毛沢東はどんな人で何をした人物なのか知りたかっただけなのである
結果的には、毛沢東『に』学ぼうとは思わなかった。が、【毛沢東 竹内 実 著 岩波新書】を読了した。一体、毛沢東という人物は、どういう人で何を為した人なのか知りたかったのである。
当初、【マオ -誰も知らなかった毛沢東- ユン・チアン&ジョン・ハリディ著 土屋京子訳 講談社】の上巻を読み進めていったのだが、上下巻で千ページを超える大著であり細部が能く書き込まれているため全体像がハッキリとせず一旦、退却して新書で大雑把な状況把握に努めることとした。余談たが、初学者は、「誰も知らなかった毛沢東」というようなタイトル本を読むべきではなく「誰もが知っている毛沢東」というような内容の本を渉猟するのが望ましいのだが毛沢東の本は割と少ないのである。
考えてみると、マルクス・レーニン・スターリン・トロツキーを始めとして毛沢東・蒋介石・周恩来のことなど全く知らない自分に気づいた。幼少時代には、例えば、江青女史の裁判があったり、林彪の搭乗した飛行機が墜落したりと大人たちが大騒ぎしていたというような記憶が朧気乍らある。また、NHKの教育番組「中国語講座」では毛沢東が雑草を刈っている姿がタイトルバックとして使用されていたように思う。其処には好々爺とイメージがあったが、今回の読書を通じてとんでもない誤解であることに思い至った。
何故、毛沢東やポル・ポトが知識人を圧迫・殺害したのかも理解できなかった。要するに、大卒者などはブルジョアの成分を含んでいるというのが毛沢東などの理屈であった。そしてまた、邪魔者の殺すという思弁は簡潔だが怖ろしいこと夥しいものがある。毛沢東は、ヒットラー以上に人民を虐殺したという事実にも唖然とした。七千万人もの国民を虐殺した者は二十世紀の指導者のなかでその殺戮数において毛沢東がトップなのだそうだ。
上記の『竹内版の毛沢東』は初版が一九八六年。『ユン・チアン版 マオ』の方は初版が二〇〇五年。引用文献数等の体裁もマオの方が優れている。毛沢東に関する書籍が少ない状況下で両者を比較すると『マオ』の方が圧倒的に優れている。
『竹内版』を読んでから、毛沢東の印象を形成すると認識を誤ることになると思えた。毛沢東に洗脳されたアメリカ人ジャーナリスト エドガー・スノーの所感を根本に敷いているのが竹内版の特徴である。一方、『マオ』も、始めから毛沢東を痴愚と決めつけている点で難があるが、検証は精緻を極めている点で確度は高いと思われた。また、ユン・チアンも近衛兵の体験があることから主観に傾斜しやすいきらいもあると思えたが、彼女の学殖等を勘案すると『マオ』に信憑性で軍配は挙がる。なお、彼女には作品として他に「ワイルド・スワン」がある。また、現時点では『マオ』の下巻は読了していない。
『共産』という形の独裁または恐怖政治が存在したこと、その名称をそのまま今日に引き継いでいる『日本共産党』とは一体、如何なる神経をしているのか解せないと感じた。また、独裁者の思弁は天才的である一方でロゴスは明快なようだ。「邪魔者は消せ」に尽きるものなのだと思われた。中国という広大な地域を統一するのは、ユン・チアンのいうような痴愚魯鈍者では決して為し得ないのも事実であり、畢竟、毛沢東とは権謀術策と殺戮の天才であったのであろう。『マオ』の下巻も今後、読了を予定している。


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