オスカー・ワイルドの孤独死
「ドリアングレイの肖像」・「サロメ」で一躍、文壇の寵児になったワイルドは男色事件を起こし懲役刑に処せられた。出所後、ワイルドは飲んだぐれて放浪の日々を送るなか、耳鳴りと頭痛に悩んだが治療を受けるお金が無かった。
「僕は身分不相応な死に方をしなくてはならないだろう」と述べて四十四歳の時、安ホテルで客死した。棺の上には花束が一つだけ載せられていた。それはホテルの亭主からのものであり「ご宿泊人様」と名宛したものであったという。
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