保健師や栄養士さんも強く奨める運動方法-究極の運動嫌いのために-
Wii Fitが発売された時、保健師・栄養士さんたちの目に留まり、その有用性から大歓迎され欣喜雀躍したという話を先代の上司から聴いた。また、主治医もWii Fitの有効性に就いて担保している。
運動が大嫌いである。しかし、そうも言っていられないため最終手段として購入することとした。有酸素運動・筋トレなどのメニューが豊富でゲーム性も強くとても愉快である。
Wii Fitが発売された時、保健師・栄養士さんたちの目に留まり、その有用性から大歓迎され欣喜雀躍したという話を先代の上司から聴いた。また、主治医もWii Fitの有効性に就いて担保している。
運動が大嫌いである。しかし、そうも言っていられないため最終手段として購入することとした。有酸素運動・筋トレなどのメニューが豊富でゲーム性も強くとても愉快である。
標記の言葉はニーチェの言説である。ニーチェがそう言ってのけたのも進行性麻痺の為せる狂目の一つであるが、それに依らずともニーチェの言説は正鵠を射ているものだと僕は以下のふうに理解している。
「僕は僕という僕の人生において他者が絶対に追体験することのできない希有な体験を有している点で他者を圧倒的に凌駕しそれは天才の名にふさわしい。絶対無二・唯一無二の存在という観点から非天才という人は存在しない。
それはイチローにおける野球の天才をも退ける。イチローは野球が人より巧みであるということ以上にイチローの絶対無二としての存在にこそ、その天才が宿り価値がある。イチローから野球をとってもイチローの存在としての天才に些かの瑕疵もつかない」と。
人間の存在。イチローは確かに野球は僕よりも上手い。しかし、宇宙開闢から説き起こし人類誕生の妙、個体発生の妙に比較すれば、イチローの存在など雲霞や泡沫以前の宇宙塵にも近いものがある。
【東京大学応援部物語 最相葉月著 新潮文庫】を読んだ。東大応援部については、以前に特集番組をみて興味をそそられた。また、著者ご自身も、昨今、星新一に関する評伝が高く評価されるなどその活躍は顕著であり、その著作の動向に関して注視しているところである。どちらかというと文系目線であり乍らも理系に興味を注いでおられるようである。
さて、東大応援部。東大であっても応援団は応援団。そこには厳格な鉄の掟があることを知った。昨今、応援団に入部して自己研鑽を為そうという若者が少なくなってきたのも時代の流れであるという気がする。部員の気骨・根性は見上げたものだが、僕自身もやはり応援部に入ろうというほどの気概はない。
嘗て、東京六大学の明治大学-法政大学戦を観戦したことがある。今は絶交したが、嘗ての親友が明治大学文学部英米文学科に学んでいたため明治側の学生スタンドから明法戦を眺めることができた。明治と言えば、その応援歌は「白雲なびく駿河台」から始まり、「おお、明治、その名ぞ、我らが母校」という部分がさびになっており、歌としての完成度も高い。この応援歌を要所要所で歌うのである。いつのまにか他校生である僕も、「おお、明治」と歌っていた。
そもそもが野球に対しての感受性が欠如しているため、どの大学が勝とうが知ったことではないのだが、僕は応援団の跳梁にこそ、六大学野球の精髄のような華を感得するのだ。応援席を沸騰させ、そこまで対戦校を悪し様に言うか・・・と思わせるほどの悪口を投げつけ乍らも、どこか微笑ましいのは、それでも一定の礼節と秩序の基、学生が稚気のなかにも凜とした知性のなかで応援活動を行っているためなのである。
エールの交換の時など厳粛ささえ感じる。まさに学校の校威を体現しているのは応援団部に他ならないのだ。応援をとおして愛校心が芽生えてくるのは道理である。たかが大学生の野球である。しかし、そこに重く重く篤く篤く伝統という文字が深く刻印され愛校心の涵養が図られる様子が俯瞰できた。
蛇足乍ら、中学校時代には、慶応の「若き血」を担任から覚えるようにと厳命され辟易したことがある。今でも、歌詞は鮮明に覚えている。・・・わぁ~かぁ~き血にもぉゆ~る者、光輝みてる~我ら~・・・とォ。慶応も、若き血が燃えるのではなく、或いは、萌える。きょうびのそんな時代を反映して応援団たる硬派の絶滅も宜なる哉なのであった。
箱根駅伝などの大学生に依るスポーツ大会を観戦する度に感じることなのだが、体育系単科大学には更なる気焔を吐いてもらい来年は捲土重来を期してもらいたい。「きみたちは体育学の学士予備軍でしょ」と要らぬお節介と知りつつも繰り言を言いたくなる。それは、僕は単科大学に親愛の情を感じる所以でもある。
僕が応援する人やチームは必ず敗退する。それはジンクスと化している。日本には勝利して欲しいので観ないことにしている。観ないと勝つ。観ると負ける。非国民であるという誹りを免れるためにオリンピックは観ない。僕は勝負に於ける貧乏神の感がある。観たいが観ない。非科学的な態度だがこればかりは致し方ない。これも縁起かつぎの一つなのであろうか。
北京五輪の警備対策
精神病患者を強制入院措置=五輪の安全確保で-中国上海〔五輪〕
【上海1日時事】中国上海市の公安当局は、北京五輪期間中の安全確保を理由に、同市出身者以外の精神病患者を五輪終了まで市内の病院に強制的に入院させる方針を決めた。1日付の上海各紙が伝えた。(時事通信)
★「中国毒入り餃子事件」の解決が未だ曖昧な侭です。チベット問題も未解決です。現況に於ける中国でのオリンピックの開催は著しくその妥当性を欠いています。中国という国家は国際的に認知されうるほどの国家には未だ成熟していないものと感ぜられます。
中国オリンピックに参加できなかった選手は幸運です。中国オリンピックで入賞できなかった選手も入賞できなかったことを名誉としてください。中国オリンピックで入賞した人は中国で開催されるオリンピックでさえも超克したという実力に酔ってください。僕は中国で開催されるオリンピックの意義やその正確性にまったく期待していません。
中国という国家のもとで開催される聖なるオリンピックでは入賞しないことこそ最大の栄誉であるとさえ思えてきます。古来から現在にかけて中国における役人の腐敗は中華の伝統の一つです。公平なジャジなど期待するべくもありません。
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