理に事象を突き詰めてゆくと発狂するという言葉を頻用していたが、それは大袈裟だなと思っていた。しかし、おそらく、それはただしく正解であり、発狂を回避するためには、屹点を設定し、そこから先に踏み込まないことが肝心であると思われた。僕。哲学科で学んでいたとしたら、とうに発狂していただろう。

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情報は疾く伝達される

  昨日のアクセス解析をみたら異常な現象が発生していた。海外渡航歴のない神戸の高校生が新型インフルエンザを発症したことは報道を通じて知っていたが、具体的な高校名までは知らなかった。マスコミが高校名を発表したのは夕刻のように記憶している。また、もちろん、発症した高校生の在学する学校名まで知る必要は少なくとも僕にはないし、そういう記事はブログには馴染まないと感じている。

 しかし、13時頃から「新型インフルエンザ 兵庫高校」という言葉で検索をかけた人が多かったらしく、結果、当ブログに多くのアクセスが集中した。実名で報道されたのは、時系列のなかで神戸高校が先で兵庫高校はその後である。一体、兵庫高校と新型インフルエンザのあいだに如何なる関係があるのか推測はしてみたが、それは憶測の域を出るものではないのだ。

 新型インフルエンザのことは当ブログでも警戒を要する状況として注視しているが、危機感を煽ることのないよう、記事として取り扱う時には最大の配慮をしてきた。他方、僕が、想い出の一つとして大切にしている兵庫県立兵庫高校は、旧制神戸二中の伝統をくみ、少年Hを上梓した妹尾河童を輩出した学校であることも書いた。

 要するに、この二つの記事が検索にヒットしてきたものと考えられるが、その偶然性に驚いた。兵庫高校と新型インフルエンザは別次元の現象である。罹患者そしてご関係者諸氏に対しては、ただただ、衷心よりのお見舞いを申し上げ早期のご回復を祈念するのみである。

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2009年5月16日 (土)

妊婦と新型インフルエンザ

 そのへんの情報も欲しいところだ。また、タミフルやリレンザの投薬は妊婦または新生児に禁忌ではないのか。或いは、安全なのか。新型インフルエンザについては様々な想定が予想できるのだが、どの問に対しても科学的エビデンスがない点において辛いのである。

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さいたま地方検察庁を正義の府として位置づけそこで立ち働く検察官を尊敬していた

  さいたま地方裁判所には頻繁に傍聴に出かけた。検察官の鋭い舌鋒にはかねがね敬愛の念を感じていた。が、今回の痴漢事件で甚だしく僕は落胆したのである。職業倫理に照らして「それは絶対に許されないこと」は歴然と存在するのだ。

 その一線を越えた事柄は犯罪性の有無にかかわらず涜職として糾弾されなくてはならない。さいたま地検の検事さんたちは選れて怜悧。そして冷静な集団であると共感と尊敬の念を感じていただけに残念なことであったのだ。

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1300歳の阿修羅像は聡明な少年の顔をしながらも含羞をたたえて困惑していた

  奈良には何度も足を運んでいる。いわゆる南都六宗の御寺を巡礼するためである。当然、興福寺も訪問した。が、興福寺は、猿沢の池に映える五重塔ばかりが目立ち、他にはほとんど観るべきものがないのが不思議であった。

 その理由は、伽藍がはっきりとしていないためである。おそらく興福寺も拝観料を取りたくても取れないのだ。現実に、寺域は公園のようになっているだけで地元のファミリーが手弁当を拡げて遊んでおり、寧ろ、微笑ましいのだ。

 阿修羅像と呼ばれる仏像は奈良にあることは知っていた。しかし、当時は、その名称も知らず、何処の御寺に収蔵されているのかも知らなかった。が、偶然、興福寺の寺域内をとおりすぎようとした時に、彼が其所にいることを知った。収蔵館のようななかにチンマりと収まっていたのだ。

 奈良において律たる名刹であるはずの興福寺は、度重なる火災のため多くの建造物が焼失したまま、現在に至り、そこが、あたかも公園のようになってしまっているのは、伽藍を構成する建造物がほとんど存在しないためなのだ。今時、興福寺建立1300年に当たる。その記念事業の一環として興福寺中金堂の復元にむけた浄財確保対策事業を策定して本展は企画されたものらしい。

 東京国立博物館に到着したのは、金曜日の朝十時三〇分である。にもかかわらず、五十分待ちという大盛況ぶりには些か驚いた。前回、開催された臨済宗系の博覧では、その教義等々が不立文字として認識されているため、偶像たる仏像の展示がほとんど無かった。そも、臨済宗や曹洞宗等の禅を基本とする宗派では基本的に仏像を必要としないのだ。前掲のとおり、文字としてさえ成立しない、いわゆる、不立文字の境地からみれば、仏像が必要であるわけがない。因みに、大英帝国博物館展では二時間待ちという状態であったと記憶している。

 さて、阿修羅像である。訪れているかたの多くはご婦人である。平日なのでそれも宜なる話である。八部衆であるとか十大弟子等の仏像は、まさに室生寺のそれを彷彿とさせた。なかでも異形中の異形は、迦楼羅立像であり、その顔面は鶏を模しているのだ。が、この手の異形の仏像は既に観たことがある。また、こうした仏が存在するのも想像力において了解は可能なのである。

 しかし、修羅に関しては、唸った。彼を表現する言葉が見つからないのだ。それが造られた発想の原点も理解できない。謎の一つは、あの少年の含羞を湛えた顔貌の不思議である。そして腕が六つあること。そして鴇色の色彩。その表象とするものは僕の理解を大きく超えていた。それにしても、阿修羅像の周りは多くの人が蝟集しさながら満員電車に乗っているかのようであった。

 カタログを買った。相変わらずの高価である。装幀もこれまでになく布張になっていた。しかし、使用している紙の品質が従前のものと比較して、やや、劣っている。装幀がよくても美術書としての側面を持つカタログ本文の紙品質が落ちたのでは本末転倒であるとも思えた。

 また、海洋堂製作の阿修羅像のフィギャーが人気を博しているとか。僕も買い求めたかったが会場限定バージョンのものは既に完売状態であった。東京国立博物館の仏教系の博覧で如何に人気な仏像であっても、それがフィギャーとして販売された例を僕は知らないのだ。尤も、近くの東急ハンズにゆけば手には入るのだが、改めて買いにゆく予定はない。

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2009年5月15日 (金)

あたりまえのことを考える哲学として仏教は存在する

 仏陀が弟子に執拗に死後の存在に係わる有無を問われた時、終始、【無記】という態度を貫き通しました。

 要するに解答を留保したわけです。如何に、悟り云々という文脈で仏陀が深く死後の世界について想いを致しても回答なんて浮かんでくるはずがありません。それは仏陀も人間であったからです。南 直哉流に言えば、死後の世界を断定すれば、そこで表現の系が閉じてしまいます。

 キリスト教では明確に天国とか地獄を謳っていますが、現状、キリスト教からは道徳律においてしか得るモノはないと僕は感じています。

 死後にも世界が存在したら僕は厭ですし迷惑な話です。人生は一回で充分という理由から最近では唯物論を信奉しています。二度も三度も人間稼業はしたくありません。といいますか、将来、如何なる存在での自分も厭です。例えば、石にだってなりたくありません。石は死なないというのがその理由です。

 ここで僕が言う信仰とは、要するにご挨拶のことです。事象のただしい理非曲直や存在の不思議を問う仏教の姿勢は、まさしく哲学でありそれは哲理の上でも下でもありません。

 ただ、僕は、日本に生まれて民俗学的に仏教の影響を受けて育ちました。仏様は畏敬すべき存在だと習いました。多くの日本人も、また、そうした心象形成を基盤として何気なく宗教を捉えているのだと思います。教理教説における道徳律が、正しく、古いモノへの畏敬が念こそが僕の信仰の形なのです。なお、老婆心ながら、仏を前にした観察とは何かというと医学でいう解剖学的態度であり、信仰とは解剖に付帯する感情的な想像力です。

 新型インフルエンザが一定の終熄の方向に向かっているようです。それと仏教とは何も関係がありません。疫病に対して護摩を焚く時代でもありますまい。しかし、脳科学者の茂木健一郎氏のいう偶有性には一抹の不思議を感じています。ありがたいことや嬉しいことを体得するには自助努力に拠っても実現が可能です。しかし、自分では、どうにもならないこともあります。

 自分では、どうにもならないことは、自分で、どうしようとジタバタしない覚悟。それを仏教は窮理に教えているにすぎません。良寛さんも言っていますが、「死ぬときは死ぬがよろし」であります。じゃ、「御主、篤い信者なれば救済致し申そう」というのは非仏教的な幻想です。

 当たり前のことを当たり前に思う感性とその常識化。「へぇ~、この仏像は、なにかい、天平の時代に出来たものなのかい。そりぁ、凄いこった。鑑真和尚の頃だ。そういえば、天平の甍を読んだっけな」というのが素朴な感動の到達点として信仰は、存在しているものと思われます。

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阿修羅展を鑑賞するために東京国立博物館へゆく-仏との機縁は必要な時に訪れるものであり、それは鑑賞を超越して信仰となる-

  東京国立博物館で開催されている標記の博覧にでかけることにした。新型インフルエンザの発生により人混みを避けることが賢策と考えていたのだが、H1N1型の新型とされるインフルエンザの正体も、なお、一定の警戒を要するものの、ある程度の様態がみえてきたように感じている。

 それにしても、仏との機縁は不思議なものだ。仏を鑑賞したいと思う時、その必要な環境の潔斎(今回の場合では、新型インフルエンザに対する危機意識の合理的な減衰)を為してくれる。それは、大きなはからいの一つとして認識され、また、それは、偏に、仏の持つ力といってよい。それが、鑑賞から信仰に至る動機としての機縁の一つにもなるのだ。今、仏に大きな【託し】を胸に戴きながらも、マスクを着用して仏に会いに行こうと思っているのだ。

 宗教と医学は、ただしく、手を携えてゆかなくてはならない。どちらが突出してもダメなのである。時に宗教に重きを置き、時に医学に加担する。僕は、そういう立場を今現在において採っているのだ。なお、本日は、祝日出勤の代休日として指定した。

 祝日はただしく休むのが本来。それが状況の合理に照らして不可能なら代休を取る。金銭での補填を望むのは仕事の理(ことわり)に著しく背理することになりかねない可能性を、その職業特性という文脈において一抹の危惧を感じているのだ。

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2009年5月14日 (木)

臨床の言葉

 すべての言葉は、畢竟、臨床的であると直感したので、近々にも、当ブログ名を【臨床の言葉】へと変更します。

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任天堂DSで心電図の勉強をする時代なのだ

 たとえ、コ・メディカル者にターゲットを絞った商品であるとはいえ、なんともはや、そういう時代なのだ。なにか、トホホという感慨において夥しい。

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2009年5月13日 (水)

生命の一回性を肯定する

 生命が輪廻転生などしたら生きてゆくことは限りなく辛い現実になる。人生は一回。死んだら終わり。そういう唯物的な思想に共感する。如何なる人の人生においても、労苦を伴わない人生はあり得ないのだ。

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欧米における相補・補完・代替医療(CAM)の周縁誌

  チャールズ皇太子の支援のもとで、特に、ホメオパシーについての研究がイギリスでは進行している。スピリチュアル・ヒーリングの一つである手かざし療法が公的保険の対象にもなっている。←[注 本当か。僕個人としては到底、驚きを禁じ得ない]。

 ドイツでは、全国の医学部でCAMが必須科目となっており、医師国家試験にも出題されているが、CAMは医学的エビデンスの点では確かに乏しいと【心も体も「冷え」は万病のもと 集英社新書】の著者である川嶋 朗医師も指摘している。 

☆ 病も気からであるとするならば、その治癒機転を賦活するのも、また、気の仕業なのであろう。

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2009年5月12日 (火)

仏教書を読んで興奮した

  【同時代禅僧対談 〈問い〉の問答 南直哉 玄侑宗久 依成出版社】を読んだ。まさに窮理な対談であった。この本は僕のなかで深く沈潜してゆき、今後も大切な一冊になるであろう。

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2009年5月11日 (月)

ヤンキーという文脈で語られる一群の若者たちが存在していた

   【ヤンキー文化論序説 五十嵐太郎編著 河出書房新社刊】。精神科医の春日武彦氏が書評で推していたので読んでみたが書名に比してコアな内容であった。

 迷惑・グロテスク・悪趣味・奇矯を体現していた者たちへの鎮魂と郷愁がまったくないわけでもない。彼らは、一体、何処に消えてしまったのか。もちろん、それは、加齢とともに今現在においてよき市井人として社会の一翼を担っているに違いない。

 ところが、彼らの拠ってたつ精神性のようなものが、どのように、現在に承継されているのかは不窮の謎であり、やはり、消滅したとみるのが正しいような気がする。どうやら、その精神性は、渋谷におけるチーマー等々とも微妙に異なるようであり、絶滅危惧種から絶滅へと至ったものと推定する立場もある。

 他方、その精神性は一貫としており表現型の差異とも了解できるのである。嘗ては、女子高生には、スケバンなどいう者が存在し、スカートの丈を奇矯なまでに長くして歩いていたものである。逆に今の女子高生のスカート丈は異様に短い。が、これは、【カワイイ文化】の延長線上にあるような気もする。そして、それは、反抗の表象としての機能を充分に担っていないのだ。

 暴走族のバイク・特攻服・改造車両・レディース等々は、少なくとも、僕には奇矯に映ったのであるが依然として興味深い現象であり、それは、解剖学や病理学でいう一つの畸形との遭遇体験にも酷似していた。

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2009年5月10日 (日)

光化学スモッグが発生する状況下における対インフルエンザ対策としてマスクを着用すること

 大きな違和感がある。通年の通念としては理解の外であったことが、現実に惹起したのだ。それにしても、夏季におけるマスクの着用は苦しい。他方、季節型インフルエンザの時期的崩壊という解釈の可能性もはらんでいる。

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 今年の漢字一文字を清水寺の坊さんが揮毫するとした場合、それは、【疫】となるだろうと思われる。

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検疫法に基づく停留命令を受けた場合の休暇取扱措置

 年休扱になるのか、病休になるのか、特別休暇になるのか。如何。各企業体においては喫緊にも決定しておくべき項目の一つである。新型インフルエンザに限らず、今後、怒濤のごとく海外悪性伝染病が入ってくるのは避けられない一つの現実であり事実なのである。

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文脈のなかで語られる新型インフルエンザ

 其れ則ち、疫病にして伝染病なのである。概念としては、感染症と徹底的に区別されなければならない疾としての直感性がある。斯くほどに日本語は豊饒なのである。

 他方で、感染症の【感】の文字の来歴は何処にあるのかと尋ねられたら、【感冒】の【感】の相当であると考えているのだ。

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2009年5月 9日 (土)

病理学とは何か

  これは精神病理学でも同じであるが、そも、病理学とは、病気の成り立ちを研究する学問であって【症状】のことは病気の本質と関係がある限りにおいてしか問題にすべきではないのである。【臨床哲学の知-臨床としての精神病理学のために 木村 敏著】に典拠。

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2009年5月 8日 (金)

格差は常に存在していたしこれからも存在する

 格差は単なる格差ではなく、その都度、「格差問題」として提起される。格差論は、その語られざる前提として「格差は存在すべきではなく、直ちに廃絶されるべきである」
として人口に膾炙されているが、格差の様態は標記の態様として存在する。

 格差はなくならないし、無くせない。格差を取り扱う場合、「格差が社会に壊乱的要素をもたらさないように扱う」という点にその要諦がある。【昭和のエートス 内田樹著】
を参考。

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ホスピスについて哲学者も考えた

 【ホスピス 命と癒しの倫理学 小原 信 ちくま新書】を読んだ。依然としてホスピスの領域は難題が山積である。著者のいう助死者という観念には強く共感できるが、大筋において、この人はホスピスを人文科学的な側面から強く捉えようとしすぎている。

 ホスピスに限らず、周縁の事象ともいうべきものは、自然科学はもちろん、社会科学的にも均質に考究されなくてはならない。もちろん、以前にも述べたとおり、僕はがんに冒されても徹底してホスピスにゆくつもりはないのだ。

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2009年5月 7日 (木)

今時の新型インフルエンザも記憶化されて脳に収容される

  同世代意識とは「記憶の共有である」。【昭和のエートス 神戸女学院大学文学部教授 内藤樹】に典拠。

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仏教における早慶の両雄

若き血に玄侑宗久あり、また、都の西北に南直哉あり。両雄、その宗旨を別にするもその法話はただしく興味あり。

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2009年5月 6日 (水)

獣医学系雑誌二冊

 昔、「家畜診療」と「臨床獣医」の二冊を定期購読していた。久々に「臨床獣医」誌を定期購読しようと思い立ち調べてみたら以外と価格が高い。昔は、もう少し安価であったような気がするのだが・・・。

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マザー・テレサはユーモアのセンスも抜群であった

 一九七六年。マザーは、カナダで行われた「国連居住環境会議」の席で、貧民のおかれた状態を極めて深刻に述べたのち、笑いながらカナダのトルドー首相に「あなたが、もっと質素なものを着て、粗食にすれば、国民もそれに従って、多くの人が救われるでしょう」と述べた。トルドー首相は、肩をすぼめてみせると会場は爆笑に包まれた。

 また、南カリフォルニア大学の、体重100㎏を超える或る教授は、「そのお腹の脂肪を貧しい人にお返しなさい」といわれて、グウの音もでなかったという。【イエスを愛した女 マザーテレサ アンセルモ・マタイス著】を参考。

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2009年5月 5日 (火)

母性の充実した発現者としての市原悦子さん

  風の又三郎の朗読を新潮CDシリーズで聴いた。朗読は市原悦子さん。彼女のご活躍は、既に「漫画 日本昔話」というアニメのなかで結実しているが、その本性は豊かな母性の表出にあると思えた。おそらく、昔話と幼児・子供のあいだには一定の相関があると思われ、僕自身の幼少期においても母から、寝入りばなに子守歌代わりに昔話を話してもらった経験がある。

 桃太郎・かちかち山等々の作品は、おそらく、子供の頃に通過儀礼として母親経由でその内容を知るに至る成長過程の機転の一つであると思われ、なおかつ、河合隼雄も心理学と昔話の関連性にかかわる論究をすすめている。とまれ、母性と昔話には一定の連関性があり、その横溢を市原悦子に見いだすことができるのだ。

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地下鉄サリン事件は自衛隊の戦記としても心に深く刻んでおくべきである

  【地下鉄サリン事件戦記 出動指揮官の戦闘記録 元陸上自衛隊第32普通科連隊長 福山 隆著 光人社刊】を読んだ。事件なりテロなりを一括集束した本は大概においておもしろいものだ。この本もその例に洩れない。

 サリンという猛毒を敵としながら、陸上自衛隊普通科連隊の化学物質の除染活動はまさに未知なる敵との戦いであり、隊員たちの恐怖感は想像に難くない。如何に陸上自衛隊化学学校の応援・バックアップがあったとしてもである。

 自衛隊は、もちろん、警察、消防は命を張るのが業務の特性である。死ぬのが厭なら転職するしかあるまい。職業倫理というのはそういうものだ。僕もまた、対微生物という点で、そういう仕事を選択した。或る意味、仕事中に死んでもやむを得ないと覚悟は、とうに決めている。

 職業には選択の自由という属性がある。その属性があるからこそ徹頭徹尾、職業に対して誠実な態度を取り続けなくてはならないのだ。

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直球勝負の対談を為した南直哉と茂木健一郎に拍手を送りたいのだ

 【人は死ぬから生きられる 脳科学者と禅僧の問答 新潮新書】を読んだ。なかなかたいして興をそそられる一冊であった。対談集がつまらないのは、最初から予定調和的なところがあり、「それ、違うでしょ」という意見が表出されることが少ない点にある。

 ところが、この本は相手の考えに対して非を鳴らすところでは厳しく応酬している点で高く評価できる。南直哉もいたずらに恐山の院代を努めているのではないなと感じた。また、努めて関与を避けてきた茂木健一郎の確かな知見にも唸った。今後、両人の発言からは眼が放せないものを感じた。

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2009年5月 4日 (月)

コアラの白血病も心配だが牛白血病も激増しているという状況-レトロウイルスの脅威-

  国内コアラの9割がウイルス感染…白血病・リンパ腫の原因
4月11日8時35分配信 読売新聞

 コアラの白血病やリンパ腫の原因とされる「コアラレトロウイルス」に、国内で飼育中のコアラの約9割が感染していることが、京都大ウイルス研究所と日本動物園水族館協会の調査で明らかになった。

 人には感染しないが、コアラにとって数の急減など深刻な危機につながると懸念される。

 野生コアラは豪州北東部系と南部系に大別される。ウイルスは北から南へと感染が広がり、今では北東部系のほぼ100%が感染している。このため、同研究所の宮沢孝幸准教授らが2007年から国内9動物園のコアラ全62匹のうち50匹の血液検査をした。

 その結果、北東部系は39匹すべてから、南部系も11匹中4匹からウイルスが検出された。感染源は不明だが、豪州からの輸入前に感染していた可能性が高い。このウイルスは生殖細胞に侵入して子へ受け継がれるため感染防止が難しく、日本生まれの38匹のうち36匹が感染していた。 

最終更新:4月11日8時35分

★ 同じレトロウイルス系で問題になるのは、いわゆる、ネコエイズであるが発生状況は、どのように推移しているのだろうかというのが喫緊にも心配になる。

 また、牛白血病はおそらく家畜保健衛生所が家畜衛生の立場から、また、食品衛生の立場からは食肉衛生検査所の獣医師たちによって排除にむけての努力がなされているはずである。そんなことが獣医学雑誌には書いてあったのだが、概して、微生物の世界では、一体、何が起きているのであろうか。

 僕の参与すべきフィールドではないが、学問的には気を留めている。

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地球温暖化によって日本に土着する可能性の高い感染症

 デング熱も有力である。媒介動物はヒトスジシマ蚊であり、本州~沖縄に生息している。いわゆる、ブレークボーン・フィーバー(骨折熱)と呼ばれるほどに関節等の部位において激痛を主徴とする。海外渡航歴のある日本人で、毎年、三十人近くの感染例がある。また、ヒトスジシマ蚊という文脈では、チアニング熱も挙げておかなければならない。【パンデミック 小林照幸著】を参考。

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2009年5月 3日 (日)

イスラム圏では確かに豚は不浄な動物とされているがエジプトの判断には明確な誤謬ある-いわゆる宗教のもつ原理性の恐ろしさの露呈として-

エジプトが国内すべての豚処分へ、FAOは再考促す
4月30日15時40分配信 ロイター

 [カイロ/ローマ 29日 ロイター] エジプト政府は29日、新型インフルエンザの被害が世界的に拡大していることを受け、国内で飼育されている豚30万─40万頭すべてを殺処分にすることを決めた。

 これに対し、国連食糧農業機関(FAO)は、「間違った判断」と再考を促している。
 エジプトのガバリ保健相は、国営通信社を通じて発表した声明で、「エジプト国内の豚全頭を本日から処分することに決めた」と述べた。

 一方、FAOのドメネック主任獣医は同日、ロイターに対し「間違った判断。そうした処分を行う理由はない。これは豚ではなく、人間のインフルエンザだ」とコメント。エジプト政府に連絡を取ろうとしていると話した。

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知への構え

 自分で満足できる知を自分のなかで構築し屹然としている限り、それは、大きな矜持として、あたかも、大きく峻険の山塊のように聳え立ち、例え、身は、如何なる業種・或いは、低い位階に甘んじようとも、充満な気持ちと完結的な自己優越性において劣等感に苛まれる可能性は絶無なのである。現実なるこの僕が、日々の労務のなかで明確に証拠を出し続けているではないか。それを以て刮目せよ。成りたい自分になれ。そして完成したい自分を組み立ててゆくのだ。

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パンデミックアラートフェイズ5の状態では哲学書は読めない

 新型インフルエンザの警戒レベルがフェイズ5に引き上げられた日は哲学書を読んでいた。しかし、考えに集中できなくなったため【ニッポンの大学 小林哲夫著 講談社現代新書刊】を読むことにした。単なる大学のランキング本であり興味本位で読むには丁度よい。

 大学全入時代を受けて、既に、大学は漂流を開始している。結果、何処に辿り着くのだろうか。最底辺の大学では、花札をしながら学生が聴講(聴講とはいえないばかりか非礼)したり、飲酒し乍らの聴講も当たり前の光景であるという記述には驚きを禁じ得なかった。

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2009年5月 2日 (土)

四方田犬彦氏の時間感覚

  本日放送分のブックレビューに四方田氏が出演されていたのだが、モノを書くという行為のリズムを1クルーに対して15分と設定しているという話を聴いて仰天した。確かに15分あれば発想を言葉に置換できる。

 そのような意識が屹として明確化している点で四方田氏は窮理な人である。そういえば、僕も、例え5分でも時間を無駄にするのは厭なのだ。それを古来、寸暇を惜しむという。一応、寸暇を惜しんで、僕も読書にいそしんでいるのも、これまた、一つの事実ではあるのだが。

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2009年5月 1日 (金)

書架において本Aと本Bが隣接する確率

 それも無窮であり、確率的に算出することは現実において不可能である。漱石の本と池田晶子の本が仲良く書架に収まっている理由など何処にもない。しかし、池田晶子の本と小林秀雄の本が並んでいるということはあり得る。また、当然乍ら、同一書籍の上下巻とか全集の一巻と二巻が並んでいること就いてはそこに蓋然性が存在する。

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2009年4月30日 (木)

パンデミックの質的問題

 現在においても、エイズという局面において、いわゆる、パンデミックという状態が既に現出している。新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)は、その質的量と感染方法の点でエイズとは一線を劃しているだけの相違なのだ。

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そういう仕事を選んだのだ

 そのために、こういう事態になって、そういうことになっても仕方がないのは予めの覚悟であったはずであることの再確認を自分に対して問いかける。答えはイエス。そういう仕事なのだから、そういう結果になっても志方がない。

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米内光政という現象

  【米内光政 阿川弘之著 新潮社】を読んだ。これで阿川が仕掛けた海軍提督三部作のすべてを読み終えたことになる。剽悍かと思えば茫洋。米内という人は、そういう一つの現象であると思えた。阿川が指定している海軍提督の三人のなかでは、個人的には井上成美が好みである。

 米内光政にしても鈴木貫太郎にしても、終戦にむけて最大限の努力をした。しかし、ポツダム宣言案が提示さけた時にこれを即時に受け入れていれば原爆の惨禍は免れ得た点において口惜しくもある。もちろん、軍部等々を抑え込むことは容易ではないことは承知している。なるようにしかならずに戦争は終結することとなったのだ。 

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2009年4月29日 (水)

阿修羅展にも手塚治展にも袋田の滝にも行かず

 標記の観覧や観光を楽しみにしていたのだが、ゴールデンウィーク中はひたすら自宅に籠もることとした。

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2009年4月28日 (火)

Lohas Medical (ロハス・メディカル) の定期購読をすることにした

  安価で良質な医療関連情報が入手できる点において魅力的な冊子です。大きな病院では待合室などに設置して無料頒布しているようですが、大きな病院に行く機会もそうそうはありません。

(参考)
http://lohasmedical.jp/

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2009年4月27日 (月)

猫と宮沢賢治の関係

一体、宮沢賢治は猫が好きだったのか嫌いだったのか。【セロ弾きのゴーシュ 長岡輝子朗読版CD】を聴いていて頭を掠めた疑問である。賢治が猫嫌いであると仮定すると、ますむらひろしの一連の作品は賢治の意にはまったく染まないものであると言えることになってしまうのだ。

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2009年4月26日 (日)

ユングのことなら河合隼雄に訊け

  標記に掲げた言説はおそらく普遍的に正しい事実である。そこで、【ユング心理学入門 河合隼雄著 培風館】を読んだのであるが難解でありすぎた。そも、この本は初版が一九六七年と河合が少壮気鋭の頃に上梓された本であることから、いかにも力が入っている。そして二〇〇八年において五九刷発行のロングセラーとなって現在に至っている。おそらく、河合隼雄の門下生が京大の教養部あたりでテキストとして指定しているのだろう。

 余談だが、トムソンの病理学という獣医学術書がある。主任教授が訳出したためにこの本をテキストとして講義が進行することになり辟易した憶えがある。初学者には電顕下での組織像など皆目読み解けるはずもない。

 培風館といえば、大学の一般教養課程のテキストを一手に引き受けている出版社というイメージがある。また、【この本は京都大学文学部において「分析心理学」として十三回わたって講義した内容を骨子とした】とも書いてあるので充分な手応えを期待していたのだが、あえなく断念と相成った次第である。

 思潮・思想の世界を考えてゆく場合、心理学や精神医学の潮流を俯瞰しておくことは必要な作務である。今更、現在においてフロイトが正しいとも思わないが、ユングに就いては確実に押さえておきたいのである。今後、河合の別著からユングには引き続きアプローチをしてゆく予定でいる。

 哲学は命脈は論理である。如何に難解であるといわれようとも、文脈は一応において繋がっている。しかし、心理学は、その解釈なり言説なりがいきなり理解不能の境地へ飛躍するために論理的に追跡できない部分がある。

 心理学は思想であり、なおかつ、ナチュラルサイエンスとしての側面の二重性において重層的であるが故に悩ましいのである。哲学は、ソクラテス以降、ナチュラルサイエンスの容喙を一応、拒否している点で非重層的であるともいえる。

 哲学の窮理な姿は、とりもなおさず数学である。数学なら理屈で追っていける。ところが、心理学はそれができない点において魔法なのである。言語においてそれが魔法という形を採る場合、それは詩としての要諦を満たさなくてはならない。しかし、心理学は詩歌とも歴然と異なる。嘗て、故池田晶子が「心理学は不毛である」というようなことを述べた。今、その言葉をかみしめているのだ。

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2009年4月25日 (土)

想定していたのは鳥型インフルエンザが変異した新型インフルエンザではなかったのか

 であるとすれば、豚インフルエンザに対して現状において開発されているプレ・パンデミックワクチンは充分に効果を発揮するのか。勿論、プレという字句において如何なるタイプの新型インフルエンザに対しても一定の効果があるものであると信じたいのだが・・・。また、豚は、日本脳炎等々においてブースター動物になる点でも鬱陶しいのだ。

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一連の草彅剛報道で貧乏籤を引いた鳩山邦夫

 結局、最低・最悪の人間は鳩山邦夫総務相であるという心証が僕のなかで形成された。酒を強かに飲み褌一つになって高歌放吟し天下・国家・文学・芸術を語る旧制高校以来の伝統である。草彅もまた芸術家の一人であったのだと僕は当識した。政治家とは、どいつもこいつもソ連のノーメンクラツーラのようだ。

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エピデミック・アウトブレーク・パンデミック

 勿論、パンデミックではないが、現状において、豚インフルエンザをめぐる状況はどれに該当するのか。

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2009年4月22日 (水)

トラベル・メディスンの考え方

  「国際間の人の移動に伴う健康問題や病気を究明し、予防する医学」と定義される。専門医やクリニックも限られているため、日本では、長年、企業の産業医がその任を担ってきたが、今現在において、「独立行政法人 労働者健康福祉機構 海外勤務健康管理センター」という組織がある。そこでは、日本と異なる気候・風土・医療事情下で働く人たちの医療支援を行っている。そこで働く医療者の指摘はなかなか興味深く鋭い。「インフルエンザの流行期が一月~三月というのは北半球での話」・「オーストラリアなどの南半球の国でのインフルエンザのピーク時期は六~九月」というアナウンスメントをしているのは流石である。【パンデミック 小林照幸著】を参考

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怒りの復活を遂げた朝日ジャーナルを歓迎する

  一七年ぶりの復活だそうである。今、爽とする雑誌が喫緊にも必要な状況にある。

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2009年4月21日 (火)

インテリジェンスとは何か

 専門の学問以外の知というような定義も可能である。

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2009年4月20日 (月)

ビッグバン以前の状況

 零次元というよりも次元さえもない。零とは、れきとしての存在であるわけだから零とも表現できないそれ以下の状態であり、実は状態としても成立しえない状態であり程度において皆無。そして皆無としても存在しえない状態であり状態として存在しない。存在としても存在しない形容不可の状態。・・・そして途絶・・・。

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ビッグバンと宗教の関係

 窮理にして途絶。

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精神医学・特に精神病理学における症状とは何か

 家族や社会に迷惑をかけているのは【症状】である。【病気】そのものが迷惑をかけているのではない。だから、精神科医は症状を除去することが周囲の期待に応じることになり、症状が消えたら治ったということになる。

 症状をとられるということは、患者さんにとって自己防衛手段を奪われることと同じことに相当することもあるからして、後は自殺しか残っていないと選択肢も理解しうるのである。

 症状というのは、風邪と同じで、出す必要がなくなれば自然になくなるものである。ところが、最近の精神医学は、症状をとることしか考えなくなってしまった。病気をみないと病因を誤りかねない場合もある。【臨床哲学の知-臨床としての精神病理学のために 木村 敏著】に典拠。

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2009年4月19日 (日)

エジソンと電気椅子の濃密な関係-エジソン偉人伝の誤謬-

 【処刑電流 エジソン、電気戦争と電気椅子の発明 リチャード・モラン著 岩館葉子訳 みすず書房】を読んだ。本の帯には「電気椅子という人体実験」という文字が躍っている。

 電気椅子についてエジソンが大きく関わっていたのは驚きであった。電気椅子は死刑囚の苦痛軽減を目指す進歩的・人道的関心の結実などではなく、大電力会社の一つ(エジソン・エレクトリック・ライト社)とライバル(ウェスティングハウス社)  の確執の結果において発生した産物であることを知った。

 それは、もちろん都市の電気需要のシェア獲得の覇権闘争の歴史であるには違いないが、その根本はエジソンがDC(直流)を採る立場に対してライバル社がAC(交流)を呈上したことにおいて問題は権謀術策のうねりへと大きく傾斜してゆく。

 ACがDCよりも勝れていることは一八八八年には既に大衆の知るところとなり、DC側にいるエジソンは、ACはあまりに危険で商業・家庭用には向かないというキャンペーンを張った。また、その誹謗中傷工作の一環として、電気椅子に用いる電源をAC側に押しつけるように画策もした。それに対して、AC側は、【処刑電流】の汚名を回避するために、初の電気椅子処刑者のケムラーの処刑阻止を企図して大規模な法廷闘争へと傾れ込んだ。・・という内容である。

 この本は、死刑の是非・電気椅子の人道性等々を考える上で貴重で希有な一冊である。人道そのものが議論の対象になることにおいて、死刑とは既に言説的には人道的ではないともいえるのである。

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2009年4月16日 (木)

窮理

 僕が繰り返し述べているのは胡瓜ではなく窮理のことなのだ。そして、窮理は、窮理のまま、途絶するのである。

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銀座よりも上野の街が好きなのである。

 しかし、それ以上に好きな街は、僕の場合、【お茶の水】にきまっているのである。

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2009年4月15日 (水)

や、これは失礼しました

  私は今はどなたからどのような手厳しい批判を浴びても標記のように、にこやかに引き下がる好好爺となった。【昭和のエートス 神戸女学院大学文学部教授 内藤樹】
 
☆ 僕は爺とはいえない年齢を生きているが、譲れない一線は別にしても、基本的には反論しないことも人生における大切な徳目の一つであると考えるようになった。というか他人を肯定することは対立することよりも自己の精神衛生において都合がよいのである。

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2009年4月14日 (火)

死に方などはどうでもよい

  死に方とは、どう考えても、「生」の側にある。「死」は生きている人には絶対に経験できない。絶対に経験のできないことについて願望を持つことはできない。

 死を無と考える人たちがいる。が、無というものを考えられたら、無ではなくなってしまう。無いものは考えられない。

 死は人生の何処にも無い。そう認識すれば、現在しかない。すべてが現在のなかにある。過去も現在のなかにしか存在しない。【池田晶子】

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2009年4月13日 (月)

ファジーと朧

 それらは実に緊密な連関性がある概念のような機を感じてならないのである。

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労働観において絶対に変容してはいけないその屹点

 従来、「遣り甲斐」のある仕事とは、受益者を想定して彼らからの笑顔や感謝を想像することで、労働のモチベーションを高めてきた。

 しかし、近年、労働観の質は変容し、遣り甲斐のそれは、その労苦がもたらす利得を優先的・排他的に受益するのは他ならぬ「私一人」という思考が台頭している。

 だが、労働の本質は、個人の努力が集団の利益に「かたちを変える」ことのうちに存する。個人の努力が個人に専一的に還元されることを求めず、逆に、多くの他者に利益として分配されるような「特異なメンタリティ」に拠って労働は動機付けられている。それが納得できない人は労働には向かない。

 私たちが労働をするのは、自己実現のためでも、適正な評価をうるためでも、クリエイティブであるためでもない。生き延びるためである。労働が私たちに「特異的なメンタリティ」を要求するのは、それが「生き延びるチャンス」の代価だからである。私は、この代価を高いとは思わない。【昭和のエートス 内田樹】に典拠。

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2009年4月12日 (日)

無常の周縁に位置するもの

 【朧】や【霞】、【儚】として理解しているのである。それらの統べては茫洋としており、或いは、形骸、または、空蝉なのかもしれないのである。少なくとも、現実