手塚治虫がどのような獣医師観を持っていようと僕には関係ないので右に示した記事を書く意味は何もないのであるが書いてしまったのでアップすることとした。手塚を本気で詰責しようなどとは思っていない旨を冒頭に識す。要するに冗談の範囲として収納される些末な記事として綴る。問責するとしたらこういうふうな切っ先になるのかなという程度の思考的想定である。以下・・・。
手塚は獣医学が展開している広汎性を知らず獣医師をみる姿勢は傲慢で偏頗である。獣医学はなにもひとつ小動物臨床だけで成立しているものではないと知れ。獣医学は集学的な知とスキルに依って独自で専権的な職域をカバーしておりそれは地球環境の問題を視野に捉えた複合の学として確乎たる位相を獲得している実績がある。
臨床医学と対比する時、臨床獣医学は如何にも見劣りがするかも知れない。が、以前にも書いたが獣医学と医学はまったき異なる事象での体験なのである。殊、小動物臨床の分野に特化して医学と獣医学を比較する合目的必要性がまったく見当たらないのだ。
寧ろ、医学と獣医学は相互の立場を尊重し人畜共通感染症の撲滅を目的として公衆衛生学的立場から緊密に連携してゆくほうがポジティブである。また、学問は対象や体系の比較においてその一方的優位性を論じる態度は非生産的であり、なおかつ、すべての学問は人に寄与するものであることを知れ。
偏差値とか社会的地位という文脈から、手塚が獣医学や獣医師を捉えるならば、それはそれでよいのだ。そうした観点から俯瞰すれば医学部のほうが余程に上等で偉いのだ。医学部を頂点として、殊、生命科学の分野はビラミッド構造のヒエラルキーを構築しているのは事実であるがその構造的認識そのものが差別的であることを知れ。医師の対立命題にもなりえない獣医師や犬猫病院を笑い物として対置することの恥を知れ。
ブラックジャックは日本医師会や医学界に背を向け既存の権威や差別を否定し排除しているところにその要諦があるはずだったのではないか。手塚治虫が自身の医師免許を大上段から獣医師に振りかざす行為は手塚らしくもないのだ。
赤塚を始めとするギャグマンガ家や落語家が医師と獣医師を比較において笑いを取るのことはその作品的特目から一定の合目性がある。しかし、殊、手塚は漫画家である前に医師であることを銘記しておく必要があった点において誤謬を犯している。という事実を踏まえながらも手塚作品に魅了されている己に自己撞着はない。それは、依然、漫画家手塚治虫は僕にたくさんのただしい心の在りようを教えてくれている所以に依る。
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