2012年2月 2日 (木)

寺田寅彦の死因は骨腫瘍(正確には骨肉腫)であった

 寅彦の妻.紳子は悪妻として有名であった。おなじく悪妻であるがゆえに困惑していた露伴が寅彦の見舞いの帰途、「寺田くんよりぼくのほうがまだ幸せかもしれない」と呟いた。さて…

 寅彦は医者が嫌いだった。内田百閒はいう。[寺田さんははじめのうちは医者の診療を拒んだようであり、病勢が進んでも入院はしなかった。寺田さんほどの科学者がなぜそうなのかとも思うし、又、あれほど科学者ならそういう気持ちを抱かれるのも当然であるように思われる。(中略)

 寺田さんが医者も病院もどうでもよいという気持ちで死なれていったのはご自分の寿命ということをどういうふうに考えていられたのか、それが気にかかってならないのです]。享年57歳…

☆  そういえばソクラテスの妻クサンチッペも悪妻でした

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2012年2月 1日 (水)

チェルノブイリに就いてその健康被害の研究に20年のながきに渉って携わってきた国際的研究者長崎大学医学部名誉教授.長瀧重信先生のエビデンスに就いての歴史と教訓に関する見解は勉強になった

○ 安易なエビデンス論には疑問である。アメリカのように短期間で多数の症例を集めてメガスタディーをおこなってもエビデンスとはなりえず、その地域における疾病の全体を長年かけて網羅的に把握することのみがコンセンサスを得るエビデンスの発見方法である。

○  或る原因に起因した疾患の発症は特定の時間経過でのみ現れ、直ぐ消えてゆくことがあるため注意深い観察が必要である。また、想像をうわまわる長い時間の経過が関与し対策の求められているその瞬間には〈エビデンスはない〉ということがしばしば起こる。

○ [逆システム学]の見地からみれば〈統計より症例報告〉という法則が重要である。多数例の軽微な変化より、極端なしかし端的な特徴を持つ少数例を現場でつかむことが同時代の患者のために役立つ情報をもたらす可能性が強い。

○ エビデンスがないということは、証明不能を語るだけで因果関係の否定ではない。エビデンスを確立するには多数例の長い時間が必要であるため、ある地域に短期間で従来みられない特殊な患者が現れた時に即時に対応することが重要である。

 ※ 今次の記事は参考文献を精緻に文脈全体で読み込んでゆかないとその意は捉えにくい。その箴言のような言葉に一抹の背理を感じなくもないが文脈全体で読み込んでゆくと上記の言葉は心に響いた。また、最近はその出典の記載を省略する場合が多いが当該記事記載分に就いては【内部被爆の真実 児玉龍彦著 幻冬舎刊】であることを明記します。

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2012年1月31日 (火)

生も死も等しく無謬である

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生が死より選れていると考える者よ.その理由を説明したまえ

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生と死は等価であるからこそ5年間考えてぼくの葬送に流して欲しい曲は以下のシンフォニーと想い定めた

ベートーヴェン 歓喜の歌 交響曲第九番 Beethoven Symphony No 9

なお、坊主の読経は固持することとした

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存在の不思議とはなにか

 存在する不思議/存在しない不思議/存在するのかしないのか解らないところの不思議/など(※ この【など】と形容している部分があたかもダークマターのように深遠なのである) 

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闘牛牛(うし)の宿命とその最期

 牛の平均寿命は15年。闘牛としてデビューするのは3歳過ぎが普通で円熟期は7~8歳。花形・小結・関脇・大関と進み横綱に上がれる牛は稀で12歳をさかいに概ね引退となる。

 競走馬なら馬場を去っても種馬という道や地方競馬で命を全うできる。闘犬で横綱や大関を張っていれば種犬として生きながらえ、その他の犬は咬ませ犬として死ぬまで闘うことが許される。

 闘牛牛(うし)は限界だとみなされるとその時が最期となりと殺場に送られる。元来が肉牛といっても闘牛牛の筋肉は硬くて挽肉にしかならないのだ。徳之島では闘牛牛として生涯を全うした牛は一頭もいない。どんなに強い牛でも最期は処分という不文律に従ってきた。結果的に、これが徳之島の闘牛を絶やさず今日まで継承させ、取組や番付のマンネリ化を防いできたのである。

 なお、現役で横綱級の牛の値段は公務員の平均年収の5倍ほどである。

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2012年1月30日 (月)

赦せないという事象はにんげんの本質に背理する…

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感覚に就いての小池龍之介の言説

 まずは、いま自分の心が何をしているかに就いて普段から見張るようにする。見ているのかな…聴いているのかな…というふうに。防犯チェックのように常にセンサーを心に張りめぐらせておく。

 すると心の動きに気づき「あっ、雑念にとらわれている」と感じたら、[心を移動させる]ことが大切である。考えてしまっているのなら感じるほうに意識を強めてゆく。とまれ、普段から「今、自分の五感のうち、どれを使っているのか」ということに自覚的になることが肝心である。

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2012年1月29日 (日)

お婆さんと姿三四郎

 なぜ、【婆】と【姿】という漢字はこれほどまでに酷似しているのだろうか?

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お婆さんの消失

 最近、いわゆる、サザエさんに出てくるようなお婆さんを見かけなくなったところの不思議

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関東軍高級参謀.板垣征四郎と石原完爾参謀が陸軍に残した悪しき弊害

 板垣は明治22年、盛岡に生まれた。仙台幼年学校から陸軍士官学校へ進み同期には永田鉄山・土肥原賢二らを擁する16期。成績芳しからず陸大への進学は同期より3年遅れた。

 他方、石原の成績は幼年学校は主席.陸士(21期)で13位.陸大では2位で恩賜の軍刀組(優等)であった。石原の不羈不遜の異端児振りはそうとうなもので過度の自信をもち遠慮会釈なく他を酷評し位階・成績の序列本意の陸軍でも自然と敬遠され必ずしもエリートコースではない関東軍へと配属された。

 昭和4年、張作霖爆殺の科で退役になった河本大作大佐の後任として関東軍高級参謀に赴任したのが板垣だった。板垣と石原を結びつけたのは統制に反しても大功を収めた者は武勲になるという思想であった。この考え方が陸軍の独断専行の悪風の魁となり、統制を謳った陸軍刑法第38条は形骸化してゆき統制を遵守しようとする指揮官は駆逐された。このコンビの残した遺訓は大きくそれは致命的であった。

 板垣はその後、陸軍大臣にまで登り詰めたが、A級戦犯として処刑された。他方、石原は陸軍主流の容れるところとはならず東条英機ともそりが合わず昭和16年に陸軍から放逐されている。[陸軍創設以来の頭脳]であった石原は奇想に富みながらも独断専行する孤高の自信家に過ぎなかったのである。昭和24年8月15日歿。日本敗戦の日であった。

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2012年1月28日 (土)

神経細胞ではなく精神のメタクロマジー

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個人的には犬や猫をペットと呼んで欲しくない。愛玩動物ではなく伴侶動物として犬や猫が存在するわけだが今次の閣議決定は遅きに失した。こんなふうだから日本は動物福祉に就いても後進国と指弾されるのである

<ペット>老犬・老猫ホームも規制対象に 閣議決定
毎日新聞 1月17日(火)11時15分配信

 政府は17日、高齢の犬や猫などを世話する「老犬・老猫ホーム」業者や、ペットの売買をあっせんする「オークション業者」を、動物愛護管理法に基づく動物取扱業者に追加する政令を閣議決定した。また、販売目的で夜間(午後8時~午前8時)の店頭展示を禁止することも求めた省令も近く改正する。施行はいずれも6月1日。

 ペットも高齢化すると反応が悪くなったりするため、「介護」を引き受ける老犬・老猫ホームの需要が高まっているが、未登録のケースがある。そこで、安全で快適に過ごせるよう、設備など一定の基準を満たすよう求めることにした。今後、知事などに届け出し、登録を受ける必要がある。環境省は数十業者が対象とみている。

 一方、ペットの購入先でオークションを利用する人が増え、取り扱う業者を新たに規制対象とした。夜間販売の禁止はペットに与えるストレスを考慮した。【江口一】

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関東軍における参謀と指揮官の周縁

 1931年、関東軍司令官に本庄繁陸軍中将【指揮官】が親補された。折りから中国の国権回復の激しい動きと日本側の権益維持の圧力とで一触即発の状態にあった。

 板垣征四郎大佐【参謀】と石原完爾中佐【参謀】は満蒙の柳条湖付近の線路を爆発させて事変を起こしたいと画策していた。他方、本庄は穏便に満蒙問題に対処するつもりであったのだが、板垣・石原両参謀に詰め寄られ陸軍中央との連携は必ずしも必要ではないという見解の言質を取られてしまったのである。

  折しも、従前から陸軍の独断専行に危機感を感じていた天皇は「軍紀は厳重に守るようにせねばならない。明治天皇の創設された軍隊に間違いがあったとしては、自分としては申し訳のないことである」と述べた。そんな矢先に板垣と石原の急進的な動きが陸軍中央に露見した。

 陸軍中央は事変の発火を抑えるために建川少将を関東軍に急派したのだが、陸軍参謀本部にいた橋本大佐【参謀】が建川派遣の報を[建川奉天着前に決行すべし]と板垣らに電信した。

 建川を板垣が出迎えて、事変に就いては蒟蒻問答を繰り返しながらも建川を料亭で歓待し泥酔させておいて同日、柳条湖付近の線路爆発がおこなわれた。左のことはすべて板垣征四郎参謀の独断である。もし、これを関東軍司令官が追認しなかったら、統帥違反で軍法会議での処断は免れなかった。要するに追認したのである。

 当該事件の勃発に就いて、参謀総長金谷大将・南陸軍大臣の連名で事変不拡散の徹底が関東軍司令官の下に届き以後、本間司令官はたくあん石と呼ばれるほどに動かなかったという。

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2012年1月27日 (金)

動物の虐待は増加傾向にあるので当局は摘発に就いて秋霜烈日の烈を以て峻厳に犯人を処分されたい

譲り受けた子猫、翌日殺す…男を詐欺容疑で逮捕
読売新聞 1月24日(火)19時36分配信

 子猫を殺す目的でだまし取ったとして、神奈川県警麻生署は24日、川崎市麻生区岡上、自称会社員広瀬勝海被告(45) (動物愛護法違反で起訴済み)を詐欺容疑で再逮捕した。譲り受けた動物の虐待を巡って詐欺容疑を適用するのは全国的にも珍しいという。

 発表によると、広瀬被告は2011年11月、猫の新しい飼い主を捜すインターネット掲示板で知り合った東京都調布市の女性(52)から、虐待して殺傷する目的なのに育てるとうそを言い、雄の子猫1匹を譲り受けた疑い。子猫は引き取った翌日に、自宅近くの川へ投げ捨てて殺したという。調べに対し、広瀬被告は「かわいがる振りをした」などと供述し、容疑を認めている。

 広瀬被告は昨年11月、子猫計3匹を殺したとして動物愛護法違反(殺傷)容疑などで逮捕・起訴された。 最終更新:1月24日(火)19時36分

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乾いた笑いが込み上げるようないかにも京都らしい係争事案である

「陰陽師グッズは神を冒涜」 京都・晴明神社と土産物店が対立
産経新聞 1月26日(木)14時47分配信

 平安時代の陰陽師(おんみょうじ)、安倍晴明(あべのせいめい)を祭る晴明神社(京都市上京区)に隣接する土産物店が、販売品の晴明関連グッズの持ち込みを禁じる看板を神社側が境内に設置したのは営業権の侵害として、妨害排除を求める仮処分を京都地裁に申し立てたことが25日、分かった。

 申し立てたのは土産物店「田島織物」。平成14年から晴明神社や晴明に関する土産物の製造販売を始め、現在は店舗やインターネットで晴明ゆかりの「五芒星(ごぼうせい)」ブレスレットや厄除けネクタイなど約2千種類のグッズを販売している。

 申立書などによると、昨年11月、神社側が「神を著しく冒涜(ぼうとく)する」として、グッズを持ち込まないよう参拝者に求める看板を境内に設置。このため、店側は売り上げが約3割減少し、営業権を侵害されたとして12月に仮処分を申し立てた。

 同店の田島恒保社長は「神社に寄付もしてきたのに、こんな形で返されるとは思わなかった」。一方、同神社の山口琢也宮司は「店側が晴明公の御神徳を冒涜し参拝者へ誤解を与えたという主張は変わらない」とコメントした。

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精神はその事象の総体であるがゆえに分裂を起こすことは有り得ない

 精神の全体性を想致するとき、精神分裂病という病名の差別性は措いても精神は分裂はしないように思えるのだ。精神を構成し統合しているところのフェイズがその統合において失調しているというのなら当理性がある。ゆえに二重人格も多重人格も想起しえないというのがぼくの結論である。

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2012年1月26日 (木)

徳之島の闘牛という習俗における強い牛を所有することの意義

 牛を語ることは、「牛主はどこの集落の誰か」を語ることと同義である。必然的に強い牛をもつことは一族一家の最高の栄誉・島の人々の憧れとなった。

 どんなに金を持っていようが、功なり名遂げて社会的地位を獲得していようが徳之島のひとは子供であれ大人であれ尊敬の対象としない。強い牛を持っている者こそを尊敬するのであり、闘牛大会のしんがりの取組に座り、大会を仕切ることが最高の男冥利なのであった。【闘牛 小林照幸著に典拠

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2012年1月25日 (水)

いやなこと

 人間も五十年以上生きておるといやなことが多い。ひとじゃなくとも、木や亀も、五十年以上生きておるらしいから、さぞや、たくさんのいやなことを、さんざん見聞きしてしまうのだろうなと思うのである。【談 伊藤比呂美】

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2012年1月24日 (火)

【なぜ君は絶望と闘えたのか 門田 隆将著】に綴られた本村洋さんの心情を一人でもおおくのひとに知ってもらいたいと強く願う

死刑回避、改めて訴え=光市母子殺害で弁論―弁護側「未熟な少年」強調・最高裁
時事通信 1月23日(月)18時47分配信

 山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死などの罪に問われ、差し戻し控訴審で死刑を言い渡された当時18歳の元少年(30)の差し戻し上告審弁論が23日、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)であった。弁護側は「母性に甘えた未熟な少年による犯行だった」と改めて死刑回避を訴え、結審した。判決は年度内にも言い渡される見通し。

 弁護側は、それまでの主張を全面的に翻した差し戻し控訴審と同様の弁論を展開した。
 遺体の傷痕の鑑定結果などから、被告に殺意はなく、傷害致死罪にとどまると改めて主張。供述を翻した理由は、二審までは幼すぎる被告を心配した当時の弁護人が、事実関係を確認していなかったためだとした。

その上で、新供述の方が客観証拠と符合していると指摘し、被告は更生可能で、死刑判決を破棄して改めて審理を高裁に差し戻すべきだと訴えた。検察側は「犯行の動機や態様が極めて悪質で、死刑を回避すべき事情はない」として、上告棄却を求めた。 

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泉岳寺の僧侶に禅の公案もどきの問いを発してみた

 人殺しは仏教の戒律から不犯とされている。大石内蔵助一統は吉良上野介やその部下である清水一学などの者を殺戮した。その首傑である大石に就いて僧侶の立場として顕彰することの是非の如何に。

 仏の戒と殺の不戒との整合性の立場から問うても若い僧侶はしばし沈思黙考の態であった。なお、泉岳寺は曹洞宗である。また、当該寺院には大石らの御霊を鎮魂を期すにしては大袈裟な大石の立像が大きく目をひき観光寺院の体裁も整えている。さて…

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2012年1月23日 (月)

陸軍における参謀の二重構造

 日本の軍隊という大きな組織は日露戦争のときから、参謀に重点がおかれ[指揮官たるもの]に就いてはあまり考えられて来なかった。昭和3年に策定された『統帥要領』にも指揮官は[威徳(威厳と人徳)]をもつことに最重点をおく…という記載だけがみえる。

 指揮官ももちろんそうであるが、参謀は陸軍大学校や海軍大学校を卒業した俊英であり将来は指揮官としての道を歩む。参謀は指揮官の補佐役なのだが日本陸軍の場合、ドイツの軍制を採用したために師団長や方面軍司令官の部下でありながら中央の参謀総長とつながる二重構造を構成するにいたった。

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2012年1月22日 (日)

昨今の政治風土とその腐敗や日本外交の脆弱性または日本文化の頽廃などをみるにつけ志操を高く掲げて防大で学びつつも任官を拒否する学生が発生するのは理の当然であり最早この国を護ることに意義を見いだせない防大生の心情は充分に忖度でき責められるべきは国である。また、償還金で学生を拘束したとしても志操の低い自衛官ではこんな国でも国防は成立しえない。防大で学ぶことが即ち自衛官になることを所与の前提として必ずしも想定していないからこそ改正自衛隊法が必要とされるのだ。なお、職業選択を規定する憲法との整合性や如何

任官辞退で250万円徴収 防大、授業料相当 26年入校生から
産経新聞 1月22日(日)7時55分配信

 防衛省が、防衛大学校(神奈川県横須賀市)の卒業時に自衛官への任官を辞退(拒否)する学生や卒業後任官しても6年以内に退職する自衛官から、一般国立大学の授業料・入学金相当分の償還金を徴収する制度を導入することが21日、分かった。国防や国際貢献、災害派遣など自衛隊の活動は増え続けており、できるだけ多くの幹部自衛官(将校)の確保が必要と判断した。

 新制度は平成26年4月の入校生から適用する。徴収額は最大で国立大の4年間の授業料・入学金に相当する約250万円とする方向だ。志願者への周知が必要なため24日召集の通常国会に、新制度導入のための自衛隊法改正案を提出する。

 防大では、22年度(23年3月)の卒業生397人のうち12人が辞退。21年度は364人中17人▽20年度は431人中35人▽19年度は415人中26人▽18年度は421人中10人-が辞退した。

 防大は幹部自衛官育成のため国費が投じられている。防大生は特別職の国家公務員で入学金と4年間の授業料は課されない。全寮制で食事が提供され、学生手当として月額10万8300円、年2回に分け期末手当計約31万9千円が支給される。文部科学省所管ではないが3年度からは学士号を得られるようになった。

 防衛省は幹部自衛官の確保や学費を支払う一般大学生との不公平感の解消を検討する「防大改革に関する検討委員会」を22年9月に設置し、同委は23年6月に償還金制度導入を求める報告書をまとめた。

 政府の行政刷新会議は22年11月の「再仕分け」でも、防衛省に対し、任官辞退者へ償還金を課すよう見直しを求めていた。

 償還金の制度は、卒業時の任官辞退は約250万円、その後、6年以内に退職した場合は在職月数に応じて支払額を減額した上で償還金を徴収する。

 防大生当時に支給された学生手当、期末手当と現物支給の給食、宿舎の関係費は「教育訓練を受けた対価に当たる」(防衛省幹部)として返還は求めない。中退した学生からは償還金は徴収しない。

 医官を育成する防衛医科大学校(埼玉県所沢市)では、任官辞退や任官後9年以内に自衛隊を退職する場合、教育費の一部を償還金として支払う制度がすでに存在している。6年間の医学教育は多額の費用がかかるため、償還金額は防大の導入予定額よりも高い。在職月数に応じて支払額は減額されるが、21年3月の卒業生の償還金最高額は4899万円だった。

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伊藤比呂美さんというひとが紡いだ詩と仏教経典の融和的極北

 【読み解き「般若心経 伊藤比呂美著 朝日新聞社刊」】を読了。[良いおっぱい悪いおっぱい]の著者として知られる作家ないしは詩人である。[良いおっぱい]…に就いて興味を喚起されることもなく、ああ、伊藤さんというひとはこういう本を書いている女性なのだなと側方通過していた。

 が、今次、標記の本を読んでその知見や紡ぎ出す言葉の美しさに刮目した。仏教の教典にかかわるその意訳は従来のどの解釈をも凌駕し卓越した美質が装塡されていた。なおかつ、その意訳も極めて整然としながらも実に分かり易いのだ。確かな死生感を懐胎した詩人である。

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«がんに就いて医師であり作家でもある山田風太郎の視診と文学的情景