日本という国が東京を基点としている点において、東北学も、また、東京を基始として考えるのが適当である。その昔、東京から東北の深奥たるみちのくへと最短ルートを採りこれを結ぶことが国家建設にあたり緊急の課題であっただろうことは想像に難くない。それゆえに国道としては4番目に国道4号線が敷設された。それに呼応して東北自動車道の着工時期も比較的早い。
東北本線も早い時期に整備がなされた。東北本線は、東海道本線同様に「本線」の格が与えられ仙山線や田沢湖線のような支線ではないことに注目したい。東北新幹線に就いては盛岡迄の一部暫定開業であるにせよ順序という観点からいえば山形新幹線や秋田新幹線は傍流と位置づけられる。
それは、要するに、日本という国家は太平洋側を中心として東北を捉えてきた歴史的背景を見て取ることができる。依って、山形県は秋田県は東京を基始とする限り捉まえにくい側面が確かに存在している。それは、あくまで、東京からでは捉まえにくいということであり、関西から東北を眺望する場合、逆に山形や秋田県の方が馴染み深い時期も確かにあった。
その時期とは、京都から北海道に至る北前船などの船舶交通が盛んな頃に限定されるものと考えられ、何故ならば、現在、関西から東北にアクセスする場合、距離的には日本海側経由が短距離であるにもかかわらず、東海道新幹線と東北新幹線を利用した方が利便度が遙かに高いからである。しかも、刮目すべきは、大阪ー青森間は一つの路線で繋がっていない。羽越線や奥羽本線などを経由しなければならず、唯一、青森と関西を結ぶ列車は寝台特急としての日本海号のみである。現実、時刻表ソフトである駅前探検倶楽部においても大阪-青森間のルート設定において鉄道路線を基本的には予定しておらず、航空機が首座を寡占している。
もちろん、山形・秋田県のまた由緒ただしい東北に違いなく、そして、また、そこに暮らす人には東北として括られる一つのアイデンティティがあるに違いない。東北への帰属性の自覚の有無を別にしても、この両県は、形式として東北以外の何者でもない。そして其所には、地場特有の精華としての文化が構築されているはずなのである。僕の体験として秋田・山形の両県の訪問回数は多くないが、秋田なら蘭画、山形なら出羽三山の山岳修験というようにその華を見て取ることができる。しかし、これらの県域は、奥羽・羽越の文脈として捕捉されやすい。
そうした経緯から東北の要衝や官ガの中心はやはり太平洋側に在る。官庁における東北管区○○局等の本部は大抵の場合、宮城県を中心に設置されているうえに、学問も一元的に東北大学において東北を在とする学校を睥睨している感もある。なにより東北大学工学部において西沢 潤を産んだのは東北大学の精華とも思えるのだ。
通俗的な意味での観光案内をすると次のようになるし、一見の価値は確かにある。曰く。城なら会津若松の鶴カ城。桜なら弘前。湖なら十和田湖。山なら八甲田山。半島なら下北。五重塔なら羽黒山。修験なら山形。寺なら山寺と中尊寺と恐山。武士道なら会津。絶景なら松島と北山崎。海岸線なら岩手。路線なら五能線。列車ならストーブ列車。祭りならねぶた。民話なら遠野。マグロなら大間。蕎麦なら山形(岩手県盛岡市にある直利庵のわんこそばも食べておきたい)。牛タンの仙台は謎。カキなら松島。サクランボなら山形。ハタハタなら秋田。ホタテなら青森。ホヤなら岩手。文学なら岩手と青森。高校なら盛岡一高、大学なら東北大学。民謡なら南部牛追歌。三味線なら津軽。方言の色の強いのも津軽。演歌なら津軽。海峡なら津軽。馬なら岩手。武将なら伊達政宗。医学者なら野口英世。川なら最上川。雑駁な括りであるが僕にはそう映るのである。例えば、実際に訪問して比較すると掛け値なしに猪苗代湖より十和田湖の方が絶景であることに違いない。リアス式海岸の王者はやはり北山崎につきる。しかし、本質は細部に宿ることを認識しておきたい。
東北の属性を考える時の手懸かりの一つとして第一次産業にその主資がある。日本の穀倉地帯などと呼ばれて古いものがあるが、もちろん、東北の全県が海に面しているため米だけでは東北の文化を語れない。並列して漁業もある。それは常民における山の人と海の人というカテゴライズも可能になってくる。東北は八戸港を持ちながらも、漁業が何も東北だけに特化しているようにも思えないのである。圧倒的な産業イメージとしては米である。東北は米とともにあるのであって魚とともにあるのではない
言語の東北的立場を考えてゆく作業は簡単である。各地の方言を丹念にみていっても、それは、東北訛、東北弁として直感される。確実に大阪弁とも違うし、一元的に東北弁であるという認識が可能である。津軽弁と南部弁は大きくことなるが、概ね、些末な範囲に収まる。
視覚的には、どうか。一つ一つの点そのものを構成要素として東北は成立している。しかし、点では各論的な個性が前面に表出してしまい東北を捉まえきれない。例えば、恐山の画像を以て東北とは言えないし、遠野という一点をもって東北とは断定できない。それでは、面ではどうか。先の書いた話とリンクしてくるのだが、東北新幹線に乗っていると、車窓から眺望できる風景は連続した点の集積として面として認識される。そして、東北はなるほど日本の穀倉地帯というべき景観が延々と続く。この水田の光景を以てして東北の一般的な景観とするのが妥当であることを再確認したい。国道4号線を走っている時も、新幹線に乗っている時と同様の感慨が湧く。
地形をみる。東北で一番大きな面積を持つ県は岩手である。日本から岩手県と静岡県が消滅すると定めし日本の国は小さな県になるだろうというくらいこの二つの県の面積は広い。特に岩手県は東北のなかで大陸を形成しているような気さえしてくる。また、東北本線を乗る度に思うのだが、多分、陸奥の玄関口は一ノ関であるように思う。それは、関西圏と東京圏の文化的差異について、愛知県のどこそこ付近という踏査による方法論によって線引きか可能なように、現実に踏査すれば一ノ関付近であると思えるのだ。JR東日本の仙台発の普通列車も一ノ関行きが多いのも傍証となる。
また、おそらく浅部東北と深部東北との精神的認識性のそれは大きく異なるように思える。福島県における東北性は、青森の持つ絶望的な東北性とは差異があり、或いは、また、栃木県や福島県(福島県は明確に東北であるが)の非東北的優越性に象徴されるように東北的深度には濃淡がある。その東北的深度が、東北という閾値を超えた地域、即ち、それが陸奥の呼ばれ、その地点が一ノ関なのである。そうした意味から、岩手の一部や青森県は東北とは別に陸奥という属性を保持し構造としては重層性がある。
就中、岩手は、東北的感慨を一身に体現しているような気がするのである。平均的東北像を具現化しているように感じる。福島県の関東への熱き眼差し、東北の覇者としての宮城県、どんづまりでむせかえるような、悲しいまでの東北性を具現しているため東北の本旨そのものを欠格するような青森県、日本海に面して関西との関係も大事にする山形・秋田県。そのなかで、ドーンと居住まいをただし正確に東北を体現しているのは、どうしても、岩手県なのである。
南部牛追い歌という民謡がある。あの歌を聴きながら、夕暮れ時に、岩手県のなかに敷設された国道4号線をクルマで走行している時、その寂寥感、大陸的広漠さ、心細さ、雄大さにおいて東北の雄を感じるにまことにふさわしい。4号線からは、逸れるが岩手県の陸前高田市。ここで夜を迎えた時の心細さといったらなかった。故に、僕は東北の典型的な形式としては陸前高田市を推したいのである。点としての東北は存在しないことは先にも書いたのであるが、唯一、点として挙げるなら陸前高田を僕は指定したいのだ。
遠野物語の倣いではないが、東北には妖怪がいるはずである。岩手県は、よき中国の倣いに似て掘削すれば、ぞろぞろと未知なるもの、未発見なるものが発掘されるのである。また、岩手県が醸成した人物の層の厚さは、東北屈指とも言えるし、そうした彼らは、岩手を愛し続けた。東京志向のなかにあって東北的立場を是とする者は岩手県人において特段に多いとも思われる。点としての陸前高田を指定することに無理があるのなら、少し範囲を拡大して岩手県としたいのである
学が学として存在しうる根拠は、多様性にある。多様性の分類的解釈と、その汎用化という作業において地域学は成立する。その点で地域学の先鞭をつけたのは間違えなく東北学を嚆矢とする。大阪論、京都論は存在していても、その学として歴史は、東北学のほうが古い。嘗ての中国と同様に、東北は、依然として眠れる獅子であることには間違えはなさそうなのである。しかし、眠りから覚めた獅子が中国のように傍若無人になることはありえない。そして、おそらく、今後の永きに渉って東北は眠り続けたままであるに違いないのだ。少なくとも劇的な覚醒はおきない。