看護学から科学的営為の表現方法を学習する
「看護の理念が盛んに謳われ追求されている昨今ですが、私は、行われている実践を表現しえていないこと、そのための方法を発見していないことが現代の看護領域のにおける問題と考えています」と臨床看護研究の事例検討で外口「1981」が談話を発表した。
『臨床で書く(副題 精神科看護のエスノグラフィ) 松澤和正』では、上記の問題を真摯に取り上げて共感を表明しています。
さらに、「この問いかけは人間を対象とする科学すなわち人間科学全般にも敷衍できると断じたうえで、重く大きな方法論的な問いかけである」と指摘していることは、学問で書く。或いは、学問を書く。つまり、学問の営為と言葉を短絡するうえで示唆に富んだ言葉であると思えました。否、日常の営為の中にも敷衍されてゆく必要性は著者も指摘しています。
さらに、松澤は「臨床の現実を丹念に写しとり表現し吟味しようとする問題意識よりも、寧ろそれを数値や記号やチャートや概念の中に削り込み看護行為の入口や出口だけを注視するような標準化や効率化の時代に進みつつあること」に一抹の疑義を呈しています。
今、柳原和子さんのがん闘病記を読んでいることは既に記事としてアップしてあります。
そこでは、柳原さんは標準化治療のあり方について懊悩している姿が描出されています。
二つの著書に何の関連もありませんが、双方に連関性を感じるとともに、書くということの営為に就いて考えさせられました。臨床や科学では、聴く・読み取る・読み解くことを嚆矢として考察が生まれ表現のための営為としての書記が実践されるものと思惟されました。
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