ファッション・アクセサリ

2009年10月28日 (水)

一澤信三郎帆布物語という著書からは静謐乍らも逞しい感動を頂戴した

  菅 聖子著で朝日新書に収載されている本である。静かな感動とともに強い正義感を喚起させる一冊であった。世論を無視して法は成り立たないことを証左とする内容でもあるが、寧ろ、一澤帆布のカバンを愛好する者には好個なる著書であると強く感じたのだ。

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2009年10月23日 (金)

黒縁の眼鏡はなんだか怪しいのだ

  遠方の視力が充分に出ないので眼科医に眼鏡を処方してもらい、ついでにフレームも変えた。フレームのデザインや色などなんでもよいというのが僕の信条である。試しにかけてみて偶然にもフィットするのが黒縁のフレームであった。

 顔のパーツの一つ一つが濃く造作がくどいのが僕の顔の特徴である。黒縁のフレームに変えて、一層、それが際だつようになり、なんだか怪しい顔になってしまった。それは、まさに金子信雄のような容貌を呈してきたのであった。

 眼鏡のフレームなどを変えると悪意ではなく、寧ろ、好意であることを承知してい乍らも一々と「眼鏡、変えたの?」と指摘されるのは五月蠅いのだ。

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2009年5月31日 (日)

ネクタイ着用は虚礼である

 ネクタイは社会的には必要なツールであり、ただしく常識を持ち合わせた社会人であることの証左としてネクタイは存在している。しかし、ネクタイ着用は、煎じ詰めれば、シンボルとしての価値しか存せず、それは大いに共同幻想じみているのである。

 であるからこそ、僕は高価なネクタイは絶対に買わないことにしているのだ。とりあえず社会の倣いに照らし首から垂れ下がっていればよいものと心得ている。

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2009年5月 3日 (日)

オレは忌野清志郎が大嫌いだったけど「パパの歌」という歌を聴いた時点でオマエはすべてを理解しているんだなと感じてオマエのファンになったんだ。ロックンロールも業としては深い。それに能く殉じて瞑目してくれ

忌野清志郎さん死去=RCサクセション率いた「ロックの神様」
5月3日0時8分配信 時事通信

 RCサクセションの中心メンバーとして活躍、「雨あがりの夜空に」などのヒット曲で知られるロック歌手、忌野清志郎(いまわの・きよしろう、本名栗原清志=くりはら・きよし)さんが2日午前零時51分、がん性リンパ管症のため、東京都内の病院で死去した。58歳だった。東京都出身。葬儀は9日正午から東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所で。喪主は妻栗原景子(くりはら・けいこ)さん。
 1968年にRCサクセションを結成。70年、「宝くじは買わない」でデビューした。「僕の好きな先生」「い・け・な・いルージュマジック」などが大ヒット。「ロックの神様」と呼ばれ、CM、映画などでも活躍した。
 政治的なメッセージを織り込んだ曲も歌い、反原発を取り扱ったアルバム「COVERS」や、パンクロック風にした「君が代」を含む「冬の十字架」が一時発売中止になった。
 2006年7月に喉頭(こうとう)がんで入院したが、08年2月、日本武道館公演で復活。しかし、7月に転移が判明し、治療に専念していた。

 ★ オマエがいなくなると淋しくなるな。オマエが、喉頭がんであることから、手術をすると歌が歌えなくというポリシーに基づいて、それを拒否した時のオマエは、ロックンロールの鬼と化していたと感じたぜ。

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2009年1月12日 (月)

ベントレーというクルマに乗っていた白洲次郎は格好がよかった

  【白洲次郎の青春 白洲信哉著 幻冬舎】を読了した。著者は白洲次郎の孫にあたり、次郎のケンブリッジ大学留学時代、イベリア半島のジブラルタルへと旅行した時の行程を追体験する旅という体裁をとっている。

 次郎の妻は白洲正子。日本文化の正統な継承者として夙に有名であり、信哉の祖母に相当する。また、小林秀雄は信哉からみると母方の祖父になるなど、信哉を取り巻く血縁は錚々たる面々が揃いに揃っている。

 一般に、紀行文から得られる知見は少なく、残念乍らこの本もその幣を免れていない。今般、この本を読もうと思ったのも、白州正子の夫としての白州次郎とは一体、何者なのであろうかという疑問に端を発している。要するに、信哉氏の感慨等々についてはどうでもよいのである。さらにいえば白洲次郎もどうでもよいのである。

 寧ろ、白洲正子の夫という点において興味を惹かれたのが原点なのである。が、白洲次郎という威容・偉容の前にして震撼ともいえる感慨をおぼえた。その行動はダイナミックの一言に尽きる。

 白洲次郎の歴程については、未読乍ら【白洲次郎占領を背負った男 北 康利著 講談社刊】のほうが詳しいだろうと思えるのでこちらに譲りたい。近々にも読む予定をしており既に入手してある。

 【白洲次郎の青春】という本は造本において巧みがある。その装幀は卓抜であり、ついついフラッと買ってしまう蠱惑性もある。それも、幻冬舎の仕事の技巧の為せる業と形容するべきであろうか。

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2008年12月 1日 (月)

ちょんまげという髪型

 それは観察すればするほど奇抜としか思えない。民俗学ないし民族学的な論拠が何処にも見つからないので、その来歴を辿る時には別の学問的方法からアプローチしてゆく必要がありそうだ。

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2008年11月13日 (木)

京都市東山知恩院前上ルのブランド

 関東でも一澤帆布のカバンを持って歩いている人は多い。僕が愛して止まないのは一澤帆布でなく一澤信三郎帆布のほうである。最近、京都を訪問していないために事情に疎く信三郎帆布のカバンに縫いつけられているロゴは文字どおり「一澤信三郎帆布」と信じ込んでいた。

 ところが、「信三郎」とだけ縫い込んであることを知った。東京のような稠密な街にいると信三郎カバンを提げている人を見かけることが少なくない。京都を愛好する者として嬉しい限りである。来年あたりは京都へ行こうと思う。そして、信三郎のロゴの入ったカバンを買おう。

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2008年8月31日 (日)

脳を容れる容器としてのカバンを購入した

  皮革製のカバンが欲しかった。コーチの皮カバンもダメ。遂に辿り着いたのが、やはり吉田の皮革製のカバンである。昨日、油屋というかばん屋で購入した。僕の場合、ビジネスマンが使用するような皮革製のブリーフタイプのカバンを持っていても似合わない。そもそもブリーフなんて僕は持たない主義であるし持つべきドキュメントもない。

 僕にはなんといっても汎用性に勝れているトートバッグしかないのである。僕は脳味噌をカバンに詰めて仕事場に向かう。脳味噌がカバンを持って出勤するのではないのだ。カバンというのは脳味噌と品位を容れて運搬するツールであると考えられるしそう考えている。脳味噌は運搬されなくてはならない。是非、カバンには自分の脳を容れて出勤しよう。カバンに対するこだわりとはそうしたものだ。

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2008年8月23日 (土)

笑い皺ができること

  それが僕の身体的な特徴の一つで気に入っている部分である。草柳大蔵さんにも典雅な笑いじわがあり魅力的だ。あんな容貌の人になれたらよいなと思っていた。勿論、知性・品格・性格などすべての点で氏のようになれるべくもないことは綴るまでもない。

 僕の場合、メタボ気味なので布袋様のような様相を呈してきた。笑顔は自分自身と周囲の人を幸福にする。僕はなにも死についてばかり考えているわけではないのだ。

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2008年5月24日 (土)

POTERのカバンは選れて品質がよいので愛用しているのだが・・・

   要するに、吉田のカバンの一つのカテゴリーとしてポーターがある。愛用している吉田のトートバッグがヘタってきたので、新しいカバンを買おうと思っている。そこで、ポーターのカバンカタログを買って来た。宝島社から出ているムックであるるが、カタログなのに千円は高いようにも思えた。

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