2009年11月15日 (日)

お医者さんやその子弟も難儀なことである

市橋容疑者 「医者になれなかった」 死体遺棄は黙秘
11月13日2時31分配信 毎日新聞

 千葉県市川市で07年に英国人女性の他殺体が見つかった事件で、死体遺棄容疑で逮捕された市橋達也容疑者(30)が県警行徳署捜査本部の取り調べの際、職業について「(医者に)なれませんでした」と供述していることが捜査関係者への取材で分かった。(中略)
 市橋容疑者の父は医師、母は歯科医師。市橋容疑者自身は岐阜県の高校を卒業後、東京都内の私立大に進学したが中退。千葉大園芸学部を卒業後も定職についていなかった。

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 お医者さんになれなかったということが殺害に至る直接の犯行動機ではないのであろうが、上掲の記事を読んで、類似事犯として名門進学校東大寺学園に通う高校生が両親から医学部に行くことを強制されたあまりそれを恨んで殺人におよんだ犯行事例が想起された。

 そういえば、僕の主治医は東京慈恵医大を卒業した優秀であり、糖尿病治療ではその道の泰斗で現在は地域医師会の学術委員の要職にある。その奥方は歯科医。で、その息子は、数年の浪人を重ねた末に、どうやら金沢のほうの私立医大に辛くも入学したという話を聴いた。こういうケースも難儀である。私立医大はとにかく学費が高い。入ったはよいが国家試験に合格しないで医師免許の取得を断念する場合も難儀である。だが、しかし、高い使命感やモチベーションを持っていない医師に診てもらう患者は難儀では済まされずに悲劇につながるケースがあることを銘記としておく。

 それにしても、僕は頭も悪く両親が医師でなくてつくづくとよかったと思う。高校時代の同級生に医師の息子がいる。此奴、高校卒業後、未だ、医学部を目指して浪人中であるというという噂があるが本当なのだろうか。多分、悪い冗談なのであろう。こういう悪い冗談が医学部に入学希望をしていても、それを叶えることのできない者を追い詰めてゆくことになるのだ。

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2009年11月14日 (土)

浅草の花街

  【お座敷遊び -浅草花街 芸者の粋をどう愉しむか- 浅原須美著 光文社新書】を読んだ。東京にも京都のような一見さんお断りというような形式を採用している花街があることを知ってなんだかホッとした。

 現実には僕が花街で遊ぶことは経済的理由などからありえないのだが、文化・伝承の観点からみると興味深いものがある。最近、日本舞踊に対しての観想が発生してきたことには自分ながら驚いている。

 美しいものは性別を問わず美しく在るのだ。故に「夫婦で愉しむ花柳界」という本も同著者は上梓しており、その理路には充分に得心がゆく。また、京都において女性観光客が舞子さんの姿に身をつつみ陶然とするのも納得の範囲のなかにある。

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2009年11月13日 (金)

歌舞伎名ゼリフ集を聴く

 新潮CDブックの標記のタイトルを聴いた。言葉は、黙読し、声に出し、暗誦し、節をつけ、そして、また、舞を付帯することでさらなる高みへと見事に跳躍することを改めて知る。伝統に裏打ちされた言葉は、なんとも美しいものであった。そして、伝統とは積年において承継されてきた価値感の表象であると知る。また、歌舞伎のセリフは一つの音楽に似ているのだ。

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2009年11月12日 (木)

病名をつけられると解決にはならなくても気休めにはなる

 星新一の「病名」という作品を最相葉月が解題して標記のように賛意を顕している。星が考えた病名を以下に識す。常習遅刻者を「定刻出勤不適格症」・夫の浮気に悩む妻を「被浮気症候群」・霊感を自称する者を「幽霊感覚過敏症」など・・・。

 これらの病名は星が考えついた極端な例だが、最相は次のように話を膨らませ人生の要諦を説く。曰く「相手に腹が立った時の自己救済策は相手に病名をつけることだ」と。たとえば「車中メール依存症」など。【あの頃の未来 星新一の預言 最相葉月著】を参考

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2009年11月11日 (水)

「京都 別格の寺」という本を読んだ

  【宮元健次著 光文社新書】の図書である。観光ガイド的な側面も色濃く反映し乍らも歴史的考察も充分に為されている。

 一般に、この本を読んで損をしたという体験は稀である。読んでみようかなと決めた書籍に関しては、何等かの目新しい知見を発見するものなのだ。この本もそうした類の本であった。

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2009年11月10日 (火)

神戸ナンバーのクルマ

 ○ で、車種はパルサー。色はワインレッド。教室は寄生虫学。

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日本に原爆を落とした国

 アメリカ。

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南 直哉・養老孟司・玄侑宗久・山折哲雄と対談しているスリランカ初期仏教長老アルボムッレ・スマナサーラ

  スナマサーラの代表作と称される【怒らないこと 役立つ初期仏教法話1 サンガ新書】を読んだ。この本は、スマナサーラ入門書というべき立ち位置にあり、あらためて刮目するほどの知見は見いだせなかった。だいいち、僕は、本のタイトルに「役立つ」と表記されているだけでげんなりしてくるのだ。役に立たない本がよろし。

 この一連の法話シリーズからはなにも汲み取ろうとは思っていない。しかし、標記に掲げた人物たちとの対談集は読み応えがありそうなので強い興味をおぼえる。彼らの思考の癖のようなものを僕は理解している。それに対してスマナサーラがどのように反応しているかについて関心を大きく喚起されるのだ。

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2009年11月 9日 (月)

水木しげるさんの評伝は誰かが綴らなくてはならない

 ○ その任を評伝の名手である梯 久美子さんにお任せしたい。彫啄に優れた作品を期待したいのだ。

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大好物は岩下の新生姜

 おいしい。

http://www.iwashita.co.jp/

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妖怪を能くする水木しげるさんがその精神的基盤を真摯に吐露した書籍

 僕は妖怪に興味がある。妖怪に係わる学問的定義づけを柳田国男が為しているほど妖怪と民俗学は不即不離の関係にある。東洋大学を創設した井上円了はもちろんのこと、小松和彦を経て妖怪の学問化は一応の体裁が整った感がある。学問的方法論の妥当性は別としても妖怪を広く国民に膾炙した水木の功績は大きい。

 【妖怪天国 水木しげる著 筑摩書房】を読んだ。水木の妖怪に対する篤い想いや妖怪へと逢着した経緯は従前から水木が述べているのだが、その精神史が綴れた本は比較的少ないように感じていた。左のような状況から水木が自己を洞察した一冊として極めて心強い一冊である。

 また、水木は学問的考察にたえうるだけの多岐多岐なる幅員を確保しているため、その精神史をみてゆくことに対して興奮さえおぼえる。大学院博士課程レベルで考究されても不思議ではない価値の高いマテリアルである。

 NHKの朝の連ドラでは、「ゲゲゲの女房」を放映予定としているとか。同名の書籍は装幀が特段に優れて美しい仕上がりをみせている。

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2009年11月 8日 (日)

寺田寅彦-その科学的態度の凛凛しさと文学的態度の誠実さ-

  【寺田寅彦随筆集 第一巻 小宮豊隆編 岩波文庫】を読んだ。このシリーズは分冊で購入できるのがよろし。また、「ご冗談でしょう ファイアマンさん」シリーズも分冊販売されているところがなんとも嬉しいのだ。一括セットでの購入は書籍に関する限り合理とはいえない。

 さて、この寺田寅彦。この人は美しい魂の持ち主であるに相違ない。やはり、古典というのは讃耀され永い命脈を保つことを要諦であると知る。1947年において第1刷発行。2008年には93刷という実績はその証左であり、寺田を読もうという読書子が斯くも多く存在していることは日本の誇りである。自身、全五巻のすべてを読破する予定でいるのだ。

 僕は薄識ながらも自然科学的態度を一応は身につけてきた。また、自然科学を生業とする遙か以前から、人文科学に対峙することに無上の喜びを感じてきた。科学的な素質・文学的態度・品性。どれも寺田に遠く及ぶべくもないが、その精神を標にしながら生きて往きたいものだと強く感じたのである。理科の人は文学的態度を、その逆の人にはそれを学ぶに好個なる著書が寺田の随筆が湛えている本質なのであると感得した。

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2009年11月 7日 (土)

寺山修司は青森県が生んだ偉傑の一人である

  【両手いっぱいの言葉-413のアフォリズム 新潮文庫】を読んだ。寺山についても勉強をしてゆく必要を強く感じる。青森県が生んだ人脈、それは多岐多彩に及ぶが寺山と棟方志功が双璧であろう。

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2009年11月 6日 (金)

修行とは何かと問われて立川談志曰く

矛盾に耐えることである。

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がん細胞の大きさ及びその成長速度並びに細胞の数

 ○ 10年をかけて1㎝大となり、10億個のがん細胞によって構成される。

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2009年11月 5日 (木)

上野の森美術館で開催されている「聖地チベット -ポタラ宮と天空の至宝」は絶対必見とする

 好企画である。こういう企画展を待っていたのだ。

http://www.seichi-tibet.jp/

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落語の演目へっつい幽霊に学ぶ心霊術

  「へっつい幽霊」という古典落語が好きだ。幽霊が「怨めしや~」と出て来ても、「なんだオマエ。オレがオマエに何かしたか?出て来る相手が違うだろう」と一蹴しする心性はすこぶる爽快なのだ。

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漂流し始めた商船サンフラワー

  丸シップとしてのサンフラワーに紀伊勝浦への航路が無くなったと知り唖然とした。

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天賞堂への就職と矜持そして老舗としての方向転換

  天賞堂は動く貴金属である鉄道模型を販売しているお店である。仕事をするなら趣味と実益を兼業できる天賞堂のようなお店がよろし。だいいち来店する人の品層が高く、そのあるべき知性や店員との遣り取りを聴いているだけでも気持ちがよい。

 一体、どういう人が天賞堂に採用されるのか。よもや、公家の血を引いている者が採用の条件ではあるまい。仮に、そうであるとしても、紀宮さんの夫の黒田さんではダメ。降嫁したとはいえ、紀宮さんのご亭主が、商人(あきんど)では埒もない。

 以前に紹介した青函連絡船の津軽丸型八甲田丸を10月9日に天賞堂にて購入してきたのだが、今度は、気動車のキハ11を購入しようと考えているのだ。そういえば最近の天賞堂では海洋堂製作の菓子のオマケのようなものさえ取り扱っている。なるほど海洋堂のオマケ類は巧緻に秀でているが本来は天賞堂で扱う品目とはかけ離れている。20万円を価格帯とする真鍮製のロコは、現不況下、商品ラインナップの中心には据えられない事情もあるのだと知る。

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2009年11月 4日 (水)

満月美

満腔美

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月が美しいから生きてゆく

 そういう人生観のありようにも、まったき否定のしようがないのだ。

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ベートーヴェンのビアノソナタ月光によせて・・・

ああ、なんと美しい月光なのだろう。魂が遊離して充ち満ち満つ。
ああ、なんと美しい韻律をベートーヴェンは紡ぎ出したのだろう。
こんな美しい月をみた宵は美に殉じることさえ怖ろしくないのだ。
それはあたかも十字軍の形を採り美への耽溺は死と近接する。
美は惨憺たるものであり、陽気な美は到底にも想定していない。

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タバコをやめるために必要な心構え

  禁煙ではダメ。断煙でもダメ。絶煙であることが望ましい。

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純然たるうつ病

 いわゆる、真面目な人が罹患しやすいうつ病で、それは、あたかも単極性である。これを大うつ病と呼び、メジャー・デプレッションと訳す。大うつ病に罹患しやすい人が持つ心の傾向をメランコリー親和型性格と称することができる。[野村総一郎]

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立川談志に弟子入りするために必要なのは覚悟である

 患うほど、気を遣え。お前はオレに惚れて落語家になりたいのだろう。本気で惚れている相手なら死ぬ気でつくせ(立川談志)

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 談志も、また、突き抜けた、或いは、境地を示した落語家である。そのプレッシャーに耐えきれず去る者、心を病んでしまった者も多いと知る。

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