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2008年12月

2008年12月31日 (水)

もう人生の意義などは考えないことにする-2008年に悟ったこと-

  2008年は幸せで充実した一年であった。家族の関係などに就いてはノイローゼになる程に思い患ったが円満に解決した。今後、家庭内で父・妹を基軸とした家庭争議は起こり得ない。精神科医の指示に従って、父とは一定期間を別居したのが奏功した。尤も、受診させる迄の過程が大変であった。

 また、父の容体に就いて一定の診断名が賦与されたことに拠り、父は病気であるという事実認識を妻に印象づけることにも成功した。妻の気性は穏やかだが不正は看過できないタイプなので父との衝突は不可避であったが病気を原因とした言動であるという点で理解を得た。

 妹が嫁いだ。青天の霹靂とも言ってもよい奇跡的で電撃的な出来事であった。妹の何が劣っているというわけではないが、兄としては結婚するタイプの女ではないと勝手に信じ込んでいた。その確信はおそらく家族全員が共有している認識なので皆が驚いた。

 妹が嫁いだ結果、妻に長男の嫁としての意識の萌芽した。今後、老父母を能く助け円満な家庭として和を築くことが出来るものと確信した。つまり、各個が【つがい】として独立したのだ。父と母・妻と僕・妹と義弟。それが相互扶助の関係を緊密にもつことに拠り家族として一層の飛躍をみた。

 父は疾病のため書斎を別に設けたため、これまで使用していた書斎を与えてくれたので、僕の生活の質も一層向上した。そのためのリフォームも行った。やはり本に囲まれている生活は快適なのだ。従来は、自在にコンポーネントステレオで音楽を聴くこともままならなかったが音楽との関わりも濃密になった。

 仕事の面でも収穫が多い年であった。よき同僚・上司に恵まれただけに留まらず、単調になりがちな仕事のなかにも、それは、実は単調ではなく細部を仔細な注意力を恃むことに覚明し正にこの仕事こそ天職、又は、担当している職場を今後は中心になって守ってゆくべき使命を感じるに至った。毎朝、課業開始一時間前には職場に到着しているのも僕が出来る最大の危機管理なのだ。

 上司の推薦により感謝状を頂戴した。推薦基準から外れていることを理解しているために、それをも慮って戴いた心根が心底嬉しかった。副賞は明治座での演歌歌手の公演観賞であったが、副賞の内容の如何に拘わらず、兎に角、嬉しかった。この人の負託に応答しないといけないなと痛切に感じた。また、組織は個人を守ってくれる存在であることにも覚明した。家庭の問題に就いても真摯に心配し相談に乗って戴いた。有能な上司とは、多分、おのずからと父性を具備しているものだと思えた。

 精神生活も充実していた。たくさんの本を読んだ。使命としての読書を意識したのは青春時代以来の出来事である。「この本は読んでおかなくてはならない」という意識の発生は読書人なら判ると思うが嬉しい悲鳴なのである。それは、とりもなおさず、主体的に読書にかかわってゆく能動的な態度であるとも言える。

 そんなになかで「生きることの意味」を考えることの不毛を悟った。あえて言うなら、生きる意味もなければ死ぬ意味もないと思っている。人生は苦しくもあり楽しくもある。宗教的な話は抜きにして、死なないから生きているのであり、生かされているから生きているのである。それは多分、まだ、必要だがら生かされている。なにかの役に立っているから生かされている。

 では、夭折した人はどうなんだという疑問も発生してくるが、その時に与えられたその死が本人にとって一番よい時期での死であると思うより他はない。生が与えられるものであるように死も与えられるものなのだ。要は自然の摂理ということに尽きる。その摂理に就いて思い悩んだところで答などない。

 幸福すぎる人は死を受容しにくいだろう。全ての局面に於いて満足している秦の始皇帝のような人は死を極度に恐れた。それはそれで哀れである。人生は適度に苦しいから苦抜としての死がある。人は適度に幸福で適度に不幸な方がよい。

 永平寺の貫主の故宮崎奕保が自然について次のように述べている。「自然は立派である。決まった時に決まったはからいをして決まった時に去ってゆく」。人とて同じことなのである。左を以て年末年始の挨拶とする。

補遺 自己管理を徹底し乍らも医療の恩恵には浴していく点に就いては従来どおりである。

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歌謡曲は私小説である

  アイドルと呼ばれる一群の若者が存在していた。松田聖子さんとか、石野真子さんとかキャンディーズとか。田原俊彦さんとか近藤真彦さんとか。歌謡曲の歌詞は私小説的である。「そんなことは訊いてませんよ 」と言っても一方的に気持ちを披瀝してくるお節介さが歌謡曲の特徴であるが、僕も時折、「ザ・ベストテン」などを観ていたものである。
 近著でザ・ベストテンという本がでた。懐かしくなり購入してしまった。

補遺・・・

 演歌は、自分がどれだけ人生や恋愛の局面で苦労したかの叙述である。 

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詩と死の近縁性-谷川俊太郎とホスピス

 標記の二つの連関において類縁性があることは間違いないのであるが、ぢゃ、詩人とホスピス医とのあいだで往復書簡の遣り取りをさせたらどういう結果になるのかという試考を為したのが【詩と死を結ぶもの-詩人と医師の往復書簡 谷川俊太郎 徳永 進 朝日新書】という本である。

 谷川俊太郎に関しては今更、いうまでもなく現代において第一級の詩人でありその作風は「素直で分かり易い」のが特徴であり、所謂、現代詩を標榜する詩人の一群とは一線を劃している感がある。

 一方、徳永医師は島根県においてホスピス医療を中心とした「野の花診療所」を開設し乍ら全人的な医療を実践しておられる。この往復書簡の遣り取りは大概において失敗しており話のすれ違いが随所に見られた。

 谷川さんは詩人であることから徳永氏の繰り出す言葉を手懸かりとしてそこに詩境を発見しようと努めているのだが、徳永氏の話は臨床に終始していることから谷川さんの苛立ちのようなものが伝わって来る。 

 谷川さんの話やエッセイ(詩は好きである)の類をこれまで読んだ経験がないことから谷川さんは実に好々爺然とした雰囲気を感じていたが、気難しい面も垣間見られそれは詩人谷川俊太郎の詩人としての宿業であるとも理解できた。良心的な詩を能くする谷川俊太郎をしてもなおなのである。【詩境】とか【詩心】という言葉があることから、詩は【気】の所産であるとも言えなくはない。

 余談たが、【詩境】に対句する言葉として【死境】。【詩心】に対置する語彙として【死心】の言葉を敷衍してゆくことで死の受容が穏やかなものになるとも考察できた。今、たくさんの文人が死に方に就いて考えている状況にある。五木寛之を筆頭格に老齢期を迎えた作家たちは死に就いて様々な発信をしており、その思考の途中で一旦は、緩和医療に足を止めている。あれほど綺麗で美しく死を生物学的必然として容認してみせた谷川俊太郎もまた、老齢期に入って【実感としての死】の具体的検討に入ったものとも解された。谷川氏も詩をとおして死を強烈に意識する齢になったのである。

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2008年12月29日 (月)

アンジェラ・アキという人が謳う聡明な唄に感動した

   過日、深夜に目が醒めたのでテレビをつけたらNHK合唱コンクール中学生の部が再放送されていた。課題曲はアンジェラ・アキさんの【手紙 ~拝啓 十五の君へ~】という唄であり大変に共感を覚えた。今、何度も何度も繰り返して聴いている。今後のアンジェラさんの活躍に期待したい。彼女の感性は瑞々しくそれは本物であると思え感性の横溢は無尽であると断言出来る。

 今年は紅白歌合戦にも出場するらしい。民放においては視聴に値する番組は少ないので、ついつい紅白歌合戦を観るが、NHKは何故にこうも畸形な迄に紅白歌合戦に意を傾注するのか謎である。【紅白】とか【歌合戦】という対立軸の構築の方法も時代遅れの感が否めない。伝統の所産なのであろうか。

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日常の様態は労働のなかに伏在している

それは潜在という形を為すこともある。仕事なくして人生はありえないのだから年末年始の休暇と雖も必ずにも仕事が始まることを念慮しておくこと。一月五日には間違えなく仕事が始まり、また、今日的状況において仕事があるということは欣喜すへきものであると見切ること。そんな意味から年末年始の休暇は既に終わっているものと了知すること。

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2008年12月28日 (日)

当ブログにおける現状の問題点と対策

 永らく更新しない侭であったので、先ず、近況を識す。インフルエンザの予防接種も済ませ課業も昨日で無事に終えることができた。また、左胸部の発作的な鈍痛が三週間に渉って観察されたため循環器を受診したりと相も変わらず医者好きなのは我ながら呆れ果てているところでもある。

 所詮は、寒冷に伴う自律神経の失調であるということは理解はしているのだがそう断定するエビデンスがない以上は仕方がない。エビデンス・ベースド・メディスンが先行した後、ナラティブ・ベースド・メディスンに依るのが一応の順序というものであり、「異常なし」という段階から精神相へ位相の転換を図り【語りと物語】に依る医療が開始される。

 さて、標記の件に就いて、今後、どういう方向付けをしてゆくべきなのかを模索していた。そのため書き溜めておいた記事のアップもしないままに放置しておいた。当ブログでは、記事を予め作成しておき、コピー&ペーストで一日に二回のアップを行っているのが現状である。

 金曜日・土曜日の深夜二時~朝六頃までを記事の作成時間に充当している。仔細に眺めると金曜日は自分の思いの丈を自在に深長する日と定め意見などを披瀝し、また、土曜日は感銘を受けた本からその説文の引用を行っている。が、自分の思いの丈を述べる時、その考察と明察において満足しうる内容のものを提示しているとは到底言い難いのが現状でありそこに煩悶と痛痒を感じている。ついでに述べれば、ブログ歴も永くなってきたが一つとして満足する記事など存在しない。推敲も足りないので、文書そのものが杜撰である。

 考察の要となる跳躍力とも言うべき思弁の奔逸や逸脱がなく内容が希薄である感は免れない。本来、想像力を駆使し乍ら、事象に就いて、蓄えた知と知を連結・衝突・分裂・分解することが考察の醍醐味なのであるが、それだけのボリュームのものを書いている時間がないのである。また、典籍からの引用に就いても、これをアップすることで何か意味をあるのかを自問自答していた。

 書物のサマリーを書くことは、説文を抽出する作業とは明確に異なる。サマリーはマクロ的であり抽出はミクロ的であるといえる。その両方を具備するサマリー的な文書をA4一枚程度で造るのが本来は望ましいが、それは、なかなかに手強い作業である。簡単で即効性があるのは、やはり、言葉や説文の抽出という作業であるとも思える。

 兎に角を以て時間が無いのである。読書の衝は赤ペンで線を引きながら読むことにある。感銘を受けた本になると本一冊がまるまる真っ赤っかになってしまい、そこから核心部分を抽出する作業も、結構、骨の折れる作業でもある。否、核心部分の特定は簡単なのだ。その枝葉末節に言葉の要諦がつまっているからこそ抽出という作業が一層、困難になってくる。

 しかし、そうした刻苦は克服されてこそ当ブログに華があると考え言説の引用は僕が現在かかえている最大にして最高の学びの方法なのであるという確信に辿りついた。知らなかったことを知る喜び・未知を既知とした喜び。それを今後も書き連ねてゆこうと思う。

 いくら赤ペンを引いて丹念に読み込んだ本でも書架に収蔵した時点から、その本は本棚の肥やしになってしまう。十数竿の書架にも収蔵しきれなく溢れ出た当家で所蔵する本には、おそらく命脈は存在しておらず、折角の知を本棚の肥やしにしないために書物から抽出した言葉を電脳上に置いておくことで著書に命を賦与することができるという結論に辿りついた。

 常に書いていることだが、当ブログ(サイト)は、ブログであるという認識をしていない。ウェブログ、つまり、ウェブ上の日記としての性格を具備することを極力、排してゆきたい。公開されることを予定して書いてある日記は別としても、日記は本質的には秘匿されるべきものであると僕は考えている。

 今後もあくまで【学び】とその【熟成】を目的としながら自分自身で感応する言葉の綾を紡ぎ、諸氏賢哲が残した刮目に値する言葉を書き連ねてゆくことにする。読書に纏わる周縁の勉強に就いての喫緊性は存在しない。今後、マイペースで、のんびりと【書く・感じる】ことを堪能してゆきたいと思っているところである。

 ☆ そんな理由で元Tさんのコメントに対して速やかにお返事を書きませんでした。ご理解戴けるものと信じております♪

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2008年12月19日 (金)

妻の友人から「遂に結婚しました」という内容の手紙が届いた

  四十歳もとうに過ぎた妻の友人からそんな手紙がきた。折しも、妹が四十歳を過ぎてから結婚を決意し、過日、両家の顔合わせの式を行ったところである。妻の友人にせよ妹にしろ、昔日において結婚するとは努々考えられなかった。

 派遣業を生業として、特段の資格免許、技能などを持たない女性は、生きるために人生観・結婚観を変更を迫り経済的な理由を動因して嫁いでいかなくてはならないのが今日的日本の状況を彷彿とさせる。酒井順子が述べた『負け犬』の状態を継続していては衣食住にも困ることを認識せざるを得ないのも現実の一つなのであろう。時、あたかも「百年に一度の大不況」である。

 この二人はとりあえず、結婚を選択し経済的な部分を夫に依存するということでワーキング・プア的な状況は回避することができた。妹などは玉の輿に載ったと表現できる程度において劇的に生活環境が変化した。レインボーブリッジが見えるタワーマンションの最上階に住もうかなどと義弟と相談しているようで兄としては、それはそれとして微笑ましく二人をながめている。

 一方で、男性は結婚によって経済状況が劇的に変化するという事例は寡少である。いずれにせよ、男性が一旦、貧困に陥るとそこから這い上がるのは至難の業であるどころか不可能という文字が頭を掠めるのである。勿論、人の人たる尊厳の要目の一つとして、結婚は相手の経済力に依って判断されるべきではなく人柄を一義に据えなくてはならないことは絶対的真実であり、妹が共感した相手が義弟であり、義弟は妹に共感したという点に二人の愛情には妥当性があると考えるのは兄の欲目なのかもしれなくもない。

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2008年12月18日 (木)

人を二人も殺害し謝罪すらしない人間を守る人権とは何なのか

  光市母子殺害事件の犯人は犯行当時、少年であったため過保護な迄に人権に配慮されていた。それに対して、本村洋さんが標記のように咆吼したのはまったく以て納得できる。

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2008年12月17日 (水)

家畜か動物か

  その生物学的な意味の違いは大きい。少なくとも家畜は使役に供されて、しかも、食糧として認識されている。

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家族は新興宗教が大嫌いであった

   大学時代に熱心な学会員から【折伏】されたとがある。一応は聖典とも教典ともいわれる書物を読んでから論文を提示して論駁した。折伏は執拗であったが、当時は議論は嫌いではなかった(今は嫌いである)ので幾時間でも折伏につきあった。恰度、宗教とは何かというテーゼに就いて真摯に考えていた時期であり当該宗教において信をおくに足るとは到底考えられなかったので遊び半分でもあった。学会員には申し訳なく若気の至りであると反省している←〈回想による導入部〉

 【創価学会 島田裕巳著 新潮新書】を読了した。折伏に遭っていた頃の仔細な記憶はとうに忘れてしまった。過去・現在・将来も創価学会に身を置かないことから、この本が正しく創価学会の内情を伝えているものなのか僕には判断する縁がない。しかし、現世利益を一義とする新興宗教とはこういうものなのかと何気に納得させうる内容が開示されておりその客観性から薄ら寒いものを感じた。

 宗教は道徳思想の実践に尽力する【はからい】であり、現世、或いは、あの世の利益等を超越した規範であるべきであると信じている立場から本来は金銭等に無縁な形而上学的思惟と実践にこそ要諦が存するという認識に些かの変更点もない。

 坊さんや神父さんは思惟を生業とする人であるが故に生活力がない。そのため彼等の生活費を補填するために些少のお布施などをするのはやむを得ないものなのであろうが最低限に留めるべきでありそれを吝嗇とは呼ばない。

 新興宗教に染まれば勘当というのが当家の掟である。勘当は御免蒙りたいので創価学会には入信できない状況にあることご理解願いたい。とまれ、上に掲げた本は読み物としてはおもしろかった。

 ついでなので言っておくが、天台や真言の立場から観ると、鎌倉仏教も新興宗教ということになる。キリスト教におけるプロテスタントの存在にしても然りである。そうした意味から新興宗教が全て胡散臭いものではない。翻って、創価学会は胡散臭いかと問われれば島田の本を読む限り残念乍ら興味を惹起するには至らなかった。勿論、「人間革命」等の本を読んでいる暇は僕にはない。読まなければならない本が山積しているからである。

 偶然にも、標記の本の次に読んだ本が【法華経入門 菅野博史著 岩波新書】。東大を出た先生が上梓しているので精緻な分析が為されていると期待して読んでみたが著者は、創価大学の教授を務めていた。バイアスがかかっていることが予想されたために法華経に関しては別著に当たろうと想っている。

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2008年12月16日 (火)

偶然は必然であるものと思惟したニーチェの言葉

『偶然がわたしのところに来るのを妨げるな。偶然は幼子のように無垢なのだ』

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[寡黙なる巨人]とは誰のことを指すのであろうか

  標記の括弧内のタイトルの本を読了した。著者は免疫学の泰斗である多田富雄である。氏の著書は、これで二冊目になる。己が罹患した病(脳梗塞と後遺症としての麻痺)に対しての愚痴が多い内容の本であるというのがファースト・インプレッションであった。「東大医学部名誉教授の肩書きが・・・」というようなくだりを目にした時には読むのを止めようかと思った。

 が、そうした発言も後段に続くためのプロローグに過ぎなかった。病やそれに伴うリハビリの過程を最終的には一つの美しい精神の形として昇華している点では一定の評価を与えたいと思う一冊である。しかし乍ら、文学賞(第7回小林秀雄賞)を受賞するような本であるとは思えなかった。また、推薦文を五木寛之氏が書いているのも胡散臭い。

 [寡黙なる巨人]とは誰なのかといえば、多田富雄ご自身のことである。言葉などに麻痺を起こしている点については「寡黙」と表現している。しかし、ここで注意しなくてはならないのは、ご自身に「巨人」としての認識があるかどうかの有無である。多田氏は抑制T細胞を発見したという学問的業績が大きいため数々の名誉に輝いているが、そのことを指しているのでは単なる過去の栄光に縋る老人という誹りは免れない。

 氏は闘病やリハビリの過程を通して「生きる」ということに大きく覚明した点で[巨人]という称号の自覚は妥当である。病気と闘ったり、リハビリに耐えたりする当為を克服していく過程のなかで「巨人」という言葉を発見したのである。その意味を多田は一人で独占するものではなく、また、独占したのではなく病者のもつ普遍妥当的価値感として昇華してみせたのである。

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2008年12月15日 (月)

壊滅的状況にある歯を徹底的に治療することにした

 ブリッジが取れたので歯科を受診した。自覚はしていたが口腔内の状態は極めて劣悪であった。治療に一年半かかるといわれた。

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司馬遼太郎の偽者が出没していた

 高級スナックに行っては司馬遼太郎に成り済ましていた男がいたという。それを聞きつけた司馬本人は、くだんの男はスナックに借金を残しているのかということだけを問い合わせて、そういうモノがないと聞いて安堵し、その後、偽者を放任していたという。「本人がそれで楽しんでいるのだから別段は問題はない」というのも司馬の気性の顕れ一つであった。

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2008年12月14日 (日)

健康の危機管理は十一月から始動していた

 十一月からカキを始めとする二枚貝は食べないことにしています。喉から手が出る程の大好物なのですが食べません。加熱する際の二次汚染も考えて喫食は控えています。

 エアラインパイロットは巡行中、食中毒を警戒して時間をずらして別のモノを食べることになっているとか。危機管理の徹底を感じる逸話の一つでもあります。 

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年末はインフルエンザで寝込んでなんていられない

 絶対にインフルエンザに罹患しないためにあらゆる手段を講じてゆく。

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体が弱い者がもつ属性としての社会学的性状

 体調を崩しやすい者は悪ではないであろうが少なくとも周囲に迷惑を及ぼすことが多いというのが一般的な認識のあり方であろう。当事者にとっても得にはならないばかりか失点となる。

 眩暈のため裁判官が裁判を欠席するような事例、或いは、月一回の大学病院受診の際の担当医がインフルエンザに罹患したために不在とするようなケース。そんな時、「まったく」とか「まいったな」と感情をもよおすのは当然の感情である。それが度重なると「またか」となり遂には哄笑の対象となり信任を得られなくなる。尤も、体調がたえず悪い外科医に手術などを任せるのは患者としても、亦、外科医を所管する病院や医局としても不安でたまらないだろう。

 開業医や商店も頻繁に体調不良を理由に臨時休診や臨時休業にしてばかりいたのでは医院などの評判はよいものにはならず収入などにおいて死活問題にも発展する。要は、健康の自己管理が重要であるということなのであるが疾病に弱い体質は如何ともしがたい。発熱一つとってもそうだが、三十八℃あっても平気な人もいれば、三十七℃でダウンという人もいる。例えば、司馬遼太郎は発熱には弱かった。37℃で寝込んだと言われ担当記者泣かせとも言われていた。

 僕個人の倣いで言えば体は弱い方に分類されるが根性では如何ともしがたい部分がある。メタボ的傾向を保持する者は、どうも体調において万全な日が少ないような気がする。病的な肥満は別として適正な体躯の状態を維持できない者は、やはり、自己管理に問題があると指弾されてもやむを得ないものが存していると思われた。

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対本宗訓師が新しい本を上梓していた

 【僧医として生きる】という本が上梓されていることを知らずにいた。

 迂闊であった。

 氏はホームページを開設していたようである。

(参考URL)

http://www.sokun.net/

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2008年12月13日 (土)

「悩む力」という本が売れているらしいのである

   【姜 尚中著 集英社新書】として出版されておりタイトルのネーミングが巧いことから気にしていた本なので読んでみた。わりと本音で書いているなというのがファースト・インプレッションである。誠実に読めば汲むべき知見も多々あるように思えた。しかし、漱石とマックス・ウェーバ-の思想や言説を底本としている点が、この本の持つ価値を不当に減衰しているような気がした。

 悩みを抜きにして人生を満願できる人は一人とていない。新書は一般人が読む本であることを考えると漱石やマックス・ウェーバーを直接、悩みに短絡したのは些か高尚に逸脱し一般論としての拡がりや普遍性は持ちにくいとも感じた。少なくとも僕は漱石よりも低いレベルの事象に就いて悩んでおりその省察も漱石を凌駕しえない。

 この本が空前のブームであるとすればそのタイトル名にだけ価値が存ずるとも理解できた。問題提起としては時代的状況には合致しており、「悩む力」とは時代を見据えた言葉として広く深く掘削すべきものであるという認識に至ったのである。

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2008年12月12日 (金)

コピー用紙一枚を節約しなければならない会社の財政状況下における社員の心得

   当社も厳しいコスト削減の嵐が吹き荒れている。電気代一つにしてもケチってゆくのが倒産を回避するための緊蹶の課題である。日が低いうちから出勤して日が暮れたら不用不急の者は早々に退勤したほうがよい。密度の濃い仕事をすることに就いては何らの労働強化にはならない。ダラダラと仕事をしてそのまま残業に突入するパターンが一番よくない。

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日本が保有するストラディバリウスの数

   天才といわれる人ほど楽器との出会いが命である。天才と名器の出会いが聴衆に至福の時間を与えてくれる。誰もがストラディやグァルネリなどを保有したいが値段が高すぎて少々の金持ち程度では手も足もでない。

 日本音楽財団という組織がある。それはロリン・マゼールを委員長とした委員会の傘下にあり、厳正な審査に依り世界に通用するヴァイオリニストと認められた若者に国籍に関係なく原則四年を限度に貸与する。ストラディバリの最高傑作では一つで数億円するともいわれている。なお、日本の所有器は一台もない。【楽団長は短気ですけど何か?金山茂人著】に典拠。

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教養を武器として死は超克できうるものなのであろうか

   【死ぬための教養 嵐山光三郎著 新潮新書】を読了した。先ず、タイトル名をみて、必読であると感じたが著者を知って読むのを留保した本である。気にはなっていたが、ブック・オフに出ていたら買って読んでみるかという程度の内容の本として考えていた。

 嵐山は、徹頭徹尾、宗教を信じていない。そんな状況で如何に恬淡として死んでゆくかに就いて教養だけを武器に立ち向かおうとした軌跡としての一冊である。蛇足乍ら僕の立場は、現世利益を謳わない宗教には一定の敬意と礼節を以て接し、鈴木大拙のいうような意味での【霊性】というようなものが、もしかしたら存在するのではないかと感じている。 

 僕自身、徹頭徹尾、宗教に浸りきっているわけではないので、多方面の知を動員して、嵐山が提唱しているように死の恐怖を緩慢に受け入れたいとも考えており[教養としての死]と、その周縁を考え続けてきた。医学に重大な興味を注いでいるのも死と医学は近接している所以にある。そうした意味において宗教的立場を異にしながらも嵐山の取り組みには充分に理解が可能であり思考の方向性に親近感を感じる。

 しかし、教養を以てしても、死をそうたやすく凌駕できるはずはないというのが僕の確信である。時として、信仰が奇跡的な死の受容を生むことがあるのは紛れもない事実である。哲学的な死はソクラテスが既遂している。また、形而上学的な死も一応、哲学的な死と切り分けて考える必要がありそうだ。

 ともあれ、死の言葉や死に方はたくさん頭に入れておいた方がよい。それが死の準備であるともいえる。勿論、死生観は多様であることから嵐山の読んだ得た知識や教養に就いて異論を差し挟む余地はないし嵐山を信仰にむかわせようとも思わない。死は窮理な迄の個人的な体験なのである。

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2008年12月10日 (水)

今さらインフルエンザワクチン接種

 今冬は標記のワクチン接種を済ませていないので焦っている。破傷風のワクチンの接種をしたことから早くても来週にならないと接種の適応にはならないのである。インフルエンザの患者で溢れかえっている内科でのワクチン接種は避けて眼科で接種をしようと考えている。

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視神経の暴走感

 昨日は、めまい治まらないために眼科を受診。眼球の奥にめまいの病巣がとぐろを巻いて蟠踞しているような気がしている。精密検査は後日となった。

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司馬遼太郎氏は決して驕らない人である

   【司馬遼太郎という人 和田宏著 文春新書】を読了した。和田氏は司馬の担当編集者として司馬と緊密に接していたことから、そこに書かれているエピソードの数々は司馬の人生の歴程の一瞬を紛れもなく切り取ったものとして興味深い読み物であった。

 司馬は生粋の大阪人であることから徹底的に合理的な思弁を所有しており照れ屋でもありながら権力にも媚びない点が魅力の一つである。司馬は、[司馬史観]という言葉が一人歩きしていることに対して、何やら困惑しているというのも可笑しかったし、[司馬遼太郎という名前は書斎の中だけのこと]とも述べていることは「個人と仕事」を峻別する意味で刮目に値した。

 和田氏が、司馬のアフォリズムの集成化の提案をした時、司馬は即座に断っている姿勢にも共感しうる。そんな大層なものは御免蒙りたいというのが理由が一つである。

 司馬は医者嫌いだった。座骨神経痛であると自己診断しての対症療法だけを希望して精密検査等を一切拒否したため、結果的には大動脈瘤破裂によって死亡した。それも、司馬の戦争体験や培われた歴史観・死生観の一つとして見なすことができる点で積極的に評価したい。

 ところで、歴史小説とは一体、何を指すのか。歴史と小説のあいだにはどういう関係があるのか。歴史は文学たり得るのだろうか。という一抹の疑問を頭を掠めたが、歴史と文学のあいだには緊密で互恵的な相互関係の形も存在するものと思えた。

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2008年12月 8日 (月)

寒冷の定量化ないし定性化をする試み

   寒いのが苦手である。そこで寒さを分析してみた。冬だから寒いのは仕方ないというのが定性。気温が何度というのが定量。寒さを仔細に検証すると寒さの本態が解ってくる。

 僕の場合、寒いのは、朝、駅にゆく迄の七分間だけであることに気づいた。ならば、寒い寒いと寒さに怯える必要をまったく感じない。寒冷を味方とせよ。

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科学のないリハビリテーションは百害あって一利なし-東京都リハビリテーション病院の場合-

  リハビリには三つのカテゴリーがあり運動の訓練[PT]、日常の仕事を中心とした訓練[OT]、言語療法[ST]に類別される。アメリカではこの三つがうまく連携しながらリハビリテーションが独立した臨床科学として成立している。

 一方、日本では整形外科が中心となったリハビリテーション医学が主流であったため言語療法などは重視されなかった。東京大学でもリハビリテーション科が独立したのは最近のことであり、これは当該診療科が地味な努力の積み重ねで成立するので病院の収入源にもなりにくい点に論拠が求められる。しかし、脳血管障害の患者は年々増加傾向にあることからリハビリは現在の医学のなかで益々重要視されるようになってきており医療費抑制の面から大きなメリットになっているが、都立駒込病院のような日本を代表する大きな病院にも専任の医師はいない。

 東京都立リハビリテーション病院というのがある。ここでは、昼間はパジャマを着用してはいけない規則になっている。リハビリを受ける人は、いわゆる病人ではないという認識が徹底している。担当医は、理学療法士と連携して頻繁に症例を検討する。免疫学者である多田富雄氏は多年に渉るリハビリテーション(脳梗塞の後遺症として言語と歩行麻痺の状態で症状が固定している)の結果、リハビリテーションは科学的に行われなくてはならないことに覚明する。

 即ち、どの動作に対してはどの筋肉が有効な収縮をするのか、麻痺した筋肉にどういう刺激を与えればよいのかを生理解剖学的な知識をもとに解明してゆく。使えない筋肉はどの筋肉か、それを代償できる筋肉はどの筋肉か、それを有効に使う方法を考究するものになっている。都立駒込病院でのリハビリのように、徒に、歩行距離を競うリハビリのあり方はナンセンスなのである。【寡黙なる巨人 多田富雄著 集英社】に典拠。

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2008年12月 7日 (日)

篤姫というNHK大河ドラマの出来映えは上々であったと思う

   NHKの大河ドラマはあまり観ませんが、「篤姫」については時折観ていました。やはり、宮崎あおいさんの好演が光っていたように思えました。生活のリズムが僕の場合、20時には就寝ということになっています。そうでないと脳に疲労感が蓄積して翌日は仕事になりません。そんな訳で「篤姫」も毎回観ていたわけではないのですが、宮崎あおいさんというかたはお姫様役が似合うなと、つくづく感じました。

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裁判員制度における裁判官の位置-国民としての裁判官-

  裁判官は裁判員に選任されることがあるのであろうか。最高裁長官が裁判員になる可能性は如何。地裁の判事は遣りにくいだろうな。

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2008年12月 6日 (土)

秘境駅が好きなので新聞記事をまるごと転載する

   秘境駅:険しい山中の駅、静かなブームに 大井川鉄道井川線の尾盛駅 /静岡9月30日12時2分配信 毎日新聞

 ◇「本当に何もなくて感激」--利用者、年々増え
 1日に数本ある電車以外にたどり着く方法がなく、険しい山中にある無人の「秘境駅」が、静かなブームになっている。山間部を走る大井川鉄道井川線の尾盛駅(川根本町)に置かれたノートには「本当に何もなくて感激」など、全国から訪れた人々が新鮮な驚きや感動を書き連ねている。【稲生陽】
 大鉄の名物・SLの終点千頭駅で1日4往復しかないアプト式(歯車で急こう配を上る方式)鉄道に乗り換えて1時間20分。突然、無数の一升瓶が転がった野原に出る。そこが「本当に何もなくて社員も驚く」(大鉄)尾盛駅だ。あるのは小さなプレハブ倉庫とタヌキの像2体だけ。民家はおろか、トイレも屋根も道もなく、携帯電話も通じない。
 だが同駅の利用者は06年度176人、07年度は254人と増えている。今年度は7月末までで98人と年間300人ペースだ。いつからか駅に置かれたB5判のノートには、「あるのは静寂のみ」「降りるのが恥ずかしかった」と感想が並ぶ。
 全国500近くの秘境駅を訪れ、ブームの立役者となった広島県三次市の会社員、牛山隆信さん(41)は「あの大自然にのみ込まれた感が面白かった。一升瓶が転がっているのも、在りし日のロマンを感じた」と振り返る。牛山さんの評価では、尾盛駅は北海道や飯田線・小和田駅(浜松市天竜区)に次ぐ全国3位の大秘境駅だ。
 同駅は元は大井川上流の井川ダムの建設作業員用として設けられた。1957年のダム完成でほぼ役割を終え、今は民家も道もないが、それでも廃止できない理由がある。
 中部電力や大鉄によると、中電がダム建設のために井川線を開いた際、当時川を使って木材を運んでいた木材業者への補償として、各駅で木材搬出に協力する契約を結んだという。林業の衰退で搬出の実績は40年近くないが、契約は有効。勝手に駅を廃止できないのだという。
 牛山さんは「帰りの電車もあり、手軽に探検気分を味わえるのが秘境駅の面白さ。きちんと予習していけば、にぎやかだった当時を想像してロマンに浸れる」と話している。

☆☆☆☆☆

 秘境駅にはいづれは行ってみたいと考えています。しかし人が集まると秘境が秘境でなくなってしまうという二律背反も存在します。当ブログはデータベースとしての機能も兼務しているため転載しました。

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ヨーハン・ボルフガング・フォン・ゲーテに倣いて 

   【座右のゲーテ -壁に突き当たったとき開く本- 齋藤 孝 著   光文社新書】を読了した。齋藤には類書としてほかに【座右のニーチェ】もあるが、アキレスと亀の喩えにも似てゲーテやニーチェを齋藤が凌駕することはできないのは所与の事実であるとしながらも齋藤の知見の数々は傾聴に値するものがあると思えた。

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2008年12月 5日 (金)

屠殺という行為を容認している仏教学的言説の位相

 『摂大乗論』に依れば、人々に利益をもたらす殺生は罪ではなく悟りであるという。羊を殺すことによって人々に食物を提供すれば、それは『活命』といって『菩薩行』になるのである。

 故に、モンゴル付近では屠畜の技術を持っている人たちは人々から尊敬される。と畜を行った人・食べた人、全ての人が羊の苦しみを負って、自分の命が他者に依って生かされていることに対して感謝・懺悔・供養をすることで救われるのである。

 また、羊だって草を殺している。そしてあらゆる命は自分から死んでくれないことから手を下さなくてはならない。【世界屠畜紀行 内澤旬子著】に典拠するも加筆。

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瞬間に生きよ-ニーチェ-の言葉-

『この瞬間を見よ。この瞬間という門から、永劫の道がうしろにむかって走っている。すなわち、われわれのうしろには一つの永劫があるのだ』

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2008年12月 4日 (木)

無用の系譜

   『無用の達人 山崎放代 田澤拓也著 角川書店』を読了した。種田山頭火・尾崎放哉などの自由律の系統を引くのが山崎なのであると思えた。しかし、種田・尾崎とは異なり山崎には仏教の系の視線がない点が山崎の特徴の一つになっている。

 『一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております』というような作品を残している点で方代は確かな境地を確立していると思えた。なお、放代は本名であり、その意は、なんでもやり放代ということから命名された由。別段、山崎が『無用の人』であると観じる必要はないと思われた。この僕ですら有用な人間なのであるが故にも。

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2008年12月 3日 (水)

ソムリエ:田崎真也氏の方法

 先日、NHKカルチャーアワーを聴いていたら田崎氏が講演をしていたので何気に聴いた。ソムリエ世界チャンピオンになる方法論が明快に語られていたのには唸った。基本的に味覚に関する部分は官能的であることから右脳の系であると信じ込んでいた。故に田崎氏は卓越した味覚の天才であると勝手に思い込んでいた。

 しかし、動員する脳は、徹頭徹尾、左脳でありテイストを徹底分析するという手法を採るということを聴いて感じ入った。ワイン各古の持つ来歴やその年の作柄を頭に叩き込むための暗記という作業は、当然、左脳系の作業である。しかし、味に就いては、その感覚を言語化してゆく過程、つまり、左脳系の学習をなしてゆくことにより一万種類にものぼるワインのなかから一本を探り当てることが可能なのだそうだ。

 また、何年モノとか付帯する状況に関しては暗記した知識をフル回転させて、どの国の何年の作柄状況についても予め暗記していることから状況と状況を付き合わせ検証してゆく作業そのものがソムリエのチャンピオンになる要諦だと聴いて頭の良い人だなと思った。ソムリエとは左脳が廻天する職能集団なのである。

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2008年12月 2日 (火)

フランツ・カフカは能吏であった

 カフカはボヘミア王国労働傷害保険協会プラハ局という半官半民のような箇所に勤務していた。文学作品の他にも業務の必要性から『自動車の個人所有における保険の現状』・『製材用電動鉋の傷害防止策』という報告書を提出し部長にまで登り詰めている。なかなかの辣腕家で全保険請求に対して支払いに応じたのは1.5%にしか過ぎなかったという。

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がん治療において患者が主導する治療方針の決定権とは何か

   『家に帰っておうちの人ともよく相談してどの治療方法を選ぶか決めてください』 という言説が現在のがん医療の所作であり、その決定を患者側に委ねるのは『酷』であると、【がん哲学外来の話】を上梓した病理医 樋野興夫医師は説く。また、セカンド・オピニオンを幾重にも受診しても患者の知識は断片的である述べる。

 樋野が一つの提案として投げかけたのが、「がん哲学外来」という診療科であり、その理念は、「偉大なるお節介」にあると説く。例えば、治療法に二つの選択肢がある。Aは治癒率八十%であるが副作用は強い。Bは治癒率六十%で副作用はない。患者がBを選択した時、「そうですか、わかりました」というのが今の医療のあり方なのだそうだ。

 しかし、現今の訴訟社会のなかにあって、患者とじっくりと向き合い「的確治療をするならAです」と優先順位をつけてあげるのがプロであるとも説いている。個人の死生観もあるだろう。が、医学は個人の死生観に介入するべきでなく、病気を治すという立場から的確治療の標を患者に示すことに医療の一義性が存立しうるものと思えた。

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2008年12月 1日 (月)

ちょんまげという髪型

 それは観察すればするほど奇抜としか思えない。民俗学ないし民族学的な論拠が何処にも見つからないので、その来歴を辿る時には別の学問的方法からアプローチしてゆく必要がありそうだ。

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世界エイズ・デーなのである

  性癖等の嗜好は個人差がある。しかし、エイズは歴然とした感染症であり新型のエイズウイルスも登場したりと依然として致死的であることには変わりがない。どのような性行動をしたら罹患するかに就いては、既に人口に膾炙していると思う。

 性衝動は抑えがたい。僕たちが男性が通過儀礼として体験した高校生の頃の性衝動と比較して大人の性衝動は高校生のそれと比較すると遥かに緩慢であり生理学的にも妥当性がある。しかし、大人を中心として感染者のマスは暴発している。

 エイズに関しては当ブログでも再三に渉って警告を発して来た。エイズの報告が厚生労働省から発表される度に過去を凌ぐ勢いで亢進している点で悲しくなるし口惜しい。防げる病気を何故、防ごうとしないのか。何故、自分だけは大丈夫だと思うのか。感染者を責めるつもりはない。発症しないことを切に祈りたい。

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年休を死守せよ-自己督励の便法-

  今年も後一ヶ月。歳月に満腔の意志を充たして年休を計画的に取得し乍ら残存を期そうと考えている。絶対にインフルエンザに罹患しないことを要点とする。

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