パソコン・インターネット

2009年12月24日 (木)

本は紙で造作されているから本なのであるが・・・-最相葉月の言説-

 読書という行為、即ち、自分が納得するために逡巡を繰り返したり、感動して立ち止まったりすべき対象にまで、たんに便利だから、コストがかからないからといって電子化することには疑問がある。しかし、そうでもしなければ生き延びられない。それが本の置かれている現実なのである。【あのころの未来 星新一の預言 最相葉月著 新潮社】を参考。

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2009年10月16日 (金)

星 新一の作品を愛好していた

  【あのころの未来 星 新一の預言 最相葉月著 新潮文庫】を読んだ。星がショーショートと分野を開拓しその作品に込められた寓意について最相が一つ一つ検証していったのがこの本である。

 嘗ては、僕も星新一の大ファンであった。あの頃は、時代そのものが星 新一を要請していたように感じる。ゆえに一大ブームを形成した。時代の要請が無い限り如何なるムーブメントも発生のしようがないのである。現況、最相が、改めて、星に焦点を当てた意義は極めて大きい。その作業は紛うことなく現代を捉えそれを検証する作業である。

 昔のSFドラマなどを観ていると、現在は現在であるという規枠が存在するため、想定する未来像、即ち、ソフト面では奇抜であるものの、現実に用いられている機器やパーツ、即ち、ハード部分では大いに笑える。宇宙戦闘機のようなマシンに真空管が使われていたりする。そのくせ太陽にゆくまで3日くらいとか。

 21世紀と言えば、がんは征圧されると言われていた。が依然として制圧されていない。確かに薄型テレビは登場した。コンピュータの普及は預言されていてもウインドーズのようなOSの存在を預言した者は極めて少ないようにも思えるのだ。今、現在のような執務の形を誰もが預言しえなかったように思う。かんずるに、ノートパソコンに向かって一人一人が仕事している姿は奇妙である。キーボードを叩くという作業は古来から延々と続いた労働の様態から著しく乖離した形式としてして映る

 個人的な「あの頃の未来」と言えば、徹頭徹尾、僕は、特急列車の運転士になることを夢みていた。頻繁に上野駅の低いホームにつめかけては、絶対に、運転士になるのだと誓いを新たにしていたものである。切ないほどに、特急の運転士になりたいと嘆息したものである。そんなことを感じつつも、改めて星のショートショートを読んでみたいというな郷愁の念ともいうべき思慕をおぼえたのだ。

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2009年6月 6日 (土)

禁則措置もやむなしと判断した

  過日、当webサイトに、到底、看過することの出来ない悪質なコメントがつきました。こうしたコメントを駆逐する手段としては、単に削除するだけでは有効な対策とはなりえないと考えた結果、当webサイトへのコメントは認証制に変更することにしました。

 すべてのコメントは一元的にメールという形で僕の許に届きます。それをチェックした後にwebサイトに反映させるというシステムがそれです。もちろん、こんな方法など採りたくありませんでした。

 知古であり信頼している友人の皆さんのコメントはすべて、即、スルーとするのは当然の措置なのですが、システム上、それが出来ないようなのです。その点に関しては大変に申し訳なく身を切られるような思いがします。

 その点に就いて、どうかミーシャ様、そして、元T様、その他、適切なアドバイスやご意見を頂戴した皆様には、ご理解を頂きたく伏してお願いを申し上げるところで御座います。
 
 今回の変更は、当然、乍ら、異論を排除することが目的ではありません。僕に過誤があれば非を認めますし、指摘されて教えられる部分も大きいと思っています。ソクラテスの考え方の一つに産婆法というのがありますが、対話の中から事実が掘削されるという側面も確かに存在します。一人相撲はあくまで一人相撲であり、それは井の中の蛙と同義です。

 本来は、設定を変更したことを予め書いておくべきでした。しかし、諸般の事情から後手に回ってしまったこと、なおかつ、早速にも、コメントを頂いたミーシャ様にはご心配をかけてしまい申し訳ありませんでした。お詫び致します。

 なお、ミーシャ様から呈示された東北の件は、別途、熟慮してお返事したいと思います。東北的なるモノを見事に体現しているのが岩手県であるという僕の直感に変更はありません。が、それは、直感であるため、まったく論拠がありません。もう少し、岩手県や東北全般のことを考えてみますので、期限なしで考える時間を頂戴したいと思います。また、東北に就いて考えながらも、記事の更新は、随時、行ってゆく予定でいます。

 昨日は、甚急性に風邪様の症状が発現したため、職場に行ったのち、直ちに帰宅して横臥していました。幸いにして今日・明日は休日なので横臥して過ごそうと考えています。

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2009年5月31日 (日)

相互リンクの件

 sirubeさんとのお約束どおり相互リンクを張る時期が来ました。しかし、テクニカル上の問題で上手くリンクが張れません。張れるようになったら張らせて頂きたいと思いますので、暫し、ご猶予を下さい。

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2009年5月26日 (火)

ブロガーとしての自己は何処を探しても存在していない-開設2年目を迎えるにあたり-

ご覧のように現実の在としてのこの僕はブログの体裁を模して言葉を記入するという作業をしている。

 古くから、ネットをつうじて知り合った方たちとの意見交換は別にしても、基本は僕自身の勉強のためである。ブログ的手法を採用しているのは、単なるレンタルサーバとしての機能を期待しているためであり、情報をネット上においておけば少なくともデータは消失しにくい所以に依る。

 そのレンタルサーバーに保存してある内容が他人様からも見えてしまうというのがブログというツールの致命的欠点なのである。こういうと身の蓋もないが、読んで頂くための文書を書くほど僕は暇ではない。それと、もう一つ。ニフティでブログ様の形式を興しているのは自己ブログ内の検索機能がついているためである。

 例えば、過去に吉田松陰のことを書いた。吉田松陰は、どういう人物なのかとネットで調べてみてもピンとこないのである。であるからこそ本を読んで、アブストラクトを自分なりに作っておく。それが、当サイトの形式なのであり、それは試験前のメモみたいなものなのである。

 本当に必要な情報は自分で本を読んで調べたほうがよい。そして自分の頭で考えてみること。少なくとも僕はそうしている。当サイトにおいて認識・事実・感興等々において過誤があっても、それは僕の誤認であり、この記事群のサマリー的な一文を以て正確であるという担保を僕は誰にも与えていない。故に誤字脱字があっても一向に気にしないのだ。

 仮に、これがブログであるとしても、本当に読んで頂きたいのは正確にリフレクトして頂けるかたや僕と感性を共有できるかたのみを対象としている。検索地域ランキングを表示しているのは、そういうお仲間が、主にであるが、何処に局在しているかの証左なのでである。

 僕はブログが嫌いである。この知のマスをブログだなんて軽薄な言葉で一括されたくないのだ。このブログという形式を採用しているため、債務として月1000円をプロバイダーに払っている。自分の知の涵養、表現方法の掘削。その自習する場の利用料としてはまったく安いものなのだ。それが当サイトを開設して2年目にあたる現在の感興として綴る。

 ☆ ミーシャ様・元T様をはじめ、意見こそ頂戴しないまでも毎日、福岡・北海道・茨城等々の地域から好意的に閲覧して下さっている皆さんには、今後ともよろしくお願い申し上げます。今後とも良質で正確な知と感覚を届けたいと思っています。今後、このサイトは名称の変更こそあれ、僕が生きている限り消滅することはありません。これまでは、サイトを立ち上げては消し、立ち上げては消しの連続でしたが(笑)

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2009年5月17日 (日)

情報は疾く伝達される

  昨日のアクセス解析をみたら異常な現象が発生していた。海外渡航歴のない神戸の高校生が新型インフルエンザを発症したことは報道を通じて知っていたが、具体的な高校名までは知らなかった。マスコミが高校名を発表したのは夕刻のように記憶している。また、もちろん、発症した高校生の在学する学校名まで知る必要は少なくとも僕にはないし、そういう記事はブログには馴染まないと感じている。

 しかし、13時頃から「新型インフルエンザ 兵庫高校」という言葉で検索をかけた人が多かったらしく、結果、当ブログに多くのアクセスが集中した。実名で報道されたのは、時系列のなかで神戸高校が先で兵庫高校はその後である。一体、兵庫高校と新型インフルエンザのあいだに如何なる関係があるのか推測はしてみたが、それは憶測の域を出るものではないのだ。

 新型インフルエンザのことは当ブログでも警戒を要する状況として注視しているが、危機感を煽ることのないよう、記事として取り扱う時には最大の配慮をしてきた。他方、僕が、想い出の一つとして大切にしている兵庫県立兵庫高校は、旧制神戸二中の伝統をくみ、少年Hを上梓した妹尾河童を輩出した学校であることも書いた。

 要するに、この二つの記事が検索にヒットしてきたものと考えられるが、その偶然性に驚いた。兵庫高校と新型インフルエンザは別次元の現象である。罹患者そしてご関係者諸氏に対しては、ただただ、衷心よりのお見舞いを申し上げ早期のご回復を祈念するのみである。

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2009年4月16日 (木)

ジャパネットたかたの遠隔感

 要するに、あの社長が醸成する雰囲気がおもしろいのだ。そして、再度、要するに、あの通販番組は、娯楽として観ている者もいる。それは僕なのだ。

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2009年1月 3日 (土)

瞑想する場所としての書斎

 宗教的な意味ではなく、単純に思惟の試行を固めるなら書斎にはパソコンを設置しないほうがよい。

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2008年10月 1日 (水)

検索フレーズランキングのこと

  当ブログでは意図的してアクセス地域ランキングを表示するように設定してあります。が、画面の右下に表示されている検索フレーズランキングは恣意に依るものではあません。ココログ側からの一方的なサービスであると理解しています。

 ブログの一管理人としての疑問なのですが、なにを基準にしてランキングを算定しているのかまったく以て不可解なのです。おそらく、前日分の検索フレーズを基準にしているようなのですが一度だけ検索された語彙がランクインしている場合もあります。まっ、僕自身もこのランキングを楽しんでいることもあり別段邪魔でもないのでこの侭にしておきます。

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2008年9月14日 (日)

パソコン四年故障説は事実なのであろうか

  友人・知人・パソコンメーカー・電機屋の多くがパソコンは四年で壊れるという。使い方にもよるのだろうが、防塵対策と静電気の放電をこまめにおこなえば耐用年数は飛躍的に延びるように思える。

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