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2008年10月20日 (月)

中国における臓器売買の実態の信憑性を鋭く問うた本

 【中国臓器市場】という本を読了した。センセーショナルな内容を示唆する本にあっては綴られている内容の確度を示すバロメーターの一つとして著者の経歴・参考文献の種類と本数・出版社の三つを念入りにチェックしてから買うことにしている。ガサネタを掴まされないための僕なりの自衛手段である。【副題 死体を見たら金と思え 城山秀巳著 新潮社】という陣容をとるこの本の著者は時事通信社の現役外信部記者で北京特派員の経験があること、出版社にも信をおけるものであると判断したために読み進めることとした。

 曾て、中国におけるプラスティネーションの状況について重大な疑惑を感じたことを旧ブログで綴ったことがある。この本のなかでは触れられてはいないが、中国のプラスティネーションはドイツのそれとは異なり個人の善意に基づく篤志献体ではないことを確信するに至った。先ず、中国の民のなかには高等な思惟の一つとしての篤志という観念が根付いていないような気がしていたのである。農村部の貧困・困窮。都市部の拝金主義・非人道的国家において医学の発展に寄与するという篤志の観念は発生しがたいものと以前から思っていた。正に、衣食足りて礼節を知るの喩えであるがそれは措く。

 この本のテーマは臓器移植である。中国は実にアメリカに次ぐ世界第二位の臓器移植大国で臓器提供者は死刑囚、その周縁にはお金にまみれた腐敗が横行していることをルポルタージュした渾身の一冊である。その辛辣とも悪辣とも形容可能で倫理に悖る臓器売買や臓器移植の実態を目の当たりにして唖然とした。
 
 問題の根は深い。我が国の臓器移植法を併考すると日本の移植医療のあり方にも一石を投じる結果となる内容を伏在している。魑魅魍魎の如く暗躍する日本人ブローカーはしたり顔でいう。「家族が現実に腎疾患に罹患した時に綺麗事を言っていられるのか」と問う。
「アメリカでの移植は美談になるが、中国での移植は難色を示すのは差別である」とも問う。が、そんな理屈は詭弁でしかない。生命観の差異に起因するものなのかもしれないが、僕は移植には違和感をおぼえる。

 移植後、帰国してからのアフターケアーをする受け入れ先病院を探すのも大変なようである。それにも増して中国での移植はリスキーである。例えば、免疫抑制剤の使用量が日本では考えられない単位なのだそうだ。

 グローバルスタンダードが正しいとは思わないが中国当局でさえ死刑囚からの臓器摘出とそれに伴い金銭の遣り取りが横行していることを恥部と捉えている。美しく永遠で悠久な地、そんな中国にあって、その国家は醜く度し難い国である。ならずもの国家のお友達の所以でもある。

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